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「やる気ない」「独特すぎる」の声もあるが…パリ五輪キャスター・内村航平への批判が的外れなワケ

女子SPA! 2024年8月1日 8時44分

 男子体操の美しさに一度魅せられてしまうと、その美技と芸術性を手放しに讃えずにはいられなくなる。

 日本代表選手として、オリンピック4大会で合計7つメダル(金メダル3、銀メダル4)に輝いた内村航平の歴史的偉業は、2008年の北京オリンピック以来、いまだに語り継がれている。

 そんな彼が2024年開催の夏季オリンピック、パリ大会では、アスリートナビゲーターとして現地から熱いコメントを送ってくれている。現役選手としてもナビゲーターとしても内村航平は、なぜ神がかり続けることができてしまうのか?

 イケメン研究をライフワークとしながら、男子体操ファン歴15年以上のコラムニスト・加賀谷健が、解説する。

◆引退撤回を煽るアナウンサー

 NHKで放送されているパリオリンピック現地中継では、アナウンサーとともに体操元日本代表選手・内村航平が、アスリートナビゲーターとして、さまざまな競技の前後に登場する。

「これまで選手として4大会出場してきましたが、初めて違った立場で関わる」と就任時にコメントを発表しているように、現役オリンピック選手ではない内村をオリンピック番組で見るというのは何とも新鮮な気がする。前回の夏季オリンピック東京大会では日本代表選手だったためか、ナビゲートする立場というよりは現役の代表選手感がとても強い。

 隣にいるアナウンサーからいろいろコメントを求められると、遠からぬ現役時代の感覚を呼び覚ましたかのように、自分もまたもう一度選手としてオリンピックの興奮を味わいたいという趣旨のコメントを何度も繰り返す。リポーターとしてはどこか言葉少ない印象がある。

 そんな内村にアナウンサーが、「現役引退撤回か?」みたいに煽るのも歴戦の元日本代表に対する敬愛のいじりなのだと理解すべきなのか……。いやいや引退撤回とは言ってませんよとクールにはにかむ内村は、さすがのかわし方だなと思った。肝心の競技自体より内村特有のニヤニヤした表情を見ているほうが筆者はむしろ楽しくて仕方がないのだけれど。

◆出場する側から伝える側へ

 喋りのプロであるアナウンサーは呼吸するように言葉を繰り出すが、別に内村が簡単にペラペラ話す必要はない。だけどSNS上やネット記事では辛辣な意見が多く、常に淡々とした内村のコメントが「やる気がない」と批判されてしまう。そもそもやる気というのは表面的な態度だけで測れるものだろうか?

 内村航平という人は、現役時代からずっとクールで、淡々としていた。それが内村の持ち味だし、ナビゲーターになってもそのスタイルは変わらないだけ。深夜から朝方まで注目の競技が放送されることを考えると、あれくらいのロウ・キーなテンションでコメントしてくれたほうが聞き心地がいいけどなぁ。

 内村が現役を引退したのは2022年。引退イベントには6500人のファンが集まった。現在は、日本初のプロ体操選手として活動している。オリンピック選手でなくとも、彼は今でも現役の体操選手なのだ。ナビゲーターを引き受けた背景には、出場する側から伝える側へ幅を広げようとする意志もある。

 だから単に現地の様子を客観的にリポートするのは、内村の役目ではないと筆者は思うのだ。内村にしか感じられない、強烈な主観に基づいたコメントで構わない。それが唯一無二の内村節の説得力なのだから。

◆逆転金メダル直後の中継は神がかっていた

 ナビゲーターとしての内村は、放送スタジオから現地実況を求められても、客観的事実はほとんど交えない。オリンピック選手時代の自分の気持ちなど、過去の五輪大会でメダルを獲ったあとみたいに爽やかに話す。その間、あのニヤニヤした表情がたまらなくキュートに、魅力的に写る。

 コメントもニヤニヤもある種、淡々と持続するのだが、日本時間の7月30日深夜に放送された男子団体決勝で、日本代表が逆転金メダルを獲得した直後の現地中継では、ここぞとばかりに内村節が神がかっていた。

 左手人差し指で「1」とジェスチャーして「いやもう」と言葉につまる内村。潤んだ瞳は激烈な興奮を秘めていた。「僕も優勝した気持ちになってました」と一呼吸しながら脱力してコメント。後輩世代の男子団体が金メダルに輝いた事実を受けて、自分もその一員かのように目をきらきらさせる。この「僕も」に対して、今は五輪選手じゃないんだからなんてまったく思わない。

 スタジオの谷川翔から「金メダル獲ったときの表彰式はどんな感情だったのか」と聞かれ、「その瞬間だけ自分が中心に世界が回ってる」と内村は答える。この中継では水を得た魚のように言葉がどんどん溢れ出る。日本代表選手の最良の代弁者として、伝える側の興奮を隠さない内村航平のコメントがこうも神がかるとは。

◆内村のコメントはなぜ神がかったのか?

 神がかりコメントは続く。スタジオから続けて「選手たちには、おめでとうという声掛けなのか、ありがとうという気持ちなのか、どっちが強いですか」とコメントを求められる。少し間を置いた内村は、「お腹いっぱいです」とカメラ目線で言葉にした。「おめでとうも、ありがとうも、ありきたり過ぎる」のだと、元世界王者にしか引っ張り出せない表現力。

 SNS上では打って変わり、「独特過ぎて面白い」などの高評価が散見され、スタジオからもいつも淡々としている内村だが、このときばかりは笑顔を見られて嬉しいといった祝福コメントがかぶさる。

 確かに独特な表現とはいえ、内村のコメントはなぜこうも神がかったのか?きっと彼の瞳の奥では、2016年のリオデジャネイロ大会を追想していたんじゃないかな。2012年のロンドン大会から2大会連続で個人総合金メダルを獲得したあの大会もまた、パリ大会の団体決勝同様に奇跡の大逆転勝利だったからだ。

◆リオデジャネイロ大会での大逆転勝利

 内村にとって連覇がかかったリオデジャネイロ大会の個人総合決勝は、ウクライナ代表の猛者ベルニャエフ選手との一騎打ちだった。床に始まり、あん馬、つり輪を完璧な着地でまとめる内村だったが、平行棒で16点台の好記録を叩き出したベルニャエフがリードする。

 迎えた最終種目。日本人選手がもっとも得意とする鉄棒である。高難易度の大技リ・シャオペンを華麗に決めた跳馬も素晴らしかったが、屈伸のコバチからカッシーナへとシームレスにつながる鉄棒の手放し技は圧巻。緊張の着地も見事に地面を捉え、15.8点。床から鉄棒まで正ローテーションで演技した内村が、全種目に精通するオールラウンダーの神業でベルニャエフに大逆転勝利した。

 内村は、団体決勝でも金メダルを獲得したが、実は予選の鉄棒では屈伸のコバチで落下するミスがあった。ドラマにドラマを重ねる人である。最終種目まで結果がわからず、鉄棒にすべてを託した体操ドラマのクライマックスは、パリ大会団体総合決勝で日本代表選手5人によって鮮やかに再現された。

 さらにパリ大会個人総合決勝でも20歳の実力派ハニカミ王子・岡慎之助が正ローテーションを制して金メダル(ウクライナ代表のベルニャエフとコフトゥンが平行棒で高得点を叩き出したのもドラマティックだった)。日本代表がロンドン大会から4大会を制覇する記録をつないだ。

 遠藤幸雄が個人総合、団体総合、平行棒で金メダルを獲った1964年の東京大会を取材した作家・三島由紀夫は、体操の芸術性について、「全く体操の美技を見ると、人間はたしかに昔、神だったのだろうという気がする」(三島由紀夫「体操の練習風景」)と書いている。

 オリンピック現役選手としてもオリンピックをナビゲートする伝える立場としても、内村航平は「たしかに昔、神だったのだろうという気がする」のだ。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu

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