「彼らが訴えていることが何か、しっかり感じ取りたい」。津久井やまゆり園事件の発生時、被害者の救命に当たった医師の稲垣泰斗さん(42)は、これを境に知的障害者と接する意識が変化した。入院中の被害者たちに接した際、一人一人の感情表現の仕方など同園の職員が事細かにまとめた資料に触れたことがきっかけだった。26日で事件から8年。現場近くの診療所にも勤務する稲垣さんは、障害の有無にかかわらず患者の訴えや思いに耳を傾けて少しでも理解しようと努めている。
「(相模原市)緑区で多数傷病者事案があったので、全員出勤になりました」。2016年7月26日早朝、稲垣さんは自宅で電話を受けた。詳細が分からないまま、勤務していた北里大学病院救命救急・災害医療センター(同市南区)に向かった。
途中、車のラジオで事件を知った。同センターに入った稲垣さんは、救急車で次々と傷病者が搬送される中で、主に全体をマネジメントする役割を担った。
救命に当たっている最中は、医師として目の前の仕事に集中した。その後、命を救うことができて回復した被害者たちと診察などで接した際、感じることがあった。
日頃、知的障害者とコミュニケーションを取るのは難しいと考えていた。そうした中で、同園職員から一人一人についてまとめた資料が提供され、目を通した。
本人が口にする単語の意味、うれしい時や嫌な時にするジェスチャー、何が好きで何が嫌いか、日々のルーティン-。そこには時間を共にしてきた職員だからこそ分かる、とても細かい情報が書かれていた。
「時間をかけてよく人を見ればそれだけコミュニケーションを取ることができ、その人のことが分かる。職員さんたちがどれだけ思いをかけているのかも分かった。僕らは接している時間は短いが、少しでも近づけたらいい」。稲垣さんは職員に敬服の念を抱いた。
それから8年。稲垣さんは、同園近くの市立千木良診療所で週1回診療に当たっている。以前勤務していた同センターでは、意識のない状態で運ばれてくる傷病者が多いため、本人の感情に触れることは少なかった。今は診療所を訪れる一人一人と話をする。