新型コロナウイルスの影響で、オークションがオンライン型に切り替わった2020年だが、対面型と違って予想落札価格に達しないケースが多分に見受けられるようになった。そこで、常に高値安定していたフェラーリ「275GT」シリーズ3台の最新オークション状況から、現在の市況を分析してみよう。
■本格的フェラリスタに評価の高い「275GT」で、市況を占う
毎年8月中旬には、北米カリフォルニア州のモントレー半島一帯を舞台に「モントレー・カーウィーク」と呼ばれるイベント群が、一週間にわたって開催されている。「ペブルビーチ・コンクール・デレガンス」や、ラグナ・セカ・サーキットを舞台とする「ロレックス・モータースポーツ・リユニオン」などの超人気イベントに参加するために、全世界から自動車エンスージアストたちが集結する。
そしてこの一週間には、アメリカ国内のみならずヨーロッパのオークションハウスたちも、大規模なオークションを連日のように開催するのが通例だ。なかでもRMサザビーズ社がモントレー市の中心街で開催する巨大オークションでは、毎年コンクール級のクラシックカーに対して熱烈なビット合戦が展開されるのだが、2020年は新型コロナウイルス感染防止によって「モントレー・カーウィーク」自体がキャンセルされてしまった。
そこでRMサザビーズ社は、今年のクラシックカー業界における最新トレンドとなった、ネット上のオンライン限定オークション「SHIFT MONTEREY」を開催。台数・クオリティともに、これまでの対面型オークションにも負けない出品車両を数多く集めてきた。
今回はそんな出品ブランドのなかでも、常にクラシックカー界の主役の座を占め続けるフェラーリ、特に本格的フェラリスタの間では評価の高い「275GT」シリーズ3台のオークションについてレポートしよう。
●1965 フェラーリ「275 GTB byスカリエッティ」
フェラーリ「275GTB」は、歴史的傑作となった「250GT」系、ことに「250GTベルリネッタ・ルッソ」の後継車種として、1964年秋のパリ・サロンにて発表された大人気モデルだ。
ピニンファリーナのデザイン/スカリエッティの架装による、流麗にしてダイナミックなベルリネッタボディは、当時のレース界におけるフェラーリの隆盛を支えていたスーパースター「250GTO」のラインを、ストラダーレGTとして解釈したものといわれている。
一方、メカニズムは当時のフロントエンジン・フェラーリからさらなる進化を遂げており、トランスミッションはクラッチともども後方に置かれるトランスアクスル式。そして4輪ダブルウィッシュボーンの独立懸架と、現代の「812スーパーファスト」にも継承されるレイアウトを早くも採用していた。
今回「SHIFT MONTEREY」に出品された275GTBは、ファンの間で「ショートノーズ」と呼ばれる初期モデルで、1965年にイタリア国内でデリバリーされた個体だ。
いわゆるコンクール・コンディションとなるレストアが施されており、クラシック・フェラーリの国際マーケットでは、いまや必須条件と化しつつある「フェラーリ・クラシケ」認証も取得済み。
フェラーリ製市販車として初めて標準装備されたアロイホイール、「スターバースト」スタイルのカンパニョーロ社製ホイールを履いた、フェラーリ愛好家にとって実に好ましい1台であった。
ただ、Rosso Barchetta(バーガンディ)のボディカラー/ベージュ革のインテリアともに、新車時のGrigio Argento(シルバーグレイ)/Pelle Nera(黒革)から変更されているせいか、RMサザビーズが現在のオーナーと相談の上で設定したエスティメート(推定落札価格)は、180万ドル−200万ドルというやや控えめなもの。
そして2020年8月15日午後(現地時刻)に締め切られた競売では、エスティメート下限に及ぶ180万ドルで終了。オークショネアに支払われる手数料を含めた最終公表価格は、198万ドル(邦貨換算約2億1000万円)という、満足すべき結果を得た。
新型コロナ禍のさなかに、全盛期のマーケット相場にも近い評価を受けた理由は様々なものが推測されるが、やはりRMサザビーズ社のフラッグシップイベントである「モントレー・オークション」の代替オンラインイベントであったことが大きいのではと思われる。
■オンラインだと落札価格は伸びないのか?
1966年以降の275GTBは、ノーズ先端がより長く延ばされるとともに、リアウインドウも拡大。トランスアクスルのプロペラシャフトがトルクチューブ化されるなど大規模なブラッシュアップが施された。
そして翌1967年には、フェラーリ製ストラダーレとして初めて、バンクあたりDOHCとドライサンプ潤滑が採用されて300psをマークした。そして新たに4本のカムシャフトを持つことから「275GTB/4」と呼ばれることになった。
●1967 フェラーリ「275 GTB/4 byスカリエッティ」
この275GTB/4、生産台数は330台と275GTBよりも少ないせいか、あるいはスタイリッシュなエクステリアと4カムエンジンの魅力か、国際クラシックカーマーケットにおける人気は常に2カム275GTBを上回り、その相場価格は5割増し以上といわれている。近年のオークション実績では3億円前後の落札事例もいくつか見られたようだ。
しかし、2020年7月に同じRMサザビーズが開催した「THE EUROPEAN SUMMER AUCTION」では、2カムながら概ね4カムモデルに近い金額で取り引きされる、総アルミボディの1966年型ロングノーズ275GTBが、170−190万ユーロのエスティメートを大幅に下回る、143万ユーロ(邦貨換算約1億7700万円)に終わってしまったことから、新型コロナ禍の中で275GTB人気にも翳りが出てきたのではとする見方もあった。
ところがその直後、「グッディング&カンパニー」社が8月7日の締め切りでおこなった「GEARED ONLINE」オークションでは、同じ1966年型の275GTBロングノーズが308万ドル(邦貨換算約3億2700万円)という驚異的な価格で落札されるなど、新型コロナ禍真っただなかにある現在のマーケットの混乱ぶりを象徴する結果を示してきているのだ。
そんな状況のもと、今回RMサザビーズ社が「SHIFT MONTEREY」に際して275GTB/4に設定したエスティメートは、250万ドル−275万ドルという現況を鑑みれば至極妥当な数字だった。
ところが、競売締め切りの8月14日午後を迎えてもビッドは振わず、結局230万ドル(邦貨換算約2億4500万円)まで上がったところで入札は終了。今後はオークションハウス側で購入希望者と個別に商談を継続する「Still For Sale」となってしまった。
●1966 フェラーリ「275 GTS byピニンファリーナ」
1990年代までのフェラーリは、トリノのピニンファリーナでデザインワークを担当し、モデナのスカリエッティがボディ製作を引き受けるコンペティション指向の高いモデルと、ピニンファリーナがデザインとコーチワークの双方を完全受託するゴージャス系モデルの双方が存在したが、1964年に275GTBと時を同じくしてデビューした豪奢なスパイダー「275GTS」は後者にあたる。
250GTピニンファリーナ製カブリオレの後継にあたるモデルとして開発された275GTSは、エンジンパワーを275GTBから20ps落とした260psとされる一方、より上品で豪華なスパイダーボディと、ボラーニ製ワイヤーホイールが標準で与えられた。
生産台数は200台と、275GTBおよび275GTB/4を合算した780台よりもかなり少ないのだが、やはりスター的な魅力を発揮するスカリエッティ製ベルリネッタの陰に隠れた存在であったことからか、今回RMサザビーズが設定したエスティメートは、2カム版275GTBよりも若干安めの160万ドル−180万ドルであった。
こちらも半ば当然のごとく「フェラーリ・クラシケ」認証を得ていることからわかるように、エンジンとトランスミッションはオリジナルのものを維持。オリジナリティの点でも申し分ない。
また新車としてデリバリーされて以来、54年間で刻んだ走行距離は約2万7500マイルというローマイレージ(低走行車)で、しかも2018年に5万ユーロ(邦貨換算約630万円)を投じて機関部のリペアを施したばかりという。
こうした好条件にもかかわらず、8月14日午後(現地時刻)に締め切られた競売は、エスティメートには大きく及ばない、140万ドル(邦貨換算約1億4800万円)で流札。こちらも「Still For Sale」となってしまったのだ。
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本来ならば2020年8月16日に開かれるはずが、来年へと一年順延となってしまった「ペブルビーチ・コンクール・デレガンス」は、90周年を迎えたピニンファリーナがメインフィーチャー・ブランドとされていた。
予定どおりコンクールが開催され、モントレー・カーウィークが「ピニンファリーナ祭り」にでもなっていれば、あるいは今回のフェラーリ275GTたちにも、もっと高値による落札があったのかもしれないが、結果としてこの「SHIFT MONTEREY」は、現在の国際マーケット市場における予想の難しさを、いまいちど浮き彫りにする結果となったようだ。