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朝ドラ『虎に翼』ラストに向けて完全に“キャラ崩壊”した人物。顔芸は大ヒット民放ドラマのよう

女子SPA! 2024年9月26日 15時44分

『虎に翼』(NHK総合)が最終週へ突入する直前、主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)の同僚判事で、伴侶でもある星航一(岡田将生)の表情が明らかに変化した。

 それまで一貫して穏やかだった航一が、感情を極端に高ぶらせ、怒声と怒号を浴びせる。どうもその表情が、半沢直樹に見えてしまったのだが、どうだろう?

 イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、岡田将生の演技から星航一の“半沢直樹化”を読み解いてみたい。

◆星航一が“半沢直樹化”

『虎に翼』第25週第125回、颯爽と廊下をやってきた判事・星航一が、最高裁判所第5代長官である桂場等一郎(松山ケンイチ)がいる長官室をノックして入る。最高裁判所で扱う事案を調査する立場として、尊属殺の重罰規定が合憲か違憲かを再審議すべきではないかと進言するためだ。

 報告書を詳細に確認するまでもなく、桂場はその進言をつっぱねる。小さくため息を吐いたあと、口癖である「なるほど」を深く発した航一は、おとなしく退室しようとする。でも少しだけドアを開けた彼は、その場でしばらく静止。そしてやや荒っぽくドアを閉める。

「なんだ」と聞く桂場に対して、航一は「やっぱりわかりません」と振り返りながら言う。再び桂場の前に進みでて、今度は報告書の束を机に叩きつける。重罰規定をどうして見直さないのか。

 航一は初めて桂場に反論する。口調はだんだん激しくなり「何が司法の独立ですか!」と声を荒げる。徐々に(と同時にすでに)劇的に激昂の沸点に達するその表情。それはまるで、“半沢直樹化”した表情に見えた。

◆一世一代の大怒声とはいえ

 メガバンクの不正を暴くために孤軍奮闘し、左遷にもめげずに重役たちに楯突く『半沢直樹』(TBS、2013年)の主人公・半沢直樹(堺雅人)のあの表情、あの顔……。航一はそもそも初代長官である星朋彦(平田満)の息子であり、左遷を経験したわけではない。

 あるいは、「なるほど」が常に一定の穏やかさを伴いながら、ときにミステリアスな雰囲気を醸す航一のキャラクター性が、半沢直樹と類似する点はほとんど見当たらない。にもかかわらず、書類の束を叩きつけたあとの彼は、明らかに半沢直樹的な怒り一辺倒のベクトルへ力を込める。

 たぶん生まれて初めての怒りの発露であり、一世一代の大怒声だったのだろう。しかも長官相手。第124回ラスト、長官室をノックする瞬間の航一は、やや緊張気味に息を整えていた。

 直前の場面で裁判官を辞めたいと激白した長男・星朋一(井上祐貴)が左遷的に異動させられたことでスイッチが入ったのか。とはいえ、あれだけ繊細な航一の役柄を通じて数々の名場面(特に第18週第90回での雪景色!)を生んできた岡田将生が、怒りの顔芸とも形容できる半沢直樹的な振る舞いをするだなんて。どうも信じられないのだ。

◆どうして一点集中したのか

 吉田恵里香による脚本にどうト書きが書かれているかはわからないけれど、岡田の演技プランがどうして怒りの感情だけをアウトプットすることに一点集中したのかが気になる。

 確かに、航一の長女である吉川のどか(尾崎真花)がどこの馬の骨かもわからない画家の恋人・吉川誠也(松澤匠)を婚約者として実家に連れてきた第24週第119回での航一は、えらく取り乱してそれまでの場面でもっともエモーショナルだった。

 それだけならまぁまだ航一の感情の起伏として理解の範疇だが、たかだか一瞬の場面だとしても、あの顔芸の怒声は、正直なところ、星航一役のすべてをぶち壊していると思う。頑迷な性格から強権を振るうようになった桂場の暴走をよくぞとめてくれた!と、進言した航一に対して素直に拍手すべきなのか……。

◆怒声と怒号を込める岡田将生

 いや、やっぱりここは審議である。この怒声問題を精査するためにはうってつけの演技をひとつ、岡田の過去作から引っ張りだしてみたいと思う。それはまさに『半沢直樹』と同じ日曜劇場ドラマ作品であり、出演俳優たちが『半沢直樹』テイストの顔芸的怒号をスタンダード化するきっかけともいえそうな『小さな巨人』(TBS、2017年)である。

 長谷川博己演じる主人公の刑事・香坂真一郎が警察組織の隠蔽を暴こうとする同作では、香坂の部下である山田春彦(岡田将生)が、隠蔽に関わる内閣官房副長官の父・山田勲(高橋英樹)と対決する場面がクライマックスへの重要な場面として描かれる。

 濡れ衣を着せられ、追われる身となった春彦が実家に潜入し、勲の罪を叱責する。半沢直樹顔負けの剣幕で、目元いっぱい力ませ、半ば硬直したかのような顔の下半分で怒りの言葉を浴びせる。

 息子に背中を向けていた勲がふと振り返る。もう済んだのかい?という表情で「お前、こんなことがしたくて、警察官になったのか?」。さすが昭和の大スターの佇まい。びくともしない。赤子の手をひねり、たしなめ、相手の過剰な演技に対して冷静になれと諭すようにさえ見える。

 演技は顔芸ではないぞ。これは高橋英樹から岡田将生へのアドバイスではなかったか。たとえ、感情が高ぶる場面でも、いたって冷静沈着にエモーションを抑制するんだよ、と。

◆人生初の道化役

 振り返った勲からたしなめられた春彦は、放心状態ではありながら、どこかつきものがとれたかのように、スッと落ち着く。さっきまでの怒声や怒号より、落ち着きを取り戻した演技の方が絶対にいい。岡田将生とは、何より静謐(せいひつ)な瞬間でこそ、最良の演技を発揮する俳優だからだ。

『虎に翼』の航一役は、それこそ静謐そのものを極めた最良の実践例だった。第24週時点ですでに還暦を過ぎているのに、全然老けて見えず、まるで春の空気に漂う霞を食べて生きているような繊細さの極地にまで到達している。それをわざわざ半沢直樹的な顔芸で破壊する必要があるのだろうか?

 すると週が明けた最終週第126回で、寅子を励まそうとする航一が、これまた人生初の道化役を買ってでようとする。いつものようにウイスキー片手にしっぽり飲んでいたかと思ったら、寅子の前に立ち、右腕を前方へあげて「チチンプイプイ」。

 こりゃなんだ。道化というか、桂場に怒声を浴びせて以降の航一は、完全に壊れてしまっている。ミステリアスな「なるほど」が安定させていた存在感を脱構築するというのか、この最終週では、徹底的に破壊していこうという方向性なのだろうか?

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu

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