クルマにとって非常に重要な要素のひとつが車名です。ホンダ「NSX」やトヨタ「スープラ」のように華々しく復活を遂げたものもある一方で、ダイハツ「タフト」や「ロッキー」などのように、復活があまり話題にならないものもあります。その違いはどこにあるのでしょうか。
■かつての車名が使われる、その納得の理由
「昔は良かった」といわれるものは数多くありますが、なかでもクルマはもっともそのようにいわれやすいもののひとつです。
ホンダ「NSX」やトヨタ「スープラ」のように華々しく復活を遂げたものもある一方で、ダイハツ「タフト」や「ロッキー」などのように、復活があまり話題にならないものもあります。その違いはどこにあるのでしょうか。
いまの時代に、自動車メーカーがかつて販売されていたようなクルマをつくり、新車として販売することは事実上不可能です。
その背景には、技術の進歩によってより性能の優れたクルマをつくることができるようになったこと。
加えて、環境や安全に対する規制へ対応する必要があること、そして何よりユーザーのニーズの変化などといった、さまざまな事情があります。
とはいえ、同じ名前を引き継いでいる限り、形や機能は変わっても、コンセプトやそのブランドにおける立ち位置は基本的には大きく変わらず、「同じDNAを持つクルマ」としてとらえられるのも事実です。
例えば、70年以上にわたって販売されているトヨタ「ランドクルーザー」は、国産車のなかでももっとも長い歴史を持つモデルのひとつとなります。
当然のことながら、初代と現行モデルではボディサイズやデザイン、機能にいたるまで大きく変化しています。
その一方で、その長い歴史のなかで「どこへでも行き、生きて帰ってこられるクルマ」という唯一無二の存在価値。
さらにはクルマとしての「高い悪路走破性能を持つクロスカントリービークル」というコンセプトは一切変化していません。
また、一時的にモデルライフが途切れたクルマが復活する際にも、同じ車名が用いられることがあります。
例えばホンダ「NSX」やトヨタ「スープラ」は、それぞれ10年から15年ほどの空白期間を経て復活を果たしましたが、それぞれのコンセプトや立ち位置自体は大きく変化していません。
そのため、車名が復活した際には大きな話題を呼び、ユーザーにも比較的すんなりと受け入れられました。
ただし、これは当然といえば当然の話です。
さまざまな事情によってクルマの形は大きく変化したとしても、コンセプトが変わらない限りはそれまで使用していた車名をあえて捨てる必要はありません。
むしろ、それまで人気を博していた車名を使用することによって、かつてのファンにアピールすることができるというメリットのほうが大きいといえます。
これに類似する事例として「ハチロク」が挙げられます。ハチロクは、かつてトヨタが販売していた「カローラレビン/スプリンタートレノ」の型式名「AE86」に由来し、その後人気漫画や走り屋達の影響により「ハチロクブランド」を確立。
そして、このハチロクDNAを継承したのが、2012年に初代モデルとなる「TOYOTA 86」、2021年に2代目となる「GR86」で、昨今の国産スポーツカー文化をけん引する存在となっています。
とある自動車メーカーの企画担当者は車名に関して次のように話しています。
「過去の車名を復活させる際には『そもそもその後継モデルを復活させる』もしくは『直接的な後継ではないが過去の車名が相応しい』というパターンが予想されます。
どちらにせよ、その車名に相応しいクルマなのか、車名を採用した際の影響はどうなのか、などは検討されると思います」
そうしたなかで、コンセプトがまったく異なるクルマに対して、かつての車名が用いられるケースもあります。
例えば、2019年に登場したダイハツのコンパクトSUV「ロッキー」は、兄弟車であるトヨタ「ライズ」とともに安定した販売台数を記録しているモデルですが、その車名は1990年から1997年まで用いられていました。
ただ、このふたつのロッキーには、コンパクトなSUVであるという以上の共通点はほとんどありません。
そのため、2019年に現行のロッキーが登場した際「かつてのロッキーが復活した」ととらえるユーザーはほとんどいなかったといいます。
同じくダイハツの「タフト」も、かつて存在した名前を再び利用していますが、それぞれコンセプトがまったく異なるモデルです。
そのため「現行タフトはかつてのタフトの後継車種である」と表現されることはまずありません。
■ひっそりと復活した車名も?かつての車名を「使わざるを得ない」事情とは
そのほか、近年で車名が復活した例としては、マツダ「フレア」やスバル「ジャスティ」のよう例があります。
それぞれOEM車の名前に使用されており、NSXやスープラのように、かつての名車が華々しく復活したという印象ではありません。
これらのクルマは、NSXやスープラの例とは異なり「同じDNAを持つクルマ」というにはやや違和感があります。
であるなら、まったく新しい車名を与えれば良いように思えますが、実際にはそのハードルは想像以上に高いのが実情のようです。
企業などが提供する製品やサービスの名称は、特許庁に商標登録することで他者がその名称を利用することを制限することができます。
ほとんどすべての車名が事前に商標登録されており、ほかのメーカーが使用することは現実的にはまず不可能です。
ただし、商標登録は申請すれば必ず承認されるというものではありません。
例えば「エンジン」や「SUV」など、すでに一般的に用いられている名称で、使用が制限されると公益に反するようなものはほぼ確実に認められません。
また、すでに他者によって商標登録されている名称と同じか、もしくは類似しているものも認められる可能性は限りなく低いとされています。
そうした事情のなかで、前出とは異なる自動車メーカーの担当者は車名に関して次のように話しています
「クルマの車名を決めるもしくは発表するのには多くの時間を要します。
とくに新しく登場するモデル、もしくは空白の期間を経て登場するモデルの場合、『車名の打ち出し方』でユーザーの第一印象が決まってしまうからです。
とくにある程度認知度が高いクルマであればブランド化していることもあり、少なからずの賛否があります。
そうしたことも考慮しながら『どのタイミングで発表するのか』もふまえて検討しています」
一方、ユーザーが覚えやすく、なおかつ親しみやすい車名にしなければならないというメーカー側の事情もあります。
これらの制約のなかで、まったく新しい車名を考案することはかなりの労力とコストを要します。
例えば、新型EVのような次世代を担うまったく新しいモデルであれば、そうしたコストを掛けるメリットは十分にあります。
しかし、コストパフォーマンスの重視されるモデルや、そもそも多くの販売台数が見込めないようなモデルでは、車名に対して必要以上のコストを掛けることはできません。
そのため、すでに商標登録されている車名を再び利用するということがおこなわれるようです。
つまり、かつての車名を利用する背景には、過去の栄光にあやかりたいというねらいもある一方で、新たな車名を与えることが想像以上に難しいという、メーカー側の事情もあるようです。
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商標登録という視点でいえば、2022年5月に登場した日産「サクラ」は、その車名を与えるのにかなりの労力を要したといわれています。
サクラは日本を代表する花の名であり、ひろく一般に知られている名称であるため、商標登録されることで使用が制限されてしまうと、公共の利益に反する可能性があります。
一方、日産が販売する新型軽EVにとって「サクラ」は最適な車名です。
そこで、日産では自動車の車名や関連部品など、商標として利用する範囲を厳密に制限することで「サクラ」という名称を実現したようです。
このように、車名ひとつをとっても、それぞれに大きなドラマがあることがわかります。