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「維新による文化軽視」と批判もあるが実情は…“博物館の収蔵品廃棄”の知事発言うけ館側が明かす

女子SPA! 2024年7月19日 8時44分

 2024年7月10日、奈良県の山下真知事の発言がSNS上で物議を醸している。7月16日から2027年度までの休館が予定されている奈良県立民俗博物館の対応を巡ってだ。

 奈良県は、休館中に収蔵品の整理と老朽化した電気設備の改修を行うとしているが、山下知事は「ルールを決めた上で価値のあるものを残し、それ以外のものは廃棄処分することも検討せざるを得ない」との見解を示した。

 その発言に対し、X(旧ツイッター)を中心に「資料・文化・研究への軽視ではないか?」と批判の声が上がり、山下知事が日本維新の会所属ということもあり、関連して維新への批判まで散見されるようになった。

 維新による文化を軽視する政治は、過去にも問題視されてきた。例えば、橋下徹氏(当時、大阪維新の会代表)の大阪市長時代(2011~2015年)には文化振興予算が削減され、2015年度に大阪市は文楽協会への補助金を廃止した。

 人形浄瑠璃文楽は、ユネスコ無形文化遺産にも登録されている伝統芸能にも関わらずだ。「文化事業の軽視が奈良県でも起きるのではないか」という世間の危惧が、維新への批判としてもあらわれている。

 そこで、本件に関して奈良県立民俗博物館への取材を行なった。そこで見えてきたものとは。

◆国の重要有形民俗文化財も所蔵する奈良県立民俗博物館

 大和民俗公園内にある奈良県立民俗博物館は、1974年に開館。大正から昭和初期の生活用具や農具など計約4万5千点収蔵を所蔵する。

 その中には、国の重要有形民俗文化財とされる「吉野林業用具と林産加工用具」なども含まれる。公園内には、県内各地から移築・復原した江戸時代の民家など15棟があり、その管理・展示も行なっている。

 館内の空調設備はすでに壊れてしまっているため、学芸員がガイドツアーを開催する日は、暑さ対策として展示室に氷柱と扇風機を設置するという健気な工夫も見られた。

 そのような状況に追い討ちをかけるように、先の山下知事の発言だ。Xでは「資料を守ることをなぜ考えないのか?」「異常な対応だ」「失うのは一瞬でも、二度と戻ってこない」などといった多くの批判ポストが寄せられ、中には他県の博物館からのものも見られた。

◆民俗資料は歴史や文化の理解に不可欠なもの

 そもそも民俗博物館が扱う民俗資料とはどのようなものなのか? 文化財保護法では「衣食住、生業、信仰、年中行事等に関する風俗慣習、民俗芸能、民俗技術及びこれらに用いられる衣服、器具、家屋その他の物件で我が国民の生活の推移の理解のため欠くことのできないもの」と定義されている。

 つまり民俗資料の対象となるのは、一般の人が暮らしの中で使ってきたモノや行なってきたコトだ。絵画や美術品のようにわかりやすい特別感や華やかさがないため、その価値が伝わりにくい部分もある。

 しかし、同第三条には「政府及び地方公共団体は、文化財がわが国の歴史、文化等の正しい理解のため欠くことのできないものであり、且つ、将来の文化の向上発展の基礎をなすものであることを認識し、その保存が適切に行われるように、周到の注意をもつてこの法律の趣旨の徹底に努めなければならない」ともある。奈良県の今回の資料廃棄はこの内容にも抵触する可能性はないのだろうか。総務学芸課長の政木一美さんに館の見解を聞いた。

◆じつは昭和50年代から続く問題だった

「当館の見解としては、知事の発言にニュアンスの程度はあるものの、資料を一部無計画に集めてしまっていた面もあることは確かだと受け取っています。正直、一般的に想定される収蔵品の整理レベルに達しておらず、これから台帳整理に取り組む部分もあります」

 じつは、収蔵品の未整理は昭和50年代から続いている問題だという。

「私が赴任した2021年時点では、バックヤードにも通路にも未整理の資料が溢れていて、古民家内にも物置同然に資料が置かれていました。そこで、学芸員と事務方が協力して整理し、地域の閉校した学校等を資料の仮置き場として借りていたので、追加で移送しました。ですが、仮置き場なので、いつかは出て行かなくてはいけません。

当館の収蔵品問題は、じつは昭和50年代から言われていました。寄付や委託の依頼があった際に、例えば蔵の中身を丸ごと引き取ったりしていたのですが、本来その時点で行われるはずだった資料の取捨選択やデータ整理が不十分で、大量に保管してしまっているのが現状です。なので、整理が足りていたかというと、不十分な状態ではありました」

◆館の存続のため、痛みを伴う対応は避けられないのか?

 その一方で、民俗資料の特徴と有用性をこのように語る。

「ただ、民俗資料には点数を多く保存し比較をすることで、暮らしの変遷が見えてくるという特徴があります。さらに、公共性が高く、触れられる文化財でもあり、郷土を知るために適しているという強みももっています。だからこそ、当館にしかできない展示もあります。

 私は事務方ですが、資料の廃棄は学芸員にとって大変心が痛むことだと理解しています。1点廃棄するのでさえ、辛いんです。ですが今は、廃棄処分することも検討せざるを得ない状況です。収蔵品問題はどこの博物館も多かれ少なかれ抱えていますが、当館においては殊に、しなくてはならなかったことを先延ばしにしてきたツケが回ってきたという面があります」

山下知事は「ルールを決めた上で価値のあるものを残す」と述べていたが、その目処は立っているのだろうか?

「まだ目処は立っていません。収集基準を作成し公表している博物館もあるので、今後そういったものを参考にさせてもらうことはあるかもしれません。ただ、当館の収蔵基準の策定はこれからになります」

◆資料の整理に追われるのは新任学芸員

 そういった資料の整理作業に追われる現在の学芸員は全員、近年赴任してきたのだという。

「今は3人の学芸員が在籍していますが、一番古くいる人で2022年、あとの二人も2023年に赴任したばかりです。本来は資料をもらった時にやるべき収蔵品のデータ整理を、新任の彼らが取り組んでいるのです」

 2024年度に奈良県が民俗博物館整備事業に計上した金額は、約4800万円。また13日には、同県香芝市の三橋和史市長が「資料の一部を受け入れたい」という考えを示した。

 行政の予算にも保管展示の場所にも限りがあることは確かだが、民俗資料は一度廃棄してしまったら二度と戻ることはない、大切な歴史の証拠品である。行政・博物館・県民の三者にとって納得のいく結末が迎えられることを願いたい。

◆資料の廃棄に関して、学者の見解は?

 さて、今回の件を専門家はどのように見ているのだろうか? 国立歴史民俗博物館・総合研究大学院大学名誉教授であり民俗学者の新谷尚紀さんに見解をうかがった。

 新谷さんは重要な論点を3つ挙げた。第一に「これまでの学芸員の仕事」についてだ。

「この件でまず大切なのは再発を防ぐことであり、そのためには未整理の収蔵品が溢れてしまった経緯を明らかにすることです。原因は、これまでの学芸員の仕事の仕方にあるはずです。そもそも、博物館では収蔵する資料を見極める必要があります。それは専門職である学芸員の仕事です。民俗学も学問ですから、資料の出自と固有名詞と数値のデータが明確であることが重要で、その要件を満たす資料を収集・保管していくべきでした。しかし、やや無責任な対応が続いたことにより、今回のような問題が起こったようでたいへん残念です」

 第二に「資料の取捨選択の基準設定」について。

「奈良県の生活文化を説明するうえで、それぞれの資料の重要性を判断するのが良いでしょう。ただ、奈良県といっても奈良盆地、東山中の山間部、紀ノ川筋、吉野の広大な山間地域もあり、地域によってさまざまな暮らしが営まれてきました。ですから、地域ごとの特徴を考慮することも大切です。在籍する学芸員が基準の案を出し合い、また、県内の他の博物館や資料館の意見も参考にしながら検討するのが良いと思います。

本当に過酷な負担になることでしょうが、保存と研究と展示という展望の中で、改めて『奈良の民俗とは何か?』を真剣に考えてもらい、より魅力的な博物館に生まれ変わることを切に念願します。災転じて福となす、というような対応を期待しています」

 最後に「奈良県の行政の責任」も指摘した。

「もちろん奈良県の行政にも責任があります。博物館の問題が分かっていたにもかかわらず、長い間放置していたのですから。その無責任な姿勢も大きな問題なのです。山下真氏が維新であることに批判が集まっているようですが、それまで4期16年にわたって県政を率いていたのは自民党の荒井正吾氏でした。むしろ新たな知事になったことで、見て見ぬ振りをされていた問題にメスが入ったとも言えるでしょう」

 収蔵品問題は奈良県に限った話ではない。2019年度の日本博物館協会による調査では、全国2300あまりの博物館のうち「収蔵庫が9割以上埋まっている」「入りきらない資料がある」の回答は合わせて60%近くにのぼった。これらの回答の中には、奈良県同様に未整理の資料で収蔵庫が埋まっているケースもあれば、単純に収蔵面積が足りていないケースもあるだろう。

 かけがえのない文化を後世に伝えていくために、文化庁と地方行政とがより良い対応を考え、また市民である私たちも注意し続けなければならない問題なのだ。

<取材・文・撮影/岸澤美希>

【岸澤美希】
國學院大學卒の民俗学研究者。編集者・ライター・ポッドキャスター。論著に「関東地方の屋敷神―ウジガミとイナリ」(『民俗伝承学の視点と方法』新谷尚紀編、吉川弘文館)などがある。ポッドキャストで「やさしい民俗学」を配信中

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