2012年のSeason1放送から12年を経た『孤独のグルメ』(テレビ東京)は、気づけばSeason10(2022年)、『配信オリジナル2』(2023年)、さらに2025年1月10日には『劇映画 孤独のグルメ』が公開予定、という長期シリーズになった。原作は久住昌之(原作)と谷口ジロー(作画)による同名漫画である。
主演の松重豊扮する井之頭五郎が、ただ美味しいものを食べるだけのドラマがどうしてこんなに面白いのか。毎週金曜日、深夜12時12分から放送されている特別編『それぞれの孤独のグルメ』では、五郎だけではなく、ご飯屋の店主などそれぞれのドラマもフィーチャーされる。
イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、Season1から振り返りながら、食前食後のドラマを楽しむ本シリーズの醍醐味を解説する。
◆五郎さんの副音声みたいに聞こえてしまう
NHKで放送される紀行番組なんかで、冒頭の画面右下に「松重豊」と表示されているのを見ると、その豊かなナレーションを聞く前から、「あ、五郎さんだ!」とワクワクしてしまう。
五郎さんとは、松重豊の長い俳優人生で最大のヒット作となったドラマ『孤独のグルメ』シリーズの主人公・井之頭五郎のことである。中年おじさんがひとり、毎回お昼時にうまい店でうまいご飯を食べる本シリーズでは、全編ただただ松重のモノローグをベース音に、松重がただただご飯を食べる絵が積み重なる。
「腹が減った」とぼそりつぶやくモノローグをきっかけに、鋭い嗅覚でご飯屋を探しあてる。うまいご飯を一口、「おぉ」とか「うまい」とまたぼそりつぶやくだけで、くすりとさせる。
この五郎さんモノローグに一度はまると、まったく関係ない映像作品でも松重のナレーションがつい五郎さんの副音声みたいに聞こえてしまうのだ。
◆Season10まで数える長期シリーズ
でも普通、モノローグやナレーションが多用されると、絵(ショット)で見せるはずの映像表現の本分がどうしても薄まってしまう。近年のテレビドラマ作品最大の問題点は、主人公によるだらだらモノローグが延々続く表現力の欠如にある。
なのに、五郎さんのモノローグはむしろ無言で食べる芝居を続ける松重を映像的に引き立てている。不思議である。ずっと聞いていたい。ずっと見ていたい。と思って画面を注視していると、こちらまで腹が減ってくる。
なんとまぁうまくできたドラマだろう。声(モノローグ)と絵の持続的なシンクロナイズによって、2012年のSeason1からSeason10(他に配信オリジナル2など)まで数える長期シリーズになった。
◆ドラマファンと映画ファン、それぞれの松重豊
でも改めて考えると、松重豊という名優が、ほんわか系ご飯ドラマでヒットするというのは興味深いことではないか。テレビドラマファンと映画ファン、それぞれにとっての松重豊の印象があまりに異なるからだ。
ドラマファンなら、五郎イズムの独り相撲的語りを一番の魅力だと感じるが、映画ファンにとっての松重豊は、それこそダイレクトに相撲取り役を演じた『地獄の警備員』(1992年)のイメージが強烈なのだ。
正確には元相撲取りであり、現役引退後の姿は、警備員になりオフィスで社員たちに次々襲いかかる、恐るべき殺人マシーン・富士丸役。『地獄の警備員』は松重にとって映画デビュー作でもある。監督は黒沢清。熱心な黒沢映画ファンなら、同作をベストにあげる人も多いかもしれない。
筆者もまたそのひとりで、松重豊といえばやっぱりこの作品だ。黒沢監督の大学の後輩である青山真治監督の『EUREKA』(2001年)では、役所広司扮する元バス運転手を殺人事件の犯人だと疑う刑事役を演じ、前髪がちょっとたれた薄気味悪い感じの松重のイメージも強い。
いずれも『孤独のグルメ』とはあまりに毛色が違い過ぎる。ただ唯一共通点を見いだすなら、画面上に浮き上がる長身のたたずまいくらいだろうか。五郎が「腹が減った」とつぶやくとき、ポンポンポンという効果音とともカメラが引いて、引きの画面上に長身の松重がぽつんとひとりたたずむ。この超引きの絵がすぐあとに続く食事場面へとゆるく引き締めてくれるのだ。
◆焼き鳥が初出かと思いきや
ところで、『孤独のグルメ』で初めて画面に写った食べ物を記憶している視聴者はどのくらいいるだろう? Season1の第1話タイトルは「江東区門前仲町のやきとりと焼きめし」とある。ということは、焼き鳥が初出かと思いきや、これが違うのだ。
あくまでドラマ形式である本作では、まず得意先との商談場面から始まるのが基本。商談を済ませて、さぁて腹ごしらえだと思い立ってその街のちょっとした穴場的なご飯屋を探すという筋。
第1話の記念すべき舞台は門前仲町。五郎は学生以来だとモノローグで説明する。商談場所である喫茶店に入る直前、五郎は路地で落としたみかんを拾い集めるおばあさんと遭遇する。すかさず拾う作業を手伝って、お礼にひとつもらう。このみかんが初めて接した食べ物だった。
◆食前食後のドラマを楽しむ醍醐味
そのあと、ちょっとややこしい顧客との商談(ここではコーヒーを飲む)を終えて、お待ちかねの食事場面となる。本作の最大の見どころがこの食事場面にあることはもちろんだけれど、醍醐味は実はその直前のちょっとしたドラマにあったりする。
その意味で筆者が特に気に入っているのが、Season3の第3話。舞台は静岡県賀茂郡。冒頭、伊豆急行線にゆられる五郎が車窓に広がる海を前にのびのびする。商談場所の最寄りバス停に到着した途端、3連符のリズムを刻む4拍子のピアノとギターの掛け合い爽やかな夏のバラードがバックミュージックとしてかかり、これが格別に気持ちがいい。
あるいは前後して第2話。今度は横浜で町中華に入り、裏メニューであるニンニクましましの麺料理パタンを食べる。がっつり系油麺を平らげた五郎の満腹の表情を見て、あぁこれはタバコ吸いたくなるよなぁと思ったら、「あのタバコ吸ってもいいですか?」と店員に聞く。煙をくゆらせ、店内での一服を楽しむ。食事場面あるいは食前場面より、むしろ食後の余韻が引き立つ神回だった。
という具合に食前食後のドラマを楽しむ醍醐味が、今回の特別編『それぞれの孤独のグルメ』ではリニューアル的にドラマ要素が拡張されている。
しかも第1話で立ち寄る店は町中華。目配せがきいてる。店主役が爆笑問題の太田光。食事場面の前、この店主と五郎がたまたま川で石切に興じるエピソードがある。何だかほっこりする食前場面。『孤独のグルメ』を見る醍醐味が凝縮されている。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu
主演の松重豊扮する井之頭五郎が、ただ美味しいものを食べるだけのドラマがどうしてこんなに面白いのか。毎週金曜日、深夜12時12分から放送されている特別編『それぞれの孤独のグルメ』では、五郎だけではなく、ご飯屋の店主などそれぞれのドラマもフィーチャーされる。
イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、Season1から振り返りながら、食前食後のドラマを楽しむ本シリーズの醍醐味を解説する。
◆五郎さんの副音声みたいに聞こえてしまう
NHKで放送される紀行番組なんかで、冒頭の画面右下に「松重豊」と表示されているのを見ると、その豊かなナレーションを聞く前から、「あ、五郎さんだ!」とワクワクしてしまう。
五郎さんとは、松重豊の長い俳優人生で最大のヒット作となったドラマ『孤独のグルメ』シリーズの主人公・井之頭五郎のことである。中年おじさんがひとり、毎回お昼時にうまい店でうまいご飯を食べる本シリーズでは、全編ただただ松重のモノローグをベース音に、松重がただただご飯を食べる絵が積み重なる。
「腹が減った」とぼそりつぶやくモノローグをきっかけに、鋭い嗅覚でご飯屋を探しあてる。うまいご飯を一口、「おぉ」とか「うまい」とまたぼそりつぶやくだけで、くすりとさせる。
この五郎さんモノローグに一度はまると、まったく関係ない映像作品でも松重のナレーションがつい五郎さんの副音声みたいに聞こえてしまうのだ。
◆Season10まで数える長期シリーズ
でも普通、モノローグやナレーションが多用されると、絵(ショット)で見せるはずの映像表現の本分がどうしても薄まってしまう。近年のテレビドラマ作品最大の問題点は、主人公によるだらだらモノローグが延々続く表現力の欠如にある。
なのに、五郎さんのモノローグはむしろ無言で食べる芝居を続ける松重を映像的に引き立てている。不思議である。ずっと聞いていたい。ずっと見ていたい。と思って画面を注視していると、こちらまで腹が減ってくる。
なんとまぁうまくできたドラマだろう。声(モノローグ)と絵の持続的なシンクロナイズによって、2012年のSeason1からSeason10(他に配信オリジナル2など)まで数える長期シリーズになった。
◆ドラマファンと映画ファン、それぞれの松重豊
でも改めて考えると、松重豊という名優が、ほんわか系ご飯ドラマでヒットするというのは興味深いことではないか。テレビドラマファンと映画ファン、それぞれにとっての松重豊の印象があまりに異なるからだ。
ドラマファンなら、五郎イズムの独り相撲的語りを一番の魅力だと感じるが、映画ファンにとっての松重豊は、それこそダイレクトに相撲取り役を演じた『地獄の警備員』(1992年)のイメージが強烈なのだ。
正確には元相撲取りであり、現役引退後の姿は、警備員になりオフィスで社員たちに次々襲いかかる、恐るべき殺人マシーン・富士丸役。『地獄の警備員』は松重にとって映画デビュー作でもある。監督は黒沢清。熱心な黒沢映画ファンなら、同作をベストにあげる人も多いかもしれない。
筆者もまたそのひとりで、松重豊といえばやっぱりこの作品だ。黒沢監督の大学の後輩である青山真治監督の『EUREKA』(2001年)では、役所広司扮する元バス運転手を殺人事件の犯人だと疑う刑事役を演じ、前髪がちょっとたれた薄気味悪い感じの松重のイメージも強い。
いずれも『孤独のグルメ』とはあまりに毛色が違い過ぎる。ただ唯一共通点を見いだすなら、画面上に浮き上がる長身のたたずまいくらいだろうか。五郎が「腹が減った」とつぶやくとき、ポンポンポンという効果音とともカメラが引いて、引きの画面上に長身の松重がぽつんとひとりたたずむ。この超引きの絵がすぐあとに続く食事場面へとゆるく引き締めてくれるのだ。
◆焼き鳥が初出かと思いきや
ところで、『孤独のグルメ』で初めて画面に写った食べ物を記憶している視聴者はどのくらいいるだろう? Season1の第1話タイトルは「江東区門前仲町のやきとりと焼きめし」とある。ということは、焼き鳥が初出かと思いきや、これが違うのだ。
あくまでドラマ形式である本作では、まず得意先との商談場面から始まるのが基本。商談を済ませて、さぁて腹ごしらえだと思い立ってその街のちょっとした穴場的なご飯屋を探すという筋。
第1話の記念すべき舞台は門前仲町。五郎は学生以来だとモノローグで説明する。商談場所である喫茶店に入る直前、五郎は路地で落としたみかんを拾い集めるおばあさんと遭遇する。すかさず拾う作業を手伝って、お礼にひとつもらう。このみかんが初めて接した食べ物だった。
◆食前食後のドラマを楽しむ醍醐味
そのあと、ちょっとややこしい顧客との商談(ここではコーヒーを飲む)を終えて、お待ちかねの食事場面となる。本作の最大の見どころがこの食事場面にあることはもちろんだけれど、醍醐味は実はその直前のちょっとしたドラマにあったりする。
その意味で筆者が特に気に入っているのが、Season3の第3話。舞台は静岡県賀茂郡。冒頭、伊豆急行線にゆられる五郎が車窓に広がる海を前にのびのびする。商談場所の最寄りバス停に到着した途端、3連符のリズムを刻む4拍子のピアノとギターの掛け合い爽やかな夏のバラードがバックミュージックとしてかかり、これが格別に気持ちがいい。
あるいは前後して第2話。今度は横浜で町中華に入り、裏メニューであるニンニクましましの麺料理パタンを食べる。がっつり系油麺を平らげた五郎の満腹の表情を見て、あぁこれはタバコ吸いたくなるよなぁと思ったら、「あのタバコ吸ってもいいですか?」と店員に聞く。煙をくゆらせ、店内での一服を楽しむ。食事場面あるいは食前場面より、むしろ食後の余韻が引き立つ神回だった。
という具合に食前食後のドラマを楽しむ醍醐味が、今回の特別編『それぞれの孤独のグルメ』ではリニューアル的にドラマ要素が拡張されている。
しかも第1話で立ち寄る店は町中華。目配せがきいてる。店主役が爆笑問題の太田光。食事場面の前、この店主と五郎がたまたま川で石切に興じるエピソードがある。何だかほっこりする食前場面。『孤独のグルメ』を見る醍醐味が凝縮されている。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu