ドライバーの急な疾病による事故のリスクに対し、先進運転支援機能で速やかに車両を停止させる「ドライバー異常時対応システム」に注目が集まっています。すでに実用化が始まっている、大型バスや乗用車の採用例を紹介しましょう。
■ドライバーの急な疾病によるリスクに備えよ! すでに大型バスで実用化した例も
名古屋高速道路で2022年8月22日に発生した大型バスの横転事故は、ドライバーがなんらかの体調異常などにより発生した可能性が疑われています。
こうした不可抗力の事態に対し、最新の先進運転支援機能(ADAS)を用いてドライバーの状態を検知し、速やかにクルマを安全に停める「ドライバー異常時対応システム」の実用化が、大型バスや乗用車ですでに始まっています。
本稿を執筆した翌8月23日時点ではまだ、名古屋でのバス事故の事故原因は判明していません。しかし一部報道では、事故を起こしたバスが事故発生前に道路上でフラフラした状態で走行していた、という証言があると報じされています。
仮にフラフラとした走行が事実だとすると、ドライバーの体調の異常や、車両の故障などが考えられます。
正確な事故原因については、今後実施される警察の現場検証や、国土交通省による事故調査などによって解明されると思います。
本記事では、話をドライバーの体調異常が起こった場合のクルマの技術的な対応について考えてみたいと思います。
まず大型バスについては、日野自動車が「セレガ」などに装備する「EDSS(エマージェンシー・ドライビング・ストップ・システム)」があります。
筆者(桃田健史)は2018年5月に、JR青梅線の羽村駅に近い日野自動車羽村工場内のテストコースで実施された「安全・自動運転技術説明会」に参加し、その際に量産を控えたEDSSのデモンストレーションを体験しています。
デモンストレーションでは、セレガにほぼフル定員乗車の状態で高速周回路を走行。
直線路になってから、運転者がぐったりとして運転継続が不可能になった状態を想定すると、車内に警報音が流れてから、ハザードライトを点滅した状態で、完全停止に向けて同一車線でスピードを徐々に落としてから停止する、という流れでした。
また、乗客が運転手の体調異常を認識した場合、座席上部にある非常ブレーキボタンを押すケースも体験しました。
この場合、最初に軽微制動が作動し、次に車内警報音が流れ、ハザード点滅した状態で停止制動が作動する仕組みでした。
客席の非常ブレーキボタンには保護カバーがかかっており、「異常時にはカバーをかけてボタンを押すと、バスは自動的に減速します。ドライバーが急病等により運転の継続が困難な場合以外は絶対にボタンを押さないで下さい」という注意書きがありました。
なおこちらは、すでに日野の大型バス車両で市販化が実現しています。
乗用車では、マツダが2021年11月に初公開した「CO-PILOT CONCEPT(コ・パイロット コンセプト)」があります。
広島県三次市のマツダ自動車三次自動車試験場で、筆者はマツダ3にCO-PILOT CONCEPTを搭載した実験車両で体験試乗しています。
試乗では、高速周回路の直線部分を時速80kmで走行した状態で、体調異常を想定し運転席で故意に上半身を大きく傾けました。
すると、約3秒でCO-PILOT CONCEPTが作動。ホーンによる警報とハザードライトとブレーキ点滅で、自動車専用道の最低速度の時速50kmまで一旦減速します。
そのまま時速50kmで走行を続けながら、地図情報から最寄りの非常退避場所を見つけて、カメラなどのセンサーで周囲の安全を確認してから、クルマのシステムが非常退避場所に向けて減速と操舵を自動で行いました。
2022年秋から国内での販売が予定されているマツダの新型SUV「CX-60」には、CO-PILOT CONCEPTの一部機能を用いた「ドライバー異常時対応システム(DEA:DRIVER EMERGENCY ASSIST)」を搭載する予定です。
■「ドライバー異常時対応システム」が義務化される時代もそう遠くはない!?
一方、国土交通省は2022年1月7日に「リスク軽減機能(ドライバー異常時対応システム)の要件の導入」として、道路運送車両の保安基準の一部改正について、商用の法令等の整備を行うと発表しました。
これは、諸外国が参加している国連規則による保安基準を日本の保安基準に反映されることで、ドライバー異常時の対応システムを義務化することを意味します。
国土交通省の表記では、「運転者が無反応状態になった場合に、自動で安全に停止や操舵する緊急機能を備える自動車(二輪自動車及び特殊な自動車を除く)」としています。
作動(要件)例としては、同一車線での停止の場合は以下のとおりです。
1.運転者をモニタリングして運転者の状態を検知(手動作動開始も可)
2.運転者に警報を発報(少なくとも作動開始5秒前)
3.運転者の介入がない場合車両を減速して停止(減速度=4m/s2 「sの二乗」以下)。
さらに車線変更機能付きでは、以下の機能が追加されます。
4.車線変更先の車線の安全が確認された場合の車線変更(周辺検知機能装備)
5.車線変更完了後、道路脇に停止(方向指示器とハザードの切り替え)
バスについては追加要件として、手動のボタンがある場合、機能が作動していることを乗員に対して表示すること、また作動開始前に乗員に対して聴覚及び視覚により警報すること、としています。
こうした保安基準が適用されるのは、新型車では2023年9月1日から、またすでに生産されているモデルは2025年9月1日からとなります。
ドライバー異常時対応システムをより有効に活用するためには、デジタル技術の活用も考えられます。
例えば、ドライバー異常時対応システムが作動したクルマの情報が通信システムによってクラウドで集約・解析され、その周囲を走行するクルマに対して注意喚起を行うことが必要でしょう。
また、119番通報のみならず道路管理者の道路管制システムと連動して、徐行または通行止めなどの措置が早期に実施されることも望まれます。
実際、今回の名古屋高速でのバス横転事故では、事故発生からしばらく経過した後に火の勢いがかなり大きくなり、車内の何らかの物が爆発した様子がSNSを通じて拡散していることからも、道路封鎖のタイミングがかなり遅かったことが分かります。
一般的に高速道路の監視カメラは、事故多発地点や渋滞多発地点などを中心に設置されている場合が多いため、今回のインターチェンジでの惨事を交通管理者が認識するのに、一定の時間がかかったのだと推測されます。
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今後の可能性としては、走行するクルマの車載カメラの情報を基に、道路管理者が危機管理するシステムも考えられるでしょう。
すでに海外では、走行する多数の車載カメラ情報から地図生成を行うシステムが量産レベルに達しており、そこに危機管理をAI(人工知能)で認知する機能が加わることも想定されます。
こうしたさまざまなデジタル技術によって、ドライバー異常時対応のみならず、交通における”もしもの場合の対応”が高度化することが望まれます。