―連載「沼の話を聞いてみた」―
「毎日の食事に、おちょこのような小さな容器が添えてあるんです。中身は3~4種類のサプリメント。
服用を拒否することができない、無言のプレッシャーのようなものがありました。手をつけずにいると、『ちゃんと飲んでね』と念押しされる。
一度、姉が反抗して、母の目を盗んで捨てたことがあるのですが、見つかってひっぱたかれていました」
マルチ商法の健康食品(主にサプリとプロテイン)で、家族の健康管理に血道を上げる母と暮らした朝比ライオさん(以下、ライオさん)の話である。
母はライオさんが小学生くらいのときに、マルチ商法にハマった。
◆マルチが家族を壊した
「小学生時代は『サプリとプロテインを渡される』くらいの感覚でしたが、6年生くらいになると、『うちはおかしいのかも』と思うようになりましたね」
ライオさんは、2022年3月に任意団体「マルチ被害をなくす会」を立ち上げた。親がマルチ商法会社の会員だったことから「マルチ2世」を名乗り、同じような立場の人たちの悩みをまとめ、メディアやSNSを通じて課題提起を行なっている。
マルチ商法にどっぷりハマっている母とは、さまざまな経緯をへて距離を置き、現在は企業で働く2児の父である。
特定商取引法で「連鎖販売取引」と定義されている、マルチ商法。「ネットワークビジネス」「マルチレベルマーケティング(MLM)」と呼ばれることもある。
組織に加入して商品を販売し、勧誘して会員を増やすと紹介料やマージン等の利益を得ることができるので、連鎖的に拡大していくのが特徴だ。
◆家族を信じられない虚しさ
この商法の商材は多岐にわたり、昨今では情報商材などの「ものなしマルチ」も存在するが、ライオさん母は、もっともスタンダードだといえる健康商品を扱う、超大手マルチ会社の会員だ。
マルチ商法がニュースに上るのは一般的に、次のようなものが多いと思われる。“勧誘方法が法にひっかかり、行政処分が下された”“誇大広告の禁止に触れた”。
最近では、SNSでの内部告発が増え、パワハラの実態や、煽りの手口、健康&金銭トラブルにまつわる体験談などが知られるようになってきている。
しかしそれらは「わかりやすい被害」の一部だろう。「家族がマルチにハマった」という当事者たちからは「話も心も通じない家族」に振り回される虚しさや、常に家族を警戒しなくてはいけない生活の心労を聞く。
「マルチ商法をよく知らない人も多いですし、金銭被害以外のつらさや苦労は、他人になかなかわかってもらえません。それも、つらい部分ですね」(ライオさん)
◆生活に侵入してくるアップ会員
そもそも親子といえど、程度の差はあれ、真に理解しあえる関係は少ないだろう。しかしそれでもやはり、マルチ商法がからんだ家庭のあり方は、異質だと思う。
まずはわかりやすく、家族間で勧誘行為があることだ。
一般に保険をはじめとして、ノルマ達成のため家族や知人に契約してもらうのはよくあることだが、マルチ商法では家族の日常に、同社の会員が深く入り込んでくる気味悪さがある。
「アップ(販売組織の上層に位置する会員)」を心酔し、師と崇め、心を奪われる。個人の問題ではなく、そうさせる文化とマニュアルがマルチ商法にはあるからだ。
夢や目標を共有し、ファミリーのごとく親身に熱心に、居心地のよさを提供してくれる(一部の宗教でも似たような風景が展開されていそうだ)。ライオさんの実家の場合は、母がアップであるA夫婦に心酔していた。
◆都合のいい物語を信じる母
「あるころから、AさんがAさんが、と母が話すようになりました」
母は「あなたは小さいころからAさんにかわいがってもらってね」と語るが、ライオさんにAさんとかかわった記憶はまったくない。単にライオさんが覚えていないのではなく、母の中でそういう物語ができ上がっているようなのだ。
「Aさんって誰だろう?と違和感を覚えました。大学に入学したときは、Aさんから僕に大学の入学祝いなどが送られてきました。マルチ会社の、重量感ハンパないキッチンばさみです。Aさんへお礼の手紙を書きなさい、と母から言われましたが……書くのを悩みました」
入学祝いに、重量のあるキッチンばさみとはめずらしい。ひとり暮らしの実用品にと思ったのか、「未来を切り開いてほしい」と思ったか(最近はそういう解釈もあるらしい)。Aさんの意図は不明だが、個人的には母とマルチの縁を切る道具として活躍してほしい。
はさみはその後、別のタイミングで同じものが2回送られてきたという。ライオさん曰く、ここにもマルチ商法の特徴が表れているという。アップが作業的に自分のチームを“ケア”している感が、にじみ出ているのだ。
「当時、送ってきたことも覚えていないんだろうと感じましたね。活動の一環としての定番の贈り物であって、お祝いの気持ちは微塵(みじん)もないのだろうと」
◆なし崩し的に勧誘の場へ
ライオさんへの直接的な勧誘は、とある会食のときだった。ライオさんは、大学2年生になっていた。
「僕と母、母の友人。3人で会食することになったんですよね。すると食後、『もうひとつ予定があるの!』と不意打ちで、Aの夫の職場であるクリニックに連れていかれました」
クリニック待合室の椅子に座る3人。さらに周りには、会員らしき人たち数名が横並びに座っていた。そして頭上のモニターで、マルチ商法を紹介する動画が流れてくるのを視聴する時間。権利収入がいかに大切で、マルチ商法で財産を築くことができる!という内容だった。
「あーこういう感じなのか……と思うと同時に、気持ちわるっ!となりましたね。動画を視聴したあとは、Aさんのプレゼンタイムにつづいて、ひとりずつ感想や夢を語らせられる時間となりました。その後強引に会員にならされるなどはありませんでしたが。
ちなみに、A夫妻の家の近くに偶然知人がいるのですが、その近所ではA夫婦を中心としたコミュニティは、マルチ村と呼ばれているそうです」
◆息子の友人、妻もターゲット
それ以外でも、母は隙あらばライオさんの周辺に目をつける。大学時代は、友人を実家に誘うよう呼びかけられた。目的が見え見えなので、当然断る。
結婚した際も、妻とは連絡先を交換させなかった。
「『料理習いに来ない?』とか言って、妻を誘うのがもう目に浮かびますよ。それって間違いなく、勧誘までがワンセットですからね。母から妻には、必ず自分を通して連絡してもらうようにしています」
誘われても、失礼のないよう断ればいいだけでは?と思う人もいるだろうか。そうはいかないのが、マルチ沼。
単なるものの売買と異なり、断ったが最後、勧誘者は自分の存在を否定されたかのようにとらえ、敵認定してくるケースが多々報告されている。極端な白黒思考である。
「母は、父方の祖父母ともそれで険悪になってるんです。僕が物心ついたときから、母は祖父母の悪口を言っていた印象があるんですが、かつては良好な関係を築いていたそうです。
ところがあるとき、母がマルチの空気清浄器をすすめ、祖父母がそれを断った。そこから、急に毛嫌いするようになったようです。しかし当時はそんなこと知る由もありませんでした」
ライオさんの学生時代、やはりマルチがきっかけで両親は離婚した。
「父が無職になった時期があり、母が一緒に活動しようと連れまわしたんですよね。でも父はハマらず、そこから修復不可能になり、離婚となりました」
ライオさんの母には金銭トラブルもあり(これはまた次の回であらためて)、現在は母と一定の距離を保った付き合いを死守している。
◆わが子の人生は、二の次
「それでもちょくちょくLINEが届きますが、3回に1回はマルチの話。栄養は大事だ、という動画のシェアや、マルチ仲間のグループLINEで共有されたであろう、よくわからない格言みたいなものも転送されてきます」
息子の就職や結婚、子どもの誕生という人生の大きな節目にも、母のマルチ語りはとまらない。
「手紙もLINEも、正直いつも何を言ってるのか、さっぱり理解できません。ナントカにいつもよくしてもらってるとか、自分がどれだけがんばって活動しているかとか、健康がいかに大切かとか。マルチ食品を使った手書きレシピがついていることもあります。
そして最後にとってつけたように、就職おめでとう、子ども生まれておめでとう。祝う気持ちじゃなくて、自分の大切なものと自分の正しさをわかってほしいという気持ちなんですよね。それって手紙なのか?ただのマルチ情報ですよ」
◆母を否定できない
母は、ライオさん以外の家族(元夫、長男、長女、元義父母)からマルチ商法を否定されているので、唯一穏やかに接してくれる末っ子のライオさんにすがっている部分もありそうだ。
「あなただけはわかってくれるわよね、という無言の圧力をすごく感じていました。すぐに暴走するから、否定するの、怖いですよ。それこそ自死されたらどうしよう、とか。
拒否されることが多いからですかね。はっきりと拒絶する以外は、すべて肯定だと受け取るんです」
母方の故・祖父は、次々とマルチ商法の健康グッズを買い込んでくる娘(ライオさん母)を黙って見守っていたという。否定も肯定もしなかった。
それが、母のなかで都合よく脳内変換されるのも、ライオさんは苦々しく見ていた。
「祖父が、マルチ商法をがんばってるっていつも言ってくれていた!…母はずっと言うんです。でも祖父がそんなことを言っているのは、誰も聞いていない。ずっとうんうん聞いていただけのこと。
そういう家族がいると、まわりも本当に病んでいきます。僕はいま、似たような立場の人たちの話を聞く活動をしていますが、思い出したくもないという人がほとんどです。身内にマルチ会員がいると、恥ずかしくなる。隠したくなる。だから被害が表に出にくいということもあるでしょうね」
◆理解されにくい2世の苦しみ
2021年に『妻がマルチ商法にハマって家庭崩壊した僕の話。』(ポプラ社/ズュータン著)という本が出版された。それを読んだときも、「まるで自分のことが書いてあるかと驚いた」とライオさんは話す。
マルチ商法にハマり、話が通じなくなってしまう家族。ところが当の本人は「家族の幸せ」「家族の健康」が動機の部分も多く、そうなると家族も憎み切れない。
そして生まれる葛藤と苦しみ。家庭のなかにある「マルチ商法の被害」は、こうしたものも多いのだ。
<取材・文/山田ノジル>
【山田ノジル】
自然派、○○ヒーリング、マルチ商法、フェムケア、妊活、〇〇育児。だいたいそんな感じのキーワード周辺に漂う、科学的根拠のない謎物件をウォッチング中。長年女性向けの美容健康情報を取材し、そこへ潜む「トンデモ」の存在を実感。愛とツッコミ精神を交え、斬り込んでいる。2018年、当連載をベースにした著書『呪われ女子に、なっていませんか?』(KKベストセラーズ)を発売。twitter:@YamadaNojiru
「毎日の食事に、おちょこのような小さな容器が添えてあるんです。中身は3~4種類のサプリメント。
服用を拒否することができない、無言のプレッシャーのようなものがありました。手をつけずにいると、『ちゃんと飲んでね』と念押しされる。
一度、姉が反抗して、母の目を盗んで捨てたことがあるのですが、見つかってひっぱたかれていました」
マルチ商法の健康食品(主にサプリとプロテイン)で、家族の健康管理に血道を上げる母と暮らした朝比ライオさん(以下、ライオさん)の話である。
母はライオさんが小学生くらいのときに、マルチ商法にハマった。
◆マルチが家族を壊した
「小学生時代は『サプリとプロテインを渡される』くらいの感覚でしたが、6年生くらいになると、『うちはおかしいのかも』と思うようになりましたね」
ライオさんは、2022年3月に任意団体「マルチ被害をなくす会」を立ち上げた。親がマルチ商法会社の会員だったことから「マルチ2世」を名乗り、同じような立場の人たちの悩みをまとめ、メディアやSNSを通じて課題提起を行なっている。
マルチ商法にどっぷりハマっている母とは、さまざまな経緯をへて距離を置き、現在は企業で働く2児の父である。
特定商取引法で「連鎖販売取引」と定義されている、マルチ商法。「ネットワークビジネス」「マルチレベルマーケティング(MLM)」と呼ばれることもある。
組織に加入して商品を販売し、勧誘して会員を増やすと紹介料やマージン等の利益を得ることができるので、連鎖的に拡大していくのが特徴だ。
◆家族を信じられない虚しさ
この商法の商材は多岐にわたり、昨今では情報商材などの「ものなしマルチ」も存在するが、ライオさん母は、もっともスタンダードだといえる健康商品を扱う、超大手マルチ会社の会員だ。
マルチ商法がニュースに上るのは一般的に、次のようなものが多いと思われる。“勧誘方法が法にひっかかり、行政処分が下された”“誇大広告の禁止に触れた”。
最近では、SNSでの内部告発が増え、パワハラの実態や、煽りの手口、健康&金銭トラブルにまつわる体験談などが知られるようになってきている。
しかしそれらは「わかりやすい被害」の一部だろう。「家族がマルチにハマった」という当事者たちからは「話も心も通じない家族」に振り回される虚しさや、常に家族を警戒しなくてはいけない生活の心労を聞く。
「マルチ商法をよく知らない人も多いですし、金銭被害以外のつらさや苦労は、他人になかなかわかってもらえません。それも、つらい部分ですね」(ライオさん)
◆生活に侵入してくるアップ会員
そもそも親子といえど、程度の差はあれ、真に理解しあえる関係は少ないだろう。しかしそれでもやはり、マルチ商法がからんだ家庭のあり方は、異質だと思う。
まずはわかりやすく、家族間で勧誘行為があることだ。
一般に保険をはじめとして、ノルマ達成のため家族や知人に契約してもらうのはよくあることだが、マルチ商法では家族の日常に、同社の会員が深く入り込んでくる気味悪さがある。
「アップ(販売組織の上層に位置する会員)」を心酔し、師と崇め、心を奪われる。個人の問題ではなく、そうさせる文化とマニュアルがマルチ商法にはあるからだ。
夢や目標を共有し、ファミリーのごとく親身に熱心に、居心地のよさを提供してくれる(一部の宗教でも似たような風景が展開されていそうだ)。ライオさんの実家の場合は、母がアップであるA夫婦に心酔していた。
◆都合のいい物語を信じる母
「あるころから、AさんがAさんが、と母が話すようになりました」
母は「あなたは小さいころからAさんにかわいがってもらってね」と語るが、ライオさんにAさんとかかわった記憶はまったくない。単にライオさんが覚えていないのではなく、母の中でそういう物語ができ上がっているようなのだ。
「Aさんって誰だろう?と違和感を覚えました。大学に入学したときは、Aさんから僕に大学の入学祝いなどが送られてきました。マルチ会社の、重量感ハンパないキッチンばさみです。Aさんへお礼の手紙を書きなさい、と母から言われましたが……書くのを悩みました」
入学祝いに、重量のあるキッチンばさみとはめずらしい。ひとり暮らしの実用品にと思ったのか、「未来を切り開いてほしい」と思ったか(最近はそういう解釈もあるらしい)。Aさんの意図は不明だが、個人的には母とマルチの縁を切る道具として活躍してほしい。
はさみはその後、別のタイミングで同じものが2回送られてきたという。ライオさん曰く、ここにもマルチ商法の特徴が表れているという。アップが作業的に自分のチームを“ケア”している感が、にじみ出ているのだ。
「当時、送ってきたことも覚えていないんだろうと感じましたね。活動の一環としての定番の贈り物であって、お祝いの気持ちは微塵(みじん)もないのだろうと」
◆なし崩し的に勧誘の場へ
ライオさんへの直接的な勧誘は、とある会食のときだった。ライオさんは、大学2年生になっていた。
「僕と母、母の友人。3人で会食することになったんですよね。すると食後、『もうひとつ予定があるの!』と不意打ちで、Aの夫の職場であるクリニックに連れていかれました」
クリニック待合室の椅子に座る3人。さらに周りには、会員らしき人たち数名が横並びに座っていた。そして頭上のモニターで、マルチ商法を紹介する動画が流れてくるのを視聴する時間。権利収入がいかに大切で、マルチ商法で財産を築くことができる!という内容だった。
「あーこういう感じなのか……と思うと同時に、気持ちわるっ!となりましたね。動画を視聴したあとは、Aさんのプレゼンタイムにつづいて、ひとりずつ感想や夢を語らせられる時間となりました。その後強引に会員にならされるなどはありませんでしたが。
ちなみに、A夫妻の家の近くに偶然知人がいるのですが、その近所ではA夫婦を中心としたコミュニティは、マルチ村と呼ばれているそうです」
◆息子の友人、妻もターゲット
それ以外でも、母は隙あらばライオさんの周辺に目をつける。大学時代は、友人を実家に誘うよう呼びかけられた。目的が見え見えなので、当然断る。
結婚した際も、妻とは連絡先を交換させなかった。
「『料理習いに来ない?』とか言って、妻を誘うのがもう目に浮かびますよ。それって間違いなく、勧誘までがワンセットですからね。母から妻には、必ず自分を通して連絡してもらうようにしています」
誘われても、失礼のないよう断ればいいだけでは?と思う人もいるだろうか。そうはいかないのが、マルチ沼。
単なるものの売買と異なり、断ったが最後、勧誘者は自分の存在を否定されたかのようにとらえ、敵認定してくるケースが多々報告されている。極端な白黒思考である。
「母は、父方の祖父母ともそれで険悪になってるんです。僕が物心ついたときから、母は祖父母の悪口を言っていた印象があるんですが、かつては良好な関係を築いていたそうです。
ところがあるとき、母がマルチの空気清浄器をすすめ、祖父母がそれを断った。そこから、急に毛嫌いするようになったようです。しかし当時はそんなこと知る由もありませんでした」
ライオさんの学生時代、やはりマルチがきっかけで両親は離婚した。
「父が無職になった時期があり、母が一緒に活動しようと連れまわしたんですよね。でも父はハマらず、そこから修復不可能になり、離婚となりました」
ライオさんの母には金銭トラブルもあり(これはまた次の回であらためて)、現在は母と一定の距離を保った付き合いを死守している。
◆わが子の人生は、二の次
「それでもちょくちょくLINEが届きますが、3回に1回はマルチの話。栄養は大事だ、という動画のシェアや、マルチ仲間のグループLINEで共有されたであろう、よくわからない格言みたいなものも転送されてきます」
息子の就職や結婚、子どもの誕生という人生の大きな節目にも、母のマルチ語りはとまらない。
「手紙もLINEも、正直いつも何を言ってるのか、さっぱり理解できません。ナントカにいつもよくしてもらってるとか、自分がどれだけがんばって活動しているかとか、健康がいかに大切かとか。マルチ食品を使った手書きレシピがついていることもあります。
そして最後にとってつけたように、就職おめでとう、子ども生まれておめでとう。祝う気持ちじゃなくて、自分の大切なものと自分の正しさをわかってほしいという気持ちなんですよね。それって手紙なのか?ただのマルチ情報ですよ」
◆母を否定できない
母は、ライオさん以外の家族(元夫、長男、長女、元義父母)からマルチ商法を否定されているので、唯一穏やかに接してくれる末っ子のライオさんにすがっている部分もありそうだ。
「あなただけはわかってくれるわよね、という無言の圧力をすごく感じていました。すぐに暴走するから、否定するの、怖いですよ。それこそ自死されたらどうしよう、とか。
拒否されることが多いからですかね。はっきりと拒絶する以外は、すべて肯定だと受け取るんです」
母方の故・祖父は、次々とマルチ商法の健康グッズを買い込んでくる娘(ライオさん母)を黙って見守っていたという。否定も肯定もしなかった。
それが、母のなかで都合よく脳内変換されるのも、ライオさんは苦々しく見ていた。
「祖父が、マルチ商法をがんばってるっていつも言ってくれていた!…母はずっと言うんです。でも祖父がそんなことを言っているのは、誰も聞いていない。ずっとうんうん聞いていただけのこと。
そういう家族がいると、まわりも本当に病んでいきます。僕はいま、似たような立場の人たちの話を聞く活動をしていますが、思い出したくもないという人がほとんどです。身内にマルチ会員がいると、恥ずかしくなる。隠したくなる。だから被害が表に出にくいということもあるでしょうね」
◆理解されにくい2世の苦しみ
2021年に『妻がマルチ商法にハマって家庭崩壊した僕の話。』(ポプラ社/ズュータン著)という本が出版された。それを読んだときも、「まるで自分のことが書いてあるかと驚いた」とライオさんは話す。
マルチ商法にハマり、話が通じなくなってしまう家族。ところが当の本人は「家族の幸せ」「家族の健康」が動機の部分も多く、そうなると家族も憎み切れない。
そして生まれる葛藤と苦しみ。家庭のなかにある「マルチ商法の被害」は、こうしたものも多いのだ。
<取材・文/山田ノジル>
【山田ノジル】
自然派、○○ヒーリング、マルチ商法、フェムケア、妊活、〇〇育児。だいたいそんな感じのキーワード周辺に漂う、科学的根拠のない謎物件をウォッチング中。長年女性向けの美容健康情報を取材し、そこへ潜む「トンデモ」の存在を実感。愛とツッコミ精神を交え、斬り込んでいる。2018年、当連載をベースにした著書『呪われ女子に、なっていませんか?』(KKベストセラーズ)を発売。twitter:@YamadaNojiru