ここ数年の松山ケンイチは、どうやら農作業に力を入れているらしい。SNSを見ると、農作業中の投稿がとにかく多く、やたらトマトばかり収穫している。
自然との共生の中から、ライフスタイルブランドまで立ち上げている。俳優・松山ケンイチの現在は、豊かで面白い。
イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、田舎と東京の2拠点生活を送りながら、大地と自然と対話する松山ケンイチのスタイルを解説する。
◆鮮やかな赤色の正体は……
松山ケンイチのInstagram投稿画面全体をスクロールしていると、ひときわ鮮やかな赤色を発する動画投稿があるなとすぐに気づく。赤色の正体は……、トマト(!)。細長く、光を反射する厚い皮は、たぶん地中海のイタリアントマトなのかな。
顔の超接写で写る松山が「トマト。今日はちょっと葉っぱがすごいことになってるんで、葉かきしたいなと思ってます」と言いつつ、すぐさまひとつをパクり。口の中に広がる酸味と甘味。ドアップの松山が目を大きく見開いて、その旨味をフォロワーたちに伝える。
そのあと、ローアングルの固定カメラが、葉かき作業中の松山を捉える。丁寧にハサミをあてて、チョキッ。またチョキッ。さらにチョキッ。この乾いた一音の何とまぁつややかなこと!
◆トマトを葉かきする音
等間隔で刻まれるチョキッと音を耳にして思わず心に浮かぶ詩の一句がある。古代ローマの詩人ホラティウスによる名句。カルペ・ディエム。「その日を摘め」と訳される。
その日を摘み取るように、今この瞬間を楽しみなさい、生きなさいとかそれくらいの意味で解釈されるのが一般的だが、イタリア文学者・須賀敦子の読み解きがことさらに美しい。須賀はイタリアの友人の言葉を引用して、「これは、花を摘むみたいに、葉のあいだに見えかくれする実を、ぱっと摘み取るとか、そんな言葉なんだよ」と説明している。
短い一語の力強さが大地とともにあることがわかる。農業を通じて直に土に触れる松山がトマトを栽培し、葉かきする。その音は、遠く古代ローマ世界と図らずも共振する豊さを響かせているように思うのだ。
◆とにかく農業な理由
他の投稿のキャプションを確認すると、このトマトはパスタソース用に収穫すると書かれている。ほら、やっぱりイタリアなんだよ。松山ケンイチとイタリアン。自分で育てた作物を収穫して料理を作るだなんて、「その日を摘む」の最たる実践例だ。
それはそうと、そもそも松山はどうしてこんなに熱心にトマトを栽培し、収穫してるんだろう? 心の故郷が実はホラティウスと同じ古代ローマ世界にあるから(出身は青森だから、同じ赤色でもりんごの赤が故郷の色だ)?
それはほんの冗談として、2023年4月の投稿を見てみると「今年の農活動、始まりました」とある。トマトやスイカの種まきだ。でも待てよ、2024年最大の力作ドラマ『虎に翼』(NHK総合)に出演中にも関わらず、同作に関する投稿はほんのわずか。ここ数年は、ほとんど農作業の投稿ばかり。現在の松山が、とにかく農業な理由はいったい、どこに?
◆田舎と東京の2拠点生活
2019年、松山は妻の小雪と3人の子どもたちとともに北日本で田舎暮らしを始めた。撮影で東京に行くときは単身赴任的な2拠点生活。田舎へ引っ越した理由として、「仕事と家族、趣味に充てる時間や気持ちの切り替え」のためだと語っている(『AERAdot.』インタビューより引用)。
田舎ライフの中で本格的な農作業を始めるのだが、直接的なきっかけはある農家から送られてきたトマトジュースの味わいにえらく感動したこと。それで農家からビニールハウスを借りた彼は特にトマト栽培に比重を置いているというわけ。
撮影現場では、自作のトマトジュースをふるまったりもしているらしい。ジュースにパスタソース。ジューシーなトマト人間・松山ケンイチ。そうやって身も心も大地に腰をすえている俳優だから、『虎に翼』であれだけ毅然とした裁判官像を体現できているのかもしれない。
◆大地と自然と対話するスタイル
松山は大地とのつながりによって、どんどん視野を広げているようである。田舎での農作業は楽しいスローライフばかりというわけにはいかない。計画的な農作業では天敵となる害獣との戦いもある。
害獣駆除作業に自ら従事しながら松山が気づくのは、駆除された獣の肉は食肉として使われるのに余った皮が捨てられてしまうこと。どうにかこの皮を利用できないものか。そこで2022年、妻の小雪とともにアップサイクルライフスタイルブランド「momiji」を立ち上げる。
モミジとは、鹿肉の別称。『百人一首』由来とされるこの別称を自分のブランド名にしてしまうあたり、都会からきた田舎生活者のちょっとやそっとの発想を超えている。YouTubeにアップされている動画「松山ケンイチが始めた、自然との共生の試みLife in Deep Woodsサステナぶる人インタビュー」(エスクァイア日本版のチャンネルより)では、獣の皮をはいでいく松山の姿が写る。
大地と自然と対話する俳優。「その日を摘む」現在の松山ケンイチのスタイルだ。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu
自然との共生の中から、ライフスタイルブランドまで立ち上げている。俳優・松山ケンイチの現在は、豊かで面白い。
イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、田舎と東京の2拠点生活を送りながら、大地と自然と対話する松山ケンイチのスタイルを解説する。
◆鮮やかな赤色の正体は……
松山ケンイチのInstagram投稿画面全体をスクロールしていると、ひときわ鮮やかな赤色を発する動画投稿があるなとすぐに気づく。赤色の正体は……、トマト(!)。細長く、光を反射する厚い皮は、たぶん地中海のイタリアントマトなのかな。
顔の超接写で写る松山が「トマト。今日はちょっと葉っぱがすごいことになってるんで、葉かきしたいなと思ってます」と言いつつ、すぐさまひとつをパクり。口の中に広がる酸味と甘味。ドアップの松山が目を大きく見開いて、その旨味をフォロワーたちに伝える。
そのあと、ローアングルの固定カメラが、葉かき作業中の松山を捉える。丁寧にハサミをあてて、チョキッ。またチョキッ。さらにチョキッ。この乾いた一音の何とまぁつややかなこと!
◆トマトを葉かきする音
等間隔で刻まれるチョキッと音を耳にして思わず心に浮かぶ詩の一句がある。古代ローマの詩人ホラティウスによる名句。カルペ・ディエム。「その日を摘め」と訳される。
その日を摘み取るように、今この瞬間を楽しみなさい、生きなさいとかそれくらいの意味で解釈されるのが一般的だが、イタリア文学者・須賀敦子の読み解きがことさらに美しい。須賀はイタリアの友人の言葉を引用して、「これは、花を摘むみたいに、葉のあいだに見えかくれする実を、ぱっと摘み取るとか、そんな言葉なんだよ」と説明している。
短い一語の力強さが大地とともにあることがわかる。農業を通じて直に土に触れる松山がトマトを栽培し、葉かきする。その音は、遠く古代ローマ世界と図らずも共振する豊さを響かせているように思うのだ。
◆とにかく農業な理由
他の投稿のキャプションを確認すると、このトマトはパスタソース用に収穫すると書かれている。ほら、やっぱりイタリアなんだよ。松山ケンイチとイタリアン。自分で育てた作物を収穫して料理を作るだなんて、「その日を摘む」の最たる実践例だ。
それはそうと、そもそも松山はどうしてこんなに熱心にトマトを栽培し、収穫してるんだろう? 心の故郷が実はホラティウスと同じ古代ローマ世界にあるから(出身は青森だから、同じ赤色でもりんごの赤が故郷の色だ)?
それはほんの冗談として、2023年4月の投稿を見てみると「今年の農活動、始まりました」とある。トマトやスイカの種まきだ。でも待てよ、2024年最大の力作ドラマ『虎に翼』(NHK総合)に出演中にも関わらず、同作に関する投稿はほんのわずか。ここ数年は、ほとんど農作業の投稿ばかり。現在の松山が、とにかく農業な理由はいったい、どこに?
◆田舎と東京の2拠点生活
2019年、松山は妻の小雪と3人の子どもたちとともに北日本で田舎暮らしを始めた。撮影で東京に行くときは単身赴任的な2拠点生活。田舎へ引っ越した理由として、「仕事と家族、趣味に充てる時間や気持ちの切り替え」のためだと語っている(『AERAdot.』インタビューより引用)。
田舎ライフの中で本格的な農作業を始めるのだが、直接的なきっかけはある農家から送られてきたトマトジュースの味わいにえらく感動したこと。それで農家からビニールハウスを借りた彼は特にトマト栽培に比重を置いているというわけ。
撮影現場では、自作のトマトジュースをふるまったりもしているらしい。ジュースにパスタソース。ジューシーなトマト人間・松山ケンイチ。そうやって身も心も大地に腰をすえている俳優だから、『虎に翼』であれだけ毅然とした裁判官像を体現できているのかもしれない。
◆大地と自然と対話するスタイル
松山は大地とのつながりによって、どんどん視野を広げているようである。田舎での農作業は楽しいスローライフばかりというわけにはいかない。計画的な農作業では天敵となる害獣との戦いもある。
害獣駆除作業に自ら従事しながら松山が気づくのは、駆除された獣の肉は食肉として使われるのに余った皮が捨てられてしまうこと。どうにかこの皮を利用できないものか。そこで2022年、妻の小雪とともにアップサイクルライフスタイルブランド「momiji」を立ち上げる。
モミジとは、鹿肉の別称。『百人一首』由来とされるこの別称を自分のブランド名にしてしまうあたり、都会からきた田舎生活者のちょっとやそっとの発想を超えている。YouTubeにアップされている動画「松山ケンイチが始めた、自然との共生の試みLife in Deep Woodsサステナぶる人インタビュー」(エスクァイア日本版のチャンネルより)では、獣の皮をはいでいく松山の姿が写る。
大地と自然と対話する俳優。「その日を摘む」現在の松山ケンイチのスタイルだ。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu