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お金に困って“子宮を売り渡した”貧困女性と、買った夫婦の“息が詰まるような罪悪感”。代理母出産をめぐるドラマの結末は

女子SPA! 2024年7月2日 15時46分

 観れば観るほど考えさせられてしまう今期のドラマが、『燕は戻ってこない』(NHK総合、火曜よる10時~)だ。真っ向から不妊、代理母、若い女性の困窮、性と生殖の問題に取り組んでいる。原作は、桐野夏生さんの同名小説で、原作にほぼ忠実に物語は進んできた。

 ドラマの冒頭には、毎回、「現在、第三者の女性の子宮を用いる生殖医療『代理出産』について、国内の法は整備されていない。倫理的観点から、日本産科婦人科学会では本医療を認めていない」というテロップが出る。

 とにかく登場人物の誰もが「エゴの塊」なのだ、客観的に見ると。ただ、誰も悪くはない。

 そして誰もが必死に生きている。だからこそ観ていて苦しくなる。

◆産まれる前から、人間はすでに不公平

 自分と息子の「特別な才能」を継いだ3代目が見たい女性。彼女は代理母出産の契約に2千万円を出すことも厭わない。息子はそんな母に同調、自分の遺伝子を継ぐ子を切望する。その妻は、産めないことへの強いコンプレックスを抱えている。代理母を頼むのは「搾取」だと非難しながら、夫の意図を翻せない。心は少しずつ夫から離れていく。そして代理母は、金のために子宮を売り渡す。

 大石理紀(リキ)は、都内の病院で事務職として働く派遣員だ。古くて薄暗い病院で、朝8時から夕方5時半まで働いて手取りは14万円。日当たりの悪い格安アパートに5万8千円の家賃を支払い、残りの8万2千円で暮らしている。生まれ育った北海道で介護の仕事をしながら200万という金を貯めて、何もない場所から何でもある場所、東京へとやってきたのだが、生活は苦しく、まったくゆとりが持てずにいる。

「一度でいいからお金の心配のいらない生活がしたい」と思うほど、リキは日々、汲々としている。同じ給料でも、東京に実家がある人ならまったく違うお金の使い方ができるはず。産まれる前から、人間はすでに不公平なのだ。同僚のテルは、給料だけでは暮らしていけないと週末には風俗の仕事をしているほどだ。

 そんなテルから、卵子提供のアルバイトがあると言われたのが、物語の発端だ。リキを演じているのは石橋静河。どこか投げやりな感じ、心の中をうまく言語化できず、だが自分の不満や置かれた現状を客観視できる今どきのアラサーを、ごく自然にリアルに演じている。

◆お先真っ暗な現状から、抜け出したくて代理母に

 そして彼女は卵子提供ではなく、「代理母」への道を歩んでいく。それを依頼したのは、草桶基(稲垣吾郎)、悠子(内田有紀)夫妻。世界的バレエダンサーだった母・草桶千味子(黒木瞳)は、息子の基が悠子と不倫し、ダンサーである妻と離婚して再婚したため、悠子を快く思っていない。しかも、息子夫婦にはなかなか子どもができない。千味子は、自分と息子の遺伝子を継ぐ者の誕生を熱望している。悠子にとって義母にあたる千味子の存在感は、原作よりドラマのほうがずっと大きい。そして基も、「おかあさんと僕の遺伝子を継いだ子をバレエダンサーにしたい」と何の疑いもなく思っている。

 ところが悠子は三度流産したあと、もう子どもはむずかしいと言われてしまう。だが基はあきらめきれない。そこでアメリカの生殖医療専門クリニックの日本エージェントに登録し、紹介してもらったのがリキというわけだ。

 リキは1千万円という報酬をもらい、代理母になる決意を固める。とにかく今の状況から抜け出したかったのだろう。アパートの自転車置き場で、怒鳴り散らす変なオヤジにからまれ続け、節約のためランチさえまっとうに食べられない。もうじき30歳、お先真っ暗な現状から、どんな手を使っても抜け出したい。人工授精で子どもを授かれば、今の困窮生活から逃れられる。彼女はそう考えた。基と悠子は書類上、離婚し、リキは基と婚姻届を出した。子どもを産んだらすぐに離婚して、基と悠子は再度、婚姻届を出す。そういう手はずになっていた。

◆妊娠したが、依頼者の子どもかどうか分からない

 前金が振り込まれた。だが人工授精をする数日前、彼女は実家に戻り、以前の不倫相手に会ってホテルに行ってしまう。それは基が、地元に帰るなら連絡くらいすべきだとか、日常生活における細々とした注意を書き送ってきたのが原因だった。自分の自由を侵される恐怖と怒りから、彼女は元不倫相手と寝たのだ。さらに東京に戻ってから、今度は、代理母になると決めたとき、どうしても気持ちいいセックスがしたくなって女性用風俗で買い、そのまま友だちになったダイキとも寝てしまう。リキの心の中には、「生殖のために買われる」ことへの違和感がつきまとっていたのだろう。

 人工授精の結果、妊娠したが、リキは「おそらく基の子だ」と思いながらも不安が拭いきれず、基の妻の悠子にすべてを打ち明ける。悠子はそもそも、代理母には前向きではなかった。だが自分が原因で基夫婦を離婚させたこと、不妊も自分が原因であることなどから、どうしても反対ができなかった。リキが妊娠したと聞いたとき、悠子は「自分の存在って何?」と衝撃を受ける。夫の子ではあるが、自分の子ではないのだ。それでも夫の子を育てていけるなら、夫が喜ぶならと受け入れた。だが、リキは、他の男の子である可能性もあるというのだ。悠子はその話を夫にすることができなかった。

◆子どもは誰のもの? 人の心は契約では縛れない

 リキはひどいつわりに苦しむ。子どもは男女の双子だった。悠子は「産めなかった自分」がつらくてたまらない。自分が蚊帳の外に置かれているようで、孤独感に苛まれる。そしてついに秘密を抱えきれず、リキの子が他の男の子である可能性もあると夫に告げる。

 契約違反だといきり立つ基。だが、人の心は契約では縛れない。

「子どもって誰のものなんでしょう」

 妻からリキの素行を伝え聞いた基がリキに投げかけた言葉だ。リキはそれには答えない。堕ろせるのは21週の6日目までですからと淡々と答える。

◆遺伝子を残すために手段を選ばないのは人間だけ

 世の中には子どもができず、特別養子縁組をする夫妻がいる。あるいは里子を育てている人たちもいる。子どもがいない生活を楽しもうと決めるカップルもいる。また、悠子の友人の画家・りりこ(中村優子)のように誰ともセックスはしないと決めている人もいるだろう。産む女、産まない女、産めない女……。それぞれに苦悩を抱えている。

 遺伝子を残したいのは生き物としての本能だろう。だが、遺伝子を残すために手段を選ばないのは人間だけだ。そして「子」を巡っては、女性だけが心身ともにつらい思いをする。その理不尽さを、リキも悠子も痛いほど味わっているのだ。悠子の義母である千味子でさえ、つわりに苦しむリキを手伝いにいって罪悪感を覚えてしまう。原作にはないシーンだが、黒木瞳がその罪悪感を悠子に向かって吐き出すシーンは迫力があった。ただ、人は生まれながらに不公平であり、千味子の罪悪感が「持てるものだけが覚える上から目線の罪悪感」なのが虚しい。

 それぞれの女性たちが抱える、それぞれの喜怒哀楽と息詰まるような心理を、このドラマは丁寧に描いている。男にとって女にとってと性別でカテゴライズするのはむずかしい時代だが、それでも「産む」のは女に限られている。どうがんばっても男には産めないのだ。だからこそ女は哀しい。そして女はたくましい。

 9回目の最後、基がりりこの家にいるリキを訪ねてくる。話している途中でリキが破水した。最終回、どういう結末が待っているのだろうか。

<文/亀山早苗>

【亀山早苗】
フリーライター。著書に『くまモン力ー人を惹きつける愛と魅力の秘密』がある。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。Twitter:@viofatalevio

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