毎日の通勤や営業先訪問の際の電車移動は、ビジネスパーソンにとって大きなストレスの一つ。そこに新型コロナウイルスへの感染リスクが加わり、各事業者では、テレワークや時差通勤といった対応を続けるなど、これまでの通勤手段を再考せざるを得ない事態になっています。そこで、一部の人が活用し始めているのが自転車通勤です。
グーグルやヤフー、アマゾンなど、外資系IT 企業の多くが自転車通勤を推奨しています。国でも2018年に閣議決定された「自転車活用推進計画」に基づいて、事業者や従業員に向け、自転車通勤導入に関するガイドラインを示しており、今後も利用が増えることが予想されます。一方、導入にあたっては、いくつか想定しておくべき問題も。
道路上の交通トラブルのほかに、「駐輪場の届け出は必要?」「天候や季節によって他の交通機関と併用した場合の通勤手当や経費の扱いは?」など。自転車活用の際の事業者、従業員それぞれが注意しなければならないポイントなどを、社会保険労務士の鈴木圭史さんに解説してもらいました。
通勤そのものや交通費の考え方が大きく変わる時に来ている今こそ、社内ルールの見直しと社員への周知が必要
Q:大手外資系企業が自転車通勤を推奨しています。実際に街の自転車販売店に修理や購入に訪れる人も増えているということですが、3密を避ける以外のメリットは? -------- 今回、新たに自転車通勤を取り入れた人の多くは、通勤時の満員電車による密集を避ける「感染予防」を目的としているようですが、そのほかにも、公共交通機関の待ち時間を気にせず、自分のタイミングで移動できるということもあります。スポーツジムに通う代わりに、運動不足の解消にもなります。出社の際は、ほどよく体を動かしてから仕事に取り掛かることができるので、仕事の効率もアップするでしょう。
従業員の業務の効率が上がるのであれば事業者にとっても有益ですし、場合によっては、交通費に関係する固定費を節約できる可能性もあります。自転車通勤を推奨している事業者を対象とした調査では、従業員一人当たりの通勤費削減額は平均で年間約 5.7 万円というアンケート結果も出ています。
Q:事業者が新たに自転車通勤制度の導入を検討する、または既存制度の見直しをする際のポイントは? -------- 新型コロナによってテレワークなどをする人が増えたことで、事業者と労働者双方に、通勤そのものや、交通費に関する考え方が変わりつつあります。新たに自転車通勤制度を導入する事業者も増えていますが、交通費の支給、手当については、それぞれの事業者によって考え方が異なるので、しっかりとした社内ルールを作る必要があります。
ルールづくりのポイントは、
①日によって通勤経路や交通手段などが異なることを認める制度設計。 ②事故時の責任や労災認定の明確化と、生じるリスクへの対応。 ③自転車通勤手当の設定。 ④自転車通勤にあたって必要な施設の整備(駐輪場など)。
このほか、検討項目として「対象者」「対象とする自転車」「通勤経路・距離」「公共交通機関との乗り継ぎ」「安全教育・指導とルール・マナーの遵守」「事故時の対応」「自転車損害賠償責任保険等への加入」「ヘルメットの着用」「申請・承認手続き」などとなっています。 (※参考:令和元年5月 自転車活用推進官民連携協議会「自転車通勤導入に関する手引き」)
Q:事業者が自転車通勤制度を検討する場合、特におさえておくべき重要な点は? -------- 自転車は法律上軽車両になるので、通勤時に事故やトラブルが発生しないように、「安全教育・指導とルール・マナーの遵守」は、最低限おさえておかなければなりません。その上で、万一の事故に備えた対応を検討しておく必要があります。
前述のように、通勤途中に本人が自転車によって事故を起こした時のために、自転車損害賠償責任保険への加入は必須です。また駐輪場についても、事業所内駐輪場を確保するか、そうでない場合は、セキュリティーが施された駐輪場の利用を促すことも大切なポイントの一つ。路上駐車は避けたいものです。
こうした保険料や有料駐輪場の料金についても、通勤手当のほかに全額または一部を事業者が負担するのか、手当に含むのかなどを明確にしておかねばなりません。
Q:労働者が主な通勤手段として自転車利用を始める際の注意点は? -------- 自転車通勤を始める際、安全走行のために道路交通法を守ること、自転車の整備・点検を怠らずに行うことはもちろんですが、まず勤める会社に自転車通勤に係る就業規則があるのかを確認したうえで、申請をしなければなりません。
自転車通勤の届け出をせずに、公共交通機関の交通費をもらいつつ、主な通勤方法として自転車を利用していると、最悪の場合「詐欺罪」を問われるなどの不利益が発生してしまいます。
また、自転車損害賠償責任保険については、通勤手当の有無や事業者が負担する保険料の割合がどうあれ、必ず契約しておくべきです。自転車を主な通勤手段としていても、天候や季節によって公共交通機関を使ったり、通勤手段そのものを変更することがあります。その際、交通費の実費支給を求める場合などは、経理上の締め切りを確認しておくなどの配慮も必要です。
Q:自転車通勤時の事故について、その修理や賠償が必要になったときの負担はどうなりますか? -------- 万一、通勤途中に事故の当事者になった場合、事業者の運行供用者責任(自転車の管理と運転者に対する指導監視)が問われ、一定の範囲で損害賠償責任を負うことがあります。この割合は、自転車に係る管理責任の大きさによります。
例えば、社用自転車の貸与によって、通勤あるいは業務を事業者の指示によって行っていた場合は、事業者責任の割合が大きく、パンクなどの修理や賠償も、おおむね事業者がその費用を負担しなければなりません。
一方、労働者本人が所有者であり、使用を強制されていた訳ではない場合は、その責任は労働者本人にあり、負担も大きくなりますが、それでも事業者の責任が全くの「ゼロ」ということにはなりません。
Q:自転車通勤時の事故について、寄り道をして帰る途中だった場合にも労災認定はされますか? -------- 事業者に届け出ている通勤経路で労災扱いになるか否かが決定されるわけでなく、合理的な経路および方法で通勤をしていたのかが判断基準となります。
特に自転車通勤の場合、坂道や住宅地を避けるなど、公共交通機関を利用した場合の経路とは、必ずしも一致しない経路を通行することが多いかもしれませんが、その場合でも、常識的に見て通勤経路と大きく外れていなければ、労災と認められます。
また、スーパーへの買い物や散髪、単身者が帰る途中で食事を済ます、などの場合でも、通勤経路に戻った場合は認められる場合もあります。 ただ、大きく通勤経路と外れた別の場所や、深夜まで複数で飲みに行った帰りなど、通勤途中というには合理性に欠ける場合は、この限りではありません。
また、公共交通機関の定期代などを支給されながら、無届けで自転車通勤をしていて事故を起こした場合は、前述のように最悪の場合、「詐欺罪」を問われたり、定期代や通勤手当の返還を求められたりはするかもしれません。しかし、通勤経路上であれば労災としては認められます。
いずれにしても、自分の思い込みで自転車通勤を始めるのではなく、しっかりと就業ルールや交通ルールを守って安全を心がけましょう。
(鈴木 圭史/社会保険労務士)