―連載「沼の話を聞いてみた」―
「谷村家、朝の風景~!」
「シュンシュンシュンシュンシュンシュンッ!」
圧力なべが蒸気を吹きながらカタカタ揺れる様子を、飛び跳ねて再現する。
当時小学生だった、美緒さん姉妹の定番コントだ。自然食にハマった母親が必ず毎朝炊く、玄米の様子をネタにしたものだ。
◆玄米食がつらかった
谷村美緒(仮名・40代)さんが話してくれた、子ども時代の思い出である。
美緒さんの母は、美緒さんが乳児のときから、そこそこ名の知られた新興宗教と自然食にどっぷりハマっていたという。
「自然のままに育てるべし」というような教えと、個人的な食肉へのトラウマ(実家が飼っていた鶏をつぶしてから苦手になったそうだ)から、玄米菜食にこだわる人だった。朝食の定番メニューは、玄米と味噌汁だ。
「いまどきの玄米って、それなりに美味しいじゃないですか。でも昔はねえ……。少なくとも実家で出されていた玄米は、臭くてかたくて、まずくって……。仕方がないからがんばって食べますけど、なかなか食が進まない」
◆ごくたまに少量の肉、小さく細い姉妹
そして半ばやけくそで繰り出されるのが、冒頭の姉妹コントである。
美緒さんの実家では、「白菜なべ」も定番メニューだった。土鍋に水を張り、コンソメで白菜を煮るというだけの、究極のシンプル料理だ。
ごくたまに少量の肉を使った料理が出てくることもあったが、姉妹の体格は標準より小さく細く、栄養不足からか、冬にあかぎれができると、なかなか治らなかったという。
「自然派育児で話題になる、キャベツ枕。熱を出すと、あれもよくやられてましたねえ。母はお約束どおり薬も嫌いなので、梅干しを入れた番茶を飲まされたり。
無添加、無農薬、砂糖ナシ。自然派育児雑誌の『クーヨン』を見かけると、つい懐かしい気持ちが湧きあがりますわ」
美緒さんの一番古い思い出は、2歳ごろだ。
早朝に泣きながら裸足で路上を走り、母を追いかけていくシーンだ。
母は新興宗教に要求される「朝の奉仕活動」へ参加するため、未就学児である姉妹を家に残し、出かけてしまうのだ。
◆姉妹で力を合わせて
小さな子どもだけで外出したり留守番させたり、昭和の時代は珍しくなかっただろうが、切ない話である。
「まだ小さいですから、母が恋しいわけですよ。『行かんといて~!』って叫びながら走っていました。3つ上の姉はそんな私を見て、幼心に”妹は自分が育てる”と決心したそうです。
だからずっとかいがいしくお世話してくれてねえ。すっかりシスコンに育ちました(笑)。姉とはいまでも仲よくしています」
◆甘いものを食べたい
心の安全基地は姉妹で補いあったが、物理的な栄養面は圧倒的に不足した。
小学校にあがると、美緒さん姉妹の健康を心配した担任教師が、給食の残りを持たせてくれていたほどだ。
「でも、お菓子とかも食べたいじゃないですか。特に『ねえちゃんに食わせねば!』って使命感にも、かられまして」
父は基本的に家庭には無関心だったので、自力で何とかするしかない。
そこで繰り出されるのが、驚異のコミュ力と話芸である(もはやサバイバル能力といっていいかもしれない)。
おいしいものを手に入れる手段はないか……。
◆駄菓子屋で豪遊!
小学生だった美緒さんが目をつけたのは、昼間から酔っ払いがたむろする、競輪場周辺の飲み屋街だ。
「酔っぱらっているおっちゃんたちの話に入っていってなあ、ネタを披露してウケをとるんですわ。盛り上がると『なんでも買うてやる!』ってなるから、すぐ近くの駄菓子屋に連れて行って。
駄菓子屋なんて、1000円もあれば豪遊できる。そこで山ほど菓子を買うてもろて、ねえちゃんに持って帰ってました」
栄養不足から生まれる、驚異のたくましさ。昭和の時代とはいえ、強烈なエピソードである。
◆十八番は、テレサ・テン
そしてさらに強烈なのは、おっちゃん相手に披露される美緒さんの鉄板ネタなのだが。
「お父ちゃんの愛人が、台湾出身のスナックのママだったんですよ。私もよく、お父ちゃんにその店に連れて行かれててなあ。
愛人のママを喜ばすために、私はカラオケでテレサ・テンとか歌うねん。ほら、台湾出身の歌手だから。小学生女児が『愛人』を歌うグロさ! 当然、意味なんてわかってませんでしたよ。でも、ママがそりゃ~もう喜ぶ。美緒ちゃん、お歌上手やなあぁ~~! 上手上手~!
……って話をすると、おっさんらが爆笑してくれてなあ」
美緒さんの母は新興宗教に加え、マルチ商法にも手を出していたという。
それぞれの選択に、母なりの理由はあったのだろう。しかし、手をかけているように見える自然食で栄養不足にさせてしまったり、「幸せになるため」の新興宗教によって、子どもを悲しませたりと、アンバランスさが目立つ。
美緒さんはたびたび「おかん、どれだけ隙があったんや」とぼやくが、歪みと比例した大きさの心の穴があったのではないだろうか。夫の家庭への無関心も、関係ないとは言えないだろう。
◆美談にはしたくない
そして、ここまでたくましくならざるをえなかった子どもの境遇が、切ない。
これを「たくましい子ども」「生活力」「けがの功名」といったような美談にしてはいけない。親の沼深さの、しわ寄せなのだから。
給食をもらい、菓子を楽しみ、助け合って育った姉妹はその後、無事大人になった。現在美緒さんは、高校生の子どもを持つワーママだ。
◆思いがけない夫の異変
すると予想外に、「家族が自然派」の第2章がはじまった。
子どもが小学校にあがると、夫が転職して整体師となり、これまた母のような自然派となったのだ。
「だんだんこだわりが増えてきて、夫はしまいに私が作る食事を食べなくなってねえ。
でも、もともと生活スタイルも全然違うし、財布も別だったから、いまのところ大きな支障はなく、娘とふたりで生ぬる~く見守ってますわ」
最近の夫は、SNSで広まっているデマである「農薬で発達障害になる」という言説を信じ、野菜の購入先などを過剰に気にするようになってきたのが、美緒さん親子の困りごとだ。
また、隙あらば謎の手作り酵素ドリンクを、娘に飲ませようとすることもある。
◆マイペースを保つ
美緒さんや娘が肩や腰の痛みを相談しても、整体の技術でケアしてくれることはなく、日々の不摂生への説教が始まることも……。
そのように夫と相容れない部分は多々あるが、ゆるく受け流し、家族それぞれがマイペースに暮らしているという。
美緒さんと娘さんのなかで、「家族以外の他人にこだわりを押し付けたり、何かに勧誘しなければOK」という許容ルールがあるのだ。
沼深い母も、昔と変わらぬままの生活で、別世帯で健在だ(父は病気で亡くなった)。
◆いまなお残る、複雑な想い
さて、いまの美緒さんの平穏は、心と経済の自立が大きいだろうと思える。子どもも自立心が高く、親の言うことを鵜吞みにしないタイプであったことも幸いした。
しかし、いまが心穏やかだからすべてよし、とはいかない。美緒さんはいまでも、SNSに散見される「カルト宗教二世」や「親が自然派」の苦労を、複雑な気持ちで眺めている。
<取材・文/山田ノジル>
【山田ノジル】
自然派、○○ヒーリング、マルチ商法、フェムケア、妊活、〇〇育児。だいたいそんな感じのキーワード周辺に漂う、科学的根拠のない謎物件をウォッチング中。長年女性向けの美容健康情報を取材し、そこへ潜む「トンデモ」の存在を実感。愛とツッコミ精神を交え、斬り込んでいる。2018年、当連載をベースにした著書『呪われ女子に、なっていませんか?』(KKベストセラーズ)を発売。twitter:@YamadaNojiru
「谷村家、朝の風景~!」
「シュンシュンシュンシュンシュンシュンッ!」
圧力なべが蒸気を吹きながらカタカタ揺れる様子を、飛び跳ねて再現する。
当時小学生だった、美緒さん姉妹の定番コントだ。自然食にハマった母親が必ず毎朝炊く、玄米の様子をネタにしたものだ。
◆玄米食がつらかった
谷村美緒(仮名・40代)さんが話してくれた、子ども時代の思い出である。
美緒さんの母は、美緒さんが乳児のときから、そこそこ名の知られた新興宗教と自然食にどっぷりハマっていたという。
「自然のままに育てるべし」というような教えと、個人的な食肉へのトラウマ(実家が飼っていた鶏をつぶしてから苦手になったそうだ)から、玄米菜食にこだわる人だった。朝食の定番メニューは、玄米と味噌汁だ。
「いまどきの玄米って、それなりに美味しいじゃないですか。でも昔はねえ……。少なくとも実家で出されていた玄米は、臭くてかたくて、まずくって……。仕方がないからがんばって食べますけど、なかなか食が進まない」
◆ごくたまに少量の肉、小さく細い姉妹
そして半ばやけくそで繰り出されるのが、冒頭の姉妹コントである。
美緒さんの実家では、「白菜なべ」も定番メニューだった。土鍋に水を張り、コンソメで白菜を煮るというだけの、究極のシンプル料理だ。
ごくたまに少量の肉を使った料理が出てくることもあったが、姉妹の体格は標準より小さく細く、栄養不足からか、冬にあかぎれができると、なかなか治らなかったという。
「自然派育児で話題になる、キャベツ枕。熱を出すと、あれもよくやられてましたねえ。母はお約束どおり薬も嫌いなので、梅干しを入れた番茶を飲まされたり。
無添加、無農薬、砂糖ナシ。自然派育児雑誌の『クーヨン』を見かけると、つい懐かしい気持ちが湧きあがりますわ」
美緒さんの一番古い思い出は、2歳ごろだ。
早朝に泣きながら裸足で路上を走り、母を追いかけていくシーンだ。
母は新興宗教に要求される「朝の奉仕活動」へ参加するため、未就学児である姉妹を家に残し、出かけてしまうのだ。
◆姉妹で力を合わせて
小さな子どもだけで外出したり留守番させたり、昭和の時代は珍しくなかっただろうが、切ない話である。
「まだ小さいですから、母が恋しいわけですよ。『行かんといて~!』って叫びながら走っていました。3つ上の姉はそんな私を見て、幼心に”妹は自分が育てる”と決心したそうです。
だからずっとかいがいしくお世話してくれてねえ。すっかりシスコンに育ちました(笑)。姉とはいまでも仲よくしています」
◆甘いものを食べたい
心の安全基地は姉妹で補いあったが、物理的な栄養面は圧倒的に不足した。
小学校にあがると、美緒さん姉妹の健康を心配した担任教師が、給食の残りを持たせてくれていたほどだ。
「でも、お菓子とかも食べたいじゃないですか。特に『ねえちゃんに食わせねば!』って使命感にも、かられまして」
父は基本的に家庭には無関心だったので、自力で何とかするしかない。
そこで繰り出されるのが、驚異のコミュ力と話芸である(もはやサバイバル能力といっていいかもしれない)。
おいしいものを手に入れる手段はないか……。
◆駄菓子屋で豪遊!
小学生だった美緒さんが目をつけたのは、昼間から酔っ払いがたむろする、競輪場周辺の飲み屋街だ。
「酔っぱらっているおっちゃんたちの話に入っていってなあ、ネタを披露してウケをとるんですわ。盛り上がると『なんでも買うてやる!』ってなるから、すぐ近くの駄菓子屋に連れて行って。
駄菓子屋なんて、1000円もあれば豪遊できる。そこで山ほど菓子を買うてもろて、ねえちゃんに持って帰ってました」
栄養不足から生まれる、驚異のたくましさ。昭和の時代とはいえ、強烈なエピソードである。
◆十八番は、テレサ・テン
そしてさらに強烈なのは、おっちゃん相手に披露される美緒さんの鉄板ネタなのだが。
「お父ちゃんの愛人が、台湾出身のスナックのママだったんですよ。私もよく、お父ちゃんにその店に連れて行かれててなあ。
愛人のママを喜ばすために、私はカラオケでテレサ・テンとか歌うねん。ほら、台湾出身の歌手だから。小学生女児が『愛人』を歌うグロさ! 当然、意味なんてわかってませんでしたよ。でも、ママがそりゃ~もう喜ぶ。美緒ちゃん、お歌上手やなあぁ~~! 上手上手~!
……って話をすると、おっさんらが爆笑してくれてなあ」
美緒さんの母は新興宗教に加え、マルチ商法にも手を出していたという。
それぞれの選択に、母なりの理由はあったのだろう。しかし、手をかけているように見える自然食で栄養不足にさせてしまったり、「幸せになるため」の新興宗教によって、子どもを悲しませたりと、アンバランスさが目立つ。
美緒さんはたびたび「おかん、どれだけ隙があったんや」とぼやくが、歪みと比例した大きさの心の穴があったのではないだろうか。夫の家庭への無関心も、関係ないとは言えないだろう。
◆美談にはしたくない
そして、ここまでたくましくならざるをえなかった子どもの境遇が、切ない。
これを「たくましい子ども」「生活力」「けがの功名」といったような美談にしてはいけない。親の沼深さの、しわ寄せなのだから。
給食をもらい、菓子を楽しみ、助け合って育った姉妹はその後、無事大人になった。現在美緒さんは、高校生の子どもを持つワーママだ。
◆思いがけない夫の異変
すると予想外に、「家族が自然派」の第2章がはじまった。
子どもが小学校にあがると、夫が転職して整体師となり、これまた母のような自然派となったのだ。
「だんだんこだわりが増えてきて、夫はしまいに私が作る食事を食べなくなってねえ。
でも、もともと生活スタイルも全然違うし、財布も別だったから、いまのところ大きな支障はなく、娘とふたりで生ぬる~く見守ってますわ」
最近の夫は、SNSで広まっているデマである「農薬で発達障害になる」という言説を信じ、野菜の購入先などを過剰に気にするようになってきたのが、美緒さん親子の困りごとだ。
また、隙あらば謎の手作り酵素ドリンクを、娘に飲ませようとすることもある。
◆マイペースを保つ
美緒さんや娘が肩や腰の痛みを相談しても、整体の技術でケアしてくれることはなく、日々の不摂生への説教が始まることも……。
そのように夫と相容れない部分は多々あるが、ゆるく受け流し、家族それぞれがマイペースに暮らしているという。
美緒さんと娘さんのなかで、「家族以外の他人にこだわりを押し付けたり、何かに勧誘しなければOK」という許容ルールがあるのだ。
沼深い母も、昔と変わらぬままの生活で、別世帯で健在だ(父は病気で亡くなった)。
◆いまなお残る、複雑な想い
さて、いまの美緒さんの平穏は、心と経済の自立が大きいだろうと思える。子どもも自立心が高く、親の言うことを鵜吞みにしないタイプであったことも幸いした。
しかし、いまが心穏やかだからすべてよし、とはいかない。美緒さんはいまでも、SNSに散見される「カルト宗教二世」や「親が自然派」の苦労を、複雑な気持ちで眺めている。
<取材・文/山田ノジル>
【山田ノジル】
自然派、○○ヒーリング、マルチ商法、フェムケア、妊活、〇〇育児。だいたいそんな感じのキーワード周辺に漂う、科学的根拠のない謎物件をウォッチング中。長年女性向けの美容健康情報を取材し、そこへ潜む「トンデモ」の存在を実感。愛とツッコミ精神を交え、斬り込んでいる。2018年、当連載をベースにした著書『呪われ女子に、なっていませんか?』(KKベストセラーズ)を発売。twitter:@YamadaNojiru