全国的に問題となっている古い「空き家」。管理不全の状態は周辺の景観への影響に加え、ゴミの不法投棄の誘因となったり倒壊のリスクもあるなど、年々深刻さを増しています。
地方にある親の不動産を相続したものの、その処分に悩むという人も多い一方、長年にわたり登記上の所有者が不明のまま放置されている土地建物については、数十年も相続登記すらなされていなかったというものも。なかには相続人が100人近くにもなるような驚きの事態も報道されています。
所有者に無断で処分ができないうえに、解体撤去のほか、こうした不動産登記の調査にも費用がかかることから、事態はなかなか改善されないままでした。法務省は、こうした問題を解決するため、相続登記の義務化へ向けて、不動産登記法の改正に関する要綱案をまとめ、法整備を進めています。
これまでは不動産を相続した際、所有権移転の手続きを行わなくても罰則などはありませんでしたが、義務化が進めば、限られた期限内に必ず相続登記しなければならず、違反した場合には過料が科されることになります。また相続しても、住むことはもとより転用や売却が難しいがために、放置されるほかなかった物件についても、柔軟な選択ができるような制度も合わせて検討。行政が、これまで所有者不明のまま放置するしかなかった土地の管理がしやすくなる方策なども、導入するとしています。
放置物件の処遇がスムーズになり、荒廃した危険家屋の問題が解消されるのは喜ばしいですが、現在、地方に空き家を所有している人、これから相続問題を考える人にとっては、どのような意味があるのでしょうか。司法書士・行政書士の能登ゆかさんに聞きました。
相続登記義務化による放置物件の解消は、防災や地域活性化のためのアクションプラン。これまでできなかった土地のみの相続放棄や、活用の妨げとなっている古い所有者名義の問題解決にも期待
Q:そもそも空き家や、所有者不明の放置物件がこれほど目立つようになったのはなぜでしょうか? -------- 戦前、日本には家督相続制度というものがあり、当時は、家を存続させることを第一に考えていました。そのため家長が死亡すると、次に家督を継ぐ人だけが、その家の財産全部を引き継いで、財産が分散することを防いでいました。
その後、時代が変わり、高度経済成長期を迎えると、多くの人がより良い生活基盤を求めて、都市部へと移動するようになりました。それに伴い、先祖代々続いてきた土地に対する意識や、「家を継ぐ」といった価値観が希薄になり、代わって資産価値が下落する土地を管理することへの負担感の方が増していきました。
こうして、人々の土地への意欲・関心が衰えたことが、現在の相続登記未了という結果に表れていると考えられます。
死亡によって相続が開始します。複数の相続人がいる場合、遺産分割の協議がまとまらないままだと、相続分に応じて相続財産は共有ということになります。遺産分割の話し合いをせず、相続登記もしないまま、相続が幾度も繰り返されると、相続人数がふくれあがり、改めて調査したときには、1つの土地を、100人を超える相続人で共有していたという事態が、今、日本各地で起きているのです。
今後さらに急速な人口減少(少子高齢、多死)が予測されます。少子高齢が進むと、土地利用のニーズ(土地の需要)も低下してしまいます。また、2025年には認知症の患者数がおよそ700万人に達するといわれており、日本各地にますます管理困難な不動産が目立つようになることは、容易に想像ができます。
こうしている間にも多くの人が亡くなり、相続があちらこちらで発生しています。何も手を打たなければ、所有者不明の土地がますます拡大することは明らかです。
Q: 今回、改正が進められる「不動産の相続登記の義務化と関連法案」とは、どのような内容ですか? -------- 「相続登記義務化」は、土地の所有者の所在を明らかにするための有効な手段ですが、今後の所有者不明土地の発生を防ぐことや、適正な土地の管理・利用を促進するために、相続登記義務化のほかにも、多岐にわたって制度の見直しが進められます。
事情によっては速やかに手続きができないことが想定されるため、その対処として手続きの簡略化を検討。また、これまで土地の相続を放棄したい場合は、全ての遺産を放棄する以外方法がありませんでしたが、要件を満たせば他の資産は残し、土地のみの相続放棄ができるような法整備も進められるようです。
【不動産の相続登記の義務化と関連法案】 ① 相続登記の義務化 相続した人は、自分が相続した事実を知ってから3年以内に相続登記をしなければならないという義務規定を設ける。義務を果たさない場合には、諸般の事情を考慮して正当な理由がないと認められる場合に限り、10万円以下の過料に処する ② 相続登記の手続きを簡便化(相続人である旨の申出制度) 3年以内の相続登記が難しい場合の措置として、相続をした人が登記官に自分が相続人である旨の申し出をすれば、登記官が職権で登記を行うことができ、相続人が相続登記の義務を履行したものとみなす ③ 住所氏名の変更登記の義務化 所有者が住所氏名を変更したときは、2年以内に住所氏名の変更登記をしなければならないという義務規定も設ける。義務を果たさない場合は、5万円以下の過料。なお、DV被害の当事者など特別な事情がある場合には、住所が秘匿されるような仕組みも同時に創設するという内容も盛り込まれている ④ 土地管理制度 所有者不明土地管理制度や、管理不全土地管理制度を新たに設け、裁判所が選任する管理人による柔軟かつ効率的な管理ができるように合理化 ⑤ 登記の抹消 既に存在しない法人の担保権に関する登記や、現時点では意味のない地上権や賃借権などについては、要件と手続きを定めて、抹消を簡略に行う仕組みを創設 ⑥ 土地所有権の放棄 これまで民法上に規定がなかった土地所有権の放棄を可能にする仕組みを創設。 要件を満たせば相続した土地を国庫に帰属させることができるが、その際、管理負担金を納入する必要がある
Q: 今回の改正案は公布の日から3年以内に義務化される予定です。それまでのタイムラグを埋めるために、先行して行われている取り組みは? -------- 相続登記の義務化に先駆けて、所有者不明土地解消のために、現在行われている取り組みがいくつかあります。
① 長期相続登記等未了土地解消作業 平成30年に「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法」が制定され、所有者不明土地に該当する恐れのある土地については、長期相続登記等未了土地解消作業が行われることとなり、現在もその作業は続いています。
具体的には、30年以上前に亡くなった人が、今なお土地の所有者として法務局に登記されている場合、その人の法定相続人を探して、相続登記をするよう法務局から呼びかけるという内容。また、調査結果は法務局に備え付け、土地の利活用につなげようという試みも行われています。
私自身も司法書士として、法務局と連携してこのプロジェクトに参加しており、これまで膨大な資料を読み解く作業に追われてきました。実際に法務局から「長期間相続登記等がされていないことの通知」が届いた人も多いと思われます。
② 登録免許税の免税措置 数次にわたる相続を経ても登記が放置されている土地や、相続登記を促進すべき地域における少額な土地(一筆10万円以下)については、相続登記の登録免許税が免除されています。
③ 法定相続情報証明制度の利用範囲の拡大 相続登記の促進を図るため、平成29年から、「法定相続情報一覧図」の写しの交付を行う「法定相続情報証明制度」が開始されています。 不動産の相続登記のみならず、現在、国内ほとんど全ての銀行において、死亡者の預金払戻し手続きの際に一覧図の利用が可能となっています。 更に、相続税の申告や、令和2年10月26日からは遺族年金や未支給年金、死亡一時金等の請求手続きにおいても、一覧図の写しが利用できるようになっています。 この一覧図の交付の申し出手続きは法務局で行っており、司法書士、弁護士などが代理で行うことができます。
④ 相続人が所在不明の場合 実際の登記実務の際に、「相続人が行方不明で困っている」という相談を少なからず聞くことがあります。近年、人間関係が希薄になり、身内であっても10年20年と連絡を取り合っていないということも珍しくありません。 「電話もつながらず、今どこで何をしているのか全くわからない」と、八方ふさがりの事例もあります。このような場合は、戸籍などを調査することによって多くの所在が判明するのですが、まれにどうしても所在がつかめないケースも。 最終的には、「不在者財産管理人」の制度や「失踪宣告」の制度を検討せざるを得ない場合もあります。
いずれも一般の人にはなじみのないものですし、手続きも煩雑であるため、うまく活用することができていないかもしれません。不明な点があれば、近くの司法書士または司法書士会まで相談することをお勧めします。
Q: 地方の物件など、相続登記をしても利用のめどが立たなければ、負担が増えるだけの場合もあります。所有者側にメリットはあるのですか? -------- 一般向けの相談会などでも、「なぜ相続登記をするのか?」「相続登記を行うメリットは?」など、疑問を持つ人は少なくありませんでした。
一般的に名義変更を行う最大のメリットは、民法上の第三者が現れたときに登記をしておけば、「この不動産は自分のものだ」と主張することができるということです。 民法177条には、不動産については「先に登記をした人が所有権を主張できる」という規定があり、これを「対抗要件」と呼んで、登記の最も重要な効力とされています。
また名義変更の登記を行い、不動産の情報と現在の持ち主の情報をしっかりと確定させておくことで、その不動産を売却したいと思った時に、速やかに売却活動に移れるほか、この不動産を担保に金融機関から融資を受けることもできるのです。
なお、遺言や遺産分割によって、法定相続分以上の財産を取得した場合も注意が必要です。登記をしておかなければ、法定相続分を超える部分について、第三者が現れたときに自分のものだと主張することができなくなります。
逆に、相続登記を長期間放置すると、 ・権利関係が複雑になり、後々登記をしようと思っても、登記をすること自体が困難になる。 ・誰が相続人になるのか調査するのに多くの時間と労力を費やす。集める戸籍の量も膨大になり、手間もかかり、費用も高額になる。 ・相続関係が複雑になると、誰がどれくらいの権利を持っているのか、相続分を確定することも難しくなる。 ・物件に興味を示す人が現れても、死亡者の名義のままでは売却手続きに移れず、機を逸してしまうことがある。 ・原発事故における賠償手続きにおいては、相続登記を済ませていなかった人への賠償が速やかに行えない問題が生じた。
上記のようなデメリットが考えられます。
Q: 不動産の相続登記義務化によって、行政側の調査がしやすくなるだけではありませんか? -------- 相続登記をすれば、新たな所有者不明土地の発生を抑制する効果が期待されます。所有者不明土地が減少すれば、適正な土地の管理が実現し、土地の利用が進むことも期待されます。
これまで、所有者が誰かが分からないがために、防災・減災関連の公共事業を思うように進めることができなかったこと。また再開発が進まず、地域の活性化が停滞している問題や、空き家の管理・利活用ができないという問題、さらには地域産業が推進できないなどといった多方面での問題が、この相続登記義務化によって、少しずつ解消されていくことが期待できるというものです。
近年、持続可能な開発目標を掲げて進む社会(SDGs)ということがよく言われています。今回の相続登記の義務化は、土地という限られた資源において、誰一人取り残されることなく、これから先もずっと安心安全な暮らしを続けていけるようにするための、中長期的な視野に立ったアクションプランであると感じています。
私も一司法書士として、これにしっかりと対応できる受け皿にならなければと、今、改めて身の引き締まる思いでいます。
Q:不動産の相続登記を含め、これから相続問題を抱えるであろう人ができることとは? -------- 多くの人が相続について、「いつかは考えなくてはならないとわかっていても、何から始めればいいのかわからない」と言います。身内が亡くなるなど、当事者になって初めて問題に直面し、戸惑う人がほとんどでしょう。
相続手続きの手順とは、 ① 誰が相続人になるのかを確認 ② 亡くなった人の資産の全てを把握する ② 相続人が複数いる場合は協議する の3ステップです。
また、遺言書の作成も有効です。資産がどれだけあるのか、遺産をどう分けてほしいのかの想いを記しておくというものです。相談者の中には、自分の誕生日に毎年書き換えるという人もいます。また、ある程度ざっくりとした内容をまとめて、どう書いたら良いかの相談に乗ることもあります。
いずれにしても多くの人にとって、相続について事前に語ることや相談することは、どこかタブー視されているようなイメージがあります。
相続とは身内の財産の引き継ぎということですから、単なる事務手続きと異なり、とてもプライベートでデリケートなものです。 人が一生のうちに関わる機会もそう多いわけではありませんし、世の中にいくら情報があふれていても、そのうち当事者に当てはまるケースは案外乏しいかもしれません。
私たち司法書士も、一般の人向けのセミナーなどで情報を伝える機会があっても、全ての人の助けになるようには、まだまだ十分に伝えることができていないと感じています。
令和2年8月には、「司法書士使命規定」が創設され、「『法律事務の専門家として、国民の権利を擁護し、自由かつ公正な社会の形成に寄与する』ことを司法書士の使命とする」と、改めて明確に宣言しています。
第三者に相談しにくい相続問題だからこそ、いらぬトラブルや面倒ごとを未然に回避するための具体的なアドバイスができる身近な存在として、活用いただけたらと思います。
(能登 ゆか/司法書士・行政書士)