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「彼女が誘ったとか」教師から性暴力にあった女子生徒が叩かれる…セカンドレイプが多い理由とは?<漫画>

女子SPA! 2024年7月13日 15時46分

身近な人から「性被害に遭った」と聞かされたときのことを、想像してほしい。最初になんと声をかけるだろうか。喉(のど)まで出かかった言葉を飲み込むこともあるかもしれない。言葉によっては、相手をさらに傷つけかねないからだ。

教師から生徒への性暴力を描くコミック『言えないことをしたのは誰?』(現代書館)。養護教諭・神尾莉生(かみお りお)は、勤務先の公立中学で教師から女子生徒への性暴力が行われていると知る。被害者に寄り添い、加害者を暴こうとする莉生を阻むものがいくつかある。

そのひとつがセカンドレイプーー性暴力被害者に対してかけられる、性暴力の原因が被害者側にもあったとする言説や、被害に遭ったこと自体を疑ったり、被害を矮小化したりする言説だ。

本記事では、同作の下巻から一部を抜粋して抜粋。綿密な取材のうえ本作を描ききった、さいきさんに話をうかがった。

セカンドレイプについて、『言えないことをしたのは誰?』著者のさいきまこさんはこう話す。

さいきまこさん(以下、さいき)「セカンドレイプが多いのは、性被害が軽く考えられているからだと思います。たとえば『犬に噛まれたと思って忘れなさい』も、犬に噛まれたら犬を嫌いになるかもしれないけど、生涯引きずるトラウマになることはそう多くないでしょう。でも性被害によるトラウマは、その後の何年何十年、もしかすると一生影響が出るかもしれないんです」

◆被害者を非難する、典型的なセカンドレイプ

作中に出てくるセカンドレイプの一部を紹介しよう。

〈あの子に手を出す男がいるとは思えないもの〉

〈どうせ……あの子に何か落ち度があったんでしょ?〉

〈むしろ彼女が誘ったとか〉

さいき「ひどいですよね。でも、性被害の実態を知らないと、こう言っちゃうんだろうとも思います。私も取材をはじめるまで知らないことだらけでした、岸先生と同じです」

岸先生とは、作中のキーパーソンである。

教師から性被害を受けている女子生徒の担任だが、主人公の養護教諭・莉生とともに生徒の親を家庭訪問したとき、生徒に対してきつい言葉を投げつけた。そもそも被害自体を信じていなかったのだが、それと同時に悪気もなかった。

◆レイプ神話はどこから来た?

本記事で『言えないことをしたのは誰(下)』から抜粋し、掲載したのは、そんな岸先生が自分のなかにある「レイプ神話」に気づくきっかけとなった出来事だ。

さいき「岸先生が思っている『容姿がよくて性的魅力があると、変質者に目をつけられて性暴力に遭う』というのは、レイプ神話のひとつの典型です。私は、レイプ“神話”ってほんと言い得て妙だと思っているんです。ありえないことが、まるで現実であるかのように信じられているんですから」

さいきさんは、「でも私にも染み付いているんですよね」と付け加える。もちろん、筆者にも染みついている。

さいき「この考え、どこからきたの? って思うんです。知らないうちに身に着けていたことは、アンインストールがむずかしい」

作中の岸先生は、「なんで私は誤解なんかしてたの?」と過去を振り返る。多くの女性は、性的いやがらせや性暴力を受けた経験があるため、自身の経験と照らし合わせて気づきやすい傾向がある。

一方、男性はむずかしそうだ。

◆自分の内にしまっておく準備を

さいき「共感や理解しなくてもいいから、知っておこう、と思います。それはレイプ神話であって現実とは違うということを、知識としてインプットしておく。標語のようにくり返し唱えればいいと思います」

誰もが知る交通標語、「注意一秒 怪我一生」のような感じだろうか。

さいき「そうそう、『忘れなさい? 忘れられるわけないだろう、脳の傷なんだから』とかね。レイプ神話や差別心って、なかなかなくならないものです。でもそれを表に出したり、人にぶつけたりすることなく、自分の内にしまっておくことはできる。そのための標語を自分のなかに用意しておく、というイメージでしょうか」

◆触れていない=被害じゃない?

本作で採り上げられているレイプ神話のひとつに、「挿入されていないなら、それは軽い被害である」というものがある。莉生は、加害教師が女子生徒とふたりきりで会おうとしていることを知り、岸先生とその場に乗り込んだ。加害教師はまだ、生徒に触れていなかった。

さいき「事件のことが職員室で話されているとき、『被害は未然に防げた』という発言があり、莉生は間髪を入れずに『防げていません!』と返すんですよね」

信頼している先生が、性加害をするために自分を呼び出した。すでにグルーミングも行われている。莉生はそれを「被害は始まってた」と明言する。

さいき「これは私も、描きながら気づいたことです。以前の私なら『無事でよかった』と、このエピソードを終わらせていた可能性があります。不同意わいせつの被害者に『何もされなかったのなら、よかったじゃない』というのは、セカンドレイプなのに。

性的な対象としてモノのように扱われたという時点で性暴力なんだ、という認識に自分が至れてよかったです。露出や盗撮のようにまったく接触がないものも、被害は被害で、加害は加害です」

性被害が軽く考えられているのには、法律も関係している、と指摘するさいきさん。

さいき「性犯罪に対する量刑は、長いあいだあまりに軽かったと思います。強姦罪……現在の不同意性交等罪ですが、懲役になったとしてたった3年。その程度のことなんだ、と思われていたのでしょう。これが2017年の法改正によって、5年に引き上げられました。法務大臣が『強姦罪の刑罰=3年が、強盗罪の刑罰=5年より軽いのはおかしい』と発言したのがきっかけだったそうですね」

◆性交同意年齢が13歳→16歳へ

刑法は変わりつづけている。2023年には、ついに性交同意年齢が13歳から16歳に引き上げられた。

性交同意年齢とは、性行為に同意するかどうかを自分で判断できる年齢のこと。性教育が適切に行われていない日本で、13歳の子どもが大人から性行為を迫られたとき、同意・不同意をはっきり意思表示できる……という、およそ現実的でない刑法が、110年以上つづいてきた。しかも、子どもたちにはっきりアナウンスされることのないままに。

さいき「刑法の改正を審議する場でも、13歳と成人の真摯な恋愛は成り立つと主張する専門家がいたと聞いて驚きました。法の専門家や、司法の現場にいる人たちが、性被害の実態に精通しているわけではないのだと知りました。

本作の連載がはじまったのが2019年なので、中学校を舞台にしました。改正され16歳に引き上げらたあとだったら、舞台を高校にしていたと思います。16歳になるのを狙って加害してくる教師がいてもおかしくないのですから」

◆時効が来れば、罪に問えない

昨年の改正では、公訴時効もあらためられた。これまでは、強制性交等罪で10年、強制わいせつ罪で7年を過ぎたら、加害者を罪に問えなかった。

さいき「作中に、中学生のとき教師から性暴力を受けた円城遥(えんじょう はるか)という人物が出てきますが、彼女は26歳。最後の被害は15歳のときなので、彼女が25歳の時点で時効が成立したことになります。でもその年齢で、子どものときの体験を『あれは性被害だった』と認識するのは、とてもむずかしい」

性被害は、遥のその後の人生をとても困難なものにした。自身の被害経験と向き合えるようになった段階で、まだ相手の罪を問える可能性が残されていたら、彼女の回復は違ったものになっただろう、と思わずにはいられない。

昨年、公訴時効は不同意性交罪(旧・強制性交罪)が10年→15年に、不同意わいせつ罪(旧・強制わいせつ罪)が7年→12年に引き上げられた。18歳未満で被害を受けた場合は、18歳になるまでの年月を加算して時効をさらに遅らせる。遥の場合、33歳までは訴える選択肢が持てたことになる。

さいき「それでも、40代になってやっと『あれは性被害だった』とわかる人は少なくないといいます。公訴時効は撤廃が妥当だと思います」

◆先生と生徒の恋愛は少女漫画の定番

さいきさんが本作の連載をはじめてから現在に至るまで、法律は変わり、社会も少しずつではあるが変わっていくのを感じている。

さいき「漫画をはじめとする、フィクションの世界も、現実に応じて変わっていく必要があるように思います。何年か前になりますが、少女漫画誌に掲載されている作品の半分近くが、生徒と先生の恋愛ものだったことがあります。

漫画は、心情を細やかに表現できるし、真に迫る描写が可能です。若い読者が信じて、そうした恋愛や関係にあこがれるのも無理はないでしょう。でもそれにつけ込む大人がいることが、フィクションでも現実でも知らされないままでは、まずいのでは……と思うのです」

◆学校の図書館や保健室に置いてほしいとの声

しかし同時に、漫画には「手に取りやすい」「文章を読むのが苦手な人にもとっつきやすい」という大きなメリットがある。

さいき「連載時から『学校の図書館や保健室に置きたい、置いてほしい』という声をたくさんいただいて、今回の書籍化につながりました。まずはパラパラめくって、気になるところから入っていってほしい。漫画は、知識に触れるための入り口として間口が広いと思います」

子どもと、保護者、学校関係者をはじめとする、すべての人の目に止まりますように。そう祈りたくなる作品である。

<取材・構成/三浦ゆえ>

【三浦ゆえ】
編集者&ライター。出版社勤務を経て、独立。女性の性と生をテーマに取材、執筆を行うほか、『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』(宋美玄著、ブックマン社)シリーズをはじめ、『50歳からの性教育』(村瀬幸浩ら著、河出書房新社)、『リエゾン-こどものこころ診療所- 凸凹のためのおとなのこころがまえ』(三木崇弘著、講談社)、『新生児科医・小児科医ふらいと先生の 子育て「これってほんと?」答えます』(西東社)などの編集協力を担当。著書に『となりのセックス』(主婦の友社)、『セックスペディアー平成女子性欲事典ー』(文藝春秋)がある。

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