山口県宇部市に、日本最長の31.94kmを誇る私道があります。ここは、関係者以外立ち入り禁止となっており、そこでは日本の公道が走行不可の巨大トレーラーが走行しているといいます。一体何がおこなわれているのでしょうか。
■なぜ約32kmの専用道路が誕生したのか?
一般的に私道と聞くと、狭い路地のような道を思い浮かべる人も多いかもしれません。
しかし、山口県宇部市にある宇部興産の私道はなんと約32km。東名高速道路の東名東京料金所から厚木IC間よりも長い距離の私道です。
日本一長いといわれる私道や、そこを走る日本では見慣れない巨大なトレーラーとは、どのようなものなのでしょうか。
1968年から14年かけて建設された宇部興産専用道路は、山口県内陸部の美祢市にある伊佐セメント工場と、同県の瀬戸内海沿岸にある宇部市の宇部セメント工場を結ぶ全長31.94kmの「日本で一番長い私道」です。
伊佐セメント工場では、隣接する伊佐鉱山で採掘した石灰石などを原料に、セメントの中間製品「クリンカー」を製造しており、これらをトレーラーに積載し専用道路を使って宇部セメント工場に運びます。
運ばれたクリンカーは、宇部セメント工場でセメントに仕上げられて日本国内や海外へも出荷されています。
専用道路は、一部を除いて片側2車線の自動車専用道路となり、道中には全長1020mの興産大橋や伊佐トンネルなどを設置。興産大橋は、宇部鉄工所(現・宇部興産機械株式会社)で製造された鋼トラス橋です。
輸送に使用されている巨大な「ダブルス・トレーラー」は、1台のけん引車(トラクター)でふたつのトレーラーを引くことで1編成当たり約88トン(荷の比重によっては100トン近く)の物資輸送を可能としています。
ダブルス・トレーラーの燃費は、1リッターあたり約1.5kmで、10トンダンプの燃費は1リッターあたり約5.0km。燃費の数字だけをみれば10トンダンプのほうが圧倒的に良いのですが、実際はダブルス・トレーラーのほうが「エコ」な輸送手段とされています。
ダブルス・トレーラーは、10トンダンプの9倍多い量を一度に運ぶことができるので、燃費は3倍悪くても、結果的に効率が良い輸送が可能となるため環境への影響も小さいのです。
なお、日本の公道においては車両制限令第3条第2項によって、セミトレーラ連結車・フルトレーラ連結車は、通行する道路種別ごとに総重量および長さの特例が設けられています。
しかし、この特例であっても公道を走行できる車両重量の最大は一般道路で27トン(最遠軸距10.0m以上)、高速道路で36トン(同15.5m以上)と定められており、総重量130トンを超えるダブルス・トレーラーは制限を大幅に上回っています。そこで、私道である宇部興産専用道路のみで運用されているのです。
専用道路における最大の難所は全長1020mの「興産大橋」にある急こう配の上り坂です。
100mの間に6m高度が上昇する非常に急な上り坂ゆえ、シフト操作も熟練の技が必要となります。
坂の下ではギアを15速、時速60キロで上り始め、速度とエンジン回転数を合わせる神ワザ的なシフトダウンを繰り返し、八分目までに7速までギアを落とし、時速15kmで88トンの荷物を引っ張り上げます。
ちなみに興産大橋の坂が急こう配になっているのは、橋げたと海面の間の距離をできるだけ高く取って、大型の貨物船を通りやすくすることが理由です。
■長いー!長過ぎる! 公道走行不可の巨大トレーラーとは?
専用道路を走るダブルス・トレーラーとはどのようなメーカーのどのような車両なのでしょうか。
ちなみに、約20年ほど前までは、「トリプルス・トレーラー」も2セットのみでしたが運用されていたそうです。
積載量は、35トン×3トレーラー=105トン(現在44トン×2トレーラー=88トン)。
全長45mもの長さで積載時の総重量は約160トンもあったため、当時は限られた乗務員にしか運転出来なかったといいます。
現在、専用道路を走るトラクターはすべてダブルス・トレーラーで、トラクターは以下の4車種となっています。1台当たりのレギュラー車としての使用はトラクターが約8年(150万km走行)、トレーラー部分が約10年(190万km走行)に設定。(その後、予備車として故障車のバックアップなどに2年程度使用)
外観からして、迫力のあるケンワース「T609型」、「T610型」は、最高出力は600馬力、排気量15リッター、18速マニュアルトランスミッションのスペックを誇ります。
日本では、まず見ることがないデザインが目を引きます。
フロントウィンドウの面積が狭いことで視界も狭く、18速MTの操作も高度な技能が必要で乗り心地も良いとはいえないようですが、600馬力というパワフルなエンジンと何より迫力あるカッコいいデザインで、社外見学者の人気はナンバーワン。
ケンワースはアメリカのメーカーですが、右ハンドル仕様を製造しているオーストラリアから直輸入をしています。
次は、いすゞ「GIGA」(EXZ52CK-XRR-M改)は、最高出力520馬力、排気量15.7リッター、16段マニュアルトランスミッションというスペックです。
2020年9月に発売された「ロングトミカ 宇部興産ダブルス・トレーラー」は、この車種が使われました。日本メーカーの製品ゆえメンテナンスやパーツ供給体制、整備性にも優れています。
ボルボ「FH64」は、最高出力520馬力、排気量12.8リッター、12段オートマチックトランスミッションというスペックの車両も存在。
日本市場への参入が早いこともあり、海外メーカーではありますがサービス体制が比較的充実しています。北欧のメーカーであるので、視界良好、乗り心地が良いといった特徴があります。
そのほか、2016年からの導入で4車種のなかではもっとも新参車である、スカニア「R580」、「R650」(LA6X4HSZ)のトラクターです。
最高出力580馬力、650馬力(16リッターV型8気筒・ポスト新長期対応エンジン搭載)のスペックです。
前後リーフサスペンション、スカニアオプティクルーズ12段OD自動変速機能付トランスミッションを搭載したいわゆるAT車です。
ボルボと同様に北欧のメーカーですので、視界も広く、運転がしやすく乗り心地も良いので人気上昇中。
実際に使われているのはホイールベースを3300mmまで延長した宇部興産向けの専用仕様です。
また、かつては三菱ふそう(FV50L型)もトラクターとして使用されていましたが、15年程前にメーカーが撤退して新車供給を停止しました。
当時すでに使用していた車両に関しては寿命を迎えるまでメンテナンスをおこなっていたとのことです。
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なお、ダブルス・トレーラーの運転資格を得るためには、私道であっても公道での大型免許と牽引免許を有していることが条件となります。
非常に特殊な車両であるため安全な走行には特別な技術を必要とします。乗務員教育は助手席同乗に始まり、空車状態から積載状態での走行トレーニングを中心に1か月から2か月もの訓練期間を設けているといいます。
その訓練を経て、最終的には検定者の同乗による走行試験に合格した乗務員だけが、あの巨大トレーラーを運転できるのだそうです。