Infoseek 楽天

バラエティに引っ張りだこだった36歳女優が、“かつてのトレードマーク”を手放して得たもの

女子SPA! 2024年7月8日 8時44分

 かつて、中村アンが中村アンである所以は、おそらくあのかきあげヘアーにあった。それが今はどうだろう?

 2024年6月13日に最終話を迎えた6年ぶりの主演ドラマ『約束 ~16年目の真実~』(読売テレビ・日本テレビ系)での中村を見て、ショートヘアへの転換が、ここまで悦に入るものかと思った。

 イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、中村アンのキャリアを振り返りながら、「本作の主演で得たもの」を解説する。

◆所属タレントが体現する芸能プロダクションのカラー

 渋谷駅新南口。都会の喧騒からちょっと離れたところに、女性タレントが多数所属する芸能プロダクション「プラチナムプロダクション」のオフィスがある。筆者は一度だけ取材で訪ねたことがある。

 渋谷のオフィスビルというと、あまり空気がよくないイメージがあるが、ここのオフィスはすごく澄んだ空気。『オオカミ少女と黒王子』(2016年)で山﨑賢人の姉役で出演していた菜々緒を初めてスクリーン上で観たとき、彼女はどんな優美な事務所に所属してるんだろうかと想像したが、その意味ではほんとうにうなづけた。

 菜々緒ともうひとり、トップランナーとして中村アンが所属している(現在は同プロダクションが2024年に設立した新会社UNiQUEに菜々緒と中村は移籍)。なるほどなぁ。芸能プロダクションのカラーというのを所属タレントがここまで明確に染め上げているのだ。

◆当時は、肩身が狭かった

 透き通る社風とともに、中村アンの色っぽさがそよ風のように吹き抜ける。というか、中村自体に風が吹きつけていると言うべきだろうか。と言うのも、一時期、彼女のトレードマークとなっていたのが、前方から吹きつける風によってかきあげられたようなヘアースタイルだったからだ。

 あの髪の毛先まで、中村の色っぽさを最大限演出していた。でもそんなイメージは、下積み時代に苦労を重ねる中で編み出されたもの。18歳のとき、初めてスカウトされ、その後すぐ芸能界入り。大学生だった当時から現在の事務所に所属している。

 今でこそ、俳優のイメージが強いけれど、最初はワンオブゼムなタレントに過ぎなかった。仕事はあまり入らない。当時は実家暮らしで、肩身が狭い思いだっと朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」のインタビュー(2021年1月29日公開)で語っている。

◆俳優デビューは遅かった

 そもそも俳優志望だったわけでもない。キャビンアテンダントに憧れ、何となく華やかさが共通する芸能の道を選んだ。同級生は就職して忙しそう。でも自分は……。それで彼女は持ち前のかきあげヘアーを武器に自由なスタイルのトークでテレビの世界に活路を見出す。

 転機は2015年。『ほんとにあった怖い話 夏の特別編2015』(フジテレビ)に出演する。この出演をきっかけに俳優として本格デビュー。28歳。意外に遅いスタートだった。

 続けて、石原さとみ主演の『5→9~私に恋したお坊さん~』(フジテレビ)に出演し、これが初の月9出演作品となった。苦労のタレントが、俳優として花開こうとした瞬間であり、ここから怒涛の11クール連続でドラマ出演を果たす。

 とは言え、その足がかりになった同作出演では、石原さとみの周囲を賑わせるひとりとして、噂話好きキャラの役割に徹している。中村の魅力が時代の要請に対して大胆に花開くのは、初主演作『ラブリラン』(日本テレビ、2018年)まで待たなければならない。

◆リバース・中村アン

 中村アンの初主演作ともなると、それこそかきあげヘアーなどの色っぽさ成分を抽出したエクストラバージンなキャラクターでもよかったはず。でもあえてそうした特性を封印して、非恋愛的な主人公・南さやかを演じている。

 だいたい世の中、恋愛ばかりがメインストリームの物語が前提なのがおかしいわけで……。第1話冒頭、クリスマスにひとり、おでんを持って帰宅するさやかは色っぽさからは程遠い雰囲気。29歳になるまで一度も恋愛をしたことがない役柄は、俳優としての中村の本気度を問うかのようだった。

 29歳というナインボーダーの焦りと葛藤が中村を通じてふるえる。そうだ、それでいうと、3世代のナインボーダーを描く『9ボーダー』(TBS、2024年)が川口春奈主演で放送されたばかりだが、同じ金子ありさ脚本作品『着飾る恋には理由があって』(TBS、2021年)で、中村が演じた孤高の画家役は、かなり挑戦的だった。

 何がって、役作りであの髪が短くなったこと。見事なイメチェンを試みた。紛れもない、リバース・中村アン。川口扮する主人公とシェアハウスで暮らすが、最初はほとんど姿を見せない。ぶっきらぼうに部屋にこもりっきり。夜中は、創作に没頭する。ぼくらは、こういう中村アンを待っていたのではないか。

◆本作の主演で得たものとは?

 そんなイメチェン路線は今や定着しつつある。『ラブリラン』以来の主演ドラマで、同作と同じ放送枠である『約束 ~16年目の真実~』でもショートのボブヘアー。『着飾る恋には理由があって』より少し長いくらい。すっきりした美しさをたたえている。

 本作で実りの時期に入った中村は演じるのは刑事。全身黒コーデ。えっ、もしかして古畑任三郎をイメージしてるのかと思いきや、第1話冒頭、田村正和扮する古畑警部補のような軽快さはまるで感じられない。

 中村が演じる主人公・桐生葵は、確かに警部補だが、ほとんど笑わない。殺人現場を見渡す視線の静かな冷たさは、俳優として悦に入ったような根っこの強さを感じさせる。

 前髪が目元ぎりぎりのところでピタッと立ち止まるかのようで、葵が抱える過去の事件の記憶が宿る瞳も怪しい魅力を放つ。中村アンに今、化学変化が起きようとしていると感じる強さであり、2度目のリバース。

 本作の主演で中村が得たものは、自分のビジュアル変化をうまく生かしながら演じるキャラクターと完全に合致しようと、中村流に編み出した演技メソッドではないだろうか?

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu

この記事の関連ニュース