夫以外の子を産み、夫には知らせずに夫とともに育てていく「托卵(たくらん)」を描いたドラマ『わたしの宝物』(フジテレビ系、木曜よる10時~)。話題の作品を、夫婦関係や不倫について著書多数の亀山早苗さんが読み解きます(以下、亀山さんの寄稿)。
◆衝動的で危うい登場人物たち
それにしても登場人物が衝動的に行動しすぎていないか。もう一度、ゆっくり落ち着いて考えてみよう、あなたの言動が誰かの感情を煽っていないか……。ドラマ『わたしの宝物』の話である。
美羽(松本若菜)と宏樹(田中圭)夫妻は、娘の栞をふたりで手塩にかけて育てている。妻にモラハラをしていたときとはまったく異なり、「美羽に大事なものに気づかされた」宏樹は、ひょんなことから社内で昇進。それでも働き方は変えないと美羽に誓う。
美羽が親友の真琴(恒松祐里)の店を手伝って働きたいと言ったときも、「美羽にはやりたいことをやってほしい」と背中を押す。これ以上ないくらい、ふたりの関係はよくなっている。
◆“正義感に嫉妬が絡んだ行為”が怖すぎた
そこに割り込んできたのが、美羽が親友だと思っている真琴だ。美羽と冬月(深澤辰哉)が抱き合っているところを見てしまった真琴は、そこから想像を巡らせる。自分は離婚したシングルマザー。夫はおむつひとつ取り替えてくれたことはなかったと、美羽と宏樹が栞を慈しむ様子を見ながら、嫉妬の感情を燃え上がらせていく。
店に美羽が仕事をしに来る日、真琴はわざわざ冬月を呼ぶ。冬月は、かつて真琴の店にフェアトレード商品を売り込みに来たことがあり、そのとき美羽と再会しているのだ。
真琴は「あること」を確かめたかった。やってきた美羽のベビーカーから栞を抱き上げる真琴。そして冬月に無理矢理、栞を抱かせようとする。とまどう冬月、顔がひきつっていく美羽。
「やめて!」と叫んだ美羽の声は、切羽詰まっていた。いつもなら、いろんな人に抱かせるのにと不満げに言う真琴の顔は、妙な勝利感に満ちていた。怖すぎる。正義感に酔うだけではなく、そこに嫉妬がからんだ上での人を試す行為。それをしれっとやりとげてしまう真琴が怖すぎた。
◆“親友の夫”に妻の不倫を告発、托卵も匂わせる
彼女は宏樹を呼び出し、ずっと好きだったと告白、さらに「美羽さんは不倫してる。絶対に許せない」と告発、そして「それだけじゃない。栞ちゃん」と、托卵を匂わせる。証拠もないのに、そんなことを言うなんて……と思う暇もなく、宏樹はDNA鑑定をして、自分が栞の父親ではないことを知ってしまう。
宏樹が心のよりどころとしている喫茶店のマスター(北村一輝)からも、真琴の言葉は女の嫉妬だから気にせず、今までと同じように妻を愛していけと言われたのに、彼は覚悟もないままにDNA鑑定をしてしまった。
◆他人の人生や家庭を破滅させようとは思ったわけは
真琴は決して「不幸」なわけではない。もうじき6歳になるかわいい息子がいて、雑貨店をもつ夢も実現させた。自分の手で人生を切り開いてきた女のはずだ。美羽と宏樹のカップルを羨ましいと思っても、自ら壊そうとは思っていなかった。
それなのに、彼女の目からみて、宏樹を大事にしていないように写った美羽が腹立たしくてたまらなくなった。だからといって他人の人生や家庭を破滅させていいはずもないのだが、真琴は思うがままにふるまった。
◆田中圭の一気に崩れた泣き顔が胸をえぐってきた
宏樹は、もともとメンタル的に弱いところがある。だからこそ仕事でのストレスから妻にモラハラをしていたのだ。栞という最愛の娘を得て、ぶっちぎりの出世街道から自ら外れてみると、そこには愛情たっぷりの光景が広がっていた。だからこそ、この幸せを壊したくはなかっただろう。
なんとか踏みとどまって「普通」にしようとしていたのだが、生後6ヶ月のハーフバースデーを祝ったとき、宏樹はカメラを操作しながら突然、泣き出してしまう。こんなに愛している栞が自分の子ではないことに耐えられなくなったのだろう。
このときの田中圭の一気に崩れた泣き顔が胸をえぐってきた。裏切った妻への憎悪はなく、ただただ、「自分の子ではなかった悲しみ」だけが伝わってきたからだ。
◆宏樹の車の“ナンバー”が皮肉すぎる
かつて冬月の子か夫・宏樹の子かわからないままに妊娠を継続させ、娘が産まれてからも冬月への思いを消せなかった美羽は、たびたび夜中に寝室を抜け出して、ひとり思い煩っていた。出産し、夫が徐々に変わっていき、美羽は冬月にきっぱり別れを告げて今の幸せを手にした。だがその代わり、今度は、宏樹がひとり思い悩むことになった。ある晩、美羽が目を覚ますと、隣に宏樹がいない。ベビーベッドの栞もいない。
美羽は妊娠がわかったとき、宏樹に「あなたの子よ」と告げた。あれは自らにも言い聞かせた言葉だったのだろう。
海辺に1台の車。ナンバーは「1188」。いいパパなのか、いい母なのか。いずれにしても皮肉な番号である。宏樹は栞を道連れに……?
<文/亀山早苗>
【亀山早苗】
フリーライター。著書に『くまモン力ー人を惹きつける愛と魅力の秘密』がある。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。Twitter:@viofatalevio
◆衝動的で危うい登場人物たち
それにしても登場人物が衝動的に行動しすぎていないか。もう一度、ゆっくり落ち着いて考えてみよう、あなたの言動が誰かの感情を煽っていないか……。ドラマ『わたしの宝物』の話である。
美羽(松本若菜)と宏樹(田中圭)夫妻は、娘の栞をふたりで手塩にかけて育てている。妻にモラハラをしていたときとはまったく異なり、「美羽に大事なものに気づかされた」宏樹は、ひょんなことから社内で昇進。それでも働き方は変えないと美羽に誓う。
美羽が親友の真琴(恒松祐里)の店を手伝って働きたいと言ったときも、「美羽にはやりたいことをやってほしい」と背中を押す。これ以上ないくらい、ふたりの関係はよくなっている。
◆“正義感に嫉妬が絡んだ行為”が怖すぎた
そこに割り込んできたのが、美羽が親友だと思っている真琴だ。美羽と冬月(深澤辰哉)が抱き合っているところを見てしまった真琴は、そこから想像を巡らせる。自分は離婚したシングルマザー。夫はおむつひとつ取り替えてくれたことはなかったと、美羽と宏樹が栞を慈しむ様子を見ながら、嫉妬の感情を燃え上がらせていく。
店に美羽が仕事をしに来る日、真琴はわざわざ冬月を呼ぶ。冬月は、かつて真琴の店にフェアトレード商品を売り込みに来たことがあり、そのとき美羽と再会しているのだ。
真琴は「あること」を確かめたかった。やってきた美羽のベビーカーから栞を抱き上げる真琴。そして冬月に無理矢理、栞を抱かせようとする。とまどう冬月、顔がひきつっていく美羽。
「やめて!」と叫んだ美羽の声は、切羽詰まっていた。いつもなら、いろんな人に抱かせるのにと不満げに言う真琴の顔は、妙な勝利感に満ちていた。怖すぎる。正義感に酔うだけではなく、そこに嫉妬がからんだ上での人を試す行為。それをしれっとやりとげてしまう真琴が怖すぎた。
◆“親友の夫”に妻の不倫を告発、托卵も匂わせる
彼女は宏樹を呼び出し、ずっと好きだったと告白、さらに「美羽さんは不倫してる。絶対に許せない」と告発、そして「それだけじゃない。栞ちゃん」と、托卵を匂わせる。証拠もないのに、そんなことを言うなんて……と思う暇もなく、宏樹はDNA鑑定をして、自分が栞の父親ではないことを知ってしまう。
宏樹が心のよりどころとしている喫茶店のマスター(北村一輝)からも、真琴の言葉は女の嫉妬だから気にせず、今までと同じように妻を愛していけと言われたのに、彼は覚悟もないままにDNA鑑定をしてしまった。
◆他人の人生や家庭を破滅させようとは思ったわけは
真琴は決して「不幸」なわけではない。もうじき6歳になるかわいい息子がいて、雑貨店をもつ夢も実現させた。自分の手で人生を切り開いてきた女のはずだ。美羽と宏樹のカップルを羨ましいと思っても、自ら壊そうとは思っていなかった。
それなのに、彼女の目からみて、宏樹を大事にしていないように写った美羽が腹立たしくてたまらなくなった。だからといって他人の人生や家庭を破滅させていいはずもないのだが、真琴は思うがままにふるまった。
◆田中圭の一気に崩れた泣き顔が胸をえぐってきた
宏樹は、もともとメンタル的に弱いところがある。だからこそ仕事でのストレスから妻にモラハラをしていたのだ。栞という最愛の娘を得て、ぶっちぎりの出世街道から自ら外れてみると、そこには愛情たっぷりの光景が広がっていた。だからこそ、この幸せを壊したくはなかっただろう。
なんとか踏みとどまって「普通」にしようとしていたのだが、生後6ヶ月のハーフバースデーを祝ったとき、宏樹はカメラを操作しながら突然、泣き出してしまう。こんなに愛している栞が自分の子ではないことに耐えられなくなったのだろう。
このときの田中圭の一気に崩れた泣き顔が胸をえぐってきた。裏切った妻への憎悪はなく、ただただ、「自分の子ではなかった悲しみ」だけが伝わってきたからだ。
◆宏樹の車の“ナンバー”が皮肉すぎる
かつて冬月の子か夫・宏樹の子かわからないままに妊娠を継続させ、娘が産まれてからも冬月への思いを消せなかった美羽は、たびたび夜中に寝室を抜け出して、ひとり思い煩っていた。出産し、夫が徐々に変わっていき、美羽は冬月にきっぱり別れを告げて今の幸せを手にした。だがその代わり、今度は、宏樹がひとり思い悩むことになった。ある晩、美羽が目を覚ますと、隣に宏樹がいない。ベビーベッドの栞もいない。
美羽は妊娠がわかったとき、宏樹に「あなたの子よ」と告げた。あれは自らにも言い聞かせた言葉だったのだろう。
海辺に1台の車。ナンバーは「1188」。いいパパなのか、いい母なのか。いずれにしても皮肉な番号である。宏樹は栞を道連れに……?
<文/亀山早苗>
【亀山早苗】
フリーライター。著書に『くまモン力ー人を惹きつける愛と魅力の秘密』がある。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。Twitter:@viofatalevio