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スバルの挑戦に脱帽!? 勝負と開発の両立に苦悩も… レースで「アイサイト開発」実践! いいクルマづくりの裏側とは

くるまのニュース 2022年9月13日 12時20分

2022年の「スーパー耐久シリーズ第5戦もてぎ」が2022年9月3日、4日に開催されました。今回はST-Qクラスに参戦する61号車Team SDA Engineering BRZ CNF Conceptの裏側を取り上げます。

■ただ勝つだけではない…!? スバル挑戦の裏側とは

「スーパー耐久シリーズ第5戦もてぎ」が2022年9月3日、4日に開催されました。

 7月末に開催された第4戦オートポリスから約1か月、第5戦は5時間耐久となります。

 さまざまなチームが参戦するなかで、61号車Team SDA Engineering BRZ CNF Concept(以下BRZ CNFコンセプト)は、勝負に勝つことに加えて、今後の予防安全を視野に入れた取り組みを始めています。

 スバルが、スーパー耐久に参戦する目的は、カーボンニュートラル燃料の挑戦と次期モデルの先行開発をGRとガチンコで戦いながらおこなうことに加えて人材育成という狙いもありました。

 戦いに関しては、4戦を終えてスバルが3勝、GRが1勝という状況です。2022年のスーパー耐久シリーズは7戦のため、スバルは今回のもてぎでGR86に勝つと勝ち越しとなります。

 前々回の第3戦菅生から“速さ”にもこだわったアップデートで“流れ”が変わったBRZ CNFコンセプトですが、今回はどのような進化がおこなわれているのでしょうか。

 チーム監督の本井雅人氏に聞いてみました。

「前回のクラッチトラブルはサプライヤーさんと解析をおこない、熱によるゴム部品の劣化だと判明。

 新品への変更に加えて冷却ダクトを追加しました。

 この問題は他チームやカップカーでも出ているのでフィードバックしたいと思っています。

 走りの部分ではサス周りは前回のバランスを活かした正常進化ですが、今回はより回頭性を上げるためにLSDにも手を入れ始めています」

 またBRZ CNFコンセプトにはエアコンが装着されています。

 前回大きくアップデートしましたが、その評価はどうだったのでしょうか。

「前回山内選手から『コンマ5秒遅くなるならスイッチは入れません、それがプロです』といわれたことで担当者の目の色が変わり、進化版のエアコン制御を採用し、タイムダウンすることなく快適性を実現しています。

 また、エアコンダクトも機密性を上げることで確実に冷気をドライバーに届けられるように改良をおこなっています」

 今回は「航空部門で使用されず廃棄される炭素繊維の端材を再生して作られたカーボンボンネット」が、SUBARU航空宇宙カンパニーとスバルのサプライヤーである千代田製作所と連携して開発されていることが発表されました。

 廃棄物の減量に加えて、再生利用による製造時のCO2削減(新品に対して約1/10)などSDG’sの観点はもちろんですが、『オールSUBARUで戦う』という部分も大きいようです。

 現時点ではボンネットのみですが、今後ほかのパーツはもちろんですが、他社への供給の検討も進めているそうです。

 そして、今回の注目アイテムといえば、スバルの運転支援システム「アイサイト」の装着です。

 筆者(山本シンヤ)は開幕前からBRZのロールケージ形状がGR86と異なること、BSM(後側方車両接近装置)が外されていないことが気になっていましたが、その答えはこれだったのです。

 ちなみにMT×アイサイトの組み合わせはスバル初となります。

 今回は量産仕様のステレオカメラの性能がレースの極限状態でどこまで通用するかのチェックがメインで、プリクラッシュブレーキやアダプティブクルーズコントロール機能は外されています。

 アイサイト採用の経緯、今回は何のチェックをしているかなどは、後述で紹介します。

 筆者が驚いたのは、エアコンやアイサイトなど、一見モータースポーツとは無縁と思われるアイテムを、「モータースポーツの現場で鍛える」という発想です。

 この活動が「未来のスバル車のため」におこなわれているということがよく分かる事例といえると思います。

 ちなみに、アイサイト投入の話を聞いたGRの佐藤プレジデントは「我々にそういう発想はなかったので、『素直に凄いな』と『我々もまだまだ甘いな』と思いました。今回のスバルの取り組みからGRが進める『モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり』について学びを得ました」と語ってくれました。

 このような取り組みがあったなかで、土曜日の公式予選は、曇り空ながらドライコンディションで実施。予選タイムはA/Bドライバーの合算となりますが、結果は以下になります。

 ●Team SDA Engineering BRZ CNF Concept
 4分20秒770
 A:井口卓人 2分10秒458
 B:山内英輝 2分10秒312

 ●ORC ROOKIE GR86 CNF Concept
 4分19秒922
 A:蒲生尚弥選手 2分8秒817
 B:豊田大輔選手 2分11秒105

 その差は前回の0.968秒よりも僅差となる0.848秒。

 スバル陣営は「予選は一度もGR86に勝てていないので、今回も悔しい」と語っていますが、両方のマシンを俯瞰して見て思うのは「BRZ CNFコンセプトは速い」です。

 なおエンジン出力はGR86 CNFコンセプトは285ps程度、BRZ CNFコンセプトは255ps程度と30ps近い差があります。

 もてぎはストップ&ゴーが多いコースレイアウトのためエンジン出力がタイムに影響しやすいのですが、この結果は「タイム差が僅か=BRZのハンドリングが良いこと」を証明しています。

 予選後に井口卓人選手は、「占有走行からマイナートラブルがあり予選は気持ちの良いアタックとは行きませんでしたが、走り出しから比べると確実に進化していると感じました」と語ってくれました。

 そして日曜日は、ピットウォークを経てスタート進行です。BRZ CNFコンセプトは第2グループの2番手で、その斜め前にはGR86 CNFコンセプトの姿が見えます。グリッド上ではアイサイト装着の話を聞きつけたモリゾウ選手が、井口選手に「アイサイト付いてるの?」と質問すると井口選手は「クーラーもついていますよ」と自慢げに返答している姿も見掛けられました。

 11時にフォーメーションラップが開始され、5時間の決勝がスタート。

 序盤からBRZ CNFコンセプトとGR86 CNFコンセプトは接近戦です。コーナーではBRZ CNFコンセプトがGR86 CNFコンセプトに近づき横に並ぶものの、抜くまではいかずという展開が続きます。

 今回は2台共にトラブルはほぼゼロで、まさにコース上でのガチンコバトルです。

 スバルのピットはGR86 CNFコンセプトとのタイム差の確認のために、多くの人がモニターに釘づけです。

■進化が止まらない! 航空機端材の再利用&レースでアイサイト開発! その裏側は?

 大きなトラブルもないことから、今回はBRZ CNFコンセプトの開発に関わる各領域のエンジニアに、この取り組みに関する話を聞いてみることにしました。

―― 序盤はハンドリングに悩みがあったように感じましたが、菅生以降は方向性が定まったように感じます。どのような変化があったのでしょうか?

 伊藤(シャシ領域担当):当初は「量産車をベースに限界領域を引き上げる」という考え方でしたが、全く通用せず……。

 正直にいうと、基本的なことができていませんでした。

―― 基本的なこととは、何でしょうか?

 伊藤:レーシングスピードで走らせるうえでの、「クルマのバランス」ですね。

 そこで「どういう目的で」、「どう動かしたい」、「だからこの仕様が必要」といった量産車と同じ考え方で見直しをおこないました。

 レーシングカーは乗りやすく、走りやすくに加えて、速さも追求しなければいけませんので、データを取り、それを性能に落とし込み……の繰り返しで、少しは形が少し見えてきたかなと。

―― つまり、量産車もレーシングカーも一緒だということですね?

 伊藤:そうですね。我々はスリックタイヤを履いて、このスピード領域で戦うことの知見がなかったので、「量産車の延長戦上で行けばイケるだろう」という甘い考えだったのも事実です。

 その結果、性能は足りず、バランスも崩れた……ということです。

―― まだ5戦目ですが、レースを通じてどのような気づきがありましたか?

 伊藤:一番は「感度」が変わったことだと思います。

「限界付近で攻めて走る」という限られた条件のなかでクルマを動かすには、基本的なことができていないと挙動やコメントに表れたのだなと。

 量産車しかやっていなかったが故に、認識不足を痛感しました。

 このプロジェクトは「カーボンニュートラル」がテーマですが、今後燃料が変わってもクルマである以上シャシ性能は必要ですので、引き続きこだわり続けていかなければいけない領域だと認識しています。

BRZ CNFコンセプトを支えるスバルのエンジニア達(左から伊藤氏、北川氏、阿部氏)

―― 続いて、エアコンについて教えてください。「モータースポーツでエアコンを鍛える」、どのようなイメージでしょうか?

 北川(エアコン担当):S耐は長丁場ですので、ストレスを減らし運転に集中してもらうためには快適性は大事な要素だと考え、エアコンを搭載しています。

―― しかし、レースカーは速さが大事です。ドライバーから「外してください」といわれたこともあると聞きましたが?

 北川:エアコンを外すと軽量化にも効くので、そちらに傾きかけたことがあるのも事実です。

 ただ、我々はそのコメントを聞いて「やる気スイッチ」が入ったのも事実です。

 ハードは量産車のエアコンですが、タイムの影響のない所でエアコンを効かせる……という専用制御を取り入れています。

 具体的にはストップ&ゴーが多いもてぎを活かし、減速時にエアコンを積極的に稼働させています。

 ちなみに減速時に効かせるとエンジンブレーキを強くできるので、ブレーキの負担を下げる効果もあります。

―― エアコンによる重量増をほかの部位で軽量化できれば、問題は解決ですよね?

 伊藤:レースなので「軽くする」というシンプルな考え方もありますが、その一方で「重くなっても同じ運動性能が出せればOK」という考え方もあります。

 そこは、シャシ領域の課題のひとつでもあります。

 今後、量産市場で増えてくる電動化車両は重くなるので、それでも「スバルらしいよね」といってもらうためにも、クリアしなければならない課題でもあります。

―― エアコンでも驚きですが、さらに驚きなのがアイサイトの投入です。当初から計画にあったものなのでしょうか?

 阿部(アイサイト担当):アイサイトはスバルのアイデンティティのひとつです。

 前々から「これを用いて新しい価値を提供できなか?」と検討はしていましたが、本井から「やってみよう!!」ということでS耐への投入が決まりました。

 ただ、実はこれが最初ではなく、2017年にアイドラーズ12時間耐久に参戦したレヴォーグのアイサイトでデータ取りはしていました。

――今回はどのように活用していますか?

 阿部:まずは量産のステレオカメラがレーシングスピードの領域でどこまで認識するかの確認で、プリクラッシュブレーキや追従クルコンは外しています。

 スバルは2030年に交通死亡事故ゼロの実現を目標にしていますが、より複雑な事故環境において「ぶつからない」を実現するには、一般道よりも厳しい環境で認識性能を鍛えることが大事だと考えています。

 レーシングスピードで検証することで、一般道で使うユーザーへの安心・安全をより高められる可能性はあると思っています。

――モータースポーツシーンで、アイサイトはどのように役立てそうですか?

 阿部:エアコンと同じで、ドライバーの運転負荷軽減ですね。例えば「FCY(フルコースイエロー)の速度調整や追従走行」、「フラッグの認識」などアイデアはたくさんあります。

 山内選手は「ピットロードで自動運転」といっていました(笑)。

――豊田社長を含めGRのメンバーも驚いており、トヨタからの期待も大きいです。

 阿部:GR86だけでなくほかの車種でも使っていただけると、嬉しいですね(笑)。

――ちなみにS耐の活動を始めてから、変わったことはありますか?

 伊藤:横の繋がりですね。実際にそこからアイデアが生まれ、「やってみようぜ!!」とギアが噛みあい、それが結果に繋がり始めています。

 もちろん、勝負事ですので「GRさんには負けたくない!!」という想いは、皆のベースにあると思っています。

■BRZ CNFコンセプトの進化は止まらない! もてぎの結果はいかに?

 レースはピットインのタイミングで順位が入れ替わるなどしたものの、GR86を追い詰めることができず18.5秒差でゴール。

 目標だった「ノントラブルでの完走」は果たしましたが、予選・決勝共に実力でGR86を上回ることができませんでした。

 本井監督はレース後に涙を流していましたが、これは本気で戦ったからこその悔しさだったと思います。

 そんな本井監督に今回のレースを総括してもらいました。

「いいレースができたと思いますが、本当に悔しいです。

 今までの悔しさとは次元の違う悔しさですね。

 僕らの目標であるノートラブルでの完走は出来ましたが、勝てなかったってことは『足りないものがある』ということです。

 次は戦略で勝つのではなく、『速さで勝つ』を目指します。

 そして、次は笑顔でゴールを迎えたいと思っています」

レース後に涙を流していた本井監督だが、これは本気で戦ったからこその悔しさだった

 今回はBRZ/GR86共にノントラブルでの真剣勝負でした。だからこそ、負けた悔しさも大きいと思っています。

 加えて「来年に向けて、より別次元の強いクルマを作ることを関係者で決めました」と語ってくれました。

 次戦は10月15日、16日の岡山国際サーキットです。

 すでに1か月を切っていますが、チーム、マシン、そしてエンジニアのさらなる成長を期待したいと思っています。

「強い人材と強いクルマを作り上げるために」

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