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向井理(42歳)『パリピ孔明』から俳優の実力が試されるプレッシャーの舞台へ。声を出す観客も

女子SPA! 2024年7月6日 15時45分

ざわ。と客席の空気が変わった。ある場面で向井理が客席通路に現れたときのことである。小さく声を出す観客もいた。そのまま観客たちは彼の軌跡(きせき)をじっと目で追った。

◆向井理と勝村政信、俳優の実力が試されるふたり芝居

向井理が出演する舞台『ウーマン・イン・ブラック』(パルコ・プロデュース)は、イギリスを舞台にした怪談めいた物語だ。

向井演じる“若い俳優”のもとに訪ねてきた弁護士キップス(勝村政信)が相談ごとをもちかける。過去に体験した身も凍るような出来事を再現し、家族に語り聞かせることで解放されたいと願う。だがいかんせん演じることに素人だからうまく演じることができない。“若い俳優”はキップスの代わりに若い頃のキップスを演じることになる。

ロンドンで誕生し30年以上ロングランを続け、世界40余国で上演が行われ日本でも俳優を代えながらすでに7回(今回8度め)も上演している作品なのでおもしろさは折り紙付きで、観客としてはただただ身を委ねて恐怖エンタメを楽しめばいい。キップスが経験した恐怖とは何なのかーー観客もそれを同じように体験することが醍醐味で、どきり、ひやりとなる箇所がいくつも用意されている。

大変なのは俳優たちだ。ふたり芝居なので、休憩入れて2時間10分、ひたすらふたりでずっとしゃべり続けないとならない。俳優の実力が試される作品なのである。小道具の移動なども自分たちで行う。

◆緊張感を1秒も途切れさせることなく2時間10分やりきる勝村と向井

勝村と向井は、劇中劇で描かれる過去の物語と現実の、二重構造の世界のなかで、緊張感を1秒も途切れさせることなく2時間10分やりきる。彼らが張り詰めた空気の間合いを少しでも間違えたら、売りの怖いシーンで、観客がは!と怯(ひる)むことができなくなってしまうし、それらのあとのなんともいえない余韻も楽しめないだろう。重責と思うが、ふたりという少数精鋭だからこそ、的(まと)のど真ん中を射抜く瞬間が生まれるのかもしれない。

勝村政信は名実ともに信頼感の高い名優であり、劇中劇の何役かを軽やかに鮮やかに演じ分けて見せる。このキップスに演技を教える役割もある向井はさぞかしプレッシャーなのではないか。でもそんなことは感じさせず粛々(しゅくしゅく)とやっているように見えた。

向井演じる“若い俳優”にはしょっぱなから長台詞がある。向井の声はひじょうに聞き取りやすいことを舞台で改めて感じる。音楽のように流して心地よく聞かせるのではなく、ひとつひとつの単語の意味を観客の頭に手渡すようでとてもわかりやすい。キップスにダメ出しするときもさほど上から目線に感じない、フラットな話し方だった。こういう先生がいたら教え上手と言われそう。

◆向井理、実はチームワークを大事にものづくり

『ウーマン・イン・ブラック』を見ていると、向井理という俳優は、数々のテレビドラマの出演作の印象から、ビジュアルの良さでセンターに立つイメージがありながらも、意外という言い方もあれだが、チームワークを大事にしながら実直にものづくりに寄与するタイプなのではないかという思いを確かにできる。

向井と勝村に筆者がインタビューしたとき、勝村が向井のことをこう評した。“イケイケで点取り屋かと思ったら、センターバックをやっていた。ビルドアップ(パスのつなぎ方)のしかたとかもうまい。だいたい、後ろのポジションはまわりが見えているから、芝居もうまい人が多いというのが自論です。”(SPICE「『ウーマン・イン・ブラック~黒い服の女~』は観客体験型の作品 鮮やかなコンビプレーで勝村政信と向井理が公演の魅力を語る」より)。

この話、6月7日に向井がゲスト出演したNHKの情報番組『あさイチ』でも言っていたから、筆者の聞きたいことをサービスで話してくれたわけではないと思う。

センターでイケイケなスターもいるが、その人だって支えてくれるまわりに気を遣う。芝居はチームワークなのだ。どこにいても身長的に頭一つ抜けて見える向井理だが、あくまでチームの一員という自覚をもち、場に溶け込んで見えるところに好感が持てる。

時々、筆者が俳優に取材して聞く話のひとつに、演劇の国イギリスの俳優は、ふらりと自転車や徒歩で、リュックひとつで劇場の楽屋に入り、芝居を終えたら、近くのパブで飲んですっと帰っていく、芝居が特別なものではなく日常生活の一部のようでいいという話がある。向井理はそういう俳優になりそうと思えてならない。

◆調味料づくりやお酒の語りはいくらでも聞いていられる気がする

前述の『あさイチ』で、凝っている調味料づくりやお酒の話などをものすごく饒舌(じょうぜつ)に語っていた。

生活が充実しているということはとても良いことだ。知識や情報の開陳の分量が長い人はたいていやや敬遠されがちだが、向井の話し方は決して自慢げでなく、ソフトで、いくらでも聞いていられる気がする。この語り芸を磨くと、もっと年をとったとき、社会問題や昔のことを伝えていくような大人の朗読劇などにハマるのではないかという気がする。

思い返せば、向井がPARCO劇場で主演した『悼む人』(12年)も、亡くなった方のことを、近しい人から話を聞いて悼むという話で、『ウーマン~』も忌まわしい過去を誰かに語り聞かせて葬り去りたいという話だ。感情に溺れることなく、伝えたいこと、言葉の意味をちゃんと届けることに向いている俳優なのである。

◆『パリピ孔明』やハリー・ポッター、詐欺師の顔を持つ警察官まで幅広く

その一方で、その類まれなる頭身の高さを生かす、華やかな役もお似合いである。劇団☆新感線『狐晴明九尾狩』(21年)では最優秀陰陽師という役割で、紅白の小林幸子みたいなことになっても堂々たるもので、テレビドラマ『パリピ孔明』(23年)は現代に転生した諸葛孔明をやはり堂々と演じていた。

22年の8月から23年の5月まで長いこと演じていた『ハリー・ポッターと呪いの子』の大人になったハリー・ポッターも、ブリティッシュなデザインのコートやスリーピースのスーツをスマートに着こなしながら、決してビジュアル重視なだけではなく、三児の父になったハリーの大人の苦悩をリアリティーをもって演じていた。

淡々と粛々と役を演じながら、いつの間にか、デビュー18年、演技の幅が広がっている。WOWOWでSeason2が6月29日から配信されている『ダブルチート偽りの警官』のSeason1は、先日までテレビ東京で放送されていた。そこで向井は様々な顔をもった人物・多家良啓介を演じた。

◆演じ分けていますという大仰さがなく、どこか自然体

交番勤務の警察官として地域の人々に頼りにされる多家良は、実は詐欺師の顔を持っていた。かつては捜査二課の刑事だった多家良は、法の手では裁けなかった悪を詐欺によって裁いていたのだ。

人の良さそうな警官の顔と、詐欺師の顔、そしてそういう行動をとる本心とを、演じ分ける向井。だが、いかにも演じ分けていますという大仰さがなくどこか自然体で暑苦しくない。

彼なりのやり方で仕事を続けているところが実に尊い。

<文/木俣冬>

【木俣冬】
フリーライター。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』など著書多数、蜷川幸雄『身体的物語論』の企画構成など。Twitter:@kamitonami

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