二世俳優は二世俳優と言われる。単純な話かもしれないが、かつて映画の黄金期、スター俳優たちが撮影所で活躍していた時代には、二世俳優もまた特別輝いていたように思う。
橋本環奈主演の『おむすび』(NHK総合)に出演する北村有起哉を見て、不意にそうした時代性について考えた。文学座の座員として舞台から映画まで重厚なイメージがある名優・北村和夫を父にもつ彼は、立派な二世俳優であり、令和の芸能世界でも豊かな存在感におさまっているかに見える。
北村有起哉は、かつての時代の余韻を生きる二世俳優なのだ。イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、父子それぞれのNHK朝ドラ作品を見くらべて解説する。
◆二世俳優は名優ぞろい
芸能界の二世俳優というと、何かしら揶揄の対象になる。出自なんてどうでもいいと言ってみたところで、そうとも言いきれない。たとえば、田村正和。チャンバラ映画の大スターだった坂東妻三郎の三男である。
坂東と並んで二大スターの座にあった市川右太衛門(『大江戸五人男』ラスト場面の戦いは坂東との名共演!)の次男が、北大路欣也。みんな立派な二世俳優である。でも田村正和や北大路欣也のことをいたずらに揶揄する声はあるだろうか?
誰もが名優だとちゃーんと認識している。中井貴一だって佐田啓二の息子。やっぱり名優ぞろい。でもそれは昭和の名優たちが活躍した映画黄金期の時代に裏打ちされてこその話であり、令和の現行芸能の世界にいる二世俳優は確かに肌寒いか。
そこでもうひとり北村有起哉を追加しておきたい。北村の父は、これまた名優中の名優である北村和夫だ。
◆北村有起哉ファンのツボをじんじん刺激
北村有起哉は大のお気に入り俳優である。最旬の話題としては、橋本環奈主演の朝ドラ『おむすび』で、主人公・米田結(橋本環奈)の父親である米田聖人を演じている。これがもうとにかく北村有起哉を見ることの楽しみであふれ返っている。
たとえば、第1週第1回冒頭、ドラマ全体の第一声は北村のものだし、画面上に登場してはあの魅力的な仏頂面を印象付ける。それから第2週第7回で、高校のクラスメイトで福岡のギャル連合ハギャレンのメンバーである柚木理沙(田村芽実)が結を自宅まで迎えにくる場面。
結と理沙が自転車を押して出掛けて行くとき、農具をもった聖人が娘の友達がどんな人物なのかと点検するかのように見送る。「ふぅーん」と声をこもして、右から左へ二度見する。この北村の顔と動作を捉えるバストショットがいい。北村有起哉ファンのツボをじんじん刺激する。
第3週第12回では、深酒をする聖人が回想する高校3年生の姿をまさかの北村本人が演じる。ロン毛で若作りした荒技的サービス映像だった。
◆頑固ジジイを演じていた父・北村和夫
第2回の夕食場面で、結の祖父・米田永吉(松平健)と繰り広げる父子の小競り合いも見ものだった。食卓で野球中継を見る永吉が、応援するチームが負ける様子を見てテレビを消せと聖人に指示する。
テレビに一番近い席に座る聖人だが、またつけろと永吉。聖人が文句を言いながら付き合ってやるのだが、画面奥の松平健と画面手前の北村が演じる父子の寸劇的なやり取りが可笑しくてたまらない。
松平が演じる福岡の頑固ジジイ感がややステレオタイプではあるが、北村の仏頂面からコミカルな要素だけをうまく抽出している。そういえば、北村の父・北村和夫が、2001年に放送された朝ドラ『ちゅらさん』で頑固ジジイを演じていたっけ。
◆なになにジジイを演じた『ちゅらさん』
北村和夫が演じたのは、元外科医・島田大心。誰ともコミュニケーションを取らず、自室の扉をぴしゃっと閉めている。沖縄から上京してきた主人公・古波蔵恵里(国仲涼子)は隣人。
第5週第30回で恵里が挨拶回りをする場面がある。扉を少しだけ開けて隙間から顔をだす島田が「なに」と無愛想にふるまう。扉を開けて見せる仏頂面は北村有起哉そっくり。第7週第37回でも「なに」。偏屈な、なになにジジイなのである。
成瀬巳喜男監督の『乱れる』(1964年)が筆者は大好きだ。加山雄三演じる森田幸司の義理の兄を北村和夫が演じた。出番は少ないが、喫茶店場面で加山と向かい合って座り、ひたすら知的で慇懃無礼なくらいがちょうどいいといった雰囲気が絶妙で、深い低音の声が魅力的な人だ。
◆かつての時代の余韻を生きている二世俳優
北村和夫の簡単な経歴を紹介しておくと、1953年にテネシー・ウィリアムズの戯曲『欲望という名の電車』でスタンレーを演じ、杉村春子の相手役になったことから、1955年に文学座の座員になった(成瀬巳喜男監督の『晩菊』で元芸者・倉橋きんを演じる杉村春子は、世界映画史の名演として記憶されている)。根っからの演劇人である。
北村有起哉もまた俳優デビュー作が舞台作品(『春のめざめ』)。と同時に今村昌平監督の『カンゾー先生』(1998年)で映画作品とWデビューした。北村有起哉は、今村監督が設立した日本映画学校(現在の日本映画大学)で演技を学んだひとりだが、今村監督と北村和夫は大学時代からの付き合いだった。
『にっぽん昆虫記』(1963年)など、今村組の常連俳優として映画の世界でも活躍した。2007年に北村有起哉は、『欲望という名の電車』で父と同じスタンレー役を演じている。父子の共演作としては、井筒和幸監督の『のど自慢』(1999年)がある。共演といっても、同じ画面を共有しているわけではない。同級生たちとカラオケでだべる坊主頭の高校生を演じる息子。孫を可愛がる老人を演じる父。
重厚な演劇世界と端正な映画世界を渡り歩く俳優の父がいて、息子もまた俳優として飛び込んだ。二世俳優なんて言葉が細く痩せて聞こえるくらい、豊かで分厚い俳優の世界があった。二世俳優としての北村有起哉は、その名残り、かつての時代の余韻を生きている。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu
橋本環奈主演の『おむすび』(NHK総合)に出演する北村有起哉を見て、不意にそうした時代性について考えた。文学座の座員として舞台から映画まで重厚なイメージがある名優・北村和夫を父にもつ彼は、立派な二世俳優であり、令和の芸能世界でも豊かな存在感におさまっているかに見える。
北村有起哉は、かつての時代の余韻を生きる二世俳優なのだ。イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、父子それぞれのNHK朝ドラ作品を見くらべて解説する。
◆二世俳優は名優ぞろい
芸能界の二世俳優というと、何かしら揶揄の対象になる。出自なんてどうでもいいと言ってみたところで、そうとも言いきれない。たとえば、田村正和。チャンバラ映画の大スターだった坂東妻三郎の三男である。
坂東と並んで二大スターの座にあった市川右太衛門(『大江戸五人男』ラスト場面の戦いは坂東との名共演!)の次男が、北大路欣也。みんな立派な二世俳優である。でも田村正和や北大路欣也のことをいたずらに揶揄する声はあるだろうか?
誰もが名優だとちゃーんと認識している。中井貴一だって佐田啓二の息子。やっぱり名優ぞろい。でもそれは昭和の名優たちが活躍した映画黄金期の時代に裏打ちされてこその話であり、令和の現行芸能の世界にいる二世俳優は確かに肌寒いか。
そこでもうひとり北村有起哉を追加しておきたい。北村の父は、これまた名優中の名優である北村和夫だ。
◆北村有起哉ファンのツボをじんじん刺激
北村有起哉は大のお気に入り俳優である。最旬の話題としては、橋本環奈主演の朝ドラ『おむすび』で、主人公・米田結(橋本環奈)の父親である米田聖人を演じている。これがもうとにかく北村有起哉を見ることの楽しみであふれ返っている。
たとえば、第1週第1回冒頭、ドラマ全体の第一声は北村のものだし、画面上に登場してはあの魅力的な仏頂面を印象付ける。それから第2週第7回で、高校のクラスメイトで福岡のギャル連合ハギャレンのメンバーである柚木理沙(田村芽実)が結を自宅まで迎えにくる場面。
結と理沙が自転車を押して出掛けて行くとき、農具をもった聖人が娘の友達がどんな人物なのかと点検するかのように見送る。「ふぅーん」と声をこもして、右から左へ二度見する。この北村の顔と動作を捉えるバストショットがいい。北村有起哉ファンのツボをじんじん刺激する。
第3週第12回では、深酒をする聖人が回想する高校3年生の姿をまさかの北村本人が演じる。ロン毛で若作りした荒技的サービス映像だった。
◆頑固ジジイを演じていた父・北村和夫
第2回の夕食場面で、結の祖父・米田永吉(松平健)と繰り広げる父子の小競り合いも見ものだった。食卓で野球中継を見る永吉が、応援するチームが負ける様子を見てテレビを消せと聖人に指示する。
テレビに一番近い席に座る聖人だが、またつけろと永吉。聖人が文句を言いながら付き合ってやるのだが、画面奥の松平健と画面手前の北村が演じる父子の寸劇的なやり取りが可笑しくてたまらない。
松平が演じる福岡の頑固ジジイ感がややステレオタイプではあるが、北村の仏頂面からコミカルな要素だけをうまく抽出している。そういえば、北村の父・北村和夫が、2001年に放送された朝ドラ『ちゅらさん』で頑固ジジイを演じていたっけ。
◆なになにジジイを演じた『ちゅらさん』
北村和夫が演じたのは、元外科医・島田大心。誰ともコミュニケーションを取らず、自室の扉をぴしゃっと閉めている。沖縄から上京してきた主人公・古波蔵恵里(国仲涼子)は隣人。
第5週第30回で恵里が挨拶回りをする場面がある。扉を少しだけ開けて隙間から顔をだす島田が「なに」と無愛想にふるまう。扉を開けて見せる仏頂面は北村有起哉そっくり。第7週第37回でも「なに」。偏屈な、なになにジジイなのである。
成瀬巳喜男監督の『乱れる』(1964年)が筆者は大好きだ。加山雄三演じる森田幸司の義理の兄を北村和夫が演じた。出番は少ないが、喫茶店場面で加山と向かい合って座り、ひたすら知的で慇懃無礼なくらいがちょうどいいといった雰囲気が絶妙で、深い低音の声が魅力的な人だ。
◆かつての時代の余韻を生きている二世俳優
北村和夫の簡単な経歴を紹介しておくと、1953年にテネシー・ウィリアムズの戯曲『欲望という名の電車』でスタンレーを演じ、杉村春子の相手役になったことから、1955年に文学座の座員になった(成瀬巳喜男監督の『晩菊』で元芸者・倉橋きんを演じる杉村春子は、世界映画史の名演として記憶されている)。根っからの演劇人である。
北村有起哉もまた俳優デビュー作が舞台作品(『春のめざめ』)。と同時に今村昌平監督の『カンゾー先生』(1998年)で映画作品とWデビューした。北村有起哉は、今村監督が設立した日本映画学校(現在の日本映画大学)で演技を学んだひとりだが、今村監督と北村和夫は大学時代からの付き合いだった。
『にっぽん昆虫記』(1963年)など、今村組の常連俳優として映画の世界でも活躍した。2007年に北村有起哉は、『欲望という名の電車』で父と同じスタンレー役を演じている。父子の共演作としては、井筒和幸監督の『のど自慢』(1999年)がある。共演といっても、同じ画面を共有しているわけではない。同級生たちとカラオケでだべる坊主頭の高校生を演じる息子。孫を可愛がる老人を演じる父。
重厚な演劇世界と端正な映画世界を渡り歩く俳優の父がいて、息子もまた俳優として飛び込んだ。二世俳優なんて言葉が細く痩せて聞こえるくらい、豊かで分厚い俳優の世界があった。二世俳優としての北村有起哉は、その名残り、かつての時代の余韻を生きている。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu