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教師から生徒への性暴力に気づいた“保健室の先生”、加害者を突き止めようとするも「立ちはだかるカベ」とは?<漫画>

女子SPA! 2024年7月10日 15時46分

性被害によるトラウマが、こんなに長くつづくとは知らなかったーー漫画家の、さいきまこさんは言う。

新刊『言えないことをしたのは誰?』(現代書館)は公立中学校が舞台で、主人公の神尾莉生(かみお りお)は養護教諭、いわゆる“保健室の先生”だ。

保健室をよく訪れる女子生徒の不調の原因が、教師からの性暴力にあると気づいた莉生は、被害者に寄り添い、加害者を突き止めようとする。が、その道のりは険しい。一歩進むごとにレイプ神話、セカンドレイプ、教育現場の問題、さらには法律の問題といった、さまざまな壁が立ちはだかるからだ。

本記事では、同作の上巻から一部を抜粋して紹介。綿密な取材のうえ本作を描ききったさいきさんに話をうかがった。

『言えないことをしたのは誰?』著者のさいきまこさんは、学校内性暴力という、性暴力のなかでも特に表に出てきにくいものを描くために、連載に先駆けて1年以上を取材に費やしたという。

そのなかで思い知ったのが、性暴力被害者がトラウマを抱えながら生きる時間の長さだ。

さいきまこさん(以下、さいき)「性暴力は被害に遭っているそのときがつらい、というイメージが社会に根強くあると思います。だから『忘れて、前を向きなさい』と被害者に声をかける人がいる。その瞬間の記憶を捨て去ることができたら、あとは立ち直れるでしょう、という意味なのだと思います。

これはセカンドレイプのひとつですが、トラウマが何年どころか何十年、人によっては一生を支配されるほどつづくと知らなければ、これもよかれと思っての声がけになるのでしょう」

◆災害より長くつづくPTSD

トラウマ体験には戦争や被災、交通事故なども含まれるが、それらと比べても性暴力被害はその後にPTSD(心的外傷後ストレス障害)となる確率がずっと高いことが、世界規模の研究でわかっている(*)。PTSD診断の平均持続時間についても、性暴力被害の場合は110カ月、事故災害の場合の41.2カ月とは大きな差がある。

*Kessler, R. C et al.(2017). Trauma and PTSD in the WHO World Mental Health Surveys. European Journal of psychotraumatology. 8(sup5)

さいき「スクール・セクシュアル・ハラスメントの防止と被害者支援を目指す団体への取材で、相談の電話をかけてくるなかには60、70代の人もいると聞きました。その年齢になるまで、ずっと誰にも言えなかった。それどころか、自分が性被害を受けたのだと気づきもしなかった人もいると思います」

主人公の養護教諭・莉生が出会った被害女性・円城遥(えんじょう はるか)は、それを「時限爆弾」と表現する。いつ爆発するかわからない時限爆弾を抱えて生きる、その人生がいかに困難か。

◆自分を責めるしかなかった

さいき「そうして相談される方たちも、60、70代まで時限爆弾が爆発しなかったわけではなく、早々に爆発していた人も多いと思います。でもそれがたとえば、『中学のときに先生から受けた性暴力』が原因だ、と気づくのはむずかしい。

遥も精神科を受診し、うつ病の薬を処方されていました。けれど服薬しても、まったくよくならない。本当の原因にたどり着いていないからです。ずっと不安定で、何をやってもうまくいかず、自分はダメな人間だと思う……電話相談してくる60、70代の女性たちも、そんなふうに自身を責めながら生きてきたのではないでしょうか」

文部科学省の調査(2022年「人事行政状況調査」)によると、児童生徒または18歳未満の子どもに対し性暴力を行ったとして、2022年度に処分を受けた公立学校教員は、119人。いうまでもなく氷山の一角に過ぎないが、1人の教師が出した被害者が1人とはかぎらない点にも注意が必要だ。

『言えないことをしたのは誰?』の加害教師も、何年にもわたって複数の女子生徒を毒牙にかけていた。校内で加害行為をしていながら発覚しなかったから、つづけてこられた。なぜそんなことが可能なのか?

◆たまたま、事件が起きた

さいき「学校の現場では、『先生が、まさか』『先生が生徒にそんなことをするわけがない』という前提が共有されていると、取材で感じました。最近は、学校での教師による性暴力がニュースになることも多いですが、同じ県内の学校でそんな事件があったという報道を見たら、おそらく『あの学校にはたまたま、悪い教師がいた』と解釈するのではないかと思います」

その見方こそが、加害教師にとって有利となる。

莉生は職員室で、性暴力が現在進行形で起きている可能性を教師たちに訴えた。しかし教師たちはそれを信じないどころか、「同僚をそういう目で見てたってどうなの」と莉生に対して不信感を募らせる。

◆いじめと性暴力の共通点

さいき「教師を疑うよりも生徒を疑うのが、学校の体質なのかもしれません。悲しいことですが、そんな空気も取材で感じました。生徒の言うことを受け止めたり真に受けたりしたら舐められる、という意識がいき渡っている学校もあるようです」

本作には、早退した生徒のことを“仮病”と決めつけるシーンがある。それと、生徒の性被害を疑い、教師の言い分だけを信じることは、地続きの問題だろう。

さいき「性暴力って、見ようと思わなければ本当に見えないものなんです。現に起きていることを否定するような雰囲気が、学校という場にはあるのでしょう。性暴力だけでなく、いじめを苦に生徒が自死した事件で、校長が『本校にいじめはない』と言い切るコメントは、みなさんも何度も目にしたことがあると思います。『うちの学校にかぎって』は組織防衛の考えからくるものだと思いますが、とても恐ろしいです」

加害行為の責任はすべて、加害者自身にある。しかしそれを実行しやすい環境、継続しやすい環境がなければ、犯行を未然に、あるいは最小限に食い止められるはずだ。

◆生徒をグルーミングするのは簡単?

