夫以外の子を産み、夫には知らせずに夫とともに育てていく「托卵(たくらん)」を描いたドラマ『わたしの宝物』(フジテレビ系、木曜よる10時~)。話題の作品の最終話を、夫婦関係や不倫について著書多数で、“托卵妻”への取材経験も豊富な亀山早苗さんが読み解きます(以下、亀山さんの寄稿)。
◆互いを赦すことが幸せへの近道なのか……
絵に描いたようなハッピーエンドが、今の時代、妙に新鮮だったドラマ『わたしの宝物』。見終わって「え?」と思った人も、手放しで「よかった」と思った人もいるだろう。托卵というセンセーショナルなトピックで始まったこのドラマだったが、終わってみれば、仲のよかった夫婦にモラハラや托卵などの試金石をぶち込み、そこから紆余曲折を経て、夫婦が再構築していったドラマとなった。
個人的には、美羽(松本若菜)と宏樹(田中圭)夫婦、そして娘の栞の実父である冬月(深澤辰哉)が、まずはそれぞれの道を歩み、だが宏樹と栞の縁は切れない。冬月も栞と面会はするものの、やはり自分の夢を捨てきれずにアフリカへ旅立つ決意を固めていく。そして2、3年たったところで夫婦再構築という形になるのが自然ではなかろうかと思っていた。
だがドラマのほうが劇的だった。宏樹は、美羽に「栞にとって実の父親と一緒に暮らす選択肢もある」と言い、美羽は美羽で、栞は自分の子ではないかと言う冬月に、「違うよ、私の子」と断言する。父親は誰でもない、自分の子でしかないという決断をしたのだ。宏樹との離婚話は進み、ふたりで離婚届を書き、いざ出しにいくというそのとき、宏樹が美羽を追いかけてくる。失うと決まって初めて、大事なものに気づいたのだろう。駆けてくる宏樹に向かって、美羽も走る。美羽に珍しく躍動感があった。
◆彼女はひとりですべてを背負い込む“托卵妻”だった
終始一貫、美羽のキャラクターがつかみづらい印象は残った。中学生時代、冬月くんに「救われた」というのだが、後輩の冬月に救われなければならないほどの環境がどういうものだったのか、彼女にどんなトラウマがあったのかはわからないままだった。宏樹がいくら一流商社に勤めていようと、あの年齢であのマンションに住み、さらに妻の母親の1ヶ月50万円にもなる入院費を払えるのも解せない。高額療養費制度は使えないのかとツッコミたくもなる。
美羽が冬月の子「かもしれない」と思った第一回目、「私は悪女になる」と言ったのも、その後の展開を見ると少し違和感がある。彼女は悪女というより、ひとりですべてを背負い込む女性だったからだ。
夫のひどいモラハラに耐えていた時期も、専業主婦だから、母の入院費を払ってもらっているからと我慢せざるを得ないわけで、そういう状況があまりにせつない。
そんなときに逃げるように冬月と1度だけ関係をもってしまったのだが、娘が産まれたら夫が激変した。このままこの生活を続けたいと願う美羽は、死んだと思った冬月が生きて帰ってきていることを知っても連絡をとろうとしなかった。彼女の冬月への思いは、単なる懐古だったのか新たに芽生えた愛情だったのかもわからない。つらいときにいつも冬月を「利用」してきたようにも見えてしまう。
また、そもそも3人の関係を「引っかき回した張本人」の真琴(恒松祐里)に、なにかというと栞を託したり、心の内を少し語っていたりするのも、視聴者からは「わからん」という声が多数上がっていた。ドラマの便宜上、しかたがないのだろうが、人間としての一貫性がとれていない気もする不思議な女性だった。
◆「宏樹という人間」田中圭の演技に惹きつけられた
最終回、冬月は栞の実父でありながら「部外者」だった。夫婦再構築の踏み台になってしまったのがある意味で気の毒なのだが、その結果、決別したはずの莉紗(さとうほなみ)と関係が修復できた。宏樹に以前、好きだと告白した真琴も、いつしか店で働いている男性に愛されていた。誰もがハッピーエンドで閉幕したのだ。
喫茶店のマスターとして登場した浅岡(北村一輝)が、それぞれの登場人物の心情を説明したり視聴者の代弁をしたりと、なかなかの狂言回しではあったのだが、せっかく怪しい雰囲気をもっていたのに、物語との関わりが薄くて残念だという声も上がっていた。
結局、終始、図抜けた演技を見せ続けた田中圭の圧勝だったのかもしれない。宏樹の冷たさ、葛藤、怒り、自分の感情を出せないつらさ、そして栞への愛情、さらには妻の美羽への赦し。台詞回し、声のトーン、表情、間合い、体の使い方に至るまで、すべてが「宏樹という人間」だった。すべてに無駄がないのに余裕はある。そんな演技に惹きつけられた。
◆もともと父と子の縁はあやふやなものなのかもしれない
托卵は、現実にも少なくないと言われている。産んだ母親でさえ、父親が特定できない場合もある。子が大きくなったときに知ったらショックは大きいかもしれない。ドラマの中でも栞にいつか本当のことを話さなければいけないかもしれないと、美羽と宏樹が話し合うシーンがあった。戸籍上、実子になっているのだからわざわざ話す必要があるかどうかはわからないが、子には出生について知る権利があるのは確かだ。
宏樹は「血のつながった父子」にこだわったが、冬月は「自分は栞ちゃんが生まれてきたことさえ知らなかった」「半年間、一生懸命育てたのはあなただ」と宏樹こそ父親なのだと告げる。そういうことで父かどうかをはからなければならないほど、もともと父と子の縁はあやふやなものなのかもしれない。
最後に宏樹が「美羽、愛してるよ」と言う。美羽も「私も。愛してる」と返す。そしてふたりは栞にも「愛してる」と言う。愛が不変であるならいいのだがと感じてしまった視聴者の私は性格が悪い。
<文/亀山早苗>
【亀山早苗】
フリーライター。著書に『くまモン力ー人を惹きつける愛と魅力の秘密』がある。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。Twitter:@viofatalevio
◆互いを赦すことが幸せへの近道なのか……
絵に描いたようなハッピーエンドが、今の時代、妙に新鮮だったドラマ『わたしの宝物』。見終わって「え?」と思った人も、手放しで「よかった」と思った人もいるだろう。托卵というセンセーショナルなトピックで始まったこのドラマだったが、終わってみれば、仲のよかった夫婦にモラハラや托卵などの試金石をぶち込み、そこから紆余曲折を経て、夫婦が再構築していったドラマとなった。
個人的には、美羽(松本若菜)と宏樹(田中圭)夫婦、そして娘の栞の実父である冬月(深澤辰哉)が、まずはそれぞれの道を歩み、だが宏樹と栞の縁は切れない。冬月も栞と面会はするものの、やはり自分の夢を捨てきれずにアフリカへ旅立つ決意を固めていく。そして2、3年たったところで夫婦再構築という形になるのが自然ではなかろうかと思っていた。
だがドラマのほうが劇的だった。宏樹は、美羽に「栞にとって実の父親と一緒に暮らす選択肢もある」と言い、美羽は美羽で、栞は自分の子ではないかと言う冬月に、「違うよ、私の子」と断言する。父親は誰でもない、自分の子でしかないという決断をしたのだ。宏樹との離婚話は進み、ふたりで離婚届を書き、いざ出しにいくというそのとき、宏樹が美羽を追いかけてくる。失うと決まって初めて、大事なものに気づいたのだろう。駆けてくる宏樹に向かって、美羽も走る。美羽に珍しく躍動感があった。
◆彼女はひとりですべてを背負い込む“托卵妻”だった
終始一貫、美羽のキャラクターがつかみづらい印象は残った。中学生時代、冬月くんに「救われた」というのだが、後輩の冬月に救われなければならないほどの環境がどういうものだったのか、彼女にどんなトラウマがあったのかはわからないままだった。宏樹がいくら一流商社に勤めていようと、あの年齢であのマンションに住み、さらに妻の母親の1ヶ月50万円にもなる入院費を払えるのも解せない。高額療養費制度は使えないのかとツッコミたくもなる。
美羽が冬月の子「かもしれない」と思った第一回目、「私は悪女になる」と言ったのも、その後の展開を見ると少し違和感がある。彼女は悪女というより、ひとりですべてを背負い込む女性だったからだ。
夫のひどいモラハラに耐えていた時期も、専業主婦だから、母の入院費を払ってもらっているからと我慢せざるを得ないわけで、そういう状況があまりにせつない。
そんなときに逃げるように冬月と1度だけ関係をもってしまったのだが、娘が産まれたら夫が激変した。このままこの生活を続けたいと願う美羽は、死んだと思った冬月が生きて帰ってきていることを知っても連絡をとろうとしなかった。彼女の冬月への思いは、単なる懐古だったのか新たに芽生えた愛情だったのかもわからない。つらいときにいつも冬月を「利用」してきたようにも見えてしまう。
また、そもそも3人の関係を「引っかき回した張本人」の真琴(恒松祐里)に、なにかというと栞を託したり、心の内を少し語っていたりするのも、視聴者からは「わからん」という声が多数上がっていた。ドラマの便宜上、しかたがないのだろうが、人間としての一貫性がとれていない気もする不思議な女性だった。
◆「宏樹という人間」田中圭の演技に惹きつけられた
最終回、冬月は栞の実父でありながら「部外者」だった。夫婦再構築の踏み台になってしまったのがある意味で気の毒なのだが、その結果、決別したはずの莉紗(さとうほなみ)と関係が修復できた。宏樹に以前、好きだと告白した真琴も、いつしか店で働いている男性に愛されていた。誰もがハッピーエンドで閉幕したのだ。
喫茶店のマスターとして登場した浅岡(北村一輝)が、それぞれの登場人物の心情を説明したり視聴者の代弁をしたりと、なかなかの狂言回しではあったのだが、せっかく怪しい雰囲気をもっていたのに、物語との関わりが薄くて残念だという声も上がっていた。
結局、終始、図抜けた演技を見せ続けた田中圭の圧勝だったのかもしれない。宏樹の冷たさ、葛藤、怒り、自分の感情を出せないつらさ、そして栞への愛情、さらには妻の美羽への赦し。台詞回し、声のトーン、表情、間合い、体の使い方に至るまで、すべてが「宏樹という人間」だった。すべてに無駄がないのに余裕はある。そんな演技に惹きつけられた。
◆もともと父と子の縁はあやふやなものなのかもしれない
托卵は、現実にも少なくないと言われている。産んだ母親でさえ、父親が特定できない場合もある。子が大きくなったときに知ったらショックは大きいかもしれない。ドラマの中でも栞にいつか本当のことを話さなければいけないかもしれないと、美羽と宏樹が話し合うシーンがあった。戸籍上、実子になっているのだからわざわざ話す必要があるかどうかはわからないが、子には出生について知る権利があるのは確かだ。
宏樹は「血のつながった父子」にこだわったが、冬月は「自分は栞ちゃんが生まれてきたことさえ知らなかった」「半年間、一生懸命育てたのはあなただ」と宏樹こそ父親なのだと告げる。そういうことで父かどうかをはからなければならないほど、もともと父と子の縁はあやふやなものなのかもしれない。
最後に宏樹が「美羽、愛してるよ」と言う。美羽も「私も。愛してる」と返す。そしてふたりは栞にも「愛してる」と言う。愛が不変であるならいいのだがと感じてしまった視聴者の私は性格が悪い。
<文/亀山早苗>
【亀山早苗】
フリーライター。著書に『くまモン力ー人を惹きつける愛と魅力の秘密』がある。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。Twitter:@viofatalevio