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39歳になった山下智久がもっと評価されるべき理由。主演作からわかる“到達した境地”とは

女子SPA! 2024年7月3日 15時46分

 世帯視聴率だけでテレビドラマを評価できなくなってる時代だからこそ、物語とは別に俳優の演技をもっと真剣に見つめるべきではないだろうか?

 2024年6月26日に最終話を迎えた山下智久主演の『ブルーモーメント』(フジテレビ)は、そのことを改めて考えさせてくれた。これまで高視聴率俳優を担ってきた山下の演技をほんとうの意味で読み解くことができる作品が本作だからだ。

 イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、本作のテーマそのもののように写る山下智久を解説する。

◆完全に温まった状態の演技

『ブルーモーメント』の山下智久が、あまりに素晴らしかった。集大成だとか新境地だとか、そんなヤワな形容では到底語り尽くせないだろう。確かに気象研究官にしてSDM(特別災害対策本部)の一員という主人公の役柄は、山下にとっての初体験だとしても。

 山下扮する晴原柑九朗が指揮官として出動する現場は、どこも凍てついた場所ばかり。でもそんなところでも山下の演技の温度は極めて高い。サーモグラフィーで測れば、彼の周囲だけが異常にホットな数値が計測できるんじゃないか。

 それくらい本作の山下の演技は、完全に温まった状態。向かうところ敵なし。常にアベイラブルな戦闘態勢だとも言える。では、具体的にどこがどう素晴らしかったのか?

◆永瀬財地の喋り方とそっくり

 第1話冒頭からして、パソコン画面を見つめるその表情が、物語る顔としての準備を整えている。どの場面でも次々冴えわたる。例えば、新人の雲田彩(出口夏希)が晴原の助手として入ってきてからの場面。

 彩が元気よく出勤すると、晴原が床に寝袋を敷いて寝ている。SNSのフォロワー50万人。テレビで人気のイケメン気象解説者の一面もある爽やかさとは裏腹。新人だろうが、構わずに毒舌を浴びせる。

「興味もない場所で無駄に働こうとする人間に……」と早口でまくし立てるのだが、これは山下が『正直不動産』(NHK総合、2022年)で演じた役柄を彷彿とさせる。嘘がつけない元悪徳不動産営業マン・永瀬財地が、本音をぶちまけるときの饒舌な喋り方とそっくりではないか。

◆名演を繰り出す無骨なサイボーグ

 あるいは、初の出動命令で、雪崩が起きた現場に急行する場面。晴原は、防災担当大臣・園部肇一(舘ひろし)の力を借りながら、市長のところへ乗り込む。市長は礼儀知らずな態度を戒めようとするが、晴原には関係ない。

 彼の最大の優先事項は、人命救助だから。「そんなことは甘んじて受け入れてください」と市長を怒鳴る姿もまた永瀬財地が吐く決め台詞に似ている。しかも堂々たる仁王立ちは、『今際の国のアリス シーズン2』(Netflix、2022年)で素っ裸の状態で山﨑賢人扮する主人公に立ちふさがるキューマ役の姿を思い出させる。

『ブルーモーメント』の山下は、過去に演じたキャラクターを総動員することで、それぞれの場面で名演を連打している。無双状態。名演を等間隔で正確無比に繰り出す無骨なサイボーグのようでもある。

◆数字だけで判断するのはどうなのか?

 第1話から名演を数え上げたらきりがないほど。でもどうやらそんな山下の力量と力技があっても本作全体への評価は、思ったほどには高評価でもないのだ。

 山下智久というと、テレビドラマの視聴率低迷の時代に、それでも数字がとれる俳優としてのイメージがある。だから今回も救世主的に白羽の矢が立ったのだろうけれど、そういう過度な煽りがそもそもおかしな話ではないか。

 だってどれだけ山下が名演を刻もうが、お構いなしに数字だけで判断されることになるのだから。第1話の世帯視聴率は、8.6%。第2話も8%台だったが、3話から下降気味になり、第8話、第9話が、6.6%、最終話(第10話)は6.3%だった。

 物語の内容が鈴木亮平の『TOKYO MER~走る緊急救命室~』(TBS、2021年)と似ているとの批判もある。でもね、我らが山Pの演技の温度が、こんなにほっかほかの数値であることだけで十分だと思うんだけれど……。

◆スマートな演技一本勝負でテーマそのものに

 本作を読み解く鍵は、数字ではないのは明白だと思う。もっと画面上の演技を見てほしい。繰り返しになるが、山下の演技の温度を各場面ごとに敏感に感知できるか、できないか。「日の出前と日の入り後のわずかな間」にしか観測されないブルーモーメントのように、山下智久を感じられるか、感じられないのか。

 つまり、山下の演技自体が、本作のテーマそのものだというと。これまで彼が演じてきた過去作の演技の集大成でありながら、ザ・山Pと言えるような要素は極力削ぐことで、ギュッとスマートに集約されている。

 人命救助という点では、山下を代表する「コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-」シリーズ(フジテレビ)とテイストは似ているのに、同シリーズや『正直不動産』など、冒頭で必ず上半身をさらけ出していた山P的なものはどこにも見当たらない。第4話で「限界だ」と言って、白衣を脱いで、ネクタイを緩めることはあっても素肌までは見せない。

 筋骨隆々な山下が脱ぐのは、もはやサービスショットを超えた署名のようなものなのだが、スマートな演技一本勝負で、新たに署名を書き換えたかのような本作の山下智久が、どこまでも清々しく写る。

◆山Pがちょっと顔を覗かせてくれた 

 こうして新たな署名を得た山下は、ぼくらが親しみを込めて呼ぶ山Pと同一人物でありながら、でも今までとはまるっきり異次元の存在になった気がする。

 史上最大規模の台風が関東圏で猛威をふるう最終話を見るとどうだろう? 意外過ぎるほどあっさりしている。人命救助を題材とする民放テレビドラマなら、劇的にエモーショナルでもっと大味な大団円を迎えてもおかしくない。

 にも関わらず、本作では災害現場で窮地に陥る綾を全力で救出するクライマックスでさえも大袈裟な演出が明らかに控えめになっている。現場で指揮をとる晴原は基本的にパソコン画面に向かって解析を行い、常に冷静。闇雲に現場を走り回る姿はどこにも見られない。

 晴原の透徹した眼差しは、山下にとって海外ドラマ初主演となった『神の雫/Drops of God』(Hulu、2023年)の遠峰一青がどんな銘柄のワインも嗅ぎ分ける瞬間の表情と酷似する。近作を通じて山下智久は、今、研ぎ澄まされた感覚の境地へ到達したように思う。

 そんな境地を目指してまだがむしゃらだった時代。バスを追いかけて猛ダッシュしていた山下の代表作、『ブザー・ビート~崖っぷちのヒーロー~』(フジテレビ、2009年)の頃が懐かしい。

『ブルーモーメント』ではほとんどダッシュしないけど、明日に向かって爽やかに駆け出していく晴原がラストのワンショットになったのは、やっぱりぼくらが知ってる山Pがちょっと顔を覗かせてくれたから?

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu

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