『虎に翼』(NHK総合)で継母を演じる余貴美子の演技を見て、やっぱりこの人は妖艶な魅力を持った俳優だなと思った。
最高裁判所初代長官の後妻である立場から慎ましく振る舞ってきた淑女が、老齢とともに変化していく様をダイナミックに表現しているのである。
イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、余貴美子の演技の“狙い”を読み解く。
◆レギュラー化してもなぜか新しい顔ぶれに感じる
翌週からどんな新しい顔ぶれが初登場するのかと楽しみになるのが、朝ドラを見るひとつの醍醐味だ。そしてその新顔が、主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)を中心とした猪爪家や最高裁判所周辺など、レギュラー出演する面々とどんなコントラストになるのか。
レギュラー化した面々だって最初はもちろん新しい顔ぶれのひとりだったわけだが、どうもこの人の存在感に関してはレギュラー化してもなぜだか新しい顔ぶれに感じる。
とにかく強烈なその人の初登場は第20週第97回。新潟から東京に帰ってきた寅子が娘の優未(毎田暖乃)を連れて交際中の同僚判事・星航一の実家を初めて訪ねる場面。航一の長男・星朋一(井上祐貴)と長女・星のどか(尾崎真花)とともに寅子たちを迎えた星百合(余貴美子)のことだ。
◆妖艶な魅力の余貴美子
航一の父・星朋彦(平田満)の後妻である百合は、航一にとっては継母ということになる。航一や朋一とのどかからは「百合さん」と呼ばれている。戦後の婦人たちにとってはカリスマ的な存在である寅子の大ファンでもある。
寅子との初対面では「寅子さんのファンですの」と心から喜ぶ。上品で人当たりのいい人物像は、この初登場以降すんなりレギュラー化して作品内に溶け込むように見えるのだが、でも単純にそうもいかないだろうという謎の空気感をまとわせてもいる。
だって余貴美子が演じるんだから、そこんとかおさえとかなきゃね。日本屈指の妖艶な魅力。魔女的な美しさを誇る怪優・余貴美子のことだから、この優しげな淑女役の丸メガネの奥にきっと狂気みたいなものをいい感じに案配してるんじゃないかと勘ぐりたくなる。
◆存在の微妙な不安定さを狙った演技
かといって、百合が明らかな山姥(やまんば)のように包丁片手に追いかけてくるなんて展開にはならない。そこは安心してもいいのだが、朋一とのどかからはほとんど家政婦扱いを受ける百合が、しかるべきタイミングで必ず豹変する瞬間がくるよなと初登場の段階から感知することはできる。
寅子と優未が加わったことで星家の食卓が活気づくが、それによってこの家族の静かな不和が逆に浮き上がる。主に朋一のちょっとした視線の微動などで食卓の気まずい雰囲気が表現されるが、食卓の端の席で優しく微笑んでいる百合が実は一番エキセントリックな存在である可能性は否定しきれないだろう。
「おばあちゃん」と呼んですぐに懐いた優未から褒め言葉をいろいろもらって嬉しそうな百合だけど、ただ優しげな老女ではないと思う。どうも百合の存在の微妙な不安定さみたいなもののすれすれ、ぎりぎりを狙う余が意識的に演技してる気がするんだよなぁ。
◆異質さを煎じた異物感
余のようなベテラン俳優が配置されることで星家の物語は家族ドラマとしてぐっと滋味深さを持っている。本作全体で考えるとこれまでには法学者・穂高重親役の小林薫が似たような役回りを担っていた。
今でこそ人々の尊敬を集める判事となった寅子だが、そもそも彼女を法曹界に導いたのが穂高だった。社会のあちこちに散見される不条理に対して「はて?」の疑問符を投じ続け、精神的にも社会的にもたくましくなっていく寅子の成長を見守った恩師だ。
その一方、戦後の混乱期の中でくじけそうになった寅子を変にかばおうとして、逆に彼女の憤激を買い続けた人でもある。穂高と再開して顔を合わせては寅子が怒り、異議申し立て。
次は挽回しようと努力するのにまた怒りを買ってしまい空回り。老齢の穂高がだんだんいたたまれなくなったものだが、なんだかいつまでたってもレギュラー化せずに小林がふわふわしていて、素晴らしく軽妙な名演だった。
寅子とは唯一といっていいくらい意見が一致しない異質なイレギュラー的存在として位置づけられたともいえる。小林薫の均質な演技が穂高のそうした異質さを際立たせたのだが、余の場合はこの異質さをもっと煎じた異物感になっている。
◆“シチュー廃棄事件”が勃発
常に優しげに微笑む百合の表情が初めて劇的に変化する場面がある。第21週第102回、再び寅子と優未を交えての昼食。航一からのプロポーズを受けて佐田姓から星姓に変わることを悩んでいる寅子をおもんぱかった航一が、食事の手をとめて改まる。
彼は百合と子どもたちの方を向いて「結婚したら、僕が佐田姓になるって」と言うのだが、途端に表情を強ばらせた百合が目をむく。「わたくしは絶対に認めませんよ」と高ぶる百合の変化を見て、余がうっすら漂わせていた異物感ある狙いがここで瞬間的に開示される。
その後は割りとさくさく展開していき、星家の面々は寅子と優未を完全に受け入れすっかり和気あいあい。が、それもつかの間、認知症の症状を見せ始めた百合が、「やめてちょうだい、人をボケ老人扱いするのは」とおどけながらも、冗談には見えない本気の眼差しで目を見開くようになる。
その姿がやけにリアルというか、いやリアルを超えてダイナミックなやり過ぎ感が……。でも余は百合がこうなることを当然見越した計算ずくで演技をしていたのだ。
百合の症状は加速し、第23週第112回では夜にすごい剣幕で「どうしましょ」と財布がないことを騒ぎだす。得意の料理を作ることも食事すらままならない。
第113回のラストでは、腐っていないシチューを台所に捨てる“シチュー廃棄事件”が勃発する。優未は特に「おばあちゃん」と呼んでいた存在のこの変わりようを飲み込めない。百合が星家中を劇的に彷徨う演技を見て、余貴美子は水を得た魚のようだと思った。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu
最高裁判所初代長官の後妻である立場から慎ましく振る舞ってきた淑女が、老齢とともに変化していく様をダイナミックに表現しているのである。
イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、余貴美子の演技の“狙い”を読み解く。
◆レギュラー化してもなぜか新しい顔ぶれに感じる
翌週からどんな新しい顔ぶれが初登場するのかと楽しみになるのが、朝ドラを見るひとつの醍醐味だ。そしてその新顔が、主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)を中心とした猪爪家や最高裁判所周辺など、レギュラー出演する面々とどんなコントラストになるのか。
レギュラー化した面々だって最初はもちろん新しい顔ぶれのひとりだったわけだが、どうもこの人の存在感に関してはレギュラー化してもなぜだか新しい顔ぶれに感じる。
とにかく強烈なその人の初登場は第20週第97回。新潟から東京に帰ってきた寅子が娘の優未(毎田暖乃)を連れて交際中の同僚判事・星航一の実家を初めて訪ねる場面。航一の長男・星朋一(井上祐貴)と長女・星のどか(尾崎真花)とともに寅子たちを迎えた星百合(余貴美子)のことだ。
◆妖艶な魅力の余貴美子
航一の父・星朋彦(平田満)の後妻である百合は、航一にとっては継母ということになる。航一や朋一とのどかからは「百合さん」と呼ばれている。戦後の婦人たちにとってはカリスマ的な存在である寅子の大ファンでもある。
寅子との初対面では「寅子さんのファンですの」と心から喜ぶ。上品で人当たりのいい人物像は、この初登場以降すんなりレギュラー化して作品内に溶け込むように見えるのだが、でも単純にそうもいかないだろうという謎の空気感をまとわせてもいる。
だって余貴美子が演じるんだから、そこんとかおさえとかなきゃね。日本屈指の妖艶な魅力。魔女的な美しさを誇る怪優・余貴美子のことだから、この優しげな淑女役の丸メガネの奥にきっと狂気みたいなものをいい感じに案配してるんじゃないかと勘ぐりたくなる。
◆存在の微妙な不安定さを狙った演技
かといって、百合が明らかな山姥(やまんば)のように包丁片手に追いかけてくるなんて展開にはならない。そこは安心してもいいのだが、朋一とのどかからはほとんど家政婦扱いを受ける百合が、しかるべきタイミングで必ず豹変する瞬間がくるよなと初登場の段階から感知することはできる。
寅子と優未が加わったことで星家の食卓が活気づくが、それによってこの家族の静かな不和が逆に浮き上がる。主に朋一のちょっとした視線の微動などで食卓の気まずい雰囲気が表現されるが、食卓の端の席で優しく微笑んでいる百合が実は一番エキセントリックな存在である可能性は否定しきれないだろう。
「おばあちゃん」と呼んですぐに懐いた優未から褒め言葉をいろいろもらって嬉しそうな百合だけど、ただ優しげな老女ではないと思う。どうも百合の存在の微妙な不安定さみたいなもののすれすれ、ぎりぎりを狙う余が意識的に演技してる気がするんだよなぁ。
◆異質さを煎じた異物感
余のようなベテラン俳優が配置されることで星家の物語は家族ドラマとしてぐっと滋味深さを持っている。本作全体で考えるとこれまでには法学者・穂高重親役の小林薫が似たような役回りを担っていた。
今でこそ人々の尊敬を集める判事となった寅子だが、そもそも彼女を法曹界に導いたのが穂高だった。社会のあちこちに散見される不条理に対して「はて?」の疑問符を投じ続け、精神的にも社会的にもたくましくなっていく寅子の成長を見守った恩師だ。
その一方、戦後の混乱期の中でくじけそうになった寅子を変にかばおうとして、逆に彼女の憤激を買い続けた人でもある。穂高と再開して顔を合わせては寅子が怒り、異議申し立て。
次は挽回しようと努力するのにまた怒りを買ってしまい空回り。老齢の穂高がだんだんいたたまれなくなったものだが、なんだかいつまでたってもレギュラー化せずに小林がふわふわしていて、素晴らしく軽妙な名演だった。
寅子とは唯一といっていいくらい意見が一致しない異質なイレギュラー的存在として位置づけられたともいえる。小林薫の均質な演技が穂高のそうした異質さを際立たせたのだが、余の場合はこの異質さをもっと煎じた異物感になっている。
◆“シチュー廃棄事件”が勃発
常に優しげに微笑む百合の表情が初めて劇的に変化する場面がある。第21週第102回、再び寅子と優未を交えての昼食。航一からのプロポーズを受けて佐田姓から星姓に変わることを悩んでいる寅子をおもんぱかった航一が、食事の手をとめて改まる。
彼は百合と子どもたちの方を向いて「結婚したら、僕が佐田姓になるって」と言うのだが、途端に表情を強ばらせた百合が目をむく。「わたくしは絶対に認めませんよ」と高ぶる百合の変化を見て、余がうっすら漂わせていた異物感ある狙いがここで瞬間的に開示される。
その後は割りとさくさく展開していき、星家の面々は寅子と優未を完全に受け入れすっかり和気あいあい。が、それもつかの間、認知症の症状を見せ始めた百合が、「やめてちょうだい、人をボケ老人扱いするのは」とおどけながらも、冗談には見えない本気の眼差しで目を見開くようになる。
その姿がやけにリアルというか、いやリアルを超えてダイナミックなやり過ぎ感が……。でも余は百合がこうなることを当然見越した計算ずくで演技をしていたのだ。
百合の症状は加速し、第23週第112回では夜にすごい剣幕で「どうしましょ」と財布がないことを騒ぎだす。得意の料理を作ることも食事すらままならない。
第113回のラストでは、腐っていないシチューを台所に捨てる“シチュー廃棄事件”が勃発する。優未は特に「おばあちゃん」と呼んでいた存在のこの変わりようを飲み込めない。百合が星家中を劇的に彷徨う演技を見て、余貴美子は水を得た魚のようだと思った。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu