2016年のクリスマスに乳がんが発覚。ステージⅡBと診断され、乳房全摘手術(リンパ節郭清※あり)、抗がん剤、放射線治療を受け、すべて完了したのが2017年の年末。
その後は定期検査を受けつつ、手術と抗がん剤で弱った身体も徐々に回復していました。
ですが治療後も「乳がん」というキーワードには敏感に反応してしまいます。乳がんについて勉強したため、ある程度の知識もついたので、タレントの乳がん罹患をしらせる記事も食い入るように読むようになりました。
※がん細胞はリンパ節を通って全身に広がる性質があるため、手術の際にがんの周辺にあるリンパ節も切除すること
◆かつて大きく報じられたあの大女優の「予防的切除」
治療を終えて数年が経った2020年のある日、「BRCA遺伝子検査が保険適用」という記事が目に入りました。
そういえば2013~2015年ごろにハリウッド映画俳優のアンジェリーナ・ジョリーが、乳がんと卵巣がんになりやすい遺伝子を持っているとして、乳房と卵巣卵管の予防的切除を公表したことを思い出しました。
当時大きなニュースになっていましたが、そのころ私は自分がまさか乳がんになるなんて夢にも思っていない時期。
そのニュースを見たときには「なんで、かかってもいないのに切っちゃうの?」と不思議に思っていましたが、彼女はこのBRCA遺伝子が理由で、予防的切除を行ったようです。もう少し詳しく調べてみることにしました。
◆遺伝性乳がん卵巣がん症候群と「BRCA遺伝子」
まずは気になる「BRCA遺伝子」について調べてみました。この遺伝子はもともと、DNAの傷を修復して、細胞ががん化することを抑える働きがあるそうです。
通常であればこのBRCA遺伝子によって傷ついたDNAが修復され、がん化が抑えられるとのこと。
遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の人は、BRCA遺伝子に病的な変異があることで働きが失われており、そのため、DNAの正常な修復が妨げられ、乳がんや卵巣がんになりやすくなると考えられているそう。
この遺伝子を持つ人の割合は欧米では400~500人に1人と言われています。アンジェリーナ・ジョリーは、お母さんを乳がんと卵巣がんで亡くしていることから検査を行ったそう。美しい彼女が両胸を予防的に切除するというのは、よほどの想いがあったからだと想像します。
ですが当時、ニュースを見た私は「セレブが先進的医療に手を出した」ような感覚で受け止めていました。
日本国内でその遺伝子検査が保険適用になったということは、やはりその遺伝子が乳がんや卵巣がんのリスク要因として認められているということかなと考え、病院での定期検査の際に、担当医師に聞いてみることにしました。
◆保険適用になる条件とは?
乳腺外科の先生に尋ねると、「保険適用には条件がある」とのこと。適用の条件はいくつかあるのですが、そして私は「45歳以下で乳がんに罹患」「60歳以下で、トリプルネガティブ乳がん」に当てはまるため、「保険適用に該当する」とのことでした。
2024年9月現在、検査が保険適用となるのは以下の条件に当てはまる人です。(国立がん研究センターHPより)
==========
遺伝性乳がん卵巣がんの血液検査の対象となる方は、以下のいずれかの条件を満たす方となります。
・45歳以下で診断された乳がんの方
・60歳以下でサブタイプがトリプルネガティブと診断された乳がんの方
・両側または片側に2個以上の原発性乳がんを診断された方
・男性で乳がんと診断された方
・血縁者(第三度近親者以内*)に乳がんまたは卵巣がん、膵がん患者がいる乳がんの方
・HER2陰性の手術不能または転移再発乳がんでオラパリブの投与が検討されている方
・HER2陰性で再発高リスクの乳がんにおける術後薬物療法でオラパリブの投与が検討されている方
*第一度近親者:同胞、両親、子
第二度近親者:おじおば、祖父母、おいめい
第三度近親者:いとこ、孫、大おじ大おば
==========
もし受けたいなら、担当部署を紹介してくれるとのこと。すぐに検査を行わなくても、じっくり話をしてからで構わないとのことで、ひとまず診察をお願いすることにしました。
◆「知ってしまうことのリスク」も
担当科は「HBOC外来」。乳がんの既往がある人向けの遺伝子相談外来です。がん専門病院だと、こういった専門の科も備えているのはとても助かります。
ドキドキしながら臨んだ診察初日。ものすごくにこやかな医師、看護師さんが3名、面談にあたってくださいました。3人に囲まれて若干圧倒されましたが、終始穏やかな口調でお話しいただきました。
まずこの「BRCA遺伝子検査」についてのメリット、デメリットについて。個人的には「知っておいたほうがいいじゃん」程度の軽い気持ちでしたが、「知ってしまうことのリスク」についても説明されました。
たとえばこの検査を受けて「BRCA遺伝子に変異がある」とわかった場合、生涯のうちに乳がん、卵巣がんになるリスクはほかの人より高くなります。
BRCA遺伝子には1と2があるのですが、乳がんで言えばこの遺伝子変異を持つ人は80歳までのがん発症率がBRCA1で72%、BRCA2で69%。この遺伝子に該当する人は、保険適用で予防的切除を推奨されることになります。
ということは、気軽に受けた検査でBRCA遺伝子変異に該当した場合、右胸だけを全摘していた私は、もう片方の胸と、卵巣も予防的に切除したほうが良いことになります。
確率の問題なので、もし切除しなくても罹患せずに一生を終えるかもしれません。けれど知ってしまったら、果たして「切除しない」選択はできるのか?
切除するならするでまた入院が必要です。卵巣はお腹に1センチ程度の小さな傷が数箇所で済むような腹腔鏡下のオペが主流で比較的負担が少なく済むそうですが、乳房に関しては全摘となるため、やはり以前のような大がかりな手術になるでしょう。となると、検査をすること自体で自分の生活が大きく変わることになるのです。
◆子どもにも50%の確率で遺伝する
さらに、もしBRCA遺伝子変異がみとめられた場合、子どもにも50%の確率で遺伝します。わが家は息子ですが、前立腺がんなどのリスクがほかの人より高くなるなど、やはり注意しなければならないそう。
子どもが大きくなり、成人してから遺伝子検査はできますが、間接的にその「精神的負担」を背負わせることにもなります。
そして保険適用といえど、自由診療で約20万円ということは3割負担でも6万円程度かかります。決して安くはないお金をかけて、自分と自分の子どもへの悩みを抱えてしまう懸念もあるわけです。
だから、保険適用といえど「あえて受けない」選択もあるということです。その選択をした場合はマメな検診で対処することになります。
◆検査を受ける決断をしたワケ
じっくりお話を聞いた後、初回で決める必要はないと言われ、次回面談までに考えてくるよう伝えていただきました。大事なことだから何度も話し合ってもかまわないと言われました。
家でじっくりと考え、わたしは「受ける」決断をしました。こういう検査があると知ってしまった以上、いま受けなくてもきっとずっと頭の片隅に残るでしょうし、もし検査をしないまま乳がんの再発や卵巣がんに罹患したとき、きっと検査を受けなかったことを後悔すると思ったからです。
次回の診察でも想いを伝え「受ける」と意思を伝えたときは緊張で冷や汗が出ました。けれど検査をしてしまった後でも、もし知りたくないと思えば聞かない権利もあると教えてもらいました。ただ検査費用はかかるので、検査を受けたら、結果まで聞くつもりでいました。
検査結果が出るまでの日にちが読めないため、半年後を検査結果を聞く日としました。当日はものすごく緊張しながら診察室に入ったことを覚えています。そこで告げられたのは「該当なし」。ほっと肩の荷が下りました。
ただ遺伝子研究と言うのは日々進化しており、BRCA遺伝子以外でも、病気を起こす遺伝子が今後新たに見つかるかもしれません。それは乳がんだけではなく、他のがんでも、他の病気でもありえるとのこと。
私が採血する際にも、その他の病気の研究に検体を提供する同意をしました。ですので今もわたしの検体が、どこかで何かの病気研究に使われているかもしれません。
医療が進み、遺伝子で罹りやすい病気が分かる時代。今後もこういった遺伝子検査はどんどん登場するでしょう。予防という意味ではとてもありがたいことですが「知る」ことのリスクもしっかりと把握し、慎重になるべきだと思います。
<文/塩辛いか乃 監修/沢岻美奈子(沢岻美奈子女性医療クリニック院長)>
【監修者:沢岻美奈子】
日本産科婦人科学会認定産婦人科専門医。神戸にある沢岻美奈子女性医療クリニックの院長。子宮がん検診や乳がん検診、骨粗鬆症検診まで女性特有の病気の早期発見のための検診を数多く行なっている。更年期を中心にホルモンや漢方治療も行い女性のヘルスリテラシー向上のために実際の診察室の中での患者さんとのやりとりや女性医療の正しい内容をインスタグラムで毎週配信している
【塩辛いか乃】
世の中の当たり前を疑うアラフィフ主婦ライター。同志社大学文学部英文学科卒。中3繊細マイペース息子と20歳年上の旦那と3人暮らし。乳がんサバイバー(乳房全摘手術・抗がん剤)。趣味はフラメンコ。ラクするための情熱は誰にも負けない効率モンスター。晩酌のお供はイオンのバーリアル。不眠症。note/Twitter:@yukaikayukako
その後は定期検査を受けつつ、手術と抗がん剤で弱った身体も徐々に回復していました。
ですが治療後も「乳がん」というキーワードには敏感に反応してしまいます。乳がんについて勉強したため、ある程度の知識もついたので、タレントの乳がん罹患をしらせる記事も食い入るように読むようになりました。
※がん細胞はリンパ節を通って全身に広がる性質があるため、手術の際にがんの周辺にあるリンパ節も切除すること
◆かつて大きく報じられたあの大女優の「予防的切除」
治療を終えて数年が経った2020年のある日、「BRCA遺伝子検査が保険適用」という記事が目に入りました。
そういえば2013~2015年ごろにハリウッド映画俳優のアンジェリーナ・ジョリーが、乳がんと卵巣がんになりやすい遺伝子を持っているとして、乳房と卵巣卵管の予防的切除を公表したことを思い出しました。
当時大きなニュースになっていましたが、そのころ私は自分がまさか乳がんになるなんて夢にも思っていない時期。
そのニュースを見たときには「なんで、かかってもいないのに切っちゃうの?」と不思議に思っていましたが、彼女はこのBRCA遺伝子が理由で、予防的切除を行ったようです。もう少し詳しく調べてみることにしました。
◆遺伝性乳がん卵巣がん症候群と「BRCA遺伝子」
まずは気になる「BRCA遺伝子」について調べてみました。この遺伝子はもともと、DNAの傷を修復して、細胞ががん化することを抑える働きがあるそうです。
通常であればこのBRCA遺伝子によって傷ついたDNAが修復され、がん化が抑えられるとのこと。
遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の人は、BRCA遺伝子に病的な変異があることで働きが失われており、そのため、DNAの正常な修復が妨げられ、乳がんや卵巣がんになりやすくなると考えられているそう。
この遺伝子を持つ人の割合は欧米では400~500人に1人と言われています。アンジェリーナ・ジョリーは、お母さんを乳がんと卵巣がんで亡くしていることから検査を行ったそう。美しい彼女が両胸を予防的に切除するというのは、よほどの想いがあったからだと想像します。
ですが当時、ニュースを見た私は「セレブが先進的医療に手を出した」ような感覚で受け止めていました。
日本国内でその遺伝子検査が保険適用になったということは、やはりその遺伝子が乳がんや卵巣がんのリスク要因として認められているということかなと考え、病院での定期検査の際に、担当医師に聞いてみることにしました。
◆保険適用になる条件とは?
乳腺外科の先生に尋ねると、「保険適用には条件がある」とのこと。適用の条件はいくつかあるのですが、そして私は「45歳以下で乳がんに罹患」「60歳以下で、トリプルネガティブ乳がん」に当てはまるため、「保険適用に該当する」とのことでした。
2024年9月現在、検査が保険適用となるのは以下の条件に当てはまる人です。(国立がん研究センターHPより)
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遺伝性乳がん卵巣がんの血液検査の対象となる方は、以下のいずれかの条件を満たす方となります。
・45歳以下で診断された乳がんの方
・60歳以下でサブタイプがトリプルネガティブと診断された乳がんの方
・両側または片側に2個以上の原発性乳がんを診断された方
・男性で乳がんと診断された方
・血縁者(第三度近親者以内*)に乳がんまたは卵巣がん、膵がん患者がいる乳がんの方
・HER2陰性の手術不能または転移再発乳がんでオラパリブの投与が検討されている方
・HER2陰性で再発高リスクの乳がんにおける術後薬物療法でオラパリブの投与が検討されている方
*第一度近親者:同胞、両親、子
第二度近親者:おじおば、祖父母、おいめい
第三度近親者:いとこ、孫、大おじ大おば
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もし受けたいなら、担当部署を紹介してくれるとのこと。すぐに検査を行わなくても、じっくり話をしてからで構わないとのことで、ひとまず診察をお願いすることにしました。
◆「知ってしまうことのリスク」も
担当科は「HBOC外来」。乳がんの既往がある人向けの遺伝子相談外来です。がん専門病院だと、こういった専門の科も備えているのはとても助かります。
ドキドキしながら臨んだ診察初日。ものすごくにこやかな医師、看護師さんが3名、面談にあたってくださいました。3人に囲まれて若干圧倒されましたが、終始穏やかな口調でお話しいただきました。
まずこの「BRCA遺伝子検査」についてのメリット、デメリットについて。個人的には「知っておいたほうがいいじゃん」程度の軽い気持ちでしたが、「知ってしまうことのリスク」についても説明されました。
たとえばこの検査を受けて「BRCA遺伝子に変異がある」とわかった場合、生涯のうちに乳がん、卵巣がんになるリスクはほかの人より高くなります。
BRCA遺伝子には1と2があるのですが、乳がんで言えばこの遺伝子変異を持つ人は80歳までのがん発症率がBRCA1で72%、BRCA2で69%。この遺伝子に該当する人は、保険適用で予防的切除を推奨されることになります。
ということは、気軽に受けた検査でBRCA遺伝子変異に該当した場合、右胸だけを全摘していた私は、もう片方の胸と、卵巣も予防的に切除したほうが良いことになります。
確率の問題なので、もし切除しなくても罹患せずに一生を終えるかもしれません。けれど知ってしまったら、果たして「切除しない」選択はできるのか?
切除するならするでまた入院が必要です。卵巣はお腹に1センチ程度の小さな傷が数箇所で済むような腹腔鏡下のオペが主流で比較的負担が少なく済むそうですが、乳房に関しては全摘となるため、やはり以前のような大がかりな手術になるでしょう。となると、検査をすること自体で自分の生活が大きく変わることになるのです。
◆子どもにも50%の確率で遺伝する
さらに、もしBRCA遺伝子変異がみとめられた場合、子どもにも50%の確率で遺伝します。わが家は息子ですが、前立腺がんなどのリスクがほかの人より高くなるなど、やはり注意しなければならないそう。
子どもが大きくなり、成人してから遺伝子検査はできますが、間接的にその「精神的負担」を背負わせることにもなります。
そして保険適用といえど、自由診療で約20万円ということは3割負担でも6万円程度かかります。決して安くはないお金をかけて、自分と自分の子どもへの悩みを抱えてしまう懸念もあるわけです。
だから、保険適用といえど「あえて受けない」選択もあるということです。その選択をした場合はマメな検診で対処することになります。
◆検査を受ける決断をしたワケ
じっくりお話を聞いた後、初回で決める必要はないと言われ、次回面談までに考えてくるよう伝えていただきました。大事なことだから何度も話し合ってもかまわないと言われました。
家でじっくりと考え、わたしは「受ける」決断をしました。こういう検査があると知ってしまった以上、いま受けなくてもきっとずっと頭の片隅に残るでしょうし、もし検査をしないまま乳がんの再発や卵巣がんに罹患したとき、きっと検査を受けなかったことを後悔すると思ったからです。
次回の診察でも想いを伝え「受ける」と意思を伝えたときは緊張で冷や汗が出ました。けれど検査をしてしまった後でも、もし知りたくないと思えば聞かない権利もあると教えてもらいました。ただ検査費用はかかるので、検査を受けたら、結果まで聞くつもりでいました。
検査結果が出るまでの日にちが読めないため、半年後を検査結果を聞く日としました。当日はものすごく緊張しながら診察室に入ったことを覚えています。そこで告げられたのは「該当なし」。ほっと肩の荷が下りました。
ただ遺伝子研究と言うのは日々進化しており、BRCA遺伝子以外でも、病気を起こす遺伝子が今後新たに見つかるかもしれません。それは乳がんだけではなく、他のがんでも、他の病気でもありえるとのこと。
私が採血する際にも、その他の病気の研究に検体を提供する同意をしました。ですので今もわたしの検体が、どこかで何かの病気研究に使われているかもしれません。
医療が進み、遺伝子で罹りやすい病気が分かる時代。今後もこういった遺伝子検査はどんどん登場するでしょう。予防という意味ではとてもありがたいことですが「知る」ことのリスクもしっかりと把握し、慎重になるべきだと思います。
<文/塩辛いか乃 監修/沢岻美奈子(沢岻美奈子女性医療クリニック院長)>
【監修者:沢岻美奈子】
日本産科婦人科学会認定産婦人科専門医。神戸にある沢岻美奈子女性医療クリニックの院長。子宮がん検診や乳がん検診、骨粗鬆症検診まで女性特有の病気の早期発見のための検診を数多く行なっている。更年期を中心にホルモンや漢方治療も行い女性のヘルスリテラシー向上のために実際の診察室の中での患者さんとのやりとりや女性医療の正しい内容をインスタグラムで毎週配信している
【塩辛いか乃】
世の中の当たり前を疑うアラフィフ主婦ライター。同志社大学文学部英文学科卒。中3繊細マイペース息子と20歳年上の旦那と3人暮らし。乳がんサバイバー(乳房全摘手術・抗がん剤)。趣味はフラメンコ。ラクするための情熱は誰にも負けない効率モンスター。晩酌のお供はイオンのバーリアル。不眠症。note/Twitter:@yukaikayukako