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“見た目があまりに端正な俳優”、朝ドラからアカデミー受賞映画まで「中身とのギャップ」で輝くワケ

女子SPA! 2024年8月31日 15時46分

スケールでかい。『ラストマイル』(8月23日公開)は大きなスクリーンで見て楽しいと思える映画だった。そして大きなスクリーンに満島ひかりと岡田将生は映える。

◆主演級の俳優集結!スター揃い踏みができた理由

物流システムを使った未曾有(みぞう)の爆発事件――最後までハラハラが止まらないクライムムービー『ラストマイル』の完成披露舞台挨拶が8月20日に行われたとき、出席した俳優たちが映画のスケールにふさわしく豪華だった。

満島ひかり、岡田将生、ディーン・フジオカ、大倉孝二、酒向芳、宇野祥平、安藤玉恵、阿部サダヲ、石原さとみ、井浦新、市川実日子、綾野剛、星野源、麻生久美子と、スター揃い踏みといった風情があった。

主演級の俳優たちをこんなに集めることができた理由は“シェアード・ユニバース”という企画にあった。

大人気ドラマ『アンナチュラル』(18年)、『MIU404』(20年)と同じ世界線で物語が展開するというものだ。脚本・野木亜紀子、演出・塚原あゆ子、プロデュース・新井順子の3人がそろって手掛けたヒットドラマのメインキャストを『ラストマイル』に集結させたことによって、先述の豪華キャストが実現したのである。

◆『アンナチュラル』『MIU404』どちらも事件もので交差可能

『アンナチュラル』は「不自然死究明研究所(UDIラボ)」で働く人たちの医療ドラマで、石原さとみは法医解剖医のヒロインを演じ、井浦や市川はその同僚である。『MIU404』は警視庁刑事部・第4機動捜査隊が関わる事件を描いた刑事ドラマで、綾野と星野はバディで捜査に当たる。

いくら同じ制作者が作っていても、時代もジャンルもちぐはぐだったらシェアード・ユニバースできないが、どちらも事件ものなので、機動隊は捜査にあたり、医療チームは謎の死の原因を解明するというところで交差することが可能であったのだ。

舞台挨拶には参加していないが、『アンナチュラル』からは窪田正孝、竜星涼、飯尾和樹、吉田ウーロン太、薬師丸ひろ子、松重豊が出演し、『MIU404』からは橋本じゅん、前田旺志郎、金井裕太、永岡卓也が出演している。出演者が多過ぎて、満島と岡田の話題になかなかたどりつけないが、もう少しお待ちを。

映画やドラマでカメオ出演として、著名な俳優がほんの短い時間、参加する仕掛けがあるが、『ラストマイル』の場合、すでに確かな物語を紡(つむ)いできた役柄としての登場なので、出番が多少短くても、彼らが何を思って仕事に従事しているか伝わってくる。

警察も病院も物流会社の社員たちもマンションに暮らす人たちも、みんながそれぞれの生活があって思いがあって、それが繋がって成り立っているという世界の仕組みがこれほどわかるやり方もないであろう。

◆「物流が止まると大変」という監督の発想から

『MIU404』で道路網が東京の各地(ひいては日本中)を繋いでいることを可視化させていたが、『ラストマイル』では物流網が人間の身体のなかに流れる血管のようだ。

「物流が止まると大変」という発想からこの企画を提案したのは塚原監督で、野木亜紀子が出演者というピースの多い難易度高いジクソーパズルのような脚本を書き上げた。労作である。

2本のドラマを見ていなくても楽しめないわけでは決してない。中心は、新たに設定された巨大物流会社DAILY FAST(通称:デリファス)とそこで働く人たちだからである。

おまたせしました、満島ひかりは、デリファス巨大物流倉庫の関東センターのセンター長・舟渡エレナ役で、岡田将生はチームマネージャーの梨本孔役を演じている。

エレナはエルメスのバーキンを持つおしゃれでバリバリの働き者、梨本は転職入社の2年めで、仕事は粛々(しゅくしゅく)とこなすがエレナと比べるとテンションは高くない。

◆荷物の爆発が連続し、日本中が震撼

いまや誰もが当たり前のようにネットのショッピングサイトを利用している。むしろなくては成り立たない。その世界的大手・デリファスから発送された荷物が爆発した。クリスマスを前に商戦が盛んとなる11月、流通業界最大のイベントのひとつ“ブラックフライデー”の前夜のことだった。

爆発はひとつではなく、連続して起こる。いつどこで荷物が爆発するか、日本中が震撼する。じつにこわい。

ブラックフライデーに合わせてフル稼働していたデリファス巨大物流倉庫の関東センターでは、エレナと梨本は共に事態の収拾に立ち向かう。

ほか、サイト商品の運搬を担う運送会社・羊急便の関東局局長(阿部サダヲ)や現場で働く羊急便の委託ドライバーたち(火野正平、宇野祥平)、デリファス日本支社の統括本部長(ディーン・フジオカ)や荷物を待つ家のシングルマザー(安藤玉恵)と子どもたちなどが事件に翻弄されていく。

そこに、先述した『アンナチュラル』と『MIU404』チームが交差する。さらに公開日まで伏せられていたサプライズ出演者もいて……(ここでは一応伏せておく)。

◆主演ふたりは現場を俯瞰して見る立場であることがポイント

よくぞ大渋滞にならずに2時間9分に纏(まと)めたと感心するし、主演の満島と岡田は、俳優として華もテクニックも人気も一流な共演者たちに断じて埋もれてはならない。その重責に、満島ひかりと並び岡田将生は見事に応えていたと思う。

満島ひかり演じるエレナはエリートでおしゃれで業務優先だけれど、どこか抜けている感じのところもある。梨本は岡田将生が演じているからシュッとしているけれど、上司のエリナに振り回されて辟易(へきえき)している演技などもさりげなく見事であった。

この手の映画は、現場で働く庶民と現場を足で捜査する刑事など労働者側が観客の代弁者としてメインに据えられることが多いが、『ラストマイル』のふたりは管理職側のほうで、現場を俯瞰(ふかん)して見る立場であることがポイントである。

ブラックな労働網を上からみているようで、彼らもまた網のなかにとりこまれているのではないかというホラー感覚を、満島と岡田がうまい塩梅で醸(かも)してみせる。

◆岡田将生は見た目と中身のギャップを演じるとき輝く

塚原、野木、新井チームの作品に参加するのが念願だったという岡田は公式サイトでこうコメントしている。

「どんな役でも参加したいと熱望していたのがようやく叶い、そしてとても難しい役を頂き、現場では常に頭を抱えながら監督と満島さんと、この難しい脚本に臨ませてもらいました。

脚本の野木さんとは以前お仕事させてもらってからだいぶ時間が空いたのですが、この脚本の密度が濃すぎて重たい何かを渡された感じでした。

満島さんも10年以上ぶりでして、この方の前で嘘がつけない。見透かされる。

こんなにも自由に、嘘がなく、カメラの前に立つ姿は見惚れてしまうほど素敵でした。

この映画から皆さんが受け取る、感じ取るものは様々だと思いますが、こんなにもワクワクする映画もないかと思われます」

同じく公式サイトで満島は、岡田のことをこう表している。

「共演は14年ぶりでしょうか? やっぱり岡田将生さんは不思議な佇まいを持つ俳優さんで、彼にしか出せない品性とおかしみをとても素敵に感じます。柔らかいのに男性らしい、岡田さんの背中に何度か助けて貰いました。静かなるサポートに、感謝しています」

岡田将生はあまりに見た目が端正なので、どうしてもちょっと特異な役を任されることが多くなるのだが、見た目と中身のギャップや、見た目に隠された秘密みたいなものを演じるときにもとても輝く。

◆朝ドラでの役もまた、見た目と中身の相違がおもしろい

岡田は現在、出演中の朝ドラこと連続テレビ小説『虎に翼』(NHK)では、ヒロイン寅子(伊藤沙莉)と事実婚のパートナーとなった星航一を演じている。彼もまた、見た目と中身の相違がおもしろい。

『ラストマイル』ではすきっと聡明そうな額を見せているが、『虎に翼』では当初は目まで隠れそうに前髪で覆っていて、現在はちょっと分けて少し額がのぞき、その前髪に白髪が数本をつくり、老け感を出している。前髪によってずいぶん印象が違う。

『虎に翼』の航一は、戦前、総力戦研究所に所属し、日本は戦争したらどうなるかシミュレーションしていた過去を後ろめたく思っているという設定で、8月15日の終戦の日生まれの岡田が、戦争について思うところのある役というのは運命的だなと感じさせる。

航一は50代で大学生の子供がふたりもいる設定だが、実年齢・30代の岡田とは三兄妹に見えてしまう。この若見えパパという感じや、一見優男ながら、重たい過去と悲しみを背負っている星航一の魅力を岡田将生は存分に演じている。つまり人は見かけによらない。

◆『ドライブ・マイ・カー』では屈指の名場面も

朝ドラと平行して深夜に放送中のドラマ24『錦糸町パラダイス~渋谷から一本~』(テレビ東京)では岡田は表向きは地元住民や再開発が進み増えた観光客向けのフリーペーパーのライター、実は世の悪事を暴くために証拠の動画や画像を二次元コードで町中にばらまいているという、これもまた2面性のある人物。

黒尽くめで口数少なく、部屋でキーボードを叩いているあやしさ満載である。

岡田の代表作でカンヌ国際映画祭で4冠、米アカデミー賞で国際長編映画賞作受賞作『ドライブ・マイ・カー』のちょっとミステリアスな俳優役は最たるものであろう。

ここでは、原作では四十代の役を岡田の実年齢に合わせ引き下げたそうだ。この俳優が秘めていたものを車のなかで語る場面は屈指の名場面となった。

◆いまどきの青年役かと思うと、つばめのように印象が翻る瞬間が

『ラストマイル』ではいまどきの令和のよくできた青年役かと思うと、やっぱりある瞬間、つばめのように印象が翻(ひるがえ)る瞬間がある。社会派映画にもなりそうな題材をみんなが楽しめるエンタメにするために岡田将生は大いに尽力している。

舞台挨拶でお腹が鳴ったニュースが2度もヤフトピになってしまうところもギャップが魅力の岡田らしい。

『ラストマイル』2024年8月23日(金)公開 ©2024 映画『ラストマイル』製作委員会

<文/木俣冬>

【木俣冬】
フリーライター。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』など著書多数、蜷川幸雄『身体的物語論』の企画構成など。Twitter:@kamitonami

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