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「そんな正論、聞きたくない!」娘が40℃発熱でも病院に連れて行かずキレる“自然派”妻。極端なオーガニックにハマった末路とは

女子SPA! 2024年8月21日 15時45分

―連載「沼の話を聞いてみた」―

堀ダイスケさん(仮名・40代)は、都内に暮らす3児の父だ。現在子どもは全員小学生だが、会社員であるダイスケさんが、ほぼワンオペで家庭を回している。

妻は仕事と推し活に全振りで、家族と過ごす時間を放棄しているのだ。

なぜこうなったのか? ダイスケさんは長女誕生からをふりかえる。

長女が生まれたのは、約10年前。当時専業主婦だった妻は“昔ながらのもの”を大切にして、家事育児に取り組んできた。ダイスケさんもそこに異存はなく、水中出産に立ち合い感動したり、一緒に布おむつを洗ったりと、充実感を覚える日々を送っていた。

「こんなにていねいに子どもを育ててくれて、ありがたい。妻が昔ながらの自然なやり方を選ぶのは、すごい考えてくれたからなんだろうな。当時もいまも、その気持ちは変わっていません」

◆最初の違和感は砂糖玉

しかし自治体の育児講座で知り合ったママ友との付き合いで、そうした育児方針が極端になっていき、家庭内に不穏な空気が立ち込めていく……。

「夫婦でいちばん揉めたのは、ホメオパシーです。いつの間にか、レメディが入ったビンのセットが家にあったんですよね。はじめて見たとき、医薬品ともサプリとも違う雰囲気の小さな粒に、なんだこりゃ? と思ったのを覚えています」

ダイスケさん同様に、“なんだそりゃ?”となる方もいるだろうか。

ホメオパシーとは、「ある症状を引き起こす物質を薄めると薬になる」という考えが軸になっている民間療法で、レメディはそれに使われる薬のことだ。

とは言っても“医薬品”ではない。植物や動物組織、鉱物などを水で100倍希釈して振盪(しんとう=激しく揺り動かす)するといった作業をくり返して作った液体を、砂糖玉に浸み込ませたもの……要は砂糖玉である。

一般的な科学では、そこまで希釈したら元の物質はほぼ含まれていないと考えるのが妥当だが、ホメオパシー理論では「物質は薄めれば薄めるほど効果が高い」という話になっている。

◆直接の害はない、でも…

医薬品と違い副作用がない、という点をメリットと考える人もいるが、日本医学会のHPには「ホメオパシーの治療効果は科学的に明確に否定されています」と記載されている。何をよしとするかは、個々の選択だろう。

しかし医療事故を知ると、軽視はできない。有名なのは、2009年の「山口新生児ビタミンK欠乏性出血症死亡事故」。助産師の指導のもと、ビタミンKを投与せずにビタミンKと同様の効果を持つと主張されるレメディ(砂糖玉)を新生児に与え、結果生後2カ月で硬膜下血腫が原因で死亡したのだ。

ダイスケさんは当時、ネットで軽く調べて「砂糖玉」という認識でいた。

「だから体に害はないだろう、とスルーしていたんですよね。ビンに気づいてから妻の様子を見ていると、咳がつづいたら、お腹が下ったら、いわゆる薬を使うタイミングで、子どもにレメディを与えているのがたびたび確認できました」

ところがある日、長女が高熱を出した。1歳のときである。

熱が40度近くまであがり、ぐったりしている。しばらく様子を見ていたが、もう病院へ連れていくべきだとダイスケさんは判断。しかし、妻がそれを拒否した。レメディを与えていれば、問題ないと主張する。

「つらそうにしている娘が心配で、とにかく一度診察を受けさせたいと必死で説得したんですよね。様子を見るタイミングは過ぎている。お願いだから、病院に連れていかせてくれと」

すると、落ち着いた様子で看病していた妻が突然、激昂した。

「うっるさああああーーいいぃ! そんな正論、聞きたくない!! 私を否定しないで!!!」

ホメオパシーで、心の平穏を取り戻す必要がありそうである。

◆妻の怒りポイント

ヒステリックに放たれる言葉を拾い集めて要約すると、療法のよし悪しではなく、「自分が否定された」というのが怒りのポイントであった。夫婦関係や育児のなかで積み重なってきた、わだかまりがあったのだろうか。

「そんなつもりはない。いつも感謝している。でもいまはとにかく娘がつらそうだから……と必死に説得し、なんとか病院に連れていくことができました」

その後、ネットで見かけたホメオパシーの情報では、“同種療法”という考えのもと「火傷は温める」「熱中症には熱い風呂」という過激なものもあった。

「幸い妻はそこまでディープな実践はしていなかったと信じたいですが、もし子どもたちが……と想像してしまい心底怖くなるんです」

妻が「自然な育児」に傾倒していったのは、もともとの方針に加えて「ママ友コミュニティ」の影響が大きかった、ダイスケさんはふり返る。

産後に夫婦で参加した、自治体の育児教室。そこで親しくなりママ友となったグループが、「オーガニックな子育て」を発信するグループであった。そのママたちは育児中でもバッチリオシャレをキメ、立派でセンスのいい家に住んでいた。

◆ママ友たちのキラキラSNS

中心人物の家に頻繁に集まり、オーガニックの講習会に出かけたり、アロマクラフトを楽しんだり、ヴィーガンおやつを作ったり。「免疫を高めよう! 能力開花!」と謳って、ゴマ油でベビーマッサージしている写真をSNSにアップしたり。

ダイスケさんはそれを”キラキラ発信”と表現する。

「妻も感化され、SNSに自然派育児生活みたいなノリの発信が多くなりました。体は食べたものでできている、病院に行く前にママができること、キレない子どもの育て方、子どもの脳を育む本物の~、みたいな。子どものためにやっているという前提はありますが、自己実現の要素が増えてきたんですよね」

なかでも一番違和感を覚えたのは、子どもをアクセサリーにしているように見えたことだという。

「うちの子カワイイでしょう? という気持ちはわからなくもありません。でも、こんな育児の成果が……というノリも感じられ、すごくイヤだった。妻たちのそういう活動を見ていると、平凡なお母さんにはなりたくない、クリエイティブでおしゃれなママになりたいという、ふわっとした願望を感じましたね」

ダイスケさんも積極的に子育てしていたので、そうしたママ友メンバーの一部と、いまでも交流があるという。付き合いのなかで、それぞれがまた違う沼にハマっている様子も見られた。

「オーガニック系から、スピリチュアルにハマっていったママ友もいます。そのママ友Aさんは、夫よりオーガニック仲間のほうが自分を認めてくれると、話していました。寄り添いの精神が、自分を救ってくれた。自分にもお役目があるはずだ……と、次第にスピリチュアルの世界へ流れていったようです。いまでもたまに会うと、前世がどうとか話しています」

そのママ友から「神に導かれて書いた」と、自費出版の本を渡されたこともある。しかしスピリチュアルに興味がないダイスケさんは、数ページで挫折してしまった。

◆より深い沼に移る人も

その後ママ友Aさんは仕事を辞め、スピリチュアルビジネスをはじめて、離婚。実家が裕福なので生活に困ることはないが、振り回される子どもが不憫だと、ダイスケさんは話す。

「妻やママ友たちを含めた世の母親が、人生を模索しながら育児をし、居場所を求めていることはすごくよくわかります。自然派育児やオーガニック、スピリチュアルそのものが悪いものとも思っていません。ただ、世間一般とのあいだに溝ができやすくはありますよね。こじらせ方が極端に見えます」

◆第三子誕生で生活が一変

ダイスケさん家はその後、第三子が生まれたことで「昔ながらの育児」やオーガニックママたちとの付き合いが減っていった。

単純に、ていねいな育児をしている余裕がなくなったのだ。

さらに、過剰な発信が周囲でウワサになり、仕事関係者や昔からの知人に距離を置かれるようになっていたことも大きい。

しかし平穏に軌道修正……とはならなかった。ダイスケさん妻は、いままで大切にしていたものを、極端に憎むようになってしまったのだ。

沼が転じてアンチになるのも、よく見る現象ではある。

昔ながらの育児。環境に配慮したオーガニック生活。自然を通じて内面と向き合う取り組み。悩みを共有し、寄り添い合うコミュニティ。そうしたものを罵倒し、家事育児の一切も放棄し、自暴自棄な生活を送るようになった。

「あれだけ手をかけたのに、思ったような成果が得られなかった失意が大きいようです。いまはもう人生に何も期待しない、早く死にたいと頻繁に大暴れし、子どもも巻き込んでいます。子どもはもう小学生なので、周囲に暴力被害を訴え、各所からたびたび問い合わせが来ています。

育児のストレスと人間関係のこじれ、そして精神的な病が原因であり、オーガニックなどが直接関係しているわけではありませんが、状況を悪化させる一因ではあったのではないでしょうか」

◆「寄り添い」を大事にしていたのに

行政の協力もあおぎ、なんとか医療につなげようとするダイスケさんだが、妻はカウンセリングを伴う“寄り添い”的なものを極端に嫌悪している。もちかけると「それで何が救われるんだ!」と悪態をつく。

「ママ友たちと魂の対話とか潜在意識のなんちゃらワークとか、あれだけ好んで取り組んでいたのに、もうそうしたものと関わり合いたくない、対話も寄り添いも私に何ももたらしてくてくれない、一切の期待をしないと、頑なに拒否しています。素人のそれと医療のものは、また違うと思うのですが、聞く耳を持ちません。

いまはかつての妻とは真逆に、推し活に全振りしています。自分は妻の対応と心情を専門家と一緒に考え、ワンオペ状態で3人の子どもの世話をする毎日です」

◆妻は、何になりたかったのか

何者かになりたかった母たちと、巻き込まれる家族たち。

自己実現の模索のなかで、子どもによりよいものを与えたいジレンマもあるだろう。程度の差はあれど、多くの人が足を踏み入れる可能性のある沼なのかもしれない。

<取材・文/山田ノジル>

【山田ノジル】
自然派、○○ヒーリング、マルチ商法、フェムケア、妊活、〇〇育児。だいたいそんな感じのキーワード周辺に漂う、科学的根拠のない謎物件をウォッチング中。長年女性向けの美容健康情報を取材し、そこへ潜む「トンデモ」の存在を実感。愛とツッコミ精神を交え、斬り込んでいる。2018年、当連載をベースにした著書『呪われ女子に、なっていませんか?』(KKベストセラーズ)を発売。twitter:@YamadaNojiru

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