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『光る君へ』史実との違いに賛否の声も「気にせずに突っ走っていただきたいです」山崎ナオコーラさん語る

女子SPA! 2024年4月6日 8時45分

 2004年に会社員をしながら書いた小説でデビューし、作家となった山崎ナオコーラさん。現在、エッセイストとしても支持されており、昨年上梓したエッセイ『ミライの源氏物語』(淡交社)は第33回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞し、増刷を重ねています。

『源氏物語』といえば、現在、NHK大河ドラマ『光る君へ』が大評判。そこで大学の卒業論文で「『源氏物語』浮舟論」を書き、『源氏物語』ファンの山崎さんに、『光る君へ』についてや、キャリア20年の今思うことなどを聞きました。

◆『光る君へ』主人公まひろと道長のキャラ設定も見事

――紫式部が主人公の大河ドラマ『光る君へ』は、ご覧になっていますか? 実際の紫式部の人生には未知な部分も多いですが、『源氏物語』ファンとしては、ドラマのどんなところにこだわりや脚色の妙を感じますか?

<観ています。平安時代、それも「女性」となると、資料があまりありませんから、想像を入れることができるポケットがたくさんあります。きっと脚本の大石静さんは楽しんで書いていらっしゃるだろうと思います。研究界隈の戯言(ざれごと)など気にせずに、突っ走っていただきたいです。

まひろは怒り、道長は怒らない、というキャラ設定も見事で、ずっと効いていくのではないかなと思っています>(やまカッコ内山崎さん 以下同じ)

――大河ドラマの主人公・まひろこと紫式部(吉高由里子)と藤原道長(柄本佑)の恋に、見ている側としては盛り上がりつつ、「ええ!」と驚く展開にもなっています。そのことを歓迎する視聴者も多い一方、ロマンス要素を投入したがる日本の映画・ドラマへの傾向へのモヤモヤを感じている層もいるようですが?

<『源氏物語』がそもそも恋愛物語ですから、この大河に恋愛の雰囲気を求める視聴者は多いと思いますし、“道長と恋愛関係があったのでは?”というのは研究界隈でもよくある考察なので、不自然ではありません。

ドラマとしては『源氏物語』の執筆が芯にあると思うのですが、執筆には作者だけでなく、読者、編集、校正、流通、スケジュール管理、言語センスを刺激してくれる人、経済的支援者、精神的支柱、いろいろ必要です。当時は出版社や書店などはないわけですから、それを恋愛相手や家族たちが担っていたと考えるのは自然ですし、私は道長との関係を描くのはすごく良いと思います。恋愛といっても「結婚」などのわかりやすいところに向かうのではないでしょうし>

◆“リアル“を求めるのと“リアリティ“を求めるのは違う

――貴族の男女が簡単に顔を合わせたり、まひろが朝廷の中枢にいる摂政・藤原兼家(段田安則)に直接会いに行くといった、当時の文化ではありえない描写はどうお感じになりますか? 史実にもとづいて現代的解釈をおこなう“歴史もの”(ドラマ、小説問わず)を制作する際に求められることはどのようなことだとお考えになるでしょうか?

<研究者はいろいろ思うこともあるかもしれませんが、私は作家ということもあり、リアルを求めていません。私自身、作品制作に関して、「“リアル“を求めるのと“リアリティ“を求めるのは違う」っていつも思っているんです。小説でも、リアルにはありえないようなセリフ回しにすることで、むしろリアリティを高めることがあります。

大河だって、もしもリアルだけを求めるなら、平安時代は声の出し方も違っていたと研究界隈では言われていますから発声方法を変えないといけないし、眉毛のないリアルな化粧にしなければなりませんし、階級表現も差別表現ももっと激しく陰惨な気持ち悪いものにしなくてはなりません。でもそうしたら観ている人は心が惹かれず、登場人物の人間味を汲み取れず、結果、リアリティは失われると思うんです。

大河ドラマは、研究シーンとは違う社会的使命を負っているのですから、リアルではなく、リアリティを求めるので良いと思います>

◆90歳の読者もいる雑誌で「ルッキズム」をテーマにしたら

――昨年、出版された『ミライの源氏物語』が大評判です。もともと茶道の雑誌への連載だったとか。

<そうなんです。最初は毎月、現代語訳の訳者をひとりひとり取り上げて書いていくのはどうかというご依頼でした。ただ、考えていくうち、自分らしい仕事というか、現代社会の中で、『源氏物語』をどう読むかといったほうが良い仕事ができるかも、と思ったんです。

ただ読者には90歳のお茶の先生もいらっしゃる。『ルッキズム』『ホモソーシャル』『トロフィーワイフ』といったことをテーマにしたエッセイとなると、“え?”となるかもしれないから、丁寧に書いて怒られないようにしようと頑張りました(笑)>

――実際には、怒られるどころか、年配の読者の方々にも好評だったと聞いています。

<意外に怒られないんだなと思いました。むしろ“私もそう思っていた”という感想が結構ありました。ご高齢の方でも、『源氏物語』の中に“あれ?”と思うことがずっとあったみたいなんです。言葉にしなくてもずっとモヤモヤを抱えていたと>

◆社会のアップデートへの貢献には、SNSの存在が大きい

――実際には“私もそう思っていた”という声が多かったとのことですが、それでも『ミライの源氏物語』は、“今の時代”に合ったエッセイだと言われることが多いと思います。この10年ほどでいわゆる社会の価値観が大きく変わったと言われるようになり、多様性という言葉もすごく耳に入って来るようになりました。

<社会のベースが更新されていて、私はすごくよくなってきたと思っていますし、そこに仕事をしてくれたのはSNSの存在が大きいと思っています。小さい違和感なんかはみんなずっと抱えていましたよね? そうした小さな違和感をSNSで表明して、“私もそう思っていた”“私も”と繋(つな)がれた。

それまでは、たとえば何かテレビを見て“あれ、何かおかしい”と思ったとしても、“私だけかな”と飲み込んでいた。それを言葉にするようになって、繋がって、それが繰り返されていったことで、社会全体がアップデートされてきたんだと思います。私は、それはすごくいいことだと感じています>

――『ミライの源氏物語』への感想しかり、モヤモヤを抱えていた人はずっといたと。それを発信する場がなかっただけで。

<そう思います。でも繋がる場所がないと、気持ちを遠ざけてしまい考えることもできなくなってくるから、言葉もなくなる。私も20年前は言葉がなかった。言葉を持って、ちゃんとした考えになって、さらに文章がどんどん出てきたのだと思います>

◆書店に“男性作家と女性作家の棚を分けるのをやめてほしい”と言いに行った

――20年というキャリアを積まれてきて、いま思うことを教えてください。

<『源氏物語』が書かれた当時、紫式部のほかにも作家はたくさんいたはずです。だけど、作品は現存していない。じゃあ他の作家たちの仕事の意味はなかったのかというと、そんなことはなくて、そういった作家たちが大勢いたから『源氏物語』が生まれたんです。そう思うと、私の書いた作品がきっちり残ることがなくても、何かのちょっとした一助になるだけでもいいんじゃないかなって。

それから文学界隈で、例えば性暴力とか性差別とかがなくなるような仕事場というか、環境づくりにちょっとでも力を与えられたらいいなという気持ちがあります。次の文学者たちの仕事がやりやすくなったり、面白いことへのきっかけになったりする一助になれたらと思っています>

――最後に、この20年間で、変化への一助になれたんじゃないかと実感していることがありましたら、ひとつ教えてください。

<昔書いたエッセイに、働いていた書店の店員さんに“男性作家と女性作家の棚を分けるのをやめてほしい”と言いに行くというのがあったんです。自分自身、かつて書店でアルバイトをしていて、男性作家と女性作家に分けられて並ぶ棚があるのが、すごく働きにくかったんです。

でも今、そういう書店は減っています。それは変化だし、作家だけじゃなくて、書店とかSNSでつぶやく人とか、いろんな人の力でよくなってきたんだと思っています>

<取材・文/望月ふみ>

【望月ふみ】
70年代生まれのライター。ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画系を軸にエンタメネタを執筆。現在はインタビューを中心に活動中。@mochi_fumi

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