「定食屋」。そこは、人々の思い出や物語が静かに積み重なっている場所。
エッセイスト・大平一枝さんと小説家・原田ひ香さんの対談。後編ではさらに深く、お二人が抱く定食屋の魅力を掘り下げていきます。
取材の裏側や執筆に込められた思い、そして二人が見つけた「“定食屋”を書く仕事」をご紹介していきます。
◆行動と言外の心情
大平:原田さんの書籍『あさ酒』は、夜色んな人のお宅に行って、朝方仕事終わりに飲むという設定なんですけど、色んな町が出てきますよね。
本文で「ガスパチョの最後のひとさじをすくうフリをして下を向き、平静を装ったが本当は少し動揺していた」っていう文章があるんですけど、「私平気だよ」と振る舞う主人公の意地や健気な感じが伝わる。
「さじをすくう」だけでその人の気持ちを表現できるんだなと。言外の行動を書くことで、どうその心情を書き切るか、凄く参考になります。
原田:ありがとうございます。私の方も感想を。大平さんの『そこに定食屋があるかぎり』は、食べ物に関する表現は、図々しいかもしれないけど、素晴らしいと思います。
あと、かなり相手の方と近づいて文章を書くのが、私には絶対できないので。私はこそっと行って盗み見て、食べて、書くという感じなので(笑)。
食べ物だけじゃなくて人間の表現ですよね。写真も素敵です。
◆町ごとに綴る「食の物語」
原田:私も食べ物関係の仕事があって、その時に「ちょっと楽かな」って思ったんですよ。毎週楽しく食べれるし、堂々と昼から飲めるし(笑)
でもやってみたら、最初は2週に1回だったんですよ。そうすると毎週なんですよね。一週目はどうしようかなって考えて、次の週には出して、また次の週には考えて……。次第に行く先を探せないかもとか。
大平:ロケハンはどうしてたんですか? ご自分と編集者さんと?
原田:いや、一人で行ってました。
大平:ええ~。
原田:今もそうですけど、一人で行ってます。一人で行った時の店の反応も見たい。ドキドキしながら店に入る感じが、主人公の祥子さんとも合うかなって。
で、これの作品が韓国でも翻訳されて、韓国でブックフェアがあった時にリモートをやったことがあったんですね。その時に韓国の方に「『ランチ酒』とか『あさ酒』は、何が一番大切ですか? 食べ物? 土地? お酒?」って聞かれたんです。
私はやっぱり「場所」が一番大切だと思うし、東京は本当に一個ずつの町が本当に全然違ってる。例えばですけど、渋谷、代官山、中目黒って隣り合ってる駅ですけど、一つずつ全然違いますよね。
大平:うん。全然違う。
原田:韓国の方にもお話聞いて来たんですけど、昔は韓国って、全然ひとりでご飯食べない。男性も食べないんですって。
大平:男性もですか!?
原田:はい。あんまり一人では食べないって。だけど『孤独のグルメ』とか『深夜食堂』が韓国でも流行って、ひとりご飯食べたり、お酒を飲む人が増えたっていう話はありました。
◆東京は「ここでしか書けない物語」の宝庫
大平:『あさ酒』だけじゃなくて、原田さんって絶対町が出てくる。何年か前にトークイベントに伺った時に、町から題材を探すと聞きました。著書の『古本食堂』も町が題材なんですよね?
原田:はい。神保町ですね。
大平:町と食の繋がりを凄く大切にされていますよね。私もその時『東京の台所』をやっていて、代官山と中目黒は、ひと駅なのにまるで違う。
取材で電車使うんですけど、その方の家へ行くまでの風景が町ごとに違って、特に「スーパーマーケットないな、この町」とか。取材の時はまずその話から始めるんですね。「スーパーはどこに行かれてるんですか?」って。
「今ネットで買ってて」とか「あっちの駅にいいのがあって」「15分歩いたらこんなお店があって」とか。そんな質問でその暮らしを掘り出せるので。
「町」を小説のキーにしているところに興味持ちました。
原田:そうですね。こんなに一つひとつの町の表情が違うし、それぞれ栄えているっていうのは東京ほどないと思ってるんです。
大平:ここでしか書けない物語になりますよね。
◆「おいしい」をどう表現するか?困った時の神さま
大平:あと、私もう一つ聞きたかったことが。
「チキンカツ」とか同じような料理が出て取材する時、「サクッとしている」とか「ジューシーな肉汁」とか同じような表現になってしまいそうな時のお助け作家はいますか? ちなみに、私は開高健さんです。
『新しい天体』という本を最近読んで……。おいしいと思ったことの7割は「味」かもしれない。でもあと3割はお店の雰囲気やおかみさんの人柄、外の風、出汁の香りみたいな言外に感じるものがおいしいって感じるんやっていうことが書かれていて……。
私は迷ったら開高さんに行くんですけど、原田さんはそういった時の神さまはいますか?
原田:そうですね。田辺聖子さんとか、最近もまた読み返してやっぱりお上手だなと思います。あとは、さっきもそこに置いてあって新刊買っちゃったんですけど、柚木麻子さん。
おいしいって言うのをどういう風に表すのかは難しいですけど、大平さんの今回の著書の中で「定食の値段をほとんど上げていない」っていうのはある種の褒め言葉として色んな所に出てきていて、そういうところが共通しちゃうところがあるじゃないですか。
大平:あります、あります。
原田:でも大平さんはそれぞれに違う表現で書かれていて、素晴らしいと思いました。定食屋さんそれぞれのポリシーの違い、「上げるの忘れちゃったわ」とか「絶対上げてません」とか言い方の違いで変化を出されてるんだなと。
食べ物とかの話とは違いますけど、褒め方がそれぞれお上手だなと思いました。
◆人の物語としての「定食屋」
大平:取材では、心を明かしてもらうのに時間がかかるんですけど、多分温めないと話してくださらないんですよね。そこで編み出したのが、撮影している間に店主さんを独占して雑談を始める。そうすると40~50分話せる。
マスコミが取材をしているお店ならまた同じ話をするのも嫌だろうし、自分も同じ話書きたくない。事前に記事が出てるところは、あらかじめ読んで、他に出ていないボールを投げるようにしています。
原田:一回だけ取材させてもらった時に思ったのが、実をいうと売れ筋以外で「この料理が一番自信がある」っていうものがあったりするんですよね。でも、そうじゃないものが売れちゃってる。
大平:ああ、多いですね。
原田:それって人生と同じで、選べない。店も人みたいな感じで。たまたまテレビ出ちゃったら売れちゃったとか。本当に店って人の人生と似てるなって思いました。
◆本のいいところはみんなが気付かなかった話を引き出せること
大平:本の良いところって、活字にするとご本人も気付いていないことにフォーカスできること。おこがましいですけどカウンセリングだなって思うこともあって。
原田:そうですね。
大平:メインじゃないところにその人の真実があることが多いから、そうじゃないところにボールを投げた時に、思わぬ深いお話が始まったり。ブルドックっていうデカ盛りのお店があるんですけど、「デカ盛り」を書いているメディアはいっぱいあって。
でも、この店主は元々ミュージシャンだったんです。話を聞いたら、父ちゃんが火事起こしたって言って。その時に兄弟で自分がミュージシャンをやってたんだけど、食えない時に神保町の定食屋で生き永らえたことがあって。
そんな定食屋を父ちゃんが今やってるから、今度は俺が恩返しする番だとギターを置いてフライパンを持ったって話をしてくれたんです。
そこまで行くまでにインタビューはちょっと時間がかかるんですよね。でも本の良いところは、そこに焦点を当ててみんなが気付かなかった温かい話が引き出せることだと思うんです。
【原田ひ香】
1970年神奈川県生まれ。2005年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞。07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。著書に『ランチ酒』『ランチ酒 おかわり日和』『ランチ酒 今日もまんぷく』『三千円の使いかた』『口福のレシピ』『一橋桐子(76)の犯罪日記』、「三人屋」シリーズなどがある
【大平一枝】
作家・エッセイスト。長野県生まれ。 市井の生活者を描くルポルタージュ、 失くしたくないもの・コト・価値観を テーマにしたエッセイを執筆。 連載に「東京の台所2」 (朝日新聞デジタルマガジン&w)など
(※本記事は2024年11月7日、本屋B&Bで行われた対談を再構成したものです)
<構成/女子SPA!編集部>
【女子SPA!編集部】
大人女性のホンネに向き合う!をモットーに日々奮闘しています。メンバーはコチラ。X:@joshispa、Instagram:@joshispa
エッセイスト・大平一枝さんと小説家・原田ひ香さんの対談。後編ではさらに深く、お二人が抱く定食屋の魅力を掘り下げていきます。
取材の裏側や執筆に込められた思い、そして二人が見つけた「“定食屋”を書く仕事」をご紹介していきます。
◆行動と言外の心情
大平:原田さんの書籍『あさ酒』は、夜色んな人のお宅に行って、朝方仕事終わりに飲むという設定なんですけど、色んな町が出てきますよね。
本文で「ガスパチョの最後のひとさじをすくうフリをして下を向き、平静を装ったが本当は少し動揺していた」っていう文章があるんですけど、「私平気だよ」と振る舞う主人公の意地や健気な感じが伝わる。
「さじをすくう」だけでその人の気持ちを表現できるんだなと。言外の行動を書くことで、どうその心情を書き切るか、凄く参考になります。
原田:ありがとうございます。私の方も感想を。大平さんの『そこに定食屋があるかぎり』は、食べ物に関する表現は、図々しいかもしれないけど、素晴らしいと思います。
あと、かなり相手の方と近づいて文章を書くのが、私には絶対できないので。私はこそっと行って盗み見て、食べて、書くという感じなので(笑)。
食べ物だけじゃなくて人間の表現ですよね。写真も素敵です。
◆町ごとに綴る「食の物語」
原田:私も食べ物関係の仕事があって、その時に「ちょっと楽かな」って思ったんですよ。毎週楽しく食べれるし、堂々と昼から飲めるし(笑)
でもやってみたら、最初は2週に1回だったんですよ。そうすると毎週なんですよね。一週目はどうしようかなって考えて、次の週には出して、また次の週には考えて……。次第に行く先を探せないかもとか。
大平:ロケハンはどうしてたんですか? ご自分と編集者さんと?
原田:いや、一人で行ってました。
大平:ええ~。
原田:今もそうですけど、一人で行ってます。一人で行った時の店の反応も見たい。ドキドキしながら店に入る感じが、主人公の祥子さんとも合うかなって。
で、これの作品が韓国でも翻訳されて、韓国でブックフェアがあった時にリモートをやったことがあったんですね。その時に韓国の方に「『ランチ酒』とか『あさ酒』は、何が一番大切ですか? 食べ物? 土地? お酒?」って聞かれたんです。
私はやっぱり「場所」が一番大切だと思うし、東京は本当に一個ずつの町が本当に全然違ってる。例えばですけど、渋谷、代官山、中目黒って隣り合ってる駅ですけど、一つずつ全然違いますよね。
大平:うん。全然違う。
原田:韓国の方にもお話聞いて来たんですけど、昔は韓国って、全然ひとりでご飯食べない。男性も食べないんですって。
大平:男性もですか!?
原田:はい。あんまり一人では食べないって。だけど『孤独のグルメ』とか『深夜食堂』が韓国でも流行って、ひとりご飯食べたり、お酒を飲む人が増えたっていう話はありました。
◆東京は「ここでしか書けない物語」の宝庫
大平:『あさ酒』だけじゃなくて、原田さんって絶対町が出てくる。何年か前にトークイベントに伺った時に、町から題材を探すと聞きました。著書の『古本食堂』も町が題材なんですよね?
原田:はい。神保町ですね。
大平:町と食の繋がりを凄く大切にされていますよね。私もその時『東京の台所』をやっていて、代官山と中目黒は、ひと駅なのにまるで違う。
取材で電車使うんですけど、その方の家へ行くまでの風景が町ごとに違って、特に「スーパーマーケットないな、この町」とか。取材の時はまずその話から始めるんですね。「スーパーはどこに行かれてるんですか?」って。
「今ネットで買ってて」とか「あっちの駅にいいのがあって」「15分歩いたらこんなお店があって」とか。そんな質問でその暮らしを掘り出せるので。
「町」を小説のキーにしているところに興味持ちました。
原田:そうですね。こんなに一つひとつの町の表情が違うし、それぞれ栄えているっていうのは東京ほどないと思ってるんです。
大平:ここでしか書けない物語になりますよね。
◆「おいしい」をどう表現するか?困った時の神さま
大平:あと、私もう一つ聞きたかったことが。
「チキンカツ」とか同じような料理が出て取材する時、「サクッとしている」とか「ジューシーな肉汁」とか同じような表現になってしまいそうな時のお助け作家はいますか? ちなみに、私は開高健さんです。
『新しい天体』という本を最近読んで……。おいしいと思ったことの7割は「味」かもしれない。でもあと3割はお店の雰囲気やおかみさんの人柄、外の風、出汁の香りみたいな言外に感じるものがおいしいって感じるんやっていうことが書かれていて……。
私は迷ったら開高さんに行くんですけど、原田さんはそういった時の神さまはいますか?
原田:そうですね。田辺聖子さんとか、最近もまた読み返してやっぱりお上手だなと思います。あとは、さっきもそこに置いてあって新刊買っちゃったんですけど、柚木麻子さん。
おいしいって言うのをどういう風に表すのかは難しいですけど、大平さんの今回の著書の中で「定食の値段をほとんど上げていない」っていうのはある種の褒め言葉として色んな所に出てきていて、そういうところが共通しちゃうところがあるじゃないですか。
大平:あります、あります。
原田:でも大平さんはそれぞれに違う表現で書かれていて、素晴らしいと思いました。定食屋さんそれぞれのポリシーの違い、「上げるの忘れちゃったわ」とか「絶対上げてません」とか言い方の違いで変化を出されてるんだなと。
食べ物とかの話とは違いますけど、褒め方がそれぞれお上手だなと思いました。
◆人の物語としての「定食屋」
大平:取材では、心を明かしてもらうのに時間がかかるんですけど、多分温めないと話してくださらないんですよね。そこで編み出したのが、撮影している間に店主さんを独占して雑談を始める。そうすると40~50分話せる。
マスコミが取材をしているお店ならまた同じ話をするのも嫌だろうし、自分も同じ話書きたくない。事前に記事が出てるところは、あらかじめ読んで、他に出ていないボールを投げるようにしています。
原田:一回だけ取材させてもらった時に思ったのが、実をいうと売れ筋以外で「この料理が一番自信がある」っていうものがあったりするんですよね。でも、そうじゃないものが売れちゃってる。
大平:ああ、多いですね。
原田:それって人生と同じで、選べない。店も人みたいな感じで。たまたまテレビ出ちゃったら売れちゃったとか。本当に店って人の人生と似てるなって思いました。
◆本のいいところはみんなが気付かなかった話を引き出せること
大平:本の良いところって、活字にするとご本人も気付いていないことにフォーカスできること。おこがましいですけどカウンセリングだなって思うこともあって。
原田:そうですね。
大平:メインじゃないところにその人の真実があることが多いから、そうじゃないところにボールを投げた時に、思わぬ深いお話が始まったり。ブルドックっていうデカ盛りのお店があるんですけど、「デカ盛り」を書いているメディアはいっぱいあって。
でも、この店主は元々ミュージシャンだったんです。話を聞いたら、父ちゃんが火事起こしたって言って。その時に兄弟で自分がミュージシャンをやってたんだけど、食えない時に神保町の定食屋で生き永らえたことがあって。
そんな定食屋を父ちゃんが今やってるから、今度は俺が恩返しする番だとギターを置いてフライパンを持ったって話をしてくれたんです。
そこまで行くまでにインタビューはちょっと時間がかかるんですよね。でも本の良いところは、そこに焦点を当ててみんなが気付かなかった温かい話が引き出せることだと思うんです。
【原田ひ香】
1970年神奈川県生まれ。2005年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞。07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。著書に『ランチ酒』『ランチ酒 おかわり日和』『ランチ酒 今日もまんぷく』『三千円の使いかた』『口福のレシピ』『一橋桐子(76)の犯罪日記』、「三人屋」シリーズなどがある
【大平一枝】
作家・エッセイスト。長野県生まれ。 市井の生活者を描くルポルタージュ、 失くしたくないもの・コト・価値観を テーマにしたエッセイを執筆。 連載に「東京の台所2」 (朝日新聞デジタルマガジン&w)など
(※本記事は2024年11月7日、本屋B&Bで行われた対談を再構成したものです)
<構成/女子SPA!編集部>
【女子SPA!編集部】
大人女性のホンネに向き合う!をモットーに日々奮闘しています。メンバーはコチラ。X:@joshispa、Instagram:@joshispa