この人がいたら安心である。頼りになるたたずまい、ジェントリーな包容力、社交性。三拍子揃う才色兼備のライアンこと、久藤頼安(沢村一樹)は、『虎に翼』(NHK総合)の中でもっとも愛されるキャラクターのひとりである。
主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)への名アシストの数々。彼女の成長を見守る眼差し。「サディ」と名付けたニックネーム……。この人がいたから、今の寅子があり、視聴者は明るい気持ちで本作を見てこられた。
イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、ライアンのありがたみを感じながら、ニックネームの重要性と彼が初めて発する「はてぇ」を読み解く。
◆ライアンの存在の“ありがたみ”
『虎に翼』の主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)が新潟地家裁三条支部に異動になった新潟編で、ものすごーくさみしかったことがある。それは、寅子を見ればすぐに「サディ!」と言って両腕を広げ、抱きしめようとするライアンこと、秘書課長・久藤頼安の声を聞けなかったことである。
第15週第75回の寅子の壮行会では、家庭局局長・多岐川幸四郎(滝藤賢一)が「さみしくてさみしくて仕方ないんだ」と涙をにじませていた。ぼくら視聴者がその気持ちを共有するなら、ライアンの存在のありがたみに対してそれを感じていた。
それくらい本作全編を通じて、こちらの気持ちを明るくさせてくれる人。寅子の異動の真意を人事課長・桂場等一郎(松山ケンイチ)が説明する場面など、どんな状況でも終始ニコニコが絶えない。その場の雰囲気作りの達人だ。
◆ニックネームがいかに重要なものだったか
元は大名家の生まれ。なのに根っからのアメリカ好き。自分からライアンと英語名で呼んでくれと誰彼構わず言うが、その出自から周りでは殿様判事とも呼ばれている。
愛称や呼称、ニックネームと密接に関わる久藤が、寅子を「サディ」と名付けたことは決定的だった。遡ること、第10週第46回。戦後の荒廃した東京で寅子は家族を養うために職を求める。司法省をたずね、門前払いされそうになった寅子をナイスアシストするのが、久藤の初登場場面だ。
胡散臭さを漂わせながらも人懐こい眼差しで、「何てお呼びしようかな」と初対面の寅子に気さくに接する。瞳の輝きと比例する一瞬のひらめきで、とっさに「サディ」と名付けた。何てことはないコミカルな場面だったが、あとから考えてみると、このニックネームがいかに重要なものだったかと気づく。
◆ニックネームは寅子の存在証明みたいなもの
寅子は、新潟編で再会し、その後の東京篇で事実上の夫婦になる同僚判事・星航一(岡田将生)からプロポーズされる。嬉しいものの、寅子は悩む。理由は、佐田姓から星姓に名字が変わること。
そこにもうひとつ勝手に理由を付け加えるなら、星姓に変わると佐田姓によって名付けられた「サディ」のニックネームが意味をなさなくなるから。もし寅子がすんなりプロポーズを受けていたら、再度東京篇では、「ホッシィ」なんてこともあり得た。
「ホッシィ」もそれはそれでいいけど、やっぱり「サディ」ほどにはぴんとこないよねぇ。だからこのニックネームは意外と本作全体に関わる寅子の存在証明みたいなものでもあった。よくぞ名付けてくれた、ライアン(!)。
◆ジャムの一匙
さて、そんなナイスガイの久藤が、新潟編の不在期間を経て、第20週第97回で再登場する。東京に戻ってきた寅子が、東京地方裁判所所長室に挨拶にくる。ドアを開けて、待ちかねていたのは、久藤と多岐川(所長の桂場は相変わらずの仏頂面)。
「サディ!」とお決まりの歓待。画面が一瞬で華やぐ一声。あの両腕に抱き締められたい。これですよ。新潟編を我慢した甲斐があった。どうしてこうもマジカルな響きなんだろう。そういや、ライアンは常にイチゴジャムを常備していて、どうも実力を発揮できないでいた寅子がそれを口にして心をとかしていたっけ。
甘いもの好きの桂場も久藤の前では、ジャムをもっとくれとねだる子どもみたいになる。いったい、ジャムの一匙にどんな魔法をかけていたというのだろう。その魔法の力が有効である限り、法の下の自由な結束は守られるのか?
◆語尾が伸びる「はてぇ」
第24週第117回、最高裁判所第5代長官に就任した桂場の祝賀会が、甘味処「竹もと」改め「笹竹」で開かれる。病床の多岐川の快気祝いも兼ねた席、桂場は押し黙ってあんこ団子を頬張る。「さぁ、短い時間だけどエンジョイしよう」と久藤が席上を温める。
戦後の司法の歴史は、彼らの奮闘によって作られてきた。そこへ司法省からの横やり。少年法を改正する前提での見直しである。要綱を読んだ寅子は激昂する。桂場から法制審議会少年法部会に参加する人選を頼まれた久藤は、寅子の様子を見て「長い戦いをともに歩むのは君がいいんだ」と静かに熱を込める。
だいぶ白髪まじりになった久藤の愛の一言に泣けてくる。寅子をここまで引っ張りあげ、アシストしてきた久藤だが、そのぶん彼も寅子から学び、キャッチしたものは大きい。第25週第122回で開かれた法部会では、一方的に少年法を改正しようとする委員の態度に久藤が、この一言。
「はて」
社会の不条理に対して寅子が投げかけ続けてきた必殺フレーズを久藤が初めて発する。彼が発すると「はてぇ」と少し語尾が伸びる。その響きには相手を納得させるだけの持続力ある。それだけに戦後の荒波にもまれる最高裁判所でも独自に威力を発揮する。
桂場長官の強権ぶりが暴走し始め、愛の人・多岐川がいない今、ライアンさん、あなただけが頼りだ。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu
主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)への名アシストの数々。彼女の成長を見守る眼差し。「サディ」と名付けたニックネーム……。この人がいたから、今の寅子があり、視聴者は明るい気持ちで本作を見てこられた。
イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、ライアンのありがたみを感じながら、ニックネームの重要性と彼が初めて発する「はてぇ」を読み解く。
◆ライアンの存在の“ありがたみ”
『虎に翼』の主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)が新潟地家裁三条支部に異動になった新潟編で、ものすごーくさみしかったことがある。それは、寅子を見ればすぐに「サディ!」と言って両腕を広げ、抱きしめようとするライアンこと、秘書課長・久藤頼安の声を聞けなかったことである。
第15週第75回の寅子の壮行会では、家庭局局長・多岐川幸四郎(滝藤賢一)が「さみしくてさみしくて仕方ないんだ」と涙をにじませていた。ぼくら視聴者がその気持ちを共有するなら、ライアンの存在のありがたみに対してそれを感じていた。
それくらい本作全編を通じて、こちらの気持ちを明るくさせてくれる人。寅子の異動の真意を人事課長・桂場等一郎(松山ケンイチ)が説明する場面など、どんな状況でも終始ニコニコが絶えない。その場の雰囲気作りの達人だ。
◆ニックネームがいかに重要なものだったか
元は大名家の生まれ。なのに根っからのアメリカ好き。自分からライアンと英語名で呼んでくれと誰彼構わず言うが、その出自から周りでは殿様判事とも呼ばれている。
愛称や呼称、ニックネームと密接に関わる久藤が、寅子を「サディ」と名付けたことは決定的だった。遡ること、第10週第46回。戦後の荒廃した東京で寅子は家族を養うために職を求める。司法省をたずね、門前払いされそうになった寅子をナイスアシストするのが、久藤の初登場場面だ。
胡散臭さを漂わせながらも人懐こい眼差しで、「何てお呼びしようかな」と初対面の寅子に気さくに接する。瞳の輝きと比例する一瞬のひらめきで、とっさに「サディ」と名付けた。何てことはないコミカルな場面だったが、あとから考えてみると、このニックネームがいかに重要なものだったかと気づく。
◆ニックネームは寅子の存在証明みたいなもの
寅子は、新潟編で再会し、その後の東京篇で事実上の夫婦になる同僚判事・星航一(岡田将生)からプロポーズされる。嬉しいものの、寅子は悩む。理由は、佐田姓から星姓に名字が変わること。
そこにもうひとつ勝手に理由を付け加えるなら、星姓に変わると佐田姓によって名付けられた「サディ」のニックネームが意味をなさなくなるから。もし寅子がすんなりプロポーズを受けていたら、再度東京篇では、「ホッシィ」なんてこともあり得た。
「ホッシィ」もそれはそれでいいけど、やっぱり「サディ」ほどにはぴんとこないよねぇ。だからこのニックネームは意外と本作全体に関わる寅子の存在証明みたいなものでもあった。よくぞ名付けてくれた、ライアン(!)。
◆ジャムの一匙
さて、そんなナイスガイの久藤が、新潟編の不在期間を経て、第20週第97回で再登場する。東京に戻ってきた寅子が、東京地方裁判所所長室に挨拶にくる。ドアを開けて、待ちかねていたのは、久藤と多岐川(所長の桂場は相変わらずの仏頂面)。
「サディ!」とお決まりの歓待。画面が一瞬で華やぐ一声。あの両腕に抱き締められたい。これですよ。新潟編を我慢した甲斐があった。どうしてこうもマジカルな響きなんだろう。そういや、ライアンは常にイチゴジャムを常備していて、どうも実力を発揮できないでいた寅子がそれを口にして心をとかしていたっけ。
甘いもの好きの桂場も久藤の前では、ジャムをもっとくれとねだる子どもみたいになる。いったい、ジャムの一匙にどんな魔法をかけていたというのだろう。その魔法の力が有効である限り、法の下の自由な結束は守られるのか?
◆語尾が伸びる「はてぇ」
第24週第117回、最高裁判所第5代長官に就任した桂場の祝賀会が、甘味処「竹もと」改め「笹竹」で開かれる。病床の多岐川の快気祝いも兼ねた席、桂場は押し黙ってあんこ団子を頬張る。「さぁ、短い時間だけどエンジョイしよう」と久藤が席上を温める。
戦後の司法の歴史は、彼らの奮闘によって作られてきた。そこへ司法省からの横やり。少年法を改正する前提での見直しである。要綱を読んだ寅子は激昂する。桂場から法制審議会少年法部会に参加する人選を頼まれた久藤は、寅子の様子を見て「長い戦いをともに歩むのは君がいいんだ」と静かに熱を込める。
だいぶ白髪まじりになった久藤の愛の一言に泣けてくる。寅子をここまで引っ張りあげ、アシストしてきた久藤だが、そのぶん彼も寅子から学び、キャッチしたものは大きい。第25週第122回で開かれた法部会では、一方的に少年法を改正しようとする委員の態度に久藤が、この一言。
「はて」
社会の不条理に対して寅子が投げかけ続けてきた必殺フレーズを久藤が初めて発する。彼が発すると「はてぇ」と少し語尾が伸びる。その響きには相手を納得させるだけの持続力ある。それだけに戦後の荒波にもまれる最高裁判所でも独自に威力を発揮する。
桂場長官の強権ぶりが暴走し始め、愛の人・多岐川がいない今、ライアンさん、あなただけが頼りだ。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu