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クルマの「据え切り」由来は? 停止状態で「ハンドルを切る」コトを指す造語が誕生した背景とは

くるまのニュース 2023年1月11日 14時10分

クルマに関連した言葉にはさまざまな造語が存在します。そのなかで、クルマを停止させた状態でハンドルを回すことを「据え切り」といいますが、なぜこの状態を「据え切り」というようになったのでしょうか。

■なぜクルマの停止状態で「ハンドルを切る」コトを「据え切り」というのか?

 クルマを停止させた状態でハンドルを回すことを「据え切り」といいます。
 
 ドライバーにとっては聞き慣れた言葉のひとつですが、そもそもこの状態をなぜ「据え切り」というようになったのでしょうか。

 教習所で駐車について教える際、まず一定の位置までクルマを進めた後、停車した状態でハンドルを回し、それからバックして駐車を完了させるという指導がおこなわれることがほとんどです。

 この「停車した状態でハンドルを回す」ことを「据え切り」といいます。

 多くのドライバーにとってはよく聞き慣れた言葉のひとつですが、逆にいえばクルマの運転以外でこの言葉が用いられることはほぼないといえます。

 実際、インターネットで「据え切り」と検索すると、「停車した状態でハンドルを回す」という意味以外の用法を見つけることはほとんどできません。

「据え切り」という言葉は、「据える」という語と「切る」という語が合わさった複合語であると考えることができます。

「据える」は非常に古い言葉であり、平安時代の900年前後に成立した歌物語である『伊勢物語』にも見ることができます。

 当時の意味も現代における「据える」とほぼ同様であり、「(人や物などを)置く、設置する、備える」といった意味で用いられていることがわかります。

 また、現代では「腰を据える」という慣用句もあるように、「動きやすいものを動かないように置く」という意味合いも強く、本来であれば自由に動くことのできるものをとどめて置くという意味で用いられることが多いようです。

 クルマを停車させた状態は、それまで移動していたクルマをしっかりと留め置いた状態ととらえることもできるため、そのようすを「据える」と表現するのは極めて自然なことといえそうです。

 ちなみに、現在クルマに対して用いられている「停める」や「駐める」は、「据える」よりも後に登場した語と見られており、大正期以降に浸透したようです。

 つまり、「動きやすいものを動かないように置く」という意味においては、ある時点までは「停める」や「駐める」よりも「据える」のほうが優勢だったと考えられます。

■ハンドルは回すものなのに「切る」というのはなぜ?

 一方、「切る」についてはやや複雑です。

 現代では「ハンドルを切る」という言葉が一般的なものとなっていますが、そもそもほとんどのクルマのハンドル(ステアリングホイール)は円形であり、「切る」という表現で表されるような動作はおこなわれません。

 実際、「ハンドルを回す」という表現も現代では多く見られています。

 ただ、1936年に発表された大阪圭吉『白妖』では「ハンドルを切る」という表現と「ハンドルを回す」という表現が混在しており、当時から揺れ動いていたことがうかがえます。

「ハンドルを切る」という表現については、クルマのハンドルの歴史がヒントになりそうです。

 メルセデス・ベンツによると、現代的な円形のハンドルが初めて登場したのは1894年に行われた自動車レースでのことであったといいます。

 フランスのパリからルーアンまで走行する世界初の自動車レース「パリ・ルーアン・トライアル」の参加車両である「パンハード&レヴアッソール」に対して、フランスのエンジニアであるアルフレッド・ヴァシュロンが円形のハンドルを取り付けた記録が残されています。

 その後、円形のハンドルはまたたく間に主流となり、そこから現在に至るまでほとんどのクルマが円形のハンドルとなっています。

 つまり、『白妖』が発表された1936年の時点では、ハンドルはすでに「回すもの」であったことがわかります。

操縦桿のようなハンドルだと、据え切りしづらい?(画像はテスラ「モデルS」)

 では、アルフレッド・ヴァシュロンによって円形のハンドルが採用されるまでは、クルマのハンドルはどのような形状だったのでしょうか。

 世界初のクルマとされることの多い、「ベンツ・パテント・モトールヴァーゲン」の運転席を見ると、一輪のみとなっている前輪の向きを変える簡単なレバーが備わっています。

 その構造は、人力車や荷車などに備わっていた「梶(梶棒)」とよく似ています。さらに、この「梶」は船の「舵」から派生したものと考えられています。

 船の歴史が非常に古いことはよく知られていますが、ほとんどの場合、進行方向の変更は舵によって水の抵抗に変化を与えることでおこないます。

 このようすを「舵を切る」といいますが、薄く板状の舵が水を分けて行くさまは、まさに「切る」という言葉のイメージ通りです。

 ただ、円形のハンドルがなかったころのクルマは、日本にほとんど輸入されておらず、そのようすを見た日本人は極めて少ないと思われます。

 そのため、当時のクルマがレバーを動かすようすを「切る」と表現したというよりも、人力車や船が梶(舵)によって進行方向を変えること自体を「切る」と呼ぶようになり、それが新しい乗り物であるクルマに対しても用いられるようになったと考えるほうが自然かもしれません。

 これらを総合すると、クルマを留め置いたままハンドルを操作することを「据え切り」と呼ぶのは、決して理由のないことではなさそうです。

 ただ、なぜ「停め切り」や「停め回し」といったそのほかの表現が用いられなかったのかは定かではなく、今後の研究が待たれるところといえそうです。

※ ※ ※

 ちなみに、英語では「据え切り」のことを「steer without driving」などと表現するようです。

 直訳すると「運転していない状態でハンドルを操作する」といった説明的な表現であり、日本語の「据え切り」のような名詞化された表現は用いられないようです。

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