「コーヒーは人と人をつなぐものなんだよ」。人生をコーヒーに捧げながら、29歳の若さでこの世を去った男性がよく口にしていた言葉です。その遺志を継いだ両親が踏み出した、新たな一歩に密着しました。
熊本市北区植木町にある一軒のカフェ。深迫祐一さん、祥子さん夫婦のもとには、コーヒーの香りに誘われて訪れる人が後を絶ちません。
■客
「良かったですね、お店。息子さんの遺志を継いでオープンさせて」
■深迫祐一さん
「大変だったですよ。コーヒーのコの字もわからん」
■深迫祥子さん
「(息子から)聞いていたからできたんですけど、 聞いていなかったら、このお店なかったですよね」
店に飾られているのは、はにかむ息子の忍さんの写真。忍さんは東京で修業を重ね、コーヒーのスペシャリスト・バリスタになりました。しかし5年前、コーヒー豆を積んだトラックに巻き込まれ、29歳の若さで亡くなりました。
■深迫祥子さん
「職場から電話がかかり、息子が救急車で運ばれたと。亡くなったと聞いたのは、その後でした。本当に何が何だかわからず。『コーヒーは人と人をつなぐものなんだよ』って、しょっちゅう言ってましたね」
忍さんの夢は、ふるさとでカフェを開くこと。そばには、子どもたちが遊べるような庭も作りたい。生前遺した設計図を頼りに両親は、息子の夢を一つひとつかなえていきました。
遺志を継いだ両親が新たに始めた活動
カフェの開店から4年。深迫さん夫婦は、新たな活動を始めました。訪ねたのは熊本市内の病院です。
月に一度、コーヒーを無償で提供しています。その場所は緩和ケア病棟です。がんの治療を続ける患者の苦痛を和らげ、自分らしい生活を送れるようサポートする場所です。
■緩和ケア病棟の患者
「わー、いただきます。ありがとうございます。うーん、濃ゆい。いい香りです、ありがとうございます」
この活動も、忍さんの夢でした。
■深迫祐一さん
「彼(忍さん)が亡くなる半年くらい前に腕の骨を折りまして、病院に入院していたんです。退院したら俺、ホスピスにコーヒーのサーブ(提供)に行くよって、ボランティアで行くよって話をしていたみたいで」
若い世代にも「命の大切さ」を伝えたい。活動には、大学生も参加しています。
■熊本大学 平野伊吹さん
「ボランティアとしてコーヒーを出す側としても本当に気付かせてくれることが多いなと思いますね」
この日、祥子さんを訪ねてきたのは、家族の死と向き合う姉妹です。
■娘・清水菜織さん
「危篤、今危篤で意識がないので。最後のコーヒーの匂いをかがせていただいて」
母親の病室へ向かいます。
(深迫祥子さん)
「また来たよ、コーヒー大好きだからね。また飲む?」
奥テツ子さん。2か月前に大腸がんで入院し、この時、家族は病院から危篤と告げられていました。
(テツ子さんの娘・梅木歩美さん)
「コーヒーばやるよ、ほら」
テツ子さんが大好きだったコーヒーを浸したスポンジで口を潤します。
■テツ子さんの娘・梅木歩美さん
「コーヒーが飲めたけん、良かったなと思ってね。最後のコーヒーが飲めて良かったなと思ってますよ」
この日の深夜、テツ子さんは旅立ちました。
後日、深迫さん夫婦の元に、2人から手紙が届きました。
(手紙)*抜粋
「最後のコーヒーをスポンジで母に飲ませていただき、奇跡を目の前で見ることができました。あの光景は忘れません。最後の一息まで看取ることができました。ありがとうございました」
■深迫祥子さん
「(忍さんは)『コーヒーは人と人をつなぐものなんだよ』ってしょっちゅう言ってましたね。息子がそばにいて、やってくれているような感じで。体はないんですけど存在するような感じ」
■深迫祐一さん
「これで(忍さんの夢を)やり終わったんで、あとは父ちゃん母ちゃんゆっくりしてって言ってるかなぁ」
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