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パリコレを目指し挫折も…56歳俳優が“圧倒的な存在感”を発揮できるまでになったワケ

女子SPA! 2024年7月26日 15時46分

 大沢たかおの演技を見ていつも思うのは、この人の代わりになる存在は果たしているだろうかということ。

 2024年7月12日から全国で公開されている『キングダム 大将軍の帰還』で演じる王騎役に対しても同じく感じる。シリーズを通じて誰もが納得できる大将軍役を完走した大沢を心から讃えたい。

 イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、本作の大沢たかおが、王騎役でなければならなかった理由を解説する。

◆作品を土台から支える存在感

 2019年公開の『キングダム』を第1作目とする「キングダム」シリーズを通じて、主人公・信(山﨑賢人)が憧れ、弟子入りする天下の大将軍・王騎を演じる俳優は、大沢たかおでなければならなかった。

 他のどの将軍たちよりも武勇と機知に富み、ちょっと独特で柔和な喋り方と「ンフッ」の笑い方を特徴とする大人物。中国の春秋戦国時代、大国同士の戦いがあれば、必ずひょいと顔を見せる。その瞬間の威厳に満ちた表情。

 実写化不可能と言われた原泰久による原作漫画に対して、果敢なアクション場面満載の撮影現場で座長をはる山﨑賢人の努力がにじみつつ、王騎を演じる大沢たかおの存在感溢れる佇まいが作品を土台から支えなければ、同シリーズは決して成立しなかっただろう。

◆大仕事をさらっとやり遂げてしまう人

 常に誰よりも強い存在でいなければならない王騎役は大役であると同時に、相当な難役でもある。熱心な原作ファン、シリーズ映画ファンをともに納得させる演技を担保にしなければならない。

 出演場面が少ない『キングダム』ラスト。嬴政(吉沢亮)が秦国の王位継承争いに決着をつける。咸陽の宮殿前には、王騎が颯爽と現れる。威嚇する兵士たちに矛を一振りして蹴散らす様は、大将軍の称号に相応しい。

 そんな一太刀をいかにも涼し気な表情でやってのけてしまうのは、大沢たかおにしかできない大技だろう。そう、大沢たかおとは、いつどこでも大仕事をさらっとやり遂げてしまう人なのだ。

◆パリコレを目指していた挫折期

 7月14日に放送された『行列のできる相談所』(日本テレビ)では、シリーズ最新作『キングダム 大将軍の帰還』主要キャストが集結。ゲスト(のほぼ)全員が『アナザースカイ』(日本テレビ)に出演したことがあるという共通点があり、スタジオにはいない大沢の出演回(2020年1月31日放送)がVTRとして放送された。

 大沢が訪れたのは、ロンドン。1980年代、モデルだった大沢は大学3年生でパリコレを目指していた。「ちっちゃい頃にいつか仕事を自分が何かをするときに世界の人と戦うような仕事がいいなと思ったんですよね」と話すが、モデル時代はオーディションで挫折を経験していた。

 1990年代、俳優転向後は、『若者のすべて』(フジテレビ、1994年)など、話題のテレビドラマに出演するが、日本人俳優として世界に挑み続ける気持ちに変わりはなかった。

 2018年、ミュージカル『王様と私』ロンドン公演で、クララホム首相役を得た。世界が注目する大役である。同ミュージカル出演は、ちょうど『キングダム』の撮影時期。『行列ができる相談所』にスタジオ出演した高嶋政宏が、当時の大沢が「ちょっとやってきますよ」程度に言っていたエピソードを紹介した。

 世界を目指す中で苦い挫折も経験し、やっと回って来た大チャンスに対して、この軽快さなのだ。努力を見せびらかしたり、変に勢い込むことがない。常にさらっとしたスタイルの大沢たかおにしか表現できないものがある。

◆現代の映画体験最大の贅沢

 シリーズ第3作『キングダム 運命の炎』(2023年)では、敵国・趙に攻め込まれた秦国がピンチになる。そこへ召喚されたのが、王騎。呼び寄せたのは、秦軍総司令・昌平君(玉木宏)。

 玉木宏が出演する配信ドラマ『沈黙の艦隊 シーズン1~東京湾大海戦~』(Amazon Prime Video、2024年)では、原子力潜水艦を乗っ取り、独立国家を宣言する艦長・海江田四郎を大沢が演じ、主演と製作を兼務した。

 海江田の元部下・深町洋を玉木が演じ、ふたりとも海上自衛隊の制服がよく似合う。力強い役柄のときにあえてさわやかな要素を導入するのが、制服の白色だった。そんな共演経験があるふたりが、秦国軍の中枢を担う役ですでに手合わせしていたのだった。

 熱い共演相手(玉木)から呼び込まれた大沢のクリアな発声が、咸陽の宮殿中に響く。広い空間内に行き渡るこの神秘的な残響音を映画館で聞くことは、現代の映画体験最大の贅沢のひとつ。

 1927年に『ジャズ・シンガー』が公開され、有声映画の時代が到来して以来、映画芸術は音とともに深化した。オーソン・ウェルズによる『市民ケーン』(1941年)は、大空間に俳優の声が響く画期的な作品だったが、そうした映画の音響的歴史を王騎役の大沢からも噛みしめられるのだ。

◆王騎役でなければならない理由

 さて、『キングダム 大将軍の帰還』で、大沢演じる王騎が討たれることは公開前からわかっていた。王騎も言うように、ひとりの偉大な将軍が時代を代表すれば、後には必ずそれに取って代わる新たな将軍が現れる。

 戦乱の世の常として、大将軍を目指す信に身をもって教える。因縁の敵総大将・龐煖(吉川晃司)との手に汗握る一騎打ち。ほとんど互角の勝負に思われたが、趙の大将軍である李牧(小栗旬)の策謀に不意を突かれる。李牧こそ、まさに新たな時代の将軍だ。

 王騎の名馬が敵めがけて戦場を疾走するクライマックス。手綱を握るのは信。信の後ろに王騎。敗走に違いはないが、王騎は凛として、敗残の美学をにじませる。

 鼻から勢いよく抜ける「ンフッ」はもう聞こえない。それでも馬上の王騎は、「フッフッフッ」とかすれながらも上体は崩さない。映画館の音響空間でないとうっかり聞き逃してしまうかもしれない。

 あれだけの猛々しい役から繊細な音をふるわせることができるのは、大沢たかおしかいない。大沢たかおが王騎役でなければならない理由は、この音の変化にこそあると思うのだ。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu

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