ケン・オクヤマことデザイナー奥山清行氏が、ピニンファリーナ在籍時代にスタイリングを手掛けたフェラーリ「612スカリエッティ」。日本にはF1マチックのみが正規輸入されたが、MT仕様が43台のみ存在するという。そのMT仕様の612のオークション落札価格はどれほどであろうか。
■「バーグマン・クーペ」を再解釈した「612スカリエッティ」
2003年に、フェラーリが新世代の2+2GT「612スカリエッティ」を発表した時、誰もがその美しさに魅了されたに違いない。
●2005 フェラーリ「612スカリエッティ」
ネーミングに掲げられる「612」という数字は、実際に搭載されるエンジンの排気量や気筒数とはまったく関係がなく、むしろかつて隆盛を誇った「612 Can-Am」などのイメージを、このニューモデルに託したのだとも考えられる。
なぜならこの612スカリエッティは、これまでの2+2GTと同様に、アメリカがメイン・マーケットであったからだ。
612に続く「スカリエッティ」は、現在はフェラーリの子会社となったカロッツェリア・スカリエッティを率いた、セルジオ・スカリエッティの名前に因んでいる。
612スカリエッティのスタイリングは、現在でももちろん美しく、魅力的なクーペ・スタイルである。スタイリングを担当したのはピニンファリーナだ。
最新のエアロダイナミクスを得ながら、映画監督のロベルト・ロッセリーニが女優イングリット・バーグマンに贈った、通称「バーグマン・クーペ」のスタイルを見事に現代化して復活させている。
フロントフェンダーのホイールアーチ後方に始まり、ドアパネルにまで続くパネル面の造形は、612スカリエッティとバーグマン・クーペのスタイリングにおいて最大の特徴であり、コンパクトな縦長スタイルのヘッドランプもまた同様である。その仕事は実に素晴らしい結果を生んだといってよいだろう。
ちなみにバーグマン・クーペとは、ピニンファリーナがかつて作り上げた「375MM」のワンオフモデルである。
■43台のみ生産されたMT仕様の値段は?
外観からも想像できるように、フロントミッドシップされるV型12気筒エンジンは、2シーターの「575Mマラネロ」用の改良版と考えられる。
●2005 フェラーリ「612スカリエッティ」
排気量は5.7リッターで、最高出力は575Mマラネロ用と比較して25psほどアップした540psとなる。組み合わせられるトランスミッションは、F1マチックとネーミングされたセミATのみと考えられていたが、実はフェラーリは43台の6速MT仕様を生産している。
RMサザビーズ・ロンドン・オークションに出品されたのは、まさにその43台のうちの1台で、その希少価値がオークションでどのように評価されるのかにも興味は集まった。
タンを基調色としたインテリアのコンディションも悪くない状態だ。走行距離は4万3400km弱。最近イギリスのポーツマスにあるフェラーリのサービス工場でメンテナンスを受けたばかりだが、この時にインテリアもクリーニングを受けている。
その優雅な姿とは対照的に、612スカリエッティはトランスミッションを後方に配置するというトランスアクスル方式を採用したことと、フロントミッドシップのエンジン搭載方法で、コーナリング時には素晴らしい回頭性と後輪のトラクション性能を披露する。
最高速は199マイル(318km/h)。しかもどのような速度帯でも、キャビンは常に快適な空間に保たれるのだ。
612スカリエッティの生産は2011年まで継続されるが、フェラーリはその後継車としてハッチバック・ボディの「FF」を発表した。
つまり612スカリエッティの真の後継車は、残念ながら現在まで誕生していないことになる。多くのフェラリスタが、良質な612スカリエッティを探してやまないのはこのあたりにも理由があるのだろう。
今回オークションに出品された2005年モデルの落札価格は、10万6700ユーロ(邦貨換算約1350万円)であった。
貴重な6速MTであることを考慮すると、まずまず手頃な価格といったところだろうか。