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新月9『海のはじまり』、主演&スタッフだけじゃない『silent』との共通点

女子SPA! 2024年7月8日 15時46分

続きが見たい! と思わせる理想的な第1話だった。

月9『海のはじまり』(フジテレビ系 月曜よる9時~)は、ある日突然、自分に娘がいた事実を突きつけられた月岡夏(目黒蓮)が“家族”について考えてゆく物語。

第1話では夏と娘らしき海(泉谷星奈)との出会いと、夏と海の母・南雲水季(古川琴音)の大学時代の回想が、30分拡大版で丁寧にエモーショナルに描かれた。

◆まったり見ていたら、最後にぎょっとなる

濃いめのアイスラテのようにほろ苦い青春の恋の思い出を、琥珀糖(こはくとう)のような透明でひんやりした映像でまったり見ていたら、最後にぎょっとなる。ホラーとまではいかないけれど、これからの月岡夏の行く末を思うと心がざわつく。

月岡夏には、百瀬弥生(有村架純)という年上の恋人がいる。ある日、夏の部屋で夕飯を食べながら夏休みの予定を考えていたところ、思いがけない連絡が入る。大学時代、夏がつきあっていた水季が亡くなったのだ。

葬儀に参列した夏は、そこで6歳になる水季の娘・海を気に留める。水季はこの6年、シングルマザーとして娘を育てていたのだ。

幼い少女・海の傍らには、祖母・朱音(大竹しのぶ)や水季の勤務先の同僚・津野晴明(池松壮亮)がいる。津野は、海の父親なのか?と夏が勘違いするほど、海に親身だ。

とはいえ、やっぱり母ひとり子ひとり、母を亡くした水季を「かわいそう」と無責任に同情する外野に夏は苛立(いらだ)つ。

◆泉谷星奈の名演技に実は大人じゃないかと思ってしまう

「聞かなくていいよ」とイヤホンを貸して周囲のノイズからシャットアウトさせたうえで、スマホに残してあった水季のムービーを海に見せる。それは海(sea)が大好きだった水季と海に行ったときの思い出の映像だった。

満面の笑顔で浜辺を海(sea)に向かって走る水季の生き生きした姿に海(娘)は見入る。映像を見ながら泉谷星奈がゆっくり笑顔になるところが名演技過ぎる。とても大人びていて、実は大人なんじゃないかと思ってしまう。まさか死んだ水季が乗り移っているんじゃないかと思うくらい(それは違うドラマ)。

夏と海、ふたりにとって水季は大事な存在で、その大切な人の記憶を、ふたりは一瞬共有する。ただそれだけの行きずりの関わりのはずだった。ところが、東京に戻ってきた夏の部屋に、海がひとり訪ねてくる。かつて水季に部屋まで連れてきてもらったというのだ。海に「夏君、海のパパでしょう?」と問いかけられて……。

ぞくり。知らない間に自分に子供がいて、すっかり大きくなっていたらかなりビビる。

しかも、突然、訪ねて来て、前に母につれて来られたことがあると大人びた調子で言われたら、その動揺はかなり激しいに違いない。いまはほかに恋人がいて、この部屋に通ってきているのだからなおさらだ。

ただ、夏は水季と8年くらい会っていなくて、海は6歳。一瞬、夏と別れてから子供ができたのかなと思うような、いろいろミステリアスな煙幕も張りつつ、やっぱりーーという展開(海はもうすぐ7歳になることがわかる)。

◆目黒蓮と古川琴音のやりとりは涙なくしては見られない

複雑な人間もようを、言葉の魔術師・生方美久の巧みなセリフが彩る。固有名詞の「海」と「夏」と人名の「海」と「夏」でいささかややこしい、これがポイント。「海好き」「夏好き」がダブルミーニングになる。

なにごとも曖昧(あいまい)な夏に対して、自分の意思がしっかりし過ぎている水季。性格は対称的だが、水季はある点においてはなぜか曖昧になる。そこで生きるのが「海」と「夏」の言葉だ。

大学時代、夏とつきあい、水季は妊娠した。中絶するための書類に夏にサインをもらおうとするとき、気丈にふるまう水季と、驚きとなんともいえないじわじわした感情が心と瞳を浸していく夏。

「ごめん」「一週間不安だったよね。ごめん 気づかないで。ひとりで一週間も。不安な思いさせてごめん ごめん」とひたすら謝る夏。こみあげてくる水季。彼女は、夏に迷惑をかけたくないと思っている。

「書いて」と促す水季に、「ほかの選択肢はないの?」と夏はちゃんと彼女の気持ちを慮り、中絶以外の選択肢はないのか問いかけるのだが、「私が決めていいでしょう」と押し切られ、泣きながらサインをしてしまう。

このシーンの目黒蓮と古川琴音の不器用すぎるやりとりは涙なくしては見られない。ふたりとも型にはまらない、心の揺れを演じている。

若すぎて青すぎるふたりの意地っぱりと勘違いの思いやりが折り重なって、取り返しのつかない瞬間が出来上がる。

何よりも胸に迫る思い出とは、ほんの数秒のズレによる取り返しのつかない一瞬なのだ。

◆胸の痛みは満潮となった

水季はそのまま大学を辞め、夏から離れる。

「夏くんより好きな人ができちゃった」それは水季のせいいっぱいの嘘で、でも本当でもあって。

そして夏は勘違いしてしまう。ここで夏が、夏より好きな人とは水季に宿った子供であることに気づけばよかったのに、というのも酷な話か。

水季が選んだ相手に「散々ふりまわされてどうせ最後は捨てられる」と、夏は悔し紛れに予言するが、それは当たってしまった。水季は海を捨てたわけじゃないけれど、娘を母のない子にしてしまうのだから。

それから8年、いま、夏の家には海がいる。海の持っていた水季のスマホには、海が撮ったムービーが保存されていた。

そこで水季は寒いのが苦手と言いゴロゴロして、「夏が好きだから」「夏が一番好きなの」「夏はママがもらいました」「(冬眠とは)夏がお迎えくるまでひっそりしていること」と「夏」を連発する。

これはsummer ではなく自分のことだと感じたかのように夏は涙する。でも、水季が一番好きなのは、海。

海にもう1回見せてと言われてスマホのムービーを再生すると「海好きー」「海大好きー」と絶叫する水季。ここでようやく、あのとき水季が、夏より好きな人ができたと言った真実に気づいても、あとの祭り。

8年も前に取り返しのつかないことをしていたと、後悔の海に溺れそうな夏の心情に、主題歌back number 『新しい恋人達に』がかぶさって、胸の痛みは満潮となった。

◆死者をも加えた家族の物語なのではないだろうか

「ママ終わったの?」「ママ終わっちゃったの?」

死の概念がわからない海に、「死んでも、終わってはないない」と夏は答える。

すかさず海は「夏君、海のパパでしょう? 夏君のパパ いつはじまるの?」と尋ねた。

冒頭、水季が「海(sea)がどこから始まってるか知りたいの?」「終わりはないね ずーっと海で」と海(娘)に語っていた。

境界のわからない海のはじまりと終わりと死のはじまりと終わりはどこか似ている。死とはどこからが死なのか。ほら、よく、人は忘れられたときが本当の死だというではないか。

水季の肉体は死んでも、夏に海を託し、心は死なず、思い出も死なず、永遠に生きる。

『海のはじまり』とは、死者をも加えた家族の物語なのではないだろうか。

◆『silent』は冬のブルー、今回は夏(summer)のブルー

夏なのに、どこかひんやりしたブルーの色味は、海や死を思わせる。窓ガラスの透明感をはじめとして、なにげない電車の手すりまで薄いブルーに見える。

これは生方美久脚本、風間太樹監督、村瀬健プロデュース、目黒蓮主演で社会的ブームを巻き起こした恋愛ドラマ『silent』のときも愛された風間ブルーである。『silent』は冬のブルーだったが、今回は夏(summer)のブルーだ。

主人公・夏のこれからが気になるのは無論だが、この非常事態を見て最も気になったのは、現在の夏の恋人・弥生のことだった。彼女が元カノとの子供がいることを知ったら当然動揺するだろう。

第1話のほとんどが、夏と水季との回想で、それがあまりにキラキラしていて、ちょっと弥生の立場がないだろう。そのうえ、夏が別れて8年もの間、スマホに水季のムービーや写真を残してあった事実がキツイ。

いま、水季が生きて現れるよりも、美しい思い出は最強なのである。

<文/木俣冬>

【木俣冬】
フリーライター。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』など著書多数、蜷川幸雄『身体的物語論』の企画構成など。Twitter:@kamitonami

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