Infoseek 楽天

朝ドラ『虎に翼』34歳俳優の髪型への「昭和っぽくない」批判に反論。“あえてのスタイリング”であるワケとは

女子SPA! 2024年8月14日 15時44分

『虎に翼』(NHK総合)で岡田将生が演じる判事・星航一の髪型が、どうもひとりだけ現代的過ぎるとSNS上で話題だ。

 確かにそうかもしれないが、でもどうだろう。ここまで丹念に時代考証が続けられた端正なドラマ世界だというのに、そんな単純な齟齬が生まれるだろうか。もしかすると、あえて当時代性からズラすことで、逆に豊かな化学反応を生じさせているのではないだろうか?

 考え過ぎかもしれない。でも岡田将生が演じるからにはそれなりの意味合いが付与されて当然だと思う。イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、どうして現代的な髪型にスタイリングされているのか、その理由を考える。

◆昭和のメンズ・ヘアースタイル

 昭和の男性たちの髪型は七三分けばかり……。みたいな古くさい男性像はたぶん、お笑いコントなどによく登場するステレオタイプのお父さんが、揃って和装姿で七三分けのカツラを装着しているイメージからきていたりするのかな(実際には1960年代に日本で大流行するアイビースタイルの髪型)。

 昭和とひとくくりにしても64年もの期間がある。特に戦後はアメリカ文化の影響を直に受けながら、メンズ・ヘアースタイルの変遷は約10年ごとに区分できる。

 たとえば、終戦後すぐの昭和20年代中頃以降(1950年代)。1954年のヘップバーンカットなど女性のヘアースタイルの流行にばかり気を取られてしまうが、メンズにだって流行のヘアースタイルはちゃんとあったのだ。そのことを踏まえ、確認しながら、『虎に翼』のある男性キャラクターの髪型に注目してみたい。

◆時代考証がおかしいという意見

 その人は、最高裁判所初代長官の息子。主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)が、東京の家庭局から新潟地家裁に異動になったタイミングで、新潟地方裁判所の判事になっている。すごく真面目というのか、どこまでも取り付く島がない人物像だ。

 そんなキャラクター性の人なら、髪型は絶対に七三分けが相場だろうと決めつけたくなる。だけど、実際に星航一を演じる岡田将生を見ると、七三分けどころか、毛先がボサボサしているのに、ほどよいショートマッシュ風(2010年代に流行)の現代的スタイルなのだ。

 航一のこの髪型についてネット上では賛否両論。特にX上をパトロールしてみると、主要登場人物の中でひとりだけ現代的過ぎる髪型であり、時代考証がおかしいという意見が総じて散見される。

◆事実にこだわることは映像表現の矮小化になりかねない

 でもね、時代考証ばかりが映像作品の核心でないことを理解する必要がある。確かに本作は戦前、戦中、戦後の歴史的な事象を(ときに巧みな省略を駆使しながら)見事に反映した骨太ドラマである。

 だからといって何でもかんでも事実に基づいて描写することだけが、優れた表現力に結びつくわけでもない。むしろ映像表現の矮小化になりかねない。実際その矮小化の果てに、昭和メンズは七三分けというイメージが根づいてしまったのではないか(というのも暴論だが)。

 映像は時代を写す鏡だという慣用句的な表現も筆者には安易に聞こえてくる。なのでここからは、時代考証的な観点を半分、自由な映像表現の考え方を半分として、“現代的”と批判される航一のヘアースタイルについてフレキシブルに考えてみることにする。

◆リーゼントスタイルが話題になった『なつぞら』

 ところで、これまでに出演した作品で岡田はどんなヘアースタイルだったろう。『虎に翼』と時代設定が近いNHK作品にしぼって確認してみる。まず、老けメイクを施して落語の名人を演じた『昭和元禄落語心中』(NHK総合、2018年)。第1回冒頭、1977年の八代目有楽亭八雲(岡田将生)は、白髪混じりの綺麗な七三分けスタイルだった。

 次に、初の朝ドラ出演作『なつぞら』(NHK総合、2019年)。戦災孤児である主人公・奥原なつ(広瀬すず)の兄である奥原咲太郎を演じた。初登場は、第28回。上京してきたなつが、浅草のストリップ劇場の幕間でタップダンスを披露する咲太郎と再会する。

 時代設定は1955年。『虎に翼』で航一が登場している昭和20年代の少しあとだが、ほとんど同時代の人物である。咲太郎の髪型は、何とリーゼントスタイル。これが放送時大きな話題になった。

 この時代のリーゼントは七三分けが基本であり、それは戦後のカジュアルなアメリカンスタイルであるアプレゲール(フランス語で戦後派の意味、通称:アプレ)にとって、ちょい悪の気っ風を象徴するスタイルの決め手。

 昭和20年代のメンズヘアースタイルだとアプレの他に、アメリカ兵の短髪を模したGIカットや石原慎太郎の慎太郎刈りなどが代表的だが、無軌道な人物像の咲太郎は(少し時代はズレるにしろ)おそらくアプレ風の若者として造形されていると考えられる。

◆あえて現代的にスタイリングされている理由

 つまり『なつぞら』での岡田は、ある程度時代考証に基づいてスタイリングされたビジュアルだったのだ。『虎に翼』の航一は若い頃でさえアプレではなかったと思うし、不良性の欠片もなく、アメリカナイズされているわけでもない。

 不良性なら、戦災孤児だった身の上から猪爪家の預かりの身になった道男(和田庵)や、アメリカンならライアンこと秘書課長・久藤頼安(沢村一樹)が、ふたりとも完璧な七三分けスタイルなのが意外でもある。

 航一の髪型があえて現代的にスタイリングされている理由が何かあるはずだ。それが真の意味で読み解かれるべき回が実はある。第17週第85回の麻雀会で弁護士・杉田太郎(高橋克実)を抱きしめる航一が何度も口にした「ごめんなさい」。その理由が明かされる場面である。

 第18週第90回、仕事を切り上げた寅子たちが喫茶・ライトハウスにやってくる。そこで航一は戦中に内閣が設置した総力戦研究所の研究生だったことを初めて告白する。航一の告白とともに机上演習場面が回想される。

 航一の「ごめんなさい」は、机上演習で日本敗戦がわかっていたはずなのに戦争をとめられなかったことへの自責の念が込められたものなのだが、回想の中の航一ははっきりと七三分けだと気づく。

 航一の話を聞いた判事補・入倉始(岡部ひろき)がうわっと泣き始める。この人はいつでも髪に櫛を入れる。航一のボサボサなマッシュと対比されながら、このときも咄嗟に櫛を出してお手本のような七三分けを整えていた。ちょっとした伏線回収になっているのが見逃せない。

◆現代的なヘアースタイルから生まれた繊細な雪景色

 鼻をすする航一が「外で頭を冷やしてきます」と言って店外に飛び出す。店の前の小道にひとり佇み、しんしんと降る雪をただ一身に受ける後ろ姿が、ローアングルの引きの画面で捉えられる。

 日本屈指の美麗俳優にして豊かな中音域の美声を誇る岡田将生が、この静謐な雪景色に存在する瞬間をぼくたちは心待ちにしていた気がする。それだけ美しいワンショットである。

 店内から寅子がやってくる。途端に雪がやむ。カットが替わったことで時間が経過したからだろうか。ちょっと不思議な時間経過ではあるが、二人が発する音以外は雪が全て吸収する静けさの中で、寅子が言う。

「馬鹿の一つ覚えですが、寄り添って一緒にもがきたい。少しでも楽になるなら」

 聞き終わる寸前で航一が泣き崩れる。ここで彼の頭上に注目すると、降り積もった雪が確認できる。航一のヘアースタイルが、もしGIカットや慎太郎刈りのように短髪であったり、毛先がストレートな七三分けだったなら、きっとすぐに溶けてしまっていただろう。そうではなく毛先がボサボサのシュートマッシュヘアー風だから雪をソフトに受けとめ、雪の一粒一粒が結晶化する。

 もっというと、寅子がきて雪がやんだ不思議な現象は、この美しい結晶を強調するためだと筆者は思っている。寅子が航一の側に寄る。カットが替わる。再び航一の横顔が写り、くっと顔を上げる。カメラは彼の微動に合わせてフォロー。頭上の雪がちらっと写る。あえて時代考証しないことで到達した繊細な雪景色が、岡田将生の現代的なヘアースタイルから生み出されたのだ。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu

この記事の関連ニュース