さらにむずかしいのは、生徒が「自分は性暴力に遭ったのだ」と認識できずにいるケースだ。子どもの性暴力は、被害認識を持ちにくい。理由としてまず、日本では性教育が遅れていて子どもに知識がないことが挙げられるが、加えて、大人から子どもへの性暴力には「グルーミング」がともなうことも忘れてはならない。

グルーミングとは、「手なづけ」と訳されることが多く、大人が性的接触を目的に、親切や好意を示しながら子どもに近づき信頼や依存を高めることであり、一種のマインドコントロールだといわれる。

本作でも加害教師は、複数の生徒にグルーミングを仕掛けるが、生徒の“個性”にあわせてその手法を変えている。

さいき「私がストーリーを考えるなかで、加害教師の立場に立って、その生徒たちのことを想像してみたんです。性格も生活環境も交友関係もバラバラの少女たちを、グルーミングするにはどうすれば? と。そしたら意外なことに、スラスラと浮かんできたんですよ。この子にはこんな言葉をかければいい、こっちの子にはこんな態度を……といった具合に」

◆教育改革と学校内性暴力

作中でグルーミングされるのは、13~14歳の女子生徒。背伸びして大人ぶっている生徒もいるが、子どもである。大人からすれば何を求めているのか、何を期待しているのか、逆に何が弱みなのかが、手に取るようにわかるということだろう。

そうして子どもが、教師との行為を「自分から望んでした」と思い込まされる。

さいき「加えて、日本では『上の言うことには絶対服従』という空気があります。企業でもそうだと思いますが、学校現場では、2006年にはじまった教育改革で“ゼロトレランス教育”が導入されたことが大きいでしょう。ゼロトレランスとは“寛容ゼロ”という意味で、規律に違反する生徒がいれば厳しい処罰措置をとるという方針……要は、締め付けです。そんななかで、生徒が個人の意見を表明しやすいわけがないですよね」

性暴力とは、同意のない性的行為のすべてを指す。示された「NO」が全面的に尊重されれば、性暴力は発生しない。しかし、ただでさえ教師と生徒という絶対的な上下関係があるうえに、締め付け教育が行われている学校で、教師に「NO」をはっきり示せる生徒はどれだけいるだろう。

◆生徒に向き合おうにも…

さいき「そうした状況は、権力を持った加害者にとってはたいへん都合がいいだろうと想像できます。そのわりに、これは作中の男性教師がつぶやいたセリフでもあるのですが、『教師が自分の権力性に無自覚すぎる』んです。いまの学校現場で、加害教師が動きにくい環境を整えられるかというと、非常に絶望的な気持ちになります」

昨今の教師は、多忙を極めている。過重労働で精神を病んだり志半ばで離職したりするケースがあとを絶たず、その影響で教師不足が深刻化している、というニュースを日常的に見聞きする。

さいき「事務仕事が終わらないとなると、生徒の話を聞く時間を削るしかない。ひとりひとりの生徒を見ていたら、身が持たない。向き合おうとする教師ほどつぶれてしまうのだろうと思わされました。この環境こそが、加害教師の思うツボ。生徒に目が向かない、同僚の動きにも目が向かないとなれば、やりたい放題できますよね」

◆主人公と被害生徒を阻む壁

主人公・莉生も私生活を投げ売って、生徒を守るために走った。それによってはじめて、小さな声を聞き取ることができた。

しかし「生徒が被害を受けた」ことを信じてもらうには、まだいくつもの壁があった。“厄介事(やっかいごと)”をきらう学校組織、教師にも親にも刷り込まれているレイプ神話……。

莉生と同僚教師、被害に遭った生徒たちがその壁をどう崩していくのか。『言えないことをしたのは誰?』を、フィクションの世界の出来事としてではなく、「現実に起きていること」として見守ってほしい。

<取材・構成/三浦ゆえ>

【三浦ゆえ】
編集者&ライター。出版社勤務を経て、独立。女性の性と生をテーマに取材、執筆を行うほか、『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』(宋美玄著、ブックマン社)シリーズをはじめ、『50歳からの性教育』(村瀬幸浩ら著、河出書房新社)、『リエゾン-こどものこころ診療所- 凸凹のためのおとなのこころがまえ』(三木崇弘著、講談社)、『新生児科医・小児科医ふらいと先生の 子育て「これってほんと?」答えます』(西東社)などの編集協力を担当。著書に『となりのセックス』(主婦の友社)、『セックスペディアー平成女子性欲事典ー』(文藝春秋)がある。

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