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「いいパパですね」「ママに聞かないと……」“パパ”に対する社会からの無言の圧力

女子SPA! 2024年10月1日 8時45分

「男は一家の大黒柱であるべきだ」「男は仕事、女は家庭」など、前時代的な“男らしさ”に苦しめられる40、50代の中年男性はいまだに少なくありません。

 2004年に『野ブタ。をプロデュース』(河出書房新社)で作家デビューし、2018年に三人の男性それぞれの生きづらさを男性目線で綴った『たてがみを捨てたライオンたち』を上梓した作家の白岩玄氏(41歳)もまた、こうした“男らしさ”の呪縛に苦しめられたひとり。彼が、初めて生きづらさを感じたのは20代半ば頃だったといいます。

◆“男らしさ”に向き合えるようになった妻の言葉

「作家としてデビューして色々なテーマを扱う中で、漠然とした生きづらさを覚え、男性の心の内を書きたいという欲求が芽生えてきました。ですが、実際に文章にしようとしても、その生きづらさの正体が何なのか、うまく言葉が出てこない。そればかりか、自分の中で頑なに『書くんじゃない』と首を横に振るもう一人の自分が居て、どうしても書き進めることができなかったんです。

 自分の弱さに向き合うことに抵抗があったのか。それとも、男性は強くなくてはいけないという価値観が幅をきかせている日本社会において、弱い自分を他人に見られるのが嫌だったのか。あるいは、女性の居場所を奪っているかもしれない自分にメスを向けることに恐怖を覚えたのかもしれません」

 書きたいのに、書けない。そうしたジレンマに苛まれた白岩氏が自身を縛る“男らしさ”に向き合えるようになったきっかけ、それが「妻との対話」でした。

「僕自身、収入が不安定なことで妻との結婚を躊躇したこともあるし、妻の稼ぎが安定していることに劣等感を感じたこともあります。

 ですが、『女だから、男だからこうあるべき』といった性役割にこだわりがなかった妻が、『できない部分はお互いが助け合って補えばいい。男性だからといって稼ぐべきだなんて思わない』という言葉をかけてくれた。夫婦で協力して生活していくことができれば、別にそれで何の問題もないんだなと思えるようになり、そういったところからも自分の弱さを少しずつ見せられるようになっていきました」

◆自分のなかに社会が望む“男らしさ”が形成されていく

 自身の首を絞め続ける、漠然とした生きづらさの正体とは――。知らないうちに纏うようになっていた「男性」という鎧を一つひとつ脱ぎ捨てていくと、幼少期から青年期の原体験に辿り着いたという。

「『男は泣くな。辛くても歯を食いしばって耐えろ』と、父親からは口酸っぱく言われましたし、『男の子が母親に甘えるなんてマザコンだ』『スポーツができる方が男らしい』など、周りの大人たちからも、らしさの押しつけを受けてきた。そうした積み重ねによって、自分のなかに社会が望む“男らしさ”が形成されていき、いつの間にか『男たるもの』が紐づいた感情と思考に支配されていきました。

 その結果、僕の場合は、悲しみや不安や戸惑いといった、自分に不都合な感情に襲われると、そうした感情に蓋をして抑圧するか、あるいは、誰かにマウントすることで、偽りの自信を得ようとする傾向があることに気がついたんです。

 それは夫婦関係にも影響していて、妻との関わりの中でも、自分が不都合な感情に襲われたときは、それに蓋をして心の内を見せないように壁を作ったり、喧嘩をした際に相手を論破しようとするようなところがあったんです。これでは夫婦関係なんて到底作っていけないなと思い、それ以外の対処法を見つける努力をしたのですが、なかなか難しく……。

 今でもこれという方法は見つかっていないのですが、抑圧したり、ごまかそうとする前の感情、たとえば「悲しかった」とか「不安だった」とか、そういう自分の弱さを認めるような言葉を、あとになってでもいいから伝えるようにはしていますね」

◆“パパ”に対する社会からの無言の圧力

 不都合な感情と向き合えるようになり、少しずつ自身の弱さを認められるようになった白岩氏ですが、自身の中の固定観念を脱せるようになってきてからも、男性を型にはめようとする無言の圧力を社会から感じ続けたと振り返ります。

「例えば、子育てにおいては、妻と同じことをしているだけで、周囲からは『いいパパだね~』と褒められる。一方で、体調がすぐれない子供を病院に連れて行くと、医師や看護師から『お子さんのことは、ママにきかないとわからないですよね』と言われたりして、父親ってこういうものだよね、という固定観念が社会に根強く残っているのを感じるんです」

 ママ友と違ってパパ友が作りづらいのも、多くの男性が従来の“男らしさ”に縛られていている所以だと分析。

「妻を見ていると、子育てにおける悩みの共有というのが、親しいママ友を作る上で非常に重要なんだなと思うんです。でも、男性の多くが、自身の葛藤をさらけ出すことは 、“男らしさ”の否定や尊厳の喪失と捉えてしまっていて躊躇しがち。僕自身も子育てをしていて、いろいろとつらいことがあるのに、長いあいだそれを共有できるのは妻だけでした。

 ただ、そこを乗り越えると、父親としての景色が少し変わる気がするんです。今、僕がパパ友として楽しく話すことができるのは、家事や育児に向き合い、仕事に追われながらも、従来の父親像から脱却しようと自分なりの父親としての生き方を模索している男性ばかり。道しるべのない父親としての葛藤を正直に打ち明けあえるから、自分は一人じゃないんだなと思えるし、同じ時代に一緒に子育てをしているんだなと感じられます」

◆「中年の男性はもっと怒って良いんじゃないか」

“男らしさ”の呪縛に苦しめられた白岩氏に、今の社会はどのように映っているのでしょうか?

「Z世代より下の世代は、共働きで世帯の収入を高めることや、男性が主体的に子育てに関わるのは当たり前。男性だって弱さをさらけ出すのは恥ずかしいことでないという価値観が育ってきている世代のように思えます。対して、バブル世代より上の世代は、社会が作り上げた“男らしさ”を押し付けられて、自身のナイーブな感情を押し殺さざるを得なかった世代で、価値観が分断されています。

 そして、僕を含めて、その中間に位置する団塊ジュニアや氷河期世代は、上の世代から男らしさの教育を受けて育ったものの、価値観が移行する狭間に当たって、表向きは順応しようと努力していても、内心では苦しんでいる世代です。

 結局のところ、何が『男らしさ』とされるかは、その時代や社会によって異なるし、そこに馴染めなければ生きづらさに苦しめられてしまう。社会全体がそうした被害を生んでいる以上、いっそ男性のナイーブな感情が抑圧されてきたことを認めてくれたら、“男らしさ”に苦しんでいる人も少しは減ると思うけど、なかなかそれも難しい。

 でも、一個人の思いとして、子供の頃から感情を抑圧されてきたことについては、社会の責任もあるよなって思いながら生きてもいいんじゃないかなと。これまでの社会から『男は強くないといけない』という価値観を押しつけられてきたことに対して、中年の男性はもう少し怒っても良いんじゃないかと思っています」

【白岩玄氏プロフィール】

作家。1983 年、京都市生まれ。2004 年『野ブタ。をプロデュース』(河出書房新社)で第 41 回文藝賞を受賞しデビュー。同作は第 132 回芥川賞候補作となり、テレビドラマ化される。ほかの著書に、男性の生きづらさを描いた『たてがみを捨てたライオンたち』(集英社)などがある

<取材・文/谷口伸二 画像/Adobe Stock>

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