1970年代から1980年代にかけて、「ふっかふか」なクッションと華やかな色合いで隆盛を極めた高級車の「ソファ」風シートですが、今ではすっかりその姿を消しました。そんな昭和のゴージャスなシートが消えた理由を探ります。
■高級車の内装が急激にゴージャスさを増したのは1970年代後半から
1980年代から90年代にかけて全盛を極めた「ハイソカー」(高級車)の内装は、華やかな色合いと「ふっかふか」なクッションを備えた「ソファ」風シートが主流でした。
それがいまや高級車からすっかり消えてしまったのは、一体なぜなのでしょうか。
高級車や上級グレードの内装と聞いて、思い浮かぶのはどんなイメージでしょう。
現代ならば本革のシート生地が主流ですが、近年は環境意識の高まりから、本革に代わる人工皮革やウール素材の布シートへの移行など、新たな価値観の創造も進み始めています。
このように時代に合わせて変わっていく高級車のシートですが、かつてのアメリカや国産の高級車といえば、座った瞬間に体が大きく沈み込むような「クッションがふっかふか」のシートが主流でした。
現在ではほとんど姿を消していますが、なぜふかふかシートは廃れてしまったのでしょうか。
その前に、国産高級車が備えていたシートの歴史を、おおまかに振り返りましょう。
はじまりは、1955年のトヨタ「クラウン」です。
終戦からわずか10年というその当時、まだ技術力が足りなかった国産メーカーは、海外メーカーと提携して生産をおこなうことで、技術を吸収・蓄積していましたが、初代クラウンは純国産設計を採用していました。
しかし純国産車といえども、内外装デザインや雰囲気はアメリカ車のスタイルを色濃く取り入れており、前後のシートもフラットな形状でした。
1960年代までは、高級車のシートの造形は「うね」が縦に入っている程度で、案外あっさりしたものでしたが、表皮に西陣織を用いたりするなどして、素材で高級感を強調していました。
その後シート全体にディティールが増加して、少しずつ豪華な雰囲気に。表面にボタン状やメッキの「ぽっち」パーツがつくシートも増え、よりソファに近い形状へと変わっていきましたが、高級車ながらも、まだ表面にビニールレザーを使っていたモデルもありました。
さらにゴージャスさが増していったのが、1970年代中盤以降です。
高級なソファの意匠を反映しているため、現在のように身体をサポートする形状からは程遠い平らさ。申し訳ない程度しかサイドサポートがないシートもありましたが、クッション自体は厚そうに見えるのがポイントでした。
クラウンをはじめ、日産「セドリック」、マツダ「ルーチェ」といった高級車クラスのみならず、モデル展開ではその下位にあるトヨタの「チェイサー」「クレスタ」「マークII」の3兄弟、日産「ローレル」、三菱「ギャラン」などでも豪華な内装をアピールしており、中には、スペシャリティカーとして、とても派手な意匠を持つ車種も存在しました。
1970年代後半から1980年代を迎えた頃には、内装のゴージャスさは一層アップ。この頃流行したのが、背もたれにクッションを一枚置いたようなフロントシートです。
そして1980年代半ばに来ると、見た目のシートの豪華さはピークを迎えます。
フロントシートにはサイドサポートが多少増加して、自動車らしい形状になりましたが、表面の意匠はまさにゴージャスな「ソファ」。
毛足の長いベロア調のシート表皮に、バーガンディや濃紺といった濃い色合いがメインになり、高級クラブやスナックのような雰囲気を得るまでになりました。
この頃爆発的なヒット作となったマークII 3兄弟をはじめとした「ハイソカー」と呼ばれるアッパーミドルサルーンは、その傾向が顕著でした。その代表例が1984年から1988年まで販売された、5代目マークII(3代目チェイサー/2代目クレスタ)。
ダッシュボードやステアリング、シートベルトからシートに至るまで赤茶で統一された内装は、まさに当時思い描かれていた「豪華なインテリア」の具現化といえるもの。
現代よりもクルマの車格やヒエラルキーが重要視され、少しでも上位車種、少しでも上位グレードを求めていた、当時のオーナー事情が伺えます。
これは、かつてクルマが贅沢品だったという「名残り」でもあったのです。
■スポーツセダン「スカイライン」でさえ「ふっかふかシート」の時代があった!?
マークII 3兄弟が大ヒットしたこともあって、最大のライバルだった日産「ローレル」はもちろんのこと、その兄弟車だった「スカイライン」の一部グレードまでもが、「ルーズクッションシート」と称した豪華な内装を誇っていました。
しかも、ファミリーカーの「ブルーバード」にV6エンジンを積んだ「ブルーバードマキシマ」や、大衆車「サニー」を高級に仕立てた「ローレルスピリット」、そしてのちの「プリメーラ」につながる「スタンザ」なども豪華に見えるインテリアを売りにしていたほどです。
1960年代から70年代ほどではないものの、現代のクルマに比べれば表面がやわらかくクッションもふかふかで、座った印象もソファのよう。
ほどよい広さの室内空間と相まって、絶妙な居心地の良さを備えていました。
しかし1980年代末から1990年代に入ると、これらの豪華な内装やふかふかのシートは次第に廃れ、高級感や派手な意匠よりも、デザインや素材の良さで上質さをアピールするようになりました。
筆者(遠藤イヅル)の印象では、6代目ローレル(C33型/1989-1993)、7代目セドリック(Y31型/1987-1991)など一連の日産車から、そのイメージを強くしているように思います。
ルーズで柔らかめだった表皮もパンと張るようになり、沈み込みの少ない硬めの座り心地に変わっていきました。
その理由は、1990年代頃に起こった国産車の欧州車志向も関係していると思われます。
乗り心地は良いがハンドリングはイマイチという旧来の価値観から、高級車でも足は硬めで操縦性の良さが重視されるといったように、メーカーの開発思想も変わってきた時期でした。
身体がコーナリングで保持できないルーズな着座感のシートよりは、サイドサポートがしっかりした、硬めのシートが好まれるようになったのです。
また表皮も、柔らかいベロア調やモケットから、トリコットやジャージ素材が多用されるようになったことも、ふかふかの着座感が消えた理由のひとつでしょう。
かつては「柔らかくてふかふか」が座り心地の良いシート、と呼ばれた時代もありましたが、現代では、座り心地の良いシートでも硬めのタイプが多くなりました。
シトロエンなど一部のメーカーのシートは、いまも柔らかさを強調していますが、それでも以前のようなふかふかさは得にくくなっています。ハイソカーが備えていたようなゴージャスでふかふかなシートは、二度と出てこないかもしれません。
パワートレーンや外観デザインが変化していくのと同様、内装の世界も、時代や流行に合わせて大きく変わっていることがわかります。
今後はどのようなシートや内装が出てくるのでしょうか。