7月25日に配信開始されるやいなや、各界著名人たちの絶賛の声が相次いだNetflixドラマ『地面師たち』。その勢いは業界内外で話題をさらい、配信から約3週間経ってもなおNetflixの日本の「今日のTOP10(シリーズ)」で1位をキープし、ついには15カ国でトップ10入りを果たしました。※8月13日時点
スリリングで引き込まれるストーリーや、キャストの鬼気迫る演技が話題になる一方で、SNSでは「さすがネトフリ、ギリギリを攻めてる!」「地上波ではできない」などの感想が多数見受けられます。
多くの視聴者はバイオレンス描写やベッドシーンなどを指して「攻めてる」と言っているよう。ですが、メディア・映像業界の制作者たちはまた別の視点で「攻めてる」とざわついているのです。
◆事実は小説より奇なり……作り手の創作意欲を刺激
『地面師たち』は新庄 耕氏の小説『地面師たち』(集英社)を原作とし、実際に起こった大規模な地面師事件がモチーフとなっています。下敷きとなっているのは、記憶にも新しい積水ハウス地面師詐欺事件。
地主になりすまし、不動産を無断で転売して儲けを得る地面師という詐欺集団の存在は昭和期から確認されていました。2017年に東京・五反田を舞台にして起こったこの事件は、手口の巧妙さはもとより、騙されたのがあの大手デベロッパーということ、そしてその被害額が70億円ということで多くの関心を集めました。
闇の犯罪集団が、大手企業を窮地に陥れる……しかも、不動産という庶民の生活に地続きなものがターゲットとなったこの事件。そして地面師という存在は、数多くのフィクションの作り手側の創作意欲を掻き立てたといいます。
大胆かつ巧妙な手口、闇社会と通じたチーム制の役割分担など、事実としてあるにもかかわらず、まるでフィクションのような要素が強いゆえ、そう思うのは仕方がないかもしれません。
◆専門知識が必要なため、ハードルが高かった
一方で、手口が複雑で巧妙、そして専門知識がないと理解が難しく、そもそもの事件がドラマチックだからこそ、オリジナルの地面師ものを作る作劇上のハードルは高かったことが想像できます。
そして結果、事実をなぞらざるを得なくなってしまう――現に新庄氏の原作小説も前述の事件に基づいたものになっています。
◆どの映画会社、テレビ局にも断られている
2022年に出版された小説『地面師たち』の文庫版あとがきには、大根仁監督が映像化の企画書を映画会社やテレビ局等に持ち込むも、「会社的に絶対に通りません」と不動産会社との関係性によってなかなか受けてもらえなかったという、当時の苦悩が綴られています。
現に、筆者と親交のあるテレビドラマ関係者からも、小説『地面師たち』のみならず、地面師ものを作ろうとしても、どうしても例の事件が連想されてしまうため企画が通らないという話を聞きました。地面師ものが成立したとしても、『相棒』(テレビ朝日系)などのシリーズ物の中で地面師について軽く触れる程度しかできなかったのだそうです。
それもそのはず、被害を被ったスポンサー企業を刺激して、広告撤退となったり関係性が悪化してはいけませんからね。『地面師たち』が成立に至るには相当な困難があったことが予想されます。
そんな大根監督の苦労の末に、Netflixによって配信開始されたこのドラマ。広告収入に寄りかからないNetflixで成立したからこその強みが存分に生かされています。
◆実在企業の名前が続々。抗議を恐れない表現
石洋ハウスなど、ターゲットとなった企業は、さすがに小説の通り名前が変えられてはいますが、競合他社として挙げられている東急、三井、森などはそのまま。疑惑が絡んだ不審死について言及する場面でも、かつて存在していた企業・ライブドアの名前がそのまま登場します。
石洋ハウス内部のごたごたなど、地面師被害に通じる企業側の落ち度もいやらしく描かれ、下手をしたら当該企業から信用失墜するとして抗議が来かねない内容となっています、
その可能性も作り手は織り込み済みでしょう。前述のとおり、大手テレビ局や映画会社が、実写化を避けたのはそこにあるのですから。つまり、この事件に絡んだ関係各社からの抗議を恐れぬ表現こそ、『攻めてる』と評される所以なのです。
リアルな名前を出し、事実に即した展開にする――たったこれだけのことですが、実際の名前、あるいはイメージさせる名前を出すことによって、リアリティがより深まっています。そして、今私たちが生きる現実と地続きであることを浮かび上がらせ、よりいっそうドラマの中への没入を手助けしているのです。
◆怪しげ、そして実力派ぞろいのキャストたち
また、この作品が『攻めてる』と業界内で言われるもう一つの所以は、キャスティングにあるでしょう。ピエール瀧さんはじめ、綾野剛さん、アントニーさん、リリー・フランキーさんなど、夜の街が似合うどこかアウトローな面々が揃っているのも事実です。
彼らの醸し出す独特の危うい匂いは、この作品に漂うギリギリの世界観をより強固にしています。少しでも悪いうわさや疑惑があると起用を敬遠しがちな地上波では、これだけの面子が揃うのはまずないことでしょう。こちらも、スポンサー頼みの地上波民放の姿勢では到底できないことだと思います。
つまり、Netflixだからこそこの『地面師たち』は成立した作品。内容やキャスティングについて縛られることのないNetflixの姿勢が、自由な表現を可能にし、多くの人が興味を持ち、大ヒットにつながったこの『地面師たち』なのです。
◆Netflixに拍手を送りたい
作品としての内容もさることながら、バブル崩壊からはじまった平成の事件史の中で、時代を表す“地面師”という存在を、事件を、名作ドラマに代えて記録した功績は大きいです。後世に残る歴史的価値の高い作品になっているのではないでしょうか。
この作品を実現させた大根仁監督、キャスト、そしてNetflixに、筆者は改めて拍手を送りたいと思います。
<文/小政りょう>
【小政りょう】
映画・テレビの制作会社等に出入りもするライター。趣味は陸上競技観戦
スリリングで引き込まれるストーリーや、キャストの鬼気迫る演技が話題になる一方で、SNSでは「さすがネトフリ、ギリギリを攻めてる!」「地上波ではできない」などの感想が多数見受けられます。
多くの視聴者はバイオレンス描写やベッドシーンなどを指して「攻めてる」と言っているよう。ですが、メディア・映像業界の制作者たちはまた別の視点で「攻めてる」とざわついているのです。
◆事実は小説より奇なり……作り手の創作意欲を刺激
『地面師たち』は新庄 耕氏の小説『地面師たち』(集英社)を原作とし、実際に起こった大規模な地面師事件がモチーフとなっています。下敷きとなっているのは、記憶にも新しい積水ハウス地面師詐欺事件。
地主になりすまし、不動産を無断で転売して儲けを得る地面師という詐欺集団の存在は昭和期から確認されていました。2017年に東京・五反田を舞台にして起こったこの事件は、手口の巧妙さはもとより、騙されたのがあの大手デベロッパーということ、そしてその被害額が70億円ということで多くの関心を集めました。
闇の犯罪集団が、大手企業を窮地に陥れる……しかも、不動産という庶民の生活に地続きなものがターゲットとなったこの事件。そして地面師という存在は、数多くのフィクションの作り手側の創作意欲を掻き立てたといいます。
大胆かつ巧妙な手口、闇社会と通じたチーム制の役割分担など、事実としてあるにもかかわらず、まるでフィクションのような要素が強いゆえ、そう思うのは仕方がないかもしれません。
◆専門知識が必要なため、ハードルが高かった
一方で、手口が複雑で巧妙、そして専門知識がないと理解が難しく、そもそもの事件がドラマチックだからこそ、オリジナルの地面師ものを作る作劇上のハードルは高かったことが想像できます。
そして結果、事実をなぞらざるを得なくなってしまう――現に新庄氏の原作小説も前述の事件に基づいたものになっています。
◆どの映画会社、テレビ局にも断られている
2022年に出版された小説『地面師たち』の文庫版あとがきには、大根仁監督が映像化の企画書を映画会社やテレビ局等に持ち込むも、「会社的に絶対に通りません」と不動産会社との関係性によってなかなか受けてもらえなかったという、当時の苦悩が綴られています。
現に、筆者と親交のあるテレビドラマ関係者からも、小説『地面師たち』のみならず、地面師ものを作ろうとしても、どうしても例の事件が連想されてしまうため企画が通らないという話を聞きました。地面師ものが成立したとしても、『相棒』(テレビ朝日系)などのシリーズ物の中で地面師について軽く触れる程度しかできなかったのだそうです。
それもそのはず、被害を被ったスポンサー企業を刺激して、広告撤退となったり関係性が悪化してはいけませんからね。『地面師たち』が成立に至るには相当な困難があったことが予想されます。
そんな大根監督の苦労の末に、Netflixによって配信開始されたこのドラマ。広告収入に寄りかからないNetflixで成立したからこその強みが存分に生かされています。
◆実在企業の名前が続々。抗議を恐れない表現
石洋ハウスなど、ターゲットとなった企業は、さすがに小説の通り名前が変えられてはいますが、競合他社として挙げられている東急、三井、森などはそのまま。疑惑が絡んだ不審死について言及する場面でも、かつて存在していた企業・ライブドアの名前がそのまま登場します。
石洋ハウス内部のごたごたなど、地面師被害に通じる企業側の落ち度もいやらしく描かれ、下手をしたら当該企業から信用失墜するとして抗議が来かねない内容となっています、
その可能性も作り手は織り込み済みでしょう。前述のとおり、大手テレビ局や映画会社が、実写化を避けたのはそこにあるのですから。つまり、この事件に絡んだ関係各社からの抗議を恐れぬ表現こそ、『攻めてる』と評される所以なのです。
リアルな名前を出し、事実に即した展開にする――たったこれだけのことですが、実際の名前、あるいはイメージさせる名前を出すことによって、リアリティがより深まっています。そして、今私たちが生きる現実と地続きであることを浮かび上がらせ、よりいっそうドラマの中への没入を手助けしているのです。
◆怪しげ、そして実力派ぞろいのキャストたち
また、この作品が『攻めてる』と業界内で言われるもう一つの所以は、キャスティングにあるでしょう。ピエール瀧さんはじめ、綾野剛さん、アントニーさん、リリー・フランキーさんなど、夜の街が似合うどこかアウトローな面々が揃っているのも事実です。
彼らの醸し出す独特の危うい匂いは、この作品に漂うギリギリの世界観をより強固にしています。少しでも悪いうわさや疑惑があると起用を敬遠しがちな地上波では、これだけの面子が揃うのはまずないことでしょう。こちらも、スポンサー頼みの地上波民放の姿勢では到底できないことだと思います。
つまり、Netflixだからこそこの『地面師たち』は成立した作品。内容やキャスティングについて縛られることのないNetflixの姿勢が、自由な表現を可能にし、多くの人が興味を持ち、大ヒットにつながったこの『地面師たち』なのです。
◆Netflixに拍手を送りたい
作品としての内容もさることながら、バブル崩壊からはじまった平成の事件史の中で、時代を表す“地面師”という存在を、事件を、名作ドラマに代えて記録した功績は大きいです。後世に残る歴史的価値の高い作品になっているのではないでしょうか。
この作品を実現させた大根仁監督、キャスト、そしてNetflixに、筆者は改めて拍手を送りたいと思います。
<文/小政りょう>
【小政りょう】
映画・テレビの制作会社等に出入りもするライター。趣味は陸上競技観戦