毎週木曜日よる9時から『ザ・トラベルナース』(テレビ朝日)が放送されている。テレビドラマの続編を心から楽しむのは久しぶりだなぁ。
前作『ザ・トラベルナース』(2022年)から岡田将生と中井貴一の名コンビぶりが、楽しく、痛快、実に達者なこと。年少相手にバディを組めるベテランは中井貴一しかいないと感じる。さらに今回はコンビから世代間トリオが結成されている、
イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、本作の名コンビについて、トリオによる面白ドラマに期待を込めて解説する。
◆「バカナース」発言を端緒に
ニューヨークから帰ってきたトラベルナース・那須田歩(岡田将生)が、新しく働くことになった西東京総合病院のナースステーションで、「あのうるさいおっさん」を探している。「あのうるさいおっさん」とは、前の病院で一緒に働いていたベテラン看護師である九鬼静(中井貴一)のこと。
第1話冒頭、ニューヨークの病院で治療する静の手術に歩が立ち会っていた。手術は無事に成功し、退院をお祝いしようと病院前で待つ。
歩から花束をもらった途端に、静は口元をおさえる。お祝いに感動したのではない。カサブランカの花粉にやられてしまっているだけだ。静がハンカチでおさえた口を開けば、歩の看護のいたらなさについて事細かに叱責し始める。
前作『ザ・トラベルナース』最終話の空港場面では、「今度は僕が静さんを守る」と言って仲良く渡米したというのに。でもそうこなくっちゃ。静による「バカナース」発言を端緒に、すぐに口げんかになる。
静がプイとそっぽを向くと、歩がプンとムカムカして対抗しようとする。ケンカするほど仲がいいという表現は、彼らのためだけにあてはまると思うくいの名コンビぶりを再確認させてくれる。
◆画面の外から美しい名調子の声
前作から続編への橋渡しが首尾よく済んだところで、冒頭でふれたナースステーションのやり取りが描かれる。岡田将生と中井貴一の名コンビぶりを最初から見せられてしまうと、どうしても一方が画面から不在であることに物足りなさを感じてしまう。
コンビなのだから、ふたりでひとつのバディ。看護部長・愛川塔子(寺島しのぶ)が静に早く帰ってきてくれと連絡しているのだが、当の本人はニューヨーク暮らしを満喫しているからとはぐらかす。ここはひとまず歩のソロ活動が中心になるのか。と思ったら、きたきた静が割とすぐ再登場する。
帰国した歩が入ったのがおむすび屋だった。店名が「脈屋」。前の病院寮で寮母をしていた土井たま子(池谷のぶえ)が店員として働いている。
夜になってまた訪れた歩がたま子と話していると、画面の外から美しい名調子の声が聞こえる。厨房の奥から包丁を持った静がでてくる。歩が絶叫する。実はこの店は静が経営している。ちゃーんと帰国していたのだ。
◆東映ヤクザ映画仕込みの中井貴一
せっかく再会したのに、また口喧嘩。静は毎回「かのフローレンス・ナイチンゲールはこう言っています」を枕詞にナイチンゲールの名句を嫌みっぽく引用する。細部にまで配慮がいきとどいた言葉の名手である静だが、ときにドスを効かせた声色を使って、相手に釘を刺す瞬間がある。
脈屋の再会場面では「患者を追い返すナースは、ガチグソナースじゃ」とにらみをきかせる。どうして美しく晴れやかな話者である静さんがこんな声色になるのか。それが九鬼静という人物のユニークなキャラクター設定なのだが、美しい言葉とドスの効いた声色の使い分けがまったく矛盾なく共存するのは、中井貴一ならではの演技である。
筆者のような東映任侠映画ファンからすると、1990年代の中井貴一にはヤクザ映画俳優として身を立てたイメージが強い。
『明治侠客伝 三代目襲名』(1965年)や『博奕打ち 総長賭博』(1968年)など、数々の任侠映画を手掛けた名プロデューサー俊藤浩滋に実力を買われた中井は、『激動の1750日』(1990年)から『残俠』(1999年)まで同ジャンルを再興した人でもある。美しい話し方とのメリハリが中井独自に作られる静のドスが効いた声色は、東映ヤクザ映画の撮影現場仕込みなのだ。
◆年少相手と名コンビを組めるのは誰か?
ところで、最近『帰らないおじさん』(BS-TBS、2022年)を見ていて思ったことがある。光石研、高橋克実、橋本じゅんという魅力的なおじさん俳優が揃っているというのに全然面白くない。『ザ・トラベルナース』の中井貴一にしろ、確かにベテラン俳優がいつでも縁の下の力持ちとなって作品を支えるから、強度がある土台にはなるかもしれない。
でもだからって作品が相対的に面白くなるとは限らないということを『帰らないおじさん』は端的に示している。魅力的なおじさん俳優はひとりのほうがむしろいい。おじさんが束になるより、そのほうがずっと潔い。松重豊がただ食べ物を食べるだけなのになぜか面白い『孤独のグルメ』(テレビ東京、2012年)なんておじさんソロの好例である。
ただし、もうひとり魅力的な年少俳優が相棒になるなら話は別である。今、日本で一番魅力的なおじさん俳優で、年少相手と名コンビを組めるのは誰か。『ザ・トラベルナース』の中井貴一しかそりゃいないだろうよ。みたいな論理が成立する。
◆トリオで共同生活をする理由
ただし、名コンビにプラスαの存在がいることもちゃんと勘定に入れておく必要がある。前作で歩と静は病院寮の同室、しかも相部屋で寝食をともにした。続く『ザ・トラベルナース』では、その基本設定が最初リセットされる。その代わりに脈屋の上階に新たな寮スペースが設けられる。
ここで愛川など、古参メンバーに新たな顔ぶれが加わり、わちゃわちゃした寮生活がリスタートする。中でも注目は他の看護師たちからちやほやされる韓国人看護師パク・イジュン(キム・ヒョンユル)である。イジュンが、歩と静の部屋の3人目の同室者になる。
左右にイジュンと静、真ん中に歩が配置され、布団を敷いて寝る。わざわざメンバーを増やしてまでトリオで共同生活をする理由があるのか。あるのである。静を最年長として、歩からイジュンへ世代間の年長、年少トリオ結成によって、ドラマはいくらでも供給できるようになるからだ。
たとえば、『和田家の男たち』(テレビ朝日、2021年)や『コタツがない家』(日本テレビ、2023年)では、親子3世代の男3人のコミカルなやり取りが面白かった。
同様に『ザ・トラベルナース』でのトリオもまた疑似家族的にそうした面白ポイントの基本構造を担う。でもまだ3人揃っての面白ドラマが目だって描かれているわけではない。
第3話ラスト、女子会を横目に歩と静が、洗い物をする場面がある。食器のすすぎ担当の静が「イジュン君なら、代わりましょって言ってくれるんでしょうね」と言う。いちゃいちゃが過ぎるなぁ。歩と静の名コンビの強固さがさらに示される場面だが、ここで名前がでたイジュンが直接介入するトリオの面白ドラマが、この名コンビドラマを見る今後の楽しみになった。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu
前作『ザ・トラベルナース』(2022年)から岡田将生と中井貴一の名コンビぶりが、楽しく、痛快、実に達者なこと。年少相手にバディを組めるベテランは中井貴一しかいないと感じる。さらに今回はコンビから世代間トリオが結成されている、
イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、本作の名コンビについて、トリオによる面白ドラマに期待を込めて解説する。
◆「バカナース」発言を端緒に
ニューヨークから帰ってきたトラベルナース・那須田歩(岡田将生)が、新しく働くことになった西東京総合病院のナースステーションで、「あのうるさいおっさん」を探している。「あのうるさいおっさん」とは、前の病院で一緒に働いていたベテラン看護師である九鬼静(中井貴一)のこと。
第1話冒頭、ニューヨークの病院で治療する静の手術に歩が立ち会っていた。手術は無事に成功し、退院をお祝いしようと病院前で待つ。
歩から花束をもらった途端に、静は口元をおさえる。お祝いに感動したのではない。カサブランカの花粉にやられてしまっているだけだ。静がハンカチでおさえた口を開けば、歩の看護のいたらなさについて事細かに叱責し始める。
前作『ザ・トラベルナース』最終話の空港場面では、「今度は僕が静さんを守る」と言って仲良く渡米したというのに。でもそうこなくっちゃ。静による「バカナース」発言を端緒に、すぐに口げんかになる。
静がプイとそっぽを向くと、歩がプンとムカムカして対抗しようとする。ケンカするほど仲がいいという表現は、彼らのためだけにあてはまると思うくいの名コンビぶりを再確認させてくれる。
◆画面の外から美しい名調子の声
前作から続編への橋渡しが首尾よく済んだところで、冒頭でふれたナースステーションのやり取りが描かれる。岡田将生と中井貴一の名コンビぶりを最初から見せられてしまうと、どうしても一方が画面から不在であることに物足りなさを感じてしまう。
コンビなのだから、ふたりでひとつのバディ。看護部長・愛川塔子(寺島しのぶ)が静に早く帰ってきてくれと連絡しているのだが、当の本人はニューヨーク暮らしを満喫しているからとはぐらかす。ここはひとまず歩のソロ活動が中心になるのか。と思ったら、きたきた静が割とすぐ再登場する。
帰国した歩が入ったのがおむすび屋だった。店名が「脈屋」。前の病院寮で寮母をしていた土井たま子(池谷のぶえ)が店員として働いている。
夜になってまた訪れた歩がたま子と話していると、画面の外から美しい名調子の声が聞こえる。厨房の奥から包丁を持った静がでてくる。歩が絶叫する。実はこの店は静が経営している。ちゃーんと帰国していたのだ。
◆東映ヤクザ映画仕込みの中井貴一
せっかく再会したのに、また口喧嘩。静は毎回「かのフローレンス・ナイチンゲールはこう言っています」を枕詞にナイチンゲールの名句を嫌みっぽく引用する。細部にまで配慮がいきとどいた言葉の名手である静だが、ときにドスを効かせた声色を使って、相手に釘を刺す瞬間がある。
脈屋の再会場面では「患者を追い返すナースは、ガチグソナースじゃ」とにらみをきかせる。どうして美しく晴れやかな話者である静さんがこんな声色になるのか。それが九鬼静という人物のユニークなキャラクター設定なのだが、美しい言葉とドスの効いた声色の使い分けがまったく矛盾なく共存するのは、中井貴一ならではの演技である。
筆者のような東映任侠映画ファンからすると、1990年代の中井貴一にはヤクザ映画俳優として身を立てたイメージが強い。
『明治侠客伝 三代目襲名』(1965年)や『博奕打ち 総長賭博』(1968年)など、数々の任侠映画を手掛けた名プロデューサー俊藤浩滋に実力を買われた中井は、『激動の1750日』(1990年)から『残俠』(1999年)まで同ジャンルを再興した人でもある。美しい話し方とのメリハリが中井独自に作られる静のドスが効いた声色は、東映ヤクザ映画の撮影現場仕込みなのだ。
◆年少相手と名コンビを組めるのは誰か?
ところで、最近『帰らないおじさん』(BS-TBS、2022年)を見ていて思ったことがある。光石研、高橋克実、橋本じゅんという魅力的なおじさん俳優が揃っているというのに全然面白くない。『ザ・トラベルナース』の中井貴一にしろ、確かにベテラン俳優がいつでも縁の下の力持ちとなって作品を支えるから、強度がある土台にはなるかもしれない。
でもだからって作品が相対的に面白くなるとは限らないということを『帰らないおじさん』は端的に示している。魅力的なおじさん俳優はひとりのほうがむしろいい。おじさんが束になるより、そのほうがずっと潔い。松重豊がただ食べ物を食べるだけなのになぜか面白い『孤独のグルメ』(テレビ東京、2012年)なんておじさんソロの好例である。
ただし、もうひとり魅力的な年少俳優が相棒になるなら話は別である。今、日本で一番魅力的なおじさん俳優で、年少相手と名コンビを組めるのは誰か。『ザ・トラベルナース』の中井貴一しかそりゃいないだろうよ。みたいな論理が成立する。
◆トリオで共同生活をする理由
ただし、名コンビにプラスαの存在がいることもちゃんと勘定に入れておく必要がある。前作で歩と静は病院寮の同室、しかも相部屋で寝食をともにした。続く『ザ・トラベルナース』では、その基本設定が最初リセットされる。その代わりに脈屋の上階に新たな寮スペースが設けられる。
ここで愛川など、古参メンバーに新たな顔ぶれが加わり、わちゃわちゃした寮生活がリスタートする。中でも注目は他の看護師たちからちやほやされる韓国人看護師パク・イジュン(キム・ヒョンユル)である。イジュンが、歩と静の部屋の3人目の同室者になる。
左右にイジュンと静、真ん中に歩が配置され、布団を敷いて寝る。わざわざメンバーを増やしてまでトリオで共同生活をする理由があるのか。あるのである。静を最年長として、歩からイジュンへ世代間の年長、年少トリオ結成によって、ドラマはいくらでも供給できるようになるからだ。
たとえば、『和田家の男たち』(テレビ朝日、2021年)や『コタツがない家』(日本テレビ、2023年)では、親子3世代の男3人のコミカルなやり取りが面白かった。
同様に『ザ・トラベルナース』でのトリオもまた疑似家族的にそうした面白ポイントの基本構造を担う。でもまだ3人揃っての面白ドラマが目だって描かれているわけではない。
第3話ラスト、女子会を横目に歩と静が、洗い物をする場面がある。食器のすすぎ担当の静が「イジュン君なら、代わりましょって言ってくれるんでしょうね」と言う。いちゃいちゃが過ぎるなぁ。歩と静の名コンビの強固さがさらに示される場面だが、ここで名前がでたイジュンが直接介入するトリオの面白ドラマが、この名コンビドラマを見る今後の楽しみになった。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu