新型コロナウイルスの感染拡大を受け、自動車メーカーや自動車関連企業による医療支援が加速しています。なかでも、真っ先に協力を申し出たのが自動車部品メーカーの「マレリ」で、人工呼吸器の増産支援を開始しました。支援に至った経緯とはどのようなものなのでしょうか。
■自動車部品メーカーが医療機器の生産支援開始を決めた理由とは
あまり報道されていないものの、2020年7月1日から日本の自動車産業によって生産された人工呼吸器の出荷が始まっています。
新型コロナ感染拡大を受け、自動車工業4団体の対応について記者会見がおこなわれたのは4月10日のこと。豊田章男自工会会長などの動きにより、経産省も自動車産業に人工呼吸器の増産支援を依頼すべく動き出しました。
真っ先に協力を申し出たのが『マレリ』という企業ですが、どのような経緯で増産支援に踏み切ったのでしょうか。
マレリと聞いて、イメージ出来ない人もいるかもしれません。
いままで『カルソニックカンセイ』という日産系の自動車部品メーカーだったものの、イタリアの『マニエッティ・マレリ』を買収。
独立系自動車部品メーカーとして世界進出するために、2019年から欧州などで馴染みのある「マレリ」という社名にしたといいます。
日産「リーフ」のインバーターやF1の制御PCなど、精密な電子基板を生産する技術に長けており、マレリの技術担当者が人工呼吸器を見て「これなら増産支援可能」と感じたそうです。
増産支援を受けたのは4月20日。翌日、日本の人工呼吸器メーカーである「メトラン」とミーティング。驚くべきことにその場で増産支援を決定したといいます。
そのときの状況をマレリに聞いてみたら「技術的に可能だと思えましたし、メトランという企業の志の高さに共感しました。そのうえで人命救助のお手伝いが出来るとなれば迷う余地もないということです」
その後の動きも早く、4月22日に部品調達や代替部品の試作に取りかかり、2か月後の6月25日から量産を開始しています。
■年産100器から年産2万4000器まで生産能力向上! 最初の納入先は?
マレリが生産するのは、新型コロナ対応に機能を絞りながら、優れた性能を持つ人工呼吸器です。
人工呼吸器にはふたつのタイプがあります。風船などに空気を入れるときに使われる足踏みポンプのような、ピストンで空気を送るタイプ(救急搬送などで使われる手押しの人工呼吸と同じ)と、空気を送る量を電子的なバルブ=ソレノイドで制御するタイプ。
簡単な構造の前者も緊急時には役立つが、空気を送る量を過大にすれば肺に圧力を掛けて損傷を与えてしまい、少ないと酸素量不足になります。一方、後者のシステムなら上限圧力を決めて空気を送ることができ、肺に損傷を与えない空気量を上限まで送ることが可能です。
メトランの人工呼吸器は繊細な制御が要求される未熟児などに使われており、高い性能を持ちます。
ちなみに自動車産業はこういった人工呼吸器を生産出来る技術力を持っているけれど、制御などのノウハウがありません。
また、医療関係の機器作りは認可などの問題もあります。マレリのように既存の医療機器メーカーの生産支援をするのがもっとも有用だと思います。
ちなみにメトランの生産能力は年産100器。マレリなら年産2万4000器まで可能とのこと。
その後、幸いに我が国は新型コロナの感染がフラッシュオーバーしなかったため、日本政府(経産省)からのニーズこそ無くなったものの、世界規模で見たら依然として人工呼吸器は圧倒的に足りていません。
ということから、最初のロットはボリビアに送られます。続いてベトナム赤十字向けを生産するとのこと。
日本向けはどうなるのでしょうか。前述の通り経産省依頼の開発プログラムが無くなったため、日本での医療承認は取れておらず、医療現場への投入予定は無し。
ただ、マレリが生産した人工呼吸器は、間違いなく人の命を救います。1器あたり確実に1人。いや、ボリビア向けは10人以上の命を救うことでしょう。
もし今後日本で新型コロナがフラッシュオーバーしても、十分な生産能力です。大いに心強く思います。