横浜市が「産後ケア事業」を委託している助産所で2年前、乳児の死亡事故が起きていたことが分かった。出産年齢の上昇を背景に需要が高まる同事業だが、産後間もない母親の支援に主眼が置かれ、幼い命の安全対策は現場に委ねられてきた実態がある。両親は再発防止に向けた仕組みづくりの必要性を訴え、市などに損害賠償を求める訴訟を起こした。裁判は3日、横浜地裁で始まる。
訴状などによると、事故は2022年6月9日未明に市内の助産所で起きた。市から産後ケア事業の利用を認められた母親(34)は、1泊2日での宿泊を選択。当時生後2カ月だった長女を助産師に預け、別室で休息を取っていた。
助産師は茉央ちゃんにミルクを飲ませて寝かせた後、食事の準備などで部屋を離れたという。約30分後に異変に気付いた時には既に心肺停止状態で、間もなく死亡が確認された。死因は特定されていないが、ミルクの誤嚥(ごえん)による窒息死の可能性が高いとみられている。
両親は、事業主体の市が必要な指導を講じなかった上、助産師も注意義務を怠ったなどと指摘。睡眠中の乳児に対する定期的な呼吸確認をはじめ、市が適切な安全基準を設けなければ対応は現場任せになり、「再び同じような事故が起きてしまう」と懸念する。
しかし市の担当者は、そもそも母子が別室で過ごす状況を想定していないと強調。「母体を休めることが事業の主目的ではない」と主張する。事故の翌年度に配布を開始した利用案内の用紙にも「預かり希望での利用はできない」と明記したが、現場からは「預からざるを得ない状況は少なくない」との声が上がる。
乳児の母親は当時、初めての育児に心が張り詰め、満足に眠れない日々を送っていた。夫(31)は仕事で多忙を極めていたといい、1カ月健診で「産後うつ」の可能性を指摘されて保健師と面談。事業の存在を知り、すがる思いで申し込んだ経緯がある。
利用するのは事故時が3回目だった。助産所の支援を受けて心身の負担が軽くなった実感があり、「困っているお母さんにとって絶対に必要な事業」と力を込める。だからこそ、強く願う。「誰もが安心して使える仕組みを整えてほしい。それだけです」