毎週火曜日よる10時から放送されている『東京サラダボウル』(NHK総合)の主演俳優である松田龍平は、無表情を徹底している。そればかりか、微動することも禁じられているかのようである。
にもかかわらず、本作の松田龍平には魅力的なアップの画面が毅然としてある。そこに覚える、ちょっとした違和感ですら、これは不思議と官能的なのだ。
イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、違和感がデビュー作につながる本作の松田龍平を解説する。
◆松田龍平が中国語を発する痛快さ
外国人の容疑者を取り調べるとき、外国語話者ではない日本人刑事との間を翻訳する専門職がある。元刑事として警察職務に精通している有木野了(松田龍平)は、警視庁・通訳センターに所属する中国語通訳人である。
『東京サラダボウル』第1話冒頭、東新宿署・国際捜査係の統括係長・飯山修(皆川猿時)が、大麻を所持していた中国人女性を取り調べている。刑事と容疑者の側、ちょうど間くらいに有木野が控えている。飯山が日本語で問いかけると、カメラがスッと上手へ移動。有木野の顔を捉える。
飯山の「なぁ」まで正確に翻訳する一言目がやけに甲高く聞こえる中国語。すばやいカメラ移動から、変わらず無表情の松田龍平が、不意に中国語を発する痛快さがある。こんな無表情で中国語をペラペラ操る独特のリアリティは、松田龍平にしか担保できない芸当だろう。
◆ランチタイムの静と動
それにしても本作の松田龍平は、徹底的に無表情であり、微動することも自らに禁じているようにすら見える。対照的に松田演じる有木野の相棒となる、飯山の部下・鴻田麻里(奈緒)は、せわしないくらい動き続ける。
たとえば、お昼時の場面。街中の公園でクールにランチパック(?)を食べる有木野に対して、アジア人街の人々と頻繁に交流する麻里は、どこで買ってきたのか、さそりの丸焼きを嬉しそうに取りだす。
黒々としたさそりを眺め回す麻里の近くに有木野がいる。躊躇せずにパクつく様子を見た彼は、無表情ながらぎょっとして、彼女に釘付けになる。
さそりを手にする麻里を眼差す方向に全身が完全に固定されているように見える。ランチタイムの静と動の描き分けで、キャラクター性の違いを映像的に明確化する場面である。
◆水餃子を咀嚼するアップ
お互いが警察関係者であることがわかったふたりは、有木野が勢いにのまれる形で麻里が半ば主導権を握る。「晩ゴハンでもどー?」とさっそく麻里から連絡がくる。「予約したから!」と連投で連絡がくる。
有木野は呼びだされた中華料理屋に赴く。ここでも麻里が注文するのは、見たことも聞いたこともないような、ゲテモノ料理ばかり。有木野はさすがに水餃子を頼む。
無表情を崩さず、中国語で水餃子を注文するさりげない感じがいい。面白いのは、その水餃子を頬張る松田のアップが写され、咀嚼する微動をわりと時間を割いてカメラが捉えることである。
◆デビュー作を思いだす自然現象
なんだか変なワンショットだなと思った。ちょっとだけ違和感すら覚える。食事場面での単純な時間経過にしては、咀嚼する微動を執拗に撮り過ぎているからだ。
口元だけの微動とはいえ、それまでの場面では微動すら封じ込めていたはずの松田龍平をどうしてこの中華料理屋では動かそうとしたのか。松田龍平による松田龍平のためだけに演出されたような、この微動……。
有木野の謎めいた過去が徐々に明かされようとする第2話ラスト、有木野は、馴染みのバーカウンターで年若い男性・シウ(紘瀬聡一)に話しかけられる。お互いに何者なのか。素性を探ろうとするその男性が隣の席まで来る。有木野の右頬に不意に口づけする。
口づけを受け、さらに「ね、ここ出てどっか行かね?」と誘われた有木野は、やや間を置いて彼の方を向き「また今度な」と軽やかにかわしてみせる。口づけも横を向く動きも微動を極めたような繊細さだ。ホモセクシュアルの雰囲気濃厚な一方的な口づけがいきなり挿入されることにどんな意味があるのか?
水餃子を咀嚼するアップに対して抱いた違和感は、この唐突な口づけの衝動につながっているのか。松田龍平のその頬に、同性の男性が吸い寄せられることがあたかも自然現象であるかのようなこの場面を見ていると、松田が大島渚監督作『御法度』(1999年)でデビューしたことを思いださずにはいられない。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト / アジア映画配給・宣伝プロデューサー / クラシック音楽監修「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu
にもかかわらず、本作の松田龍平には魅力的なアップの画面が毅然としてある。そこに覚える、ちょっとした違和感ですら、これは不思議と官能的なのだ。
イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、違和感がデビュー作につながる本作の松田龍平を解説する。
◆松田龍平が中国語を発する痛快さ
外国人の容疑者を取り調べるとき、外国語話者ではない日本人刑事との間を翻訳する専門職がある。元刑事として警察職務に精通している有木野了(松田龍平)は、警視庁・通訳センターに所属する中国語通訳人である。
『東京サラダボウル』第1話冒頭、東新宿署・国際捜査係の統括係長・飯山修(皆川猿時)が、大麻を所持していた中国人女性を取り調べている。刑事と容疑者の側、ちょうど間くらいに有木野が控えている。飯山が日本語で問いかけると、カメラがスッと上手へ移動。有木野の顔を捉える。
飯山の「なぁ」まで正確に翻訳する一言目がやけに甲高く聞こえる中国語。すばやいカメラ移動から、変わらず無表情の松田龍平が、不意に中国語を発する痛快さがある。こんな無表情で中国語をペラペラ操る独特のリアリティは、松田龍平にしか担保できない芸当だろう。
◆ランチタイムの静と動
それにしても本作の松田龍平は、徹底的に無表情であり、微動することも自らに禁じているようにすら見える。対照的に松田演じる有木野の相棒となる、飯山の部下・鴻田麻里(奈緒)は、せわしないくらい動き続ける。
たとえば、お昼時の場面。街中の公園でクールにランチパック(?)を食べる有木野に対して、アジア人街の人々と頻繁に交流する麻里は、どこで買ってきたのか、さそりの丸焼きを嬉しそうに取りだす。
黒々としたさそりを眺め回す麻里の近くに有木野がいる。躊躇せずにパクつく様子を見た彼は、無表情ながらぎょっとして、彼女に釘付けになる。
さそりを手にする麻里を眼差す方向に全身が完全に固定されているように見える。ランチタイムの静と動の描き分けで、キャラクター性の違いを映像的に明確化する場面である。
◆水餃子を咀嚼するアップ
お互いが警察関係者であることがわかったふたりは、有木野が勢いにのまれる形で麻里が半ば主導権を握る。「晩ゴハンでもどー?」とさっそく麻里から連絡がくる。「予約したから!」と連投で連絡がくる。
有木野は呼びだされた中華料理屋に赴く。ここでも麻里が注文するのは、見たことも聞いたこともないような、ゲテモノ料理ばかり。有木野はさすがに水餃子を頼む。
無表情を崩さず、中国語で水餃子を注文するさりげない感じがいい。面白いのは、その水餃子を頬張る松田のアップが写され、咀嚼する微動をわりと時間を割いてカメラが捉えることである。
◆デビュー作を思いだす自然現象
なんだか変なワンショットだなと思った。ちょっとだけ違和感すら覚える。食事場面での単純な時間経過にしては、咀嚼する微動を執拗に撮り過ぎているからだ。
口元だけの微動とはいえ、それまでの場面では微動すら封じ込めていたはずの松田龍平をどうしてこの中華料理屋では動かそうとしたのか。松田龍平による松田龍平のためだけに演出されたような、この微動……。
有木野の謎めいた過去が徐々に明かされようとする第2話ラスト、有木野は、馴染みのバーカウンターで年若い男性・シウ(紘瀬聡一)に話しかけられる。お互いに何者なのか。素性を探ろうとするその男性が隣の席まで来る。有木野の右頬に不意に口づけする。
口づけを受け、さらに「ね、ここ出てどっか行かね?」と誘われた有木野は、やや間を置いて彼の方を向き「また今度な」と軽やかにかわしてみせる。口づけも横を向く動きも微動を極めたような繊細さだ。ホモセクシュアルの雰囲気濃厚な一方的な口づけがいきなり挿入されることにどんな意味があるのか?
水餃子を咀嚼するアップに対して抱いた違和感は、この唐突な口づけの衝動につながっているのか。松田龍平のその頬に、同性の男性が吸い寄せられることがあたかも自然現象であるかのようなこの場面を見ていると、松田が大島渚監督作『御法度』(1999年)でデビューしたことを思いださずにはいられない。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト / アジア映画配給・宣伝プロデューサー / クラシック音楽監修「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu