元TBSアナウンサーの宇垣美里さん。大のアニメ好きで知られていますが、映画愛が深い一面も。
そんな宇垣さんが映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』についての思いを綴ります。
●作品あらすじ:20代のドナルド・トランプは、父の会社が破産寸前のピンチの中、悪名高き辣腕(らつわん)弁護士ロイ・コーンと出会います。
勝つためには人の道に外れた手段を平気で選ぶ冷酷なコーンは、“ナイーブなお坊ちゃん”だったトランプを気に入り、〈勝つための3つのルール〉を伝授。やがてトランプは数々の大事業を成功させ、コーンさえ思いもよらない怪物へと変貌していくのでしたが……。
全米公開時には、大統領選前のトランプが上映阻止にまで動いた本作を宇垣さんはどのように見たのでしょうか?(以下、宇垣美里さんの寄稿です)
◆己の欲のまま突き進む姿の醜悪さ
観終わって最初に思い出したのは、彼の再選が報じられた時の衝撃。
勝つためには手段を選ばず、どこまでいっても非を認めず、恩も道徳も捨て置いて己の欲のままに突き進むその姿のなんて醜悪なことか。描かれているのはサクセスストーリーであるはずなのに、高揚感や爽快感なんてまるでなく、その余韻はブラックジョークを越えてもはやホラー的。この主人公にいったいだれが感情移入できるというのだろう。
不動産業を営む父の会社が政府に訴えられ、窮地にたたされていた20代のドナルド・トランプは、ある日財政界の実力者たちが集まる歴史ある高級クラブで弁護士のロイ・コーンと出会う。大統領をはじめとする大物顧客を多数抱え、その悪辣な手法から悪名高いロイは若きトランプを見出し、勝利の三原則を伝授する。
◆気弱な青年が怪物の元で成長を遂げて…
いかにしてドナルド・トランプは生まれたのか、その軌跡を追う本作。その豊かな土壌となった現代アメリカの過剰な資本主義文化への痛烈な批判を感じる。
全世界が知るあの特徴的な人物の仕草や表情、喋り方を完璧にマスターし、もはやその人にしか見えないセバスチャン・スタンの怪演は圧巻。そしてそのメンターとなるロイを演じたジェレミー・ストロングもまた、力強い悪の貫禄から、老いて抱えきれなくなる自身の矛盾と人間らしい弱さのギャップの見せ方が強烈だ。
自らマンションの一部屋一部屋を回って家賃を回収していた気弱な青年が、やがてメンターと出会い、怪物の元ですくすくと成長を遂げた結果、育ての親をも凌(しの)ぐ怪物へとなり果ててしまった。そのことを観客と共にロイが知るシーンは、いくら悪人といえども同情を禁じ得ない。
◆トランプの次なる“勝利”とは?勘弁してくれ
トランプの口から出るのは全て借り物の言葉であり、どこまでいっても薄っぺらなことすらも末恐ろしい。こんな人間が大国の指導者たり得る世界に生きている現実がほとほと嫌になる。
いや、日本の政治や選挙で露になったあれこれを考えると他人事にすることなどできないか。負けを受け入れず、執拗(しつよう)なまでに勝利を追い求め続ける彼の次なる“勝利”とはいったいどこにあるのか。勘弁してくれ。
『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』
監督:アリ・アッバシ 脚本:ガブリエル・シャーマン 出演:セバスチャン・スタン、ジェレミー・ストロング、マリア・バカローヴァ、マーティン・ドノヴァン 配給:キノフィルムズ 2024年/アメリカ © 2024 APPRENTICE PRODUCTIONS ONTARIO INC. / PROFILE PRODUCTIONS 2 APS / TAILORED FILMS LTD. All Rights Reserved.
<文/宇垣美里>
【宇垣美里】
’91年、兵庫県生まれ。同志社大学を卒業後、’14年にTBSに入社しアナウンサーとして活躍。’19年3月に退社した後はオスカープロモーションに所属し、テレビやCM出演のほか、執筆業も行うなど幅広く活躍している。
そんな宇垣さんが映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』についての思いを綴ります。
●作品あらすじ:20代のドナルド・トランプは、父の会社が破産寸前のピンチの中、悪名高き辣腕(らつわん)弁護士ロイ・コーンと出会います。
勝つためには人の道に外れた手段を平気で選ぶ冷酷なコーンは、“ナイーブなお坊ちゃん”だったトランプを気に入り、〈勝つための3つのルール〉を伝授。やがてトランプは数々の大事業を成功させ、コーンさえ思いもよらない怪物へと変貌していくのでしたが……。
全米公開時には、大統領選前のトランプが上映阻止にまで動いた本作を宇垣さんはどのように見たのでしょうか?(以下、宇垣美里さんの寄稿です)
◆己の欲のまま突き進む姿の醜悪さ
観終わって最初に思い出したのは、彼の再選が報じられた時の衝撃。
勝つためには手段を選ばず、どこまでいっても非を認めず、恩も道徳も捨て置いて己の欲のままに突き進むその姿のなんて醜悪なことか。描かれているのはサクセスストーリーであるはずなのに、高揚感や爽快感なんてまるでなく、その余韻はブラックジョークを越えてもはやホラー的。この主人公にいったいだれが感情移入できるというのだろう。
不動産業を営む父の会社が政府に訴えられ、窮地にたたされていた20代のドナルド・トランプは、ある日財政界の実力者たちが集まる歴史ある高級クラブで弁護士のロイ・コーンと出会う。大統領をはじめとする大物顧客を多数抱え、その悪辣な手法から悪名高いロイは若きトランプを見出し、勝利の三原則を伝授する。
◆気弱な青年が怪物の元で成長を遂げて…
いかにしてドナルド・トランプは生まれたのか、その軌跡を追う本作。その豊かな土壌となった現代アメリカの過剰な資本主義文化への痛烈な批判を感じる。
全世界が知るあの特徴的な人物の仕草や表情、喋り方を完璧にマスターし、もはやその人にしか見えないセバスチャン・スタンの怪演は圧巻。そしてそのメンターとなるロイを演じたジェレミー・ストロングもまた、力強い悪の貫禄から、老いて抱えきれなくなる自身の矛盾と人間らしい弱さのギャップの見せ方が強烈だ。
自らマンションの一部屋一部屋を回って家賃を回収していた気弱な青年が、やがてメンターと出会い、怪物の元ですくすくと成長を遂げた結果、育ての親をも凌(しの)ぐ怪物へとなり果ててしまった。そのことを観客と共にロイが知るシーンは、いくら悪人といえども同情を禁じ得ない。
◆トランプの次なる“勝利”とは?勘弁してくれ
トランプの口から出るのは全て借り物の言葉であり、どこまでいっても薄っぺらなことすらも末恐ろしい。こんな人間が大国の指導者たり得る世界に生きている現実がほとほと嫌になる。
いや、日本の政治や選挙で露になったあれこれを考えると他人事にすることなどできないか。負けを受け入れず、執拗(しつよう)なまでに勝利を追い求め続ける彼の次なる“勝利”とはいったいどこにあるのか。勘弁してくれ。
『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』
監督:アリ・アッバシ 脚本:ガブリエル・シャーマン 出演:セバスチャン・スタン、ジェレミー・ストロング、マリア・バカローヴァ、マーティン・ドノヴァン 配給:キノフィルムズ 2024年/アメリカ © 2024 APPRENTICE PRODUCTIONS ONTARIO INC. / PROFILE PRODUCTIONS 2 APS / TAILORED FILMS LTD. All Rights Reserved.
<文/宇垣美里>
【宇垣美里】
’91年、兵庫県生まれ。同志社大学を卒業後、’14年にTBSに入社しアナウンサーとして活躍。’19年3月に退社した後はオスカープロモーションに所属し、テレビやCM出演のほか、執筆業も行うなど幅広く活躍している。