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母が包丁を持ち出して…貧困の女子高生が“夜の仕事”を踏みとどまれたわけ|漫画『東京のど真ん中で、生活保護JKだった話』

女子SPA! 2024年7月31日 8時47分

 生活が困窮している人々に生活費などの扶助や保護を行い、彼らの自立を助けるために設けられた「生活保護制度」。長年、国民のセーフティーネットとして機能している一方で、制度の利用者に対して、SNSでは心無い言葉を投げる人や、強い偏見を抱いている人も少なくありません。

 いまだ世間の風当たりが強いなか、昨年発売されたエッセイ漫画『東京のど真ん中で、生活保護JKだった話』(五十嵐タネコ/KADOKAWA)が話題を呼びました。

 タイトルにある通り、同作の作者・五十嵐タネコさん自身が高校時代に過ごした貧困と、生活保護受給家庭の“リアル”を赤裸々に描いた一冊です。

 そこで今回は、五十嵐さんに反響や学生時代の思い出、家族との関係について聞きました。※本作は2001年頃のエピソードを描いています。

◆躁鬱が激しい親の言動に振り回された

――作中はコミカルなシーンも多い一方で、家族間の悩みもありのままに描かれていました。とくに、お母さんに預けていたお年玉を生活費に使われていたときのエピソードは、真に迫るものを感じました。

五十嵐:正直、自分のお年玉を勝手に使われた事件は、今も根に持っていますね(笑)。母は統合失調症の影響もあって、1日のうちに躁鬱の状態が変わったり、長期的に調子が悪くなったり……。調子が悪いときは、夜中に喘息の発作が出て咳が止まらない私に「うるさい!」と怒鳴ったり、躁状態のときは「ローンを組んでマンションを買う」と言い出したり、毎日母に翻弄されていました。

母の本当の病名については、高校生になるまで長らく「不眠症」とか「高血圧だから」とはぐらかされていましたが、ケンカになったときに「私は本当は統合失調症なの! だから仕方ないの!」と、勢いでカミングアウトされたんです。

母も病気で苦しんでいたとは思いますが、もっと早く教えてもらえていたら、兄も私ももう少し違った対応ができたのかもしれない、兄も心を病まずに済んだのかもしれない……という気持ちはありますね。子ども心に母の言動に困惑していて、兄も私も母の顔色ばかりうかがう子どもになっていたと思います。

◆母親が包丁を持ち出すほどの大喧嘩

――お母さんとお兄さんの複雑な関係も印象的でした。

五十嵐:兄は、過干渉で理不尽な母の子育ての一番の被害者でした。兄はいわゆる“いい子”のまま育ってしまい、21歳のときに心を病んでしまったんです。普段の兄は思慮深くて優しく、理由もなく怒る人ではないんですが、引きこもってからは母との口論が日に日にエスカレート。母が包丁を持ち出すこともあって、いつか血を見るんじゃないか……と、ヒヤヒヤしていました。

最終的に兄は病院に入院させられてしまったのですが、私が学校に行っている最中に警察を呼んで兄を措置入院させる計画を立てていたと聞き、そのときも裏切られた気持ちになりましたね。

◆高校生で夜のバイトも考えた。区役所員の言葉が自立の後押しに

現在、兄は社会復帰を果たして結婚もしています。出版が決まった際にはとても応援してくれて、漫画制作にも協力してくれました。ただ、兄に対する批判も少なからずあったのは悲しかったです。私が楽観的でいられたのも、兄が守ってくれていたり、ふたり兄妹だから乗り越えられた面もあるので……。

――そうした家庭の悩みを抱えながらも、学校生活や公務員試験の勉強に前向きに取り組めた理由とは?

五十嵐:友人たちや当時の彼氏、そして区役職員の柳さんの存在に支えられましたね。中学時代からの友人は、我が家の窮状を知っても変わらず接してくれて、今でも仲良しです。柳さんとは、地域ボランティアを介して知り合ったのですが、私が高校を卒業する際に、生活保護の「世帯分離(※)」について教えてくれて、家を出て自立するための後押しをしてくれた恩人でもあります。

本当に生活がギリギリになったとき、高校生では働けない夜の街で高時給のアルバイトをしようか迷いましたが、友だちや彼氏、柳さんの顔が浮かんで踏みとどまれました。

(※)家族との住民票を分けること。生活保護世帯の場合、独立した家族分の保護費が減額される。

ちなみに、高校時代の彼氏とは16年の交際を経て結婚し、今は夫になっています。彼には、付き合いはじめてすぐのタイミングで「うちは生活保護を受給している」と伝えましたね。

◆高校時代、彼氏に生活保護をカミングアウト

――なかなか勇気がいるカミングアウトですね……。

五十嵐:当時は、高校3年生で「公務員試験を受ける」という進路の話をした流れで打ち明けたような気がします。それで相手に引かれてしまえば、それまでの関係ですし(笑)。一方の彼はうちが生活保護家庭だと知っても、引くでもなく同情するでもなく「そうなんだ」とフラットに受け止めてくれました。

彼の家は父子家庭で、幼い頃から家事全般を彼氏が担っていたからか、とても大人で自立した考えを持っていたんです。

私の就職が決まり、これから家族を養わなければならないかも……と悩んでいるときも「それはあなたが責任を負わなければならないことではない」「自分で道を選択していい」と言ってくれて、とても救われましたね。

◆生活保護に感謝。「国民に認められた権利」という認識を

――最後に、五十嵐さんが『生活保護JK』を通して伝えたい想いをお聞きしたいです。

五十嵐:私は生活保護制度のおかげで、今の穏やかな生活を送れている、と思っているので、本当に感謝しかありません。また、生活保護には犯罪を抑制する効果がある、ともいわれています。

人はお金がないとき、犯罪や自死などの追い詰められた行動に出てしまう可能性もあります。我が家がその一線を超えずに済んだのは、生活保護を受けてお金の心配がなくなったおかげかもしれない、とも思っているんです。

自分が窮状に陥ったとき「生活保護はずるい」「税金の無駄遣い」という偏見を強く持っていると、保護の申請をためらい、生きることを手放してしまうかもしれない。そのリスクは、誰にでもあります。

生活保護の社会的役割や実態が広く知られ、生活保護は「国民に認められた権利」だと、多くの人に認識してもらえたら、もっとみんなが生きやすい社会になるのではないでしょうか。

<取材・文/とみたまゆり>

【とみたまゆり】
週刊誌や漫画の書評などジャンルにこだわりなく執筆する中堅ライター。三毛猫が好き

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