朝からスルメイカを炙って、日本酒をぐびぐび。陽気な人だが、とんでもない三枚目キャラが登場したな。
『虎に翼』(NHK総合)で家庭裁判所の設立を担当する多岐川幸四郎(滝藤賢一)の奇行には驚かされるが、でも面白過ぎる。
イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、“朝ドラの喜劇王”滝藤賢一を解説する。
◆滝藤賢一は魔術師?
「グリグリグリグリグリーングリーン……」
転職サイトGreenのコマーシャル「テンテングリグリ」篇で、滝藤賢一が何度も連呼する。いったい、何のことやら。でも不思議と気になる。滝藤がかき混ぜるクリームソーダが(!)。グラスの底からシュワシュワ上がってくる炭酸の泡。
どうもこの呪文のような言葉によって、この泡が発生しているように思えて仕方ない。ディズニー映画『白雪姫』(1937年)で魔女が老婆に化けるためにすごい緑色の炭酸ドリンクを作っていたが、それに似てる気がする。滝藤賢一とは、まるで炭酸の泡を自然発生させるかのような魔術師なのかもしれない。
そう本気で思わせる力がこの人にはある。その意味で朝ドラ『虎に翼』の初登場場面もなかなかのインパクトだった。第11週第52回、家庭裁判所設立を託された課程局局長・多岐川幸四郎(滝藤賢一)が、滝に打たれる……。
◆多岐川なら滝行くらい朝飯前と考えた?
いや、何で? 滝藤という苗字だから滝行とか? ちょっとしたシャレだとしても、絶対この場面いらないでしょとツッコミたくなる。だけど同時に妙に納得してしまう。
この滝行の初登場場面の直前、最高裁判所長官・星朋彦(平田満)が人事課長・桂場等一郎(松山ケンイチ)と秘書課長・久藤頼安(沢村一樹)に「どうだい、例の件は」と聞く。すると久藤が、「あの人なら、きっと、やり遂げてくれるでしょう」と答える。
そう納得させるからには、ちょっと浮世離れした人物像のほうがいいんじゃないか。だったら滝行くらい朝飯前だろう。きっとそういうふうに考えて、あの蛇足的場面が描かれたのではないだろうか?
◆家庭裁判所準備室前で“七輪でスルメイカ”
滝行だけでない。日常の素行も相当風変わりな人。桂場から家庭裁判所準備室へ異動命令を受けた主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)が、さっそく配属先に向かう。法曹会館に行けと言われたが、準備室があるのは屋上。
入ってすぐ、ぱちぱちと音が鳴っている。何だろと思ったら、多岐川が七輪でスルメイカを一匹炙っている。まさに朝飯前のスルメイカといったところだろうか。「中で早く食べよう」と言って、中に入る。
屋上に急遽仮設したバラック小屋で、寅子は旧友たちと再会する。挨拶も早々に、餓死した裁判官・花岡悟(岩田剛典)の話題になる。すると、多岐川が「大馬鹿たれ野郎だね」と言うのだが、大切な友人だった花岡を侮辱された(と思った)寅子は撤回を求める。多岐川は頑として意見を変えない。
◆優三に代わる“驚異的な三枚目役”
「君も正しい、俺も正しい。それでいいだろ」と言って、半ば一方的に議論を打ち止めた多岐川は、炙ったイカをぱくり。さらに日本酒をぐびっと飲み始める。家庭裁判所設立という大役を担う室長の行動として、これは先が思いやられる。
いやでも確かに役柄としての役目は家庭裁判所設立だけれど、寅子との口論のコミカルな間合いなど見ていると、滝藤自身はあえて三枚目キャラを引き受けているように思われる。
寅子の戦死した夫・佐田優三を演じた仲野太賀が徹底的に三枚目を担っていたが、優三がいない今、自分が驚異的な三枚目役を一身に背負っていこうという強い意思すら感じてしまうのだ。
◆完全にチャップリン? 朝ドラの喜劇王
第8週第40回。優三が寅子に見送られて出征する後ろ姿を思い出してみる。どこか柔らかくペーソス漂うその背中は、喜劇王チャップリンさながらではなかった。
するとどうだろう。優三の後に三枚目役を引き受ける多岐川の口元にはちょび髭。山高帽とともにチャップリンのトレードマークになっていたのが、ちょび髭だ。ドタバタな動きを特徴とするスタイルは、スラップスティック・コメディと呼ばれる。
『街の灯』(1931年)のチャップリンに負けないぐらい、ぐでんぐでんの酔いどれになったり、「眠気覚ましだ」と言って、「ピンピンピンピンピン……」と発しながらわけのわからない踊りで身体を温めようとする多岐川は、まさに“朝ドラの喜劇王”である。
でも単にコメディアンなわけでもない。実は戦後、困窮する子どもたちを見て、自分の人生は彼らのために捧げる覚悟を決めた熱い人物でもある。
多岐川の口癖は「つまり、愛だ」だが、その意味でも、戦後、世界の映画人に温かく愛のあるエモーショナルな表現性で影響を与えたチャップリンとやっぱり共通するなと思う。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu
『虎に翼』(NHK総合)で家庭裁判所の設立を担当する多岐川幸四郎(滝藤賢一)の奇行には驚かされるが、でも面白過ぎる。
イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、“朝ドラの喜劇王”滝藤賢一を解説する。
◆滝藤賢一は魔術師?
「グリグリグリグリグリーングリーン……」
転職サイトGreenのコマーシャル「テンテングリグリ」篇で、滝藤賢一が何度も連呼する。いったい、何のことやら。でも不思議と気になる。滝藤がかき混ぜるクリームソーダが(!)。グラスの底からシュワシュワ上がってくる炭酸の泡。
どうもこの呪文のような言葉によって、この泡が発生しているように思えて仕方ない。ディズニー映画『白雪姫』(1937年)で魔女が老婆に化けるためにすごい緑色の炭酸ドリンクを作っていたが、それに似てる気がする。滝藤賢一とは、まるで炭酸の泡を自然発生させるかのような魔術師なのかもしれない。
そう本気で思わせる力がこの人にはある。その意味で朝ドラ『虎に翼』の初登場場面もなかなかのインパクトだった。第11週第52回、家庭裁判所設立を託された課程局局長・多岐川幸四郎(滝藤賢一)が、滝に打たれる……。
◆多岐川なら滝行くらい朝飯前と考えた?
いや、何で? 滝藤という苗字だから滝行とか? ちょっとしたシャレだとしても、絶対この場面いらないでしょとツッコミたくなる。だけど同時に妙に納得してしまう。
この滝行の初登場場面の直前、最高裁判所長官・星朋彦(平田満)が人事課長・桂場等一郎(松山ケンイチ)と秘書課長・久藤頼安(沢村一樹)に「どうだい、例の件は」と聞く。すると久藤が、「あの人なら、きっと、やり遂げてくれるでしょう」と答える。
そう納得させるからには、ちょっと浮世離れした人物像のほうがいいんじゃないか。だったら滝行くらい朝飯前だろう。きっとそういうふうに考えて、あの蛇足的場面が描かれたのではないだろうか?
◆家庭裁判所準備室前で“七輪でスルメイカ”
滝行だけでない。日常の素行も相当風変わりな人。桂場から家庭裁判所準備室へ異動命令を受けた主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)が、さっそく配属先に向かう。法曹会館に行けと言われたが、準備室があるのは屋上。
入ってすぐ、ぱちぱちと音が鳴っている。何だろと思ったら、多岐川が七輪でスルメイカを一匹炙っている。まさに朝飯前のスルメイカといったところだろうか。「中で早く食べよう」と言って、中に入る。
屋上に急遽仮設したバラック小屋で、寅子は旧友たちと再会する。挨拶も早々に、餓死した裁判官・花岡悟(岩田剛典)の話題になる。すると、多岐川が「大馬鹿たれ野郎だね」と言うのだが、大切な友人だった花岡を侮辱された(と思った)寅子は撤回を求める。多岐川は頑として意見を変えない。
◆優三に代わる“驚異的な三枚目役”
「君も正しい、俺も正しい。それでいいだろ」と言って、半ば一方的に議論を打ち止めた多岐川は、炙ったイカをぱくり。さらに日本酒をぐびっと飲み始める。家庭裁判所設立という大役を担う室長の行動として、これは先が思いやられる。
いやでも確かに役柄としての役目は家庭裁判所設立だけれど、寅子との口論のコミカルな間合いなど見ていると、滝藤自身はあえて三枚目キャラを引き受けているように思われる。
寅子の戦死した夫・佐田優三を演じた仲野太賀が徹底的に三枚目を担っていたが、優三がいない今、自分が驚異的な三枚目役を一身に背負っていこうという強い意思すら感じてしまうのだ。
◆完全にチャップリン? 朝ドラの喜劇王
第8週第40回。優三が寅子に見送られて出征する後ろ姿を思い出してみる。どこか柔らかくペーソス漂うその背中は、喜劇王チャップリンさながらではなかった。
するとどうだろう。優三の後に三枚目役を引き受ける多岐川の口元にはちょび髭。山高帽とともにチャップリンのトレードマークになっていたのが、ちょび髭だ。ドタバタな動きを特徴とするスタイルは、スラップスティック・コメディと呼ばれる。
『街の灯』(1931年)のチャップリンに負けないぐらい、ぐでんぐでんの酔いどれになったり、「眠気覚ましだ」と言って、「ピンピンピンピンピン……」と発しながらわけのわからない踊りで身体を温めようとする多岐川は、まさに“朝ドラの喜劇王”である。
でも単にコメディアンなわけでもない。実は戦後、困窮する子どもたちを見て、自分の人生は彼らのために捧げる覚悟を決めた熱い人物でもある。
多岐川の口癖は「つまり、愛だ」だが、その意味でも、戦後、世界の映画人に温かく愛のあるエモーショナルな表現性で影響を与えたチャップリンとやっぱり共通するなと思う。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu