夏休みが終わり新学期がスタートする時期にかけて、小中学生の子供の自殺が多くなる傾向があるといわれます。
内閣府作成「平成27年度自殺対策白書」の18歳以下の自殺者における過去約40年間の日別自殺者数をみると、夏休み明けの「9月1日」にもっとも自殺者数が多くなっていることがわかります。
『児童精神科医が「子育てが不安なお母さん」に伝えたい 子どもが本当に思っていること』の著者「精神科医さわ」こと塩釜口こころクリニックの河合佐和院長は「夏休み明け前後は、とくに子どもをよく観察してほしい」といいます。
夏休み明けに子どもの自殺が増える理由や、親が気をつけるべきポイント。また、夏休み明けに子どもが「学校に行きたくない」と言い出したときの親の対応などについて、さわ先生に聞きました。
◆子どもにとっては学校が“世界のすべて”
――夏休み明け前後は、なぜ子どもの心が不安定になりやすかったり、自死が増えてしまうのでしょうか。
さわ:大人でも、休み明けの月曜に「会社に行くの嫌だな」と思うことがありますよね。子どもの夏休み明けの感覚は、それと似ているんだと思います。友人関係の悩み、教師との関係など、学校に行きたくない理由は子どもによってさまざまですが、大人と子どもが決定的に違うのは、先の見通しが立てられないということです。
大人は、小学生時代の人間関係がその後の人生に影響することはほとんどないことを知っています。私自身、小学校の頃の友達との付き合いはほぼありません。でも子どもにとっては、学校が世界のすべてなのです。そこで問題が生じると、未来の見通しが立てられなくて「死ぬしかない」となりやすいのが自死の要因の一つだと思います。長期休み明けは、特に心の負担が大きくなりやすく、死という選択肢しか考えられなくなってしまうことがあります。
――心が不安定になっている子どもが発するサインにはどのようなものがありますか? 親が気づくにはどうしたらいいのでしょうか。
さわ:「あと◯日で終わってしまう……」とカウントダウンをしながら、夏休み明けに向けて少しずつ元気がなくなり、表情が暗くなっていく子どもは多くいます。「学校に行くの嫌だな」とポツリと言うこともあります。
また、ご飯を食べる量が減ったり、夜寝付きが悪くなったりすることもあります。不安が強い子は不眠の症状が出ることが多く、私は診察でよく、ベッドに入ってから寝付くまでの時間を聞くようにしています。親御さんにはまず、本人の表情を見てあげてほしいですね。
――子どもが夜遅くまでゲームをしたり漫画を読んだりするのは、不安を感じて寝付けないせいという場合もあるのでしょうか。
さわ:そういうケースもあると思います。「学校に居場所がない」と感じている子どもの中には、漫画やゲーム、インターネットの世界に心の居場所を求める子どもが一定数います。そういう子どもたちに対して、理由を聞かずに真っ向から漫画やゲームを否定してしまうと「唯一の心の拠り所さえも奪われてしまった」ということになりかねません。なぜ、それが必要なのか、その子にとってどういうものなのか、耳を傾けてあげないといけないと思います。
◆「学校に行く」以外の選択肢を示してあげてほしい
――夏休み明けに、子どもが「学校に行きたくない」と言い出したときは、どんな対応が望ましいのでしょうか。
さわ:「何言ってるの、行きなさい!」とすぐに子どもの言葉を否定して登校を促すのではなく、「どんなことが不安なの?」「何が嫌なの?」と具体的に対話をすることがとても大事です。
ただ、子どもは大人よりも気持ちを言語化することが苦手です。人間の脳は年齢とともに発達していくので、小中学生の子どもはまだまだ未発達。うまく言えないことが多いので、できるだけ表情からも心の不調を察してあげてほしいと思います。
子どもは「学校は行かなければいけないもの」と思っているために、「行けないから死ぬしかない」と思ってしまうことがあります。「学校に行く以外の選択肢もあるんだよ」と教えてあげてください。教育支援センターやフリースクールなど、学校に行けない子どもたちの居場所が今はたくさんあります。定められた要件を満たしていれば出席扱いになることもありますよ。
また、「しんどくなったら2限目で帰ってきてもいいんだよ」とか、「給食だけ食べに行こうか」と言ってあげるのもいいと思います。低学年のうちは、親御さんが付き添い登校をするのもいいでしょう。子どもは大人より、こういった選択肢が思い浮かびにくいので、いろんな選択肢を示すことが大切です。
◆頭ごなしに怒ることが習慣になっている家庭は要注意
――小学校高学年や、思春期の中学生に対する接し方のアドバイスはありますでしょうか。
さわ:ある程度自分の気持ちを話すことのできる小学校高学年以上の子どには「何か困っていることある? あなたのこと助けたいと思ってるよ。お母さん(もしくはお父さん)にできることはある?」と聞くように親御さんに伝えています。
低学年だとそう聞かれてもうまく話すことが難しかったりするので、高学年以上の子どもにおすすめしているアプローチです。「この人には何を相談してもいいんだ」という関係性を作り、親自身が子どもの安心できる居場所になることが重要だと思います。
そして、求められていないのに、過度に干渉するのはやめましょう。親には秘密にしておきたいことも出てくる年頃です。助けを求められる環境を用意して、あとは子どもが話してくるのを待つこともとても大切です。
――子育てをしていると、つい子どもに対して怒ることが増えてしまうことがあります。普段から怒ってばかりだと、子どもが親に相談できないと感じることもあるのでしょうか。
さわ:もともと、子どもを頭ごなしに怒ることが習慣になっているご家庭は要注意だと思います。そもそも、怒らなくても子どもに伝えることはできます。常日頃から、本人の存在を肯定するような声かけをしておく必要があると思います。
「何を言っても怒られる」と子どもが感じていると、何かあったときに親に助けを求めることができません。「どうしていいか分からない」と追い詰められてしまう子どもには、そういった家庭の背景があると思います。
◆学校が嫌な理由を探るより、大切なこと
――さわ先生なら、夏休み明けに不安を感じている子どもにどんな言葉をかけますか?
さわ:私の場合は、「先生も月曜日に仕事に行くのめっちゃ嫌なんだよね、家にいたほうがいいよね」と、学校に行くのが嫌だという気持ちに共感することが多いです。そこで、「だけど、学校って楽しいこともあったりしない?」と聞くと、子どもによって違うのですが友達と遊ぶことや、給食の時間なら好きだと言ったりします。
夏休み明けは、学校で楽しかったことを忘れてしまって嫌なことばかり思い浮かべてしまうことがあるので、楽しいことを思い出させてあげながら話を聞くことがありますね。ただ、子どもが10人いたら10人答えが違いますから、「楽しいことがあるなら、行きなさい」というような伝え方はしないようにしています。
一番大切なのは、子どもが「学校に行きたくない」と言い出したときに「そんなこと言わないで行ってきなさい」と頭ごなしに否定しないことです。子どもに話も聞かずに追い詰めるのはやめてほしいなと思います。
――親が子どもの話を聞くときに、どんなことを心がけるといいのでしょうか。
さわ:「学校が嫌な理由が分からなくてもいい」「話せそうだったら話してね」という前提で話を聞くことが大事だと思います。
でも、学校に行きたくない理由なんて本人でもわからないことが多いんです。あるお母さんから「明確な理由がないのに休ませていいんですか」とご質問をいただいたことがあるのですが、大人でもモヤモヤした感情の理由が分からないことがありますよね。
そこで「理由がないなら認めない」「そんな理由なら学校にいきなさい」という対応をするのではなく、子どもの気持ちに寄り添って話を聞いてあげてほしいと思います。
◆まずは公的な窓口に相談を
――「お母さん(お父さん)には話したくない」と言われてしまった場合はどうしたら?
さわ:相談相手はかならずしも親である必要はありません。例えばスクールカウンセラーなど「お母さん以外の人に相談することもできるよ」と提案してあげるのもいいでしょう。スクールカウンセラーはほとんどの小学校、中学校、高等学校に配置されていて、子どもたちだけでなく保護者や教職員に対する相談にも対応しています。
子どもがスクールカウンセラーと話したくないという場合は無理強いせず、親御さんだけで相談に行ってみてもいいと思います。また、学校の担任の先生と連携が取れているなら、先生に学校での様子を聞いてみると、事情がわかるかもしれません。
学校以外にも相談先はあり、厚生労働省のサイトには「いじめや不登校、ひきこもりなどの相談窓口」として児童相談所や、児童家庭支援センター、教育センター、引きこもり地域支援センター、発達障害者支援センターなどが紹介されています。
子どもの状態から医療のケアが必要だと判断された場合には、こういった相談窓口から私たちのような医療機関を紹介されることもあります。各専門機関の連携が取れているという意味でも、まずは公的な窓口を利用してもらいたいと思います。
【精神科医さわ】
児童精神科医。精神保健指定医、精神科専門医、公認心理師。名古屋市「塩釜口こころクリニック」院長。開業直後から予約が殺到し、現在も毎月約400人の親子の診察を行っている。これまで延べ3万人以上の診察に携わっている。2023年11月医療法人霜月之会理事長となる。近著に『児童精神科医が「子育てが不安なお母さん」に伝えたい 子どもが本当に思っていること』
【都田ミツコ】
ライター、編集者。1982年生まれ。編集プロダクション勤務を経てフリーランスに。主に子育て、教育、女性のキャリア、などをテーマに企業や専門家、著名人インタビューを行う。「日経xwoman」「女子SPA!」「東洋経済オンライン」などで執筆。
内閣府作成「平成27年度自殺対策白書」の18歳以下の自殺者における過去約40年間の日別自殺者数をみると、夏休み明けの「9月1日」にもっとも自殺者数が多くなっていることがわかります。
『児童精神科医が「子育てが不安なお母さん」に伝えたい 子どもが本当に思っていること』の著者「精神科医さわ」こと塩釜口こころクリニックの河合佐和院長は「夏休み明け前後は、とくに子どもをよく観察してほしい」といいます。
夏休み明けに子どもの自殺が増える理由や、親が気をつけるべきポイント。また、夏休み明けに子どもが「学校に行きたくない」と言い出したときの親の対応などについて、さわ先生に聞きました。
◆子どもにとっては学校が“世界のすべて”
――夏休み明け前後は、なぜ子どもの心が不安定になりやすかったり、自死が増えてしまうのでしょうか。
さわ:大人でも、休み明けの月曜に「会社に行くの嫌だな」と思うことがありますよね。子どもの夏休み明けの感覚は、それと似ているんだと思います。友人関係の悩み、教師との関係など、学校に行きたくない理由は子どもによってさまざまですが、大人と子どもが決定的に違うのは、先の見通しが立てられないということです。
大人は、小学生時代の人間関係がその後の人生に影響することはほとんどないことを知っています。私自身、小学校の頃の友達との付き合いはほぼありません。でも子どもにとっては、学校が世界のすべてなのです。そこで問題が生じると、未来の見通しが立てられなくて「死ぬしかない」となりやすいのが自死の要因の一つだと思います。長期休み明けは、特に心の負担が大きくなりやすく、死という選択肢しか考えられなくなってしまうことがあります。
――心が不安定になっている子どもが発するサインにはどのようなものがありますか? 親が気づくにはどうしたらいいのでしょうか。
さわ:「あと◯日で終わってしまう……」とカウントダウンをしながら、夏休み明けに向けて少しずつ元気がなくなり、表情が暗くなっていく子どもは多くいます。「学校に行くの嫌だな」とポツリと言うこともあります。
また、ご飯を食べる量が減ったり、夜寝付きが悪くなったりすることもあります。不安が強い子は不眠の症状が出ることが多く、私は診察でよく、ベッドに入ってから寝付くまでの時間を聞くようにしています。親御さんにはまず、本人の表情を見てあげてほしいですね。
――子どもが夜遅くまでゲームをしたり漫画を読んだりするのは、不安を感じて寝付けないせいという場合もあるのでしょうか。
さわ:そういうケースもあると思います。「学校に居場所がない」と感じている子どもの中には、漫画やゲーム、インターネットの世界に心の居場所を求める子どもが一定数います。そういう子どもたちに対して、理由を聞かずに真っ向から漫画やゲームを否定してしまうと「唯一の心の拠り所さえも奪われてしまった」ということになりかねません。なぜ、それが必要なのか、その子にとってどういうものなのか、耳を傾けてあげないといけないと思います。
◆「学校に行く」以外の選択肢を示してあげてほしい
――夏休み明けに、子どもが「学校に行きたくない」と言い出したときは、どんな対応が望ましいのでしょうか。
さわ:「何言ってるの、行きなさい!」とすぐに子どもの言葉を否定して登校を促すのではなく、「どんなことが不安なの?」「何が嫌なの?」と具体的に対話をすることがとても大事です。
ただ、子どもは大人よりも気持ちを言語化することが苦手です。人間の脳は年齢とともに発達していくので、小中学生の子どもはまだまだ未発達。うまく言えないことが多いので、できるだけ表情からも心の不調を察してあげてほしいと思います。
子どもは「学校は行かなければいけないもの」と思っているために、「行けないから死ぬしかない」と思ってしまうことがあります。「学校に行く以外の選択肢もあるんだよ」と教えてあげてください。教育支援センターやフリースクールなど、学校に行けない子どもたちの居場所が今はたくさんあります。定められた要件を満たしていれば出席扱いになることもありますよ。
また、「しんどくなったら2限目で帰ってきてもいいんだよ」とか、「給食だけ食べに行こうか」と言ってあげるのもいいと思います。低学年のうちは、親御さんが付き添い登校をするのもいいでしょう。子どもは大人より、こういった選択肢が思い浮かびにくいので、いろんな選択肢を示すことが大切です。
◆頭ごなしに怒ることが習慣になっている家庭は要注意
――小学校高学年や、思春期の中学生に対する接し方のアドバイスはありますでしょうか。
さわ:ある程度自分の気持ちを話すことのできる小学校高学年以上の子どには「何か困っていることある? あなたのこと助けたいと思ってるよ。お母さん(もしくはお父さん)にできることはある?」と聞くように親御さんに伝えています。
低学年だとそう聞かれてもうまく話すことが難しかったりするので、高学年以上の子どもにおすすめしているアプローチです。「この人には何を相談してもいいんだ」という関係性を作り、親自身が子どもの安心できる居場所になることが重要だと思います。
そして、求められていないのに、過度に干渉するのはやめましょう。親には秘密にしておきたいことも出てくる年頃です。助けを求められる環境を用意して、あとは子どもが話してくるのを待つこともとても大切です。
――子育てをしていると、つい子どもに対して怒ることが増えてしまうことがあります。普段から怒ってばかりだと、子どもが親に相談できないと感じることもあるのでしょうか。
さわ:もともと、子どもを頭ごなしに怒ることが習慣になっているご家庭は要注意だと思います。そもそも、怒らなくても子どもに伝えることはできます。常日頃から、本人の存在を肯定するような声かけをしておく必要があると思います。
「何を言っても怒られる」と子どもが感じていると、何かあったときに親に助けを求めることができません。「どうしていいか分からない」と追い詰められてしまう子どもには、そういった家庭の背景があると思います。
◆学校が嫌な理由を探るより、大切なこと
――さわ先生なら、夏休み明けに不安を感じている子どもにどんな言葉をかけますか?
さわ:私の場合は、「先生も月曜日に仕事に行くのめっちゃ嫌なんだよね、家にいたほうがいいよね」と、学校に行くのが嫌だという気持ちに共感することが多いです。そこで、「だけど、学校って楽しいこともあったりしない?」と聞くと、子どもによって違うのですが友達と遊ぶことや、給食の時間なら好きだと言ったりします。
夏休み明けは、学校で楽しかったことを忘れてしまって嫌なことばかり思い浮かべてしまうことがあるので、楽しいことを思い出させてあげながら話を聞くことがありますね。ただ、子どもが10人いたら10人答えが違いますから、「楽しいことがあるなら、行きなさい」というような伝え方はしないようにしています。
一番大切なのは、子どもが「学校に行きたくない」と言い出したときに「そんなこと言わないで行ってきなさい」と頭ごなしに否定しないことです。子どもに話も聞かずに追い詰めるのはやめてほしいなと思います。
――親が子どもの話を聞くときに、どんなことを心がけるといいのでしょうか。
さわ:「学校が嫌な理由が分からなくてもいい」「話せそうだったら話してね」という前提で話を聞くことが大事だと思います。
でも、学校に行きたくない理由なんて本人でもわからないことが多いんです。あるお母さんから「明確な理由がないのに休ませていいんですか」とご質問をいただいたことがあるのですが、大人でもモヤモヤした感情の理由が分からないことがありますよね。
そこで「理由がないなら認めない」「そんな理由なら学校にいきなさい」という対応をするのではなく、子どもの気持ちに寄り添って話を聞いてあげてほしいと思います。
◆まずは公的な窓口に相談を
――「お母さん(お父さん)には話したくない」と言われてしまった場合はどうしたら?
さわ:相談相手はかならずしも親である必要はありません。例えばスクールカウンセラーなど「お母さん以外の人に相談することもできるよ」と提案してあげるのもいいでしょう。スクールカウンセラーはほとんどの小学校、中学校、高等学校に配置されていて、子どもたちだけでなく保護者や教職員に対する相談にも対応しています。
子どもがスクールカウンセラーと話したくないという場合は無理強いせず、親御さんだけで相談に行ってみてもいいと思います。また、学校の担任の先生と連携が取れているなら、先生に学校での様子を聞いてみると、事情がわかるかもしれません。
学校以外にも相談先はあり、厚生労働省のサイトには「いじめや不登校、ひきこもりなどの相談窓口」として児童相談所や、児童家庭支援センター、教育センター、引きこもり地域支援センター、発達障害者支援センターなどが紹介されています。
子どもの状態から医療のケアが必要だと判断された場合には、こういった相談窓口から私たちのような医療機関を紹介されることもあります。各専門機関の連携が取れているという意味でも、まずは公的な窓口を利用してもらいたいと思います。
【精神科医さわ】
児童精神科医。精神保健指定医、精神科専門医、公認心理師。名古屋市「塩釜口こころクリニック」院長。開業直後から予約が殺到し、現在も毎月約400人の親子の診察を行っている。これまで延べ3万人以上の診察に携わっている。2023年11月医療法人霜月之会理事長となる。近著に『児童精神科医が「子育てが不安なお母さん」に伝えたい 子どもが本当に思っていること』
【都田ミツコ】
ライター、編集者。1982年生まれ。編集プロダクション勤務を経てフリーランスに。主に子育て、教育、女性のキャリア、などをテーマに企業や専門家、著名人インタビューを行う。「日経xwoman」「女子SPA!」「東洋経済オンライン」などで執筆。