極めて大げさな演技がそこいらにはびこる中、唐田えりかの演技がよく「超棒読み」などと形容されるのを目にする。
とんでもない。唐田えりかとは今、日本のエンタメ界でまともな演技ができる数少ない才能なのだから。Netflixで2024年9月19日から独占配信されている女子プロレスドラマ『極悪女王』で、レスラーのひとりとして出演する唐田の演技を見てもまだそんなことが言えるだろうか?
イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、加賀谷健が、唐田えりかが印象に残る理由を解説する。
◆わずかな出番でいい仕事をする俳優
第77回カンヌ国際映画祭で、国際映画批評家連盟賞を受賞した『ナミビアの砂漠』(2024年)は、主演俳優である河合優実の独壇場だったが、わずかな出番でいい仕事をする俳優がひとりいた。
主人公・カナ(河合優実)が恋人であるハヤシ(金子大地)と暮らすアパートに帰ってくる場面。ふたりがキーを忘れてオートロックを解錠できないでいるところへ、住人女性が帰宅してくる。何をもたもたしてるんでしょうねといった涼しげな表情で解錠してくれる。
その女性はどうやらカナとハヤシの隣人らしい。特に会話をかわすこともなく、それぞれの自室へ入っていくだけの場面なのだが、無表情に近いあっけらかんとしたたたずまいの女性の表情がどうしてこんなに素晴らしいのか。というか、この女性役の俳優は誰なんだろう?
◆クレジットを見てハッとした
わずかな出番でこれだけの存在感を残せる俳優なのだから、知らないはずがない。でも名前がでてこない。それにしても素晴らしい。帰宅場面の他にもうひとつ、カナと焚き火をする出演場面があるのだが、それを見てもまだやっぱり名前を思い出せない。
エンドロールのクレジットでその名前を見て思わずハッとした。唐田えりか。そうだ、あのたたずまいと表情は彼女しかいないのだった。2021年の俳優復帰作を見逃していたものだから、スクリーンに映る彼女を初めて見たかのように錯覚したからかもしれない。
ほんとうにこの人の存在感は独特。特に演技らしい演技はしていないようなフワフワした感じなのに、その実、画面上にとてつもない存在感で粒だち、浮き上がる才人。
◆駆け足ひとつで理解させる
山中監督は、唐田の使い方をよーくわかってるなと思う。ではNetflixで独占配信されている『極悪女王』でも抜群の存在感で画面におさまっている唐田を白石和彌監督はどう演出しているだろうか?
第1話の初登場は、地下鉄駅の出口階段を駆け上がってくる姿が捉えられる。あらゆる毒素をデトックスしたあとみたいなすっきり精悍な表情の唐田が、こうして階段を上がってくるだけでいい。
階段を上がったあとは、単純に下って、駆け足でいい。単純な動作と動線移動だ。やっぱり白石監督も使い方をわかっている。唐田が演じるのは、ゆりやんレトリィバァ扮する主人公・松本香とともに女子プロレスラーを目指す長与千種。全日女子プロレスのオーディションを受けるために上京してきた千種のキャラクター性を唐田は、わずかな駆け足ひとつで理解させる。
◆唐田えりかはなぜ印象に残るのか?
そう、唐田は演じる役柄をつかむのがうまい俳優なのだ。俳優ならそれは当たり前だろと思われるかもしれないが、役柄をつかむとは、単に役になりきるだとか、俳優本人の側に役を引き寄せるとか、そういうことではない。あるいは、長与千種役の体格に近づけるために体重を10キロ増量する努力や坊主にする役作りもまた別の話だ。
役柄をつかむとは、その役が俳優その人の身体を通じてだけ、今そこに確かに存在しているという説得力のことだ。唐田の場合、変に内面的に複雑な演技になることなく、俳優としての素材を作品にまるまる提供しながら、物語世界を生きる役を生々しく立ち上がらせている。
だからたとえわずかな出演場面であっても、彼女と彼女が演じる役が印象に残る。こうした柔軟な才能を持つ女性俳優が現在の日本のエンタメ界にいったい、何人くらいいるのだろう?
◆才能が静かに解放される瞬間
ここまで指摘してきたように、いずれの作品でも唐田の初登場場面は、あまりにもさりげなく単純な動きとして演出されることが多い。極めつけが、青山真治監督が演出を担当した志尊淳主演ドラマ『金魚姫』(NHK BSプレミアム、2020年)。
同作で志尊扮する主人公・江沢潤の元恋人役としてちょうど中盤に入ろうというところで唐田が初登場する。潤が入ったホテルのロビー奥のカフェの柱からさらっと登場する。引きの画面上、どこからともなくやってきましたという感じの唐田が、おどろくほど際立っている。うーん、なんだろうなぁ、このあくまでさらっとした存在の主張って。
同役の登場の仕方を踏まえると、『極悪女王』の長与千種役はいわば、俳優としての存在を主張するためのゆるやかな所信表明みたいなものかな。プロテストに合格したものの、デビュー選は惨敗。得意の空手で逆に八方塞がり。先輩にはいじめられる。
「引退」の一文字を吐きかけたとき、同期で先にプロテストに合格した北村智子(剛力彩芽)からデビュー選の相手を申し込まれる。彼らが寝泊まりする寮の外、指名される千種が夜風に吹かれる。なびく髪。唐田の凛とした表情。これはくるぞ。
ここまで実力を隠した状態だった唐田が、ライオネス飛鳥(智子)のデビュー選リングに立ち、相手に強い視線を向け、気合い新たに両腕を広げる。カメラが寄る。唐田えりかの才能が静かに解放される瞬間を見逃すな!
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu
とんでもない。唐田えりかとは今、日本のエンタメ界でまともな演技ができる数少ない才能なのだから。Netflixで2024年9月19日から独占配信されている女子プロレスドラマ『極悪女王』で、レスラーのひとりとして出演する唐田の演技を見てもまだそんなことが言えるだろうか?
イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、加賀谷健が、唐田えりかが印象に残る理由を解説する。
◆わずかな出番でいい仕事をする俳優
第77回カンヌ国際映画祭で、国際映画批評家連盟賞を受賞した『ナミビアの砂漠』(2024年)は、主演俳優である河合優実の独壇場だったが、わずかな出番でいい仕事をする俳優がひとりいた。
主人公・カナ(河合優実)が恋人であるハヤシ(金子大地)と暮らすアパートに帰ってくる場面。ふたりがキーを忘れてオートロックを解錠できないでいるところへ、住人女性が帰宅してくる。何をもたもたしてるんでしょうねといった涼しげな表情で解錠してくれる。
その女性はどうやらカナとハヤシの隣人らしい。特に会話をかわすこともなく、それぞれの自室へ入っていくだけの場面なのだが、無表情に近いあっけらかんとしたたたずまいの女性の表情がどうしてこんなに素晴らしいのか。というか、この女性役の俳優は誰なんだろう?
◆クレジットを見てハッとした
わずかな出番でこれだけの存在感を残せる俳優なのだから、知らないはずがない。でも名前がでてこない。それにしても素晴らしい。帰宅場面の他にもうひとつ、カナと焚き火をする出演場面があるのだが、それを見てもまだやっぱり名前を思い出せない。
エンドロールのクレジットでその名前を見て思わずハッとした。唐田えりか。そうだ、あのたたずまいと表情は彼女しかいないのだった。2021年の俳優復帰作を見逃していたものだから、スクリーンに映る彼女を初めて見たかのように錯覚したからかもしれない。
ほんとうにこの人の存在感は独特。特に演技らしい演技はしていないようなフワフワした感じなのに、その実、画面上にとてつもない存在感で粒だち、浮き上がる才人。
◆駆け足ひとつで理解させる
山中監督は、唐田の使い方をよーくわかってるなと思う。ではNetflixで独占配信されている『極悪女王』でも抜群の存在感で画面におさまっている唐田を白石和彌監督はどう演出しているだろうか?
第1話の初登場は、地下鉄駅の出口階段を駆け上がってくる姿が捉えられる。あらゆる毒素をデトックスしたあとみたいなすっきり精悍な表情の唐田が、こうして階段を上がってくるだけでいい。
階段を上がったあとは、単純に下って、駆け足でいい。単純な動作と動線移動だ。やっぱり白石監督も使い方をわかっている。唐田が演じるのは、ゆりやんレトリィバァ扮する主人公・松本香とともに女子プロレスラーを目指す長与千種。全日女子プロレスのオーディションを受けるために上京してきた千種のキャラクター性を唐田は、わずかな駆け足ひとつで理解させる。
◆唐田えりかはなぜ印象に残るのか?
そう、唐田は演じる役柄をつかむのがうまい俳優なのだ。俳優ならそれは当たり前だろと思われるかもしれないが、役柄をつかむとは、単に役になりきるだとか、俳優本人の側に役を引き寄せるとか、そういうことではない。あるいは、長与千種役の体格に近づけるために体重を10キロ増量する努力や坊主にする役作りもまた別の話だ。
役柄をつかむとは、その役が俳優その人の身体を通じてだけ、今そこに確かに存在しているという説得力のことだ。唐田の場合、変に内面的に複雑な演技になることなく、俳優としての素材を作品にまるまる提供しながら、物語世界を生きる役を生々しく立ち上がらせている。
だからたとえわずかな出演場面であっても、彼女と彼女が演じる役が印象に残る。こうした柔軟な才能を持つ女性俳優が現在の日本のエンタメ界にいったい、何人くらいいるのだろう?
◆才能が静かに解放される瞬間
ここまで指摘してきたように、いずれの作品でも唐田の初登場場面は、あまりにもさりげなく単純な動きとして演出されることが多い。極めつけが、青山真治監督が演出を担当した志尊淳主演ドラマ『金魚姫』(NHK BSプレミアム、2020年)。
同作で志尊扮する主人公・江沢潤の元恋人役としてちょうど中盤に入ろうというところで唐田が初登場する。潤が入ったホテルのロビー奥のカフェの柱からさらっと登場する。引きの画面上、どこからともなくやってきましたという感じの唐田が、おどろくほど際立っている。うーん、なんだろうなぁ、このあくまでさらっとした存在の主張って。
同役の登場の仕方を踏まえると、『極悪女王』の長与千種役はいわば、俳優としての存在を主張するためのゆるやかな所信表明みたいなものかな。プロテストに合格したものの、デビュー選は惨敗。得意の空手で逆に八方塞がり。先輩にはいじめられる。
「引退」の一文字を吐きかけたとき、同期で先にプロテストに合格した北村智子(剛力彩芽)からデビュー選の相手を申し込まれる。彼らが寝泊まりする寮の外、指名される千種が夜風に吹かれる。なびく髪。唐田の凛とした表情。これはくるぞ。
ここまで実力を隠した状態だった唐田が、ライオネス飛鳥(智子)のデビュー選リングに立ち、相手に強い視線を向け、気合い新たに両腕を広げる。カメラが寄る。唐田えりかの才能が静かに解放される瞬間を見逃すな!
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu