トヨタは2022年8月29日、「TOKYO A-ARENA(トウキョウ エー アリーナ)プロジェクト」を発表しました。建設地は、2021年末に22年の歴史の幕を閉じた巨大ショールーム施設「MEGA WEB(メガウェブ)」があった場所です。これからのメーカー展示施設のあり方はどう変わっていくのでしょうか。
■新施設は「Bリーグ」トヨタプロバスケットチームのホームアリーナに
トヨタが2022年8月29日に発表した「TOKYO A-ARENA(トウキョウ エー アリーナ)プロジェクト」を受けて、「これから先、新車ショールームはどうなっていくのだろうか?」と感じたユーザーや新車販売店関係者が少なくないのではないでしょうか。
発表によると、2021年12月31日をもって22年間の歴史に幕を閉じたトヨタの大型ショールーム施設「MEGA WEB(メガウェブ)」(東京都江東区青海)の跡地に、収容人数約1万人のスポーツアリーナ「TOKYO A- ARENA」を、2025年秋の開業を目指して建設するということです。
新しいアリーナは、国内プロバスケットボールリーグのBリーグに参戦している、アルバルク東京のホームアリーナとなります。同チームの起源は、1948年に発足したトヨタの男子バスケットボール部です。
バスケットボールのほか、バレーボールや卓球などの室内競技、BMXやスケートボードなどのアーバンスポーツ、パラスポーツ、さらに最近グローバルで普及が進んでいるeスポーツなどでの活用が予定されています。
また、社会のサスティナビリティ(持続可能性)の観点では、地元である東京臨海副都心・青海(あおみ)地域の人々や関連企業と共に考える場としても有効活用するとの方針です。
では、トヨタの本業である自動車そのものについては、どうなるのでしょうか?
その点について、トヨタが強調したのが、新しいタイプのスポーツ観戦スタイルです。
例えば、アリーナ内での飲食やグッズなどの販売で、未来型モビリティサービスを使います。提示されたイメージ図では、トヨタの自動運転車両「e-Palette」のような販売車両や、歩行領域EVの立ち乗り式ロボットなどが紹介されましたが、詳細なサービス内容については公開されていません。
こうした次世代モビリティ以外には、メガウェブのような新車ショールーム施設は見当たりません。
その点について、記者から質問に対してトヨタ側は「新車発表会といった、常設ではないクルマの展示イベントなどについては現在検討中」と説明するに留めました。
いずれにしても「TOKYO A-ARENA」は、新車ショールームと直接関係する施設ではないことは確かです。
またメガウェブで好評だった、一般ユーザーがさまざまな新車を事前予約して試乗できるといった施設が設定される見込みはないようです。
時計の針を少し戻してみますと、トヨタが新しいタイプのショールームとして、東京豊島区東池袋にアムラックス東京を開設したのが、今(2022年)から32年前の1990年でした。
当時、トヨタの新車は販売系列によって販売しているモデルが違いましたが、アムラックス東京ではさまざまなトヨタ車が一堂に会していて、ユーザーの人気を博しました。
また、アムラックス大阪も開設されましたが2003年に、またアムラックス東京は2013年にその使命を終えています。
そして前述の通り、お台場のメガウェブが2021年をもって閉鎖になったのです。
そのため、2022年8月時点で、トヨタに関するさまざまなクルマが展示されている施設は、トヨタ博物館(愛知県長久手市)、トヨタ本社隣接のトヨタ会館(愛知県豊田市)、そしてJR名古屋駅に近いトヨタ産業技術記念館(愛知県名古屋市)があります。
メガウェブやアムラックス東京のように新車をフルラインナップで見て感じることができる内容ではなく、トヨタの歴史や技術を学ぶ場として運営されています。
唯一、愛知・名古屋駅前の大型ビル「ミッドランドスクエア」内に、トヨタとレクサスのショールームがありますが、全ラインナップが揃うほど大規模な施設ではありません。
■「巨大施設展示」の時代が変わる!? 近未来のショールームのあり方とは
トヨタは、100年に一度の自動車産業の大変革期を迎えたいま、クルマの会社からモビリティカンパニーへの転換を目指し、トヨタおよびトヨタグループでの組織改革や、新技術開発に取り組んでいるところです。
その中に、今回のメガウェブからスポーツアリーナの転換に見られるように、クルマと社会とのつながりについても、大きな転換点を迎えたということでしょうか。
キモになるのは、はやりDX(デジタルトランスフォーメーション)を活用した、クルマに対する「所有と共有」のあり方でしょう。
自動車産業界では1800年代後半からこれまでの長きに渡り、自動車メーカーがクルマを製造し、それを自動車販売店がユーザー向けに販売する、売切り型のビジネスモデルが一般的でした。
それが2010年代以降、人々の仕事や暮らしに対する意識の変化と、スマートフォンを活用した情報の流通が急激に発達したことで、欧米や中国では個人所有のクルマをタクシーのように使うライドシェアリングが普及しました。
日本では、ライドシェアリングに関して国が明確な方針を打ち出しておらず、その代わりとしてユーザーが自ら運転するカーシェアリングが全国各地で広まっている状況です。
こうした時代変化のなかで、メガウェブのような、人とクルマ(新車)との関わり方も変化が必要だった、ということかもしれません。
ただしトヨタは以前のような4チャンネル制から、全店舗・全車種併売制に移行しており、全国のトヨタのお店でフルラインナップのなかからクルマ選びができるようになりました。
とはいえ、メガウェブのようにフルラインナップを展示できるような店舗・施設は現在存在しません。
そのうえで新車販売店としては、ユーザーの希望に合わせて新車試乗の機会を設けるなど、DXを駆使した新しいユーザーサービスを展開するステージに入ったといえるでしょう。
また海外の事例では、三菱がアメリカで、オンラインでのバーチャルショールームを実用化するなど、仮想空間を活用したクルマの売り方や買い方を提案しています。
日本でも、韓国・ヒョンデが、オンラインのみでクルマ選びから売買契約まで一気通貫で行うシステムを導入して大きな話題となっているところです。
加えて、ヒョンデのブランドイメージの定着と修理を行う場として、日本法人直轄でのエクスペリエンスセンターを2022年7月末、横浜市内に開設しています。
こうした世の中の流れを見ていくと、トヨタの「TOKYO A-ARENA」プロジェクトは、近未来の「人とクルマ」との関わり方についてのさまざまな変化を「見える化」させる場になるように感じます